今回の聖杯戦争が行われるのは、領土の大半を砂漠が占める後進国の一つである。
開催場所たるオータムサンドはこの国には他に無いほどに先進的であり、先進国の首都と比べても見劣りはしない。そこは観光地であり、別荘地であり、避寒地であり、節税の地でもある。故に多くの著名人や権力者等を招き、後進国の一都市でありながら治外法権にてまさしく外国と言えるほどだ。。
かといって、国が蚊帳の外にいるわけでは無い。少なくとも、蚊帳を挟まない程度には関わっている。
そう。魔術師に国が関わっているのだ。
政府内、本来存在しない部署。存在してはいけない場所。
軍事用魔術機関である。
「さて、チェスター君。命令だ」
明らかに要人か何かとわかる執務室。その場にいるは部屋の主人――長官との名札のある席に座る初老の男。隣には秘書であろう女性。そして、チェスターと呼ばれた少年――乱雑に切り取られた銀髪を持ち、眼鏡をかけた十代前半と思わしき少年だ。
「……はい。長官」
応えるチェスターの声には感情というものが抜け落ちていた。諦めなどでは無い。諦めなどという感情すら持てない。そこらで作られるAIの方がまだ人間味が存在するのでは無いかと――まるで人間と話しているとは思えない。そんな声音であった。
「オータムサンドへ行き、聖杯戦争へ参加せよ。優勝する必要はない。ただ参加し、報告せよ」
「……了解しました」
有無を言わさぬ長官の声。否、拒否しないと分かっているのだ。だからこそ、箇条書きのように端的に伝えた。
秘書が立ち上がり、チェスターへと書類を手渡す。聖杯戦争に関する詳細な命令書だ。聖杯戦争がどんなものであるかというところから、命令の達成条件まで事細かに書いてある。
「触媒を与えよう。……私の個人的なコレクションの一つだ、大事に扱うように」
「……はい」
長官はアタッシュケースを差し出しながら言う。
「退出せよ。……くれぐれも、触媒を手放すな。破壊させるな。いいな?」
威厳を放っていた声が台無しになる程、その
「君。ミスターディクソンをここに呼んでくれ」
長官が秘書へといったその言葉が、部屋の中に反響した。
***
砂上を走る車の中。
オータムサンドが見えてきた。
四方八方を
だが、チェスターは思考をしない。
「着きましたよ」
運転手がチェスターへと声をかけた。チェスターは頷き、車から出る。トランクの中にあるアタッシュケースとキャリーバッグを持ち、街に入った。
街では少しばかり検問があったが、多くの書類の中にあった手紙にて、コネを使う形で問題なく通ることができた。
チェスターの理念は効率的に、合理的にとでもいうものである。その通りに非合理的の象徴たる感情というものは
右手の令呪を隠すことなく、歩き回った。
チェスターは魔術師としては二流――否、魔術師ではない。根源を目指すことなく魔術を使う魔術使いと呼ばれる人種だ。そして、彼は魔術の腕という意味で二流、三流程度なのである。だが、彼の強みはそこにはない。彼個人が使う魔術ではない。
彼を端的に表すならば、こう言おう。
――チェスター・フィンドレイは改造人間である。
魔術的に。或いは科学的に。サイボーグと言うにはあまりに生々しい改造方法を行い。肉と骨をそのまま武器へと流用する。某代行者の様な機械への転換では無い。人体を人体のまま兵器へと転換する改造人間。
それ故に人体への負荷が大きく、長期運用を考えておらず、更にはチェスターの様な一定以上の魔術回路持ちでしか作れない。完全なる実験体として存在していた。
よって、魔術師から見れば迂闊で不用心にも程があるがそれで問題ないだけの戦闘能力を有している。さらには、人外の如き感覚器官を持っている。
故に、令呪に釣られて来た者に気付くには十分であった。
「出て来い」
人目のない袋小路にて、チェスターは声をあげた。少なくとも、このままでは拠点の物色ができないと考えたのだろう。本音を言えば触媒を置いて安全を確保したかったが、下手に弱点となっても困ると考えた。
袋小路の角から、男が姿を現わす。黒髪で髪を一つに結わい、アジア系の顔立ちの男。見た目の年齢で判断するならば、二十歳前後といったところであろう。目立つ様に思えてならない燕尾服を身に纏っている。
「ふむ。
チェスターがアサシンという言葉から、聖杯戦争を連想するのは仕方がないと言える。貰った書類にも書いてあった。
そしてその勘は当たっている。
燕尾服の男こそ召喚されし英霊。剣を持ちし騎士――セイバー。
「用は?」
「見かけたから、付けただけだ。その令呪、マスターであろう?」
思わず、チェスターは令呪を隠した。
故に、戦闘は起こすべきではない。
当然、関係者でない可能性やマスターの一人である可能性もある。だが、最悪の事態を念頭に置くものだ。最悪は相手が
最悪にならない様に祈り、目の前の存在に問う。
「何者だ?」
「セイバー。と言えばわかるのだろう?」
その答えは、チェスターの脳裏で最も高い可能性の一つ。そして一種の最悪である。
これで力技という手段は使えない。逃げるのも骨が折れる――否、こちらには土地勘が無い以上、逃げられない。
脳裏に浮かぶ無数の手段に、無謀という烙印が貼られる。
手段を間違えた。つけ方が慣れていないと楽観していた。普通に撒いた方が良かった。
こうなれば、何かしら要求に従うなどして逃してくれるように――否、マスターに話が向かう以上、単純に逃してもらうのも無理に近い。
「何が目的だ?」
「む? 先程申したであろう。見かけただけだと」
「それだけで、人を付け回すのか?」
「そうだな。
その台詞は、チェスターにとって最も信じられないものであった。
嘘をついていると感じるのも無理がないだろう。だが、チェスターの強化された五感がそれを否定する。
――こいつは嘘をついていない。
そしてセイバーは言葉を付け足した。
「尤も、其方を斬る事を考えないわけではない。だが弱い者を殺すのは性に合わぬし、さらには英霊を召喚すらしていない者であるならば――斬る必要性を感じない」
それは、純然たる事実。圧倒的な力の差から出る余裕。仮に殺し合いをすればチェスターはなす術無く殺される。
チェスターは黙って思考する。彼には怒りなどない。そのような
故に彼は冷静に思考する。状況を打破する手を、探し求める。
「殺さないなら、どうする気だ?」
「私は帰るとも」
「帰る? わざわざ付けてきてか?」
「うむ。目的は達したと言っていい」
そう言って、セイバーは背中を見せた。
チェスターは困惑する。まるでバグを発見した機械のように。彼は動くという事を選択できない。今動いて、セイバーの気が変わらないとも限らない。だが、その答えは行動の選択が出来ないが故のものだ。行動が出来ないが故に、
セイバーが見えなくなった時、チェスターは緊張を解くことが出来た。いつの間にか眼鏡にかけていた手に気づいたのは、その時だった。
***
その後、チェスターは想定よりも多大な時間をかけて拠点を決めた。セイバーのマスターを