Fate/imitation grail   作:ビリオン

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その剣は主人の為に

「なんだあのガキは!」

 

 クリフトンは怒っていた。かつて感じたことのない、尋常(じんじょう)ならざる怒りである。

 怒りの理由は単純明快(たんじゅんめいかい)。ブラッドの態度と言動だ。

 

『もういいよクリフトン。召喚には付き合わないでいいから、帰って』

 

 一時間ほど前にブラッドが言ったのがこれである。

 言葉の上では丁寧で穏やかではあるが、そこには明確な拒絶があった。さらにはクリフトンへのおざなりな対応もあり、怒りを呼んだのである。

 本家と分家というコンプレックスを持ち、被害妄想豊かなクリフトンが怒るに十分な対応であった。

 

 そしてクリフトンがいるのは、先程ブラッドに勧めた屋敷。クリフトンがアーマスト家の叡智(えいち)を注ぎ込んだと自負する場所である。

 ブラッドは目立つと言って拒否したが、クリフトンがこの屋敷を作った理由もあるのだとフォローしよう。

 

 まず第一に結界。認識阻害、人避けを始めとする数十の効果を持つ結界を敷いている。一般人はまず気付かないし、魔術師でも気付く者は多くはない。その面に長けている者だけだろう。当然、侵入するのにも苦労するのだ。

 さらにはサーヴァント召喚の準備も整っている為、余計な手間もない。事実ブラッドは現在、手間をかけて召喚の準備を整えている。

 

 ここで、アーマストとという分家に説明しよう。

 本来魔術師とは根源へと至る為に神秘を研究する学者に近い。その研究はほぼ単独であり、余程交流のある魔術師でなければ互いの研究を知ることはない。

 だが、オルグレンを筆頭とする模倣の家系は違う。これらは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。即ち、本家が根源へ至る為の踏み台――それこそが分家の役割だ。

 だからこそ、分家には中途半端な魔術の知識が与えられる。

 その例の一つがアーマスト家。彼らが主とする結界は、メインとするような魔術ではない。あらゆる魔術の一部として存在するものだ。だが、その一部ずつのみを本家(オルグレン)から与えられた分家(アーマスト)はそれのみを研究する。その研究成果を礼装とし、他の分家へと提供するのだ。

 つまり、分家自体は根源を目指す魔術師にあらず。魔術師たる本家を持ち上げる踏み台(縁の下)である。

 

 閑話休題(話を戻そう)

 

 ブラッドへと献上するはずだった屋敷を自分の物として利用することに決定したクリフトン。

 心中の大半を怒りが占める彼の中で、唯一ブラッドに対する優越があった。

 それは――。

 

「ふふふ。これには、あのガキも気付いていないだろう」

 

 そう言いながらクリフトンは手袋を外し、天井へと掲げた。

 そこに浮かぶは赤い紋様。即ち令呪に他ならない。令呪が手に宿る事は聖杯戦争への参加権を持つ事であり、聖杯に資格ありと認められた証でもある。

 

「これで私は見返してやる――ッ!私をバカにするすべてのやつらを。本家当主であろうが、この聖杯戦争において私の方が優秀である事を知らしめるのだ!」

 

 劣等感の塊であるクリフトンが手に入れた優越の証。それに固執するがあまり、クリフトンには周りが見えていなかった。例えば、信頼するベネディクトが何をしているか。まさしく目が曇り、視界が狭まっていたと言える。

 

「ベネディクト。触媒を持って来い」

 

 

 クリフトンの言葉にベネディクトは動き出す。

 

 その数分後。召喚陣の描かれた部屋にクリフトンはいた。夢想状態である。どのような英霊が呼ばれ、どのような勝者となるのか妄想しているのだ。諺で言うならば『絵に描いた餅』や『取らぬ狸の皮算用』が当てはまるであろう状況だ。

 

「お待たせいたしました」

 

 ベネディクトが来た。手に持つは鞘に入った刀。黒い柄と白い手袋の対比が存在する光景である。

 クリフトンは刀を受け取り、三日月のように笑みを深めた。

 

「かつて極東の騎士――侍の使っていた武器。その中でも凄腕、ムサシとか言う奴が使っていた刀。ああ、素晴らしい! これで私の勝利は決まる!」

 

 クリフトンが刀を引き抜けば、驚くほど簡単に刃を現した。欠けた刃を。それはすでに、武器としては使い物にならないものだろう。だが、歴戦を潜り抜けた証左でもあった。故にクリフトンの自信はさらに深まる。

 

「では、クリフトン様。召喚を……」

「ああ。始めよう

 素に銀と鉄。 礎に石と契約の大公。

 降り立つ風には壁を。 四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ」

 

 英霊を喚ぶ為の詠唱が始まる。

 ところで、現在触媒となっている刀。あれはかつて、武蔵が使ったとクリフトンは語った。武蔵――かの有名な大剣豪宮本武蔵の事を言ったのであろう。だが、これは(デマ)だ。

 

閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)。繰り返すつどに五度。

 ただ、満たされる刻を破却する」

 

 クリフトンがこの触媒を手に入れたのは、とある骨董品店である。その骨董品店は魔術師となんの関わりのない一般人である。そのような所から、武蔵に所縁のある刀として売っていたものを買った。所縁があるならば触媒になり得るだろうと。だが、問題が一つ。この骨董品店が詐欺を働いたことだ。武蔵など真っ赤な嘘。そんな謂れのない刀を、彼は使っている。

 

「――――告げる。

 汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。

 聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ」

 

 触媒として成立せず。無駄だと思われた刀。だが、それにも縁はあった。

 それはとある古家の蔵から発見されたものだ。ボロボロの刃の折れた刀でありながら、大事に箱の中へと仕舞われていた。当の発見者は売り払ってしまったが。

 

「誓いを此処に。

 我は常世総ての善と成る者、

 我は常世総ての悪を敷く者。

 汝三大の言霊を纏う七天、

 抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ――!」

 

 そう。これは、武蔵の触媒にはなり得ない。だが、他の英霊の触媒にはなり得るのだ。

 故に召喚は成功した。

 

 光り輝く召喚陣から現れたるは和服を纏いし人型。髷を結い、帯刀せし武士である。

 

「召喚に応じ参上した。私を喚び出せし魔術師は、其方(そなた)か?」

 

 クリフトンを見据えながら、武士は誰何(すいか)する。誤解されぬように、ベネディクトは二歩ほど下がった。

 召喚を行なった当事者――クリフトンは感激に身を震わせた。なにせ、失敗ばかりの男の唯一の成功とも言えるものだ。もっとも、魔術師で無くとも、召喚自体は可能ではあるが。

 ともかく、クリフトンは興奮しながら誰何に答えた。

 

「そうだ! 私が貴様のマスターである!」

「そうか」

 

 クリフトンは威厳たっぷりに落ち着いて答えたつもりだろう。だが、滲み出るばかりの興奮は隠しようがなかった。見るものが見れば、まるで子供のようだと思うだろう。

 

「契約の前に、一つ問おう。何故、其方は杯を望む?」

「杯? 聖杯のことか。無論、我らオルグレンの一派が根源へと至る為の礎となってもらう」

「根源……。よく分からぬな……」

 

 武士は何か考える仕草をする。クリフトンは何故こんな質問をするのかと頭を動かし、ベネディクトは部屋を出た。

 

「質問が済んだのなら、契約に移って()いか?」

「……いや。前言を撤回して、もう一つ質問をさせてくれ」

 

 痺れを切らしたクリフトンが問えば、武士は否と言った。

 再度の質問。クリフトンは少々のイラつきを覚えながら、先を促した。

 

「感謝する。では、其方の前に愛らしい幼子がいたとする。助けを必要としている者だ。其方は如何する?」

「……なんだその質問は。まあいい。私は邪魔をするなら殺すし、そうでなければ放っておくだろう。これで満足か? さっさと契約に移れ」

「うむ……」

 

 そして武士は刀を抜き――クリフトンの令呪を手ごと斬り落とした。

 

「なっ……!?」

「やはり其方は、一時の主人(マスター)に相応しくない」

 

 目に止まらぬ早業。クリフトンには刀を抜く動作すら見ることが叶わなかった。魔術による強化を施してはいない無防備な状態であったとはいえ、斬れた後の手首を見てクリフトンは驚愕する。

(これ程の者か……! これが英霊(サーヴァント)っ!)

 そのように、クリフトンは思考した。

 

「く、くそ……! 貴様(サーヴァント)とは(マスター)に服従する者ではないのか!?」

「其方はまだマスターでは無い。さらには令呪すらも奪った。安心しろ、命は取らない。腕の治療もしてやる」

 

 武士は決定事項であるかのようにそう言い、クリフトンのモノであった手を拾い上げた。

 そして細切れにしようと、上方へと放り投げる。刀に手をかけ、自身の得意とする間合いに落ちてくるまで待ち――否、落ちてこなかった。

 

「――クリフトン様の手(こちら)、頂戴いたしました。クリフトン様。そして、英霊のお方」

 

 声の発生源である少女――即ち、扉の前に立つメイドは宣言した。ブラッドに仕えていたメイドの筆頭――ソランジュがそこに居た。

 ソランジュはクリフトンの手を持ち、令呪に触れる。そして令呪は直ぐに、ソランジュの左手の甲へと移った。

 

「か、返せっ……! それは私の令呪だぞ!!」

「拒否いたします。クリフトン様。これは私の令呪と化しました。これは、ブラッド様(我が主人)からの命です」

「な、に……。あのガキにバレていた……? 私は出し抜かれた……? これではまるで道化……。私は……、私は……?」

 

 クリフトンは壊れかけていた。今までの優越が全て劣等となり襲い掛かってきたのだ。ここ数日の彼にとって唯一の心の拠り所。彼の依存場所。

 それを全て奪われた。その喪失感は計り知れない。

 

「ベネディクト様、クリフトン様の回収を。許可してくださいますね? 英霊のお方」

「ああ。私にも、彼を殺す気は無い」

 

 武士はクリフトンを抱き上げ、ベネディクトへと渡した。既に、簡単な止血が施されており、ベネディクトは安堵の息を吐く。

 実際、ソランジュを招き入れたのはベネディクトである。ブラッドの命令であり、ある種の裏切りであるが、そこに思考を巡らすことは今のクリフトンには出来ない。

 そして、部屋には英霊たる武士とソランジュだけが残された。

 

「武士と思わしき英霊のお方。私をマスターと認めてくれますか?」

「ならば、問いに答えよ。其方は何故杯を求める?」

 

 ソランジュは武士を見据える。どのように答えるのが正解か、令呪は使うべきか、などと言った疑問を思考する。だが、この問いについて、彼女は嘘を言う事を自身に許さなかった。

 

「聖杯はいりません。全て主人に捧げます」

「主人……。……殿」

 

 武士は二言三言呟いて俯く。

 ソランジュは令呪を使い、従わせるべきかと考えた。だが、令呪は三回のみの絶対命令権。非常に貴重なものである。

 さらには、抽象的な事柄には強制力が弱い。

 仮にソランジュが『従え』などと命令したとしても、それはまるで意味をなさないだろう。

 ただ単純にこの時のみを対象に、マスターと認めると唱えさせる場合であれば効果はある。だが、あとで嘘だとでも言われ、裏切られるのがオチであろう。

 つまり、彼に強引にでも認めさせるのが最も効果的な解決案となる。さらに言えば、最も難しいが。

 

「この答えでは不満ですか? 侍と(貴方がた)は主君への忠誠を是とする者とお聞きしておりますが」

 

 揺さぶりをかける。自身に都合の良い方向へと持っていく。交渉の基本と言える行為だろう。

 

「……其方の主人が幼子を殺せと言えば、如何する?」

「殺します。私には主人こそ全てなので」

「それは盲信だ。時によっては、主人の命に従わぬことも是とせねばならない……っ!」

「……仮に私が生きよと命じられ、主人が死んだのならば――私は命に背くでしょう」

 

 それは、一部分の抽出。それ以外は全て盲信ということの裏返しではあるが、相手の意に沿うように計算された答えだった。だが、ソランジュにとってまごう事なき本心でもある。

 ――そしてそれは、武士の心を打った。

 

「……そうか。私もあの時に死ねば良かったのか」

 

 その後、心を決めたようにソランジュへと向き直った。

 そして膝をつき、言う。

 

「其方を我が一時の主君(マスター)と認めよう。我がクラスはセイバー」

「私の名前はソランジュ・バルビゼ。この時を持って、貴方は私の使い魔(サーヴァント)となります。セイバー」

「ああ、よろしく願う。マスター」

 

 そして契約は結ばれる。この模倣された聖杯戦争において()()()の主従の誕生だ。

 最優と名高きセイバーと、主人に全てを捧げるソランジュはここから始まった。




「お帰り、ソランジュ。それがクリフトンのサーヴァントだね。クラスは? クリフトンは、死んだ?」
「いえ、クリフトン様は生きております。クラスはセイバーです」
「そうなんだ。セイバーは()()()()()のところへ連れてってね」

 ソランジュは思考する。いつから主人は、人の死を願う様になったのかと。
 昔は、そうではなかった。初めて会った時、ブラッドはソランジュにとって救いの光であった。
 だが、今は違う。その存在は闇に堕ちている。底無しの、暗い闇の中に。
 そのようにソランジュは感じていた。
 いつからか。
 ああ、そうだ――。

 ――ブラッド(ご主人様)が、オルグレンの当主を継いでから。
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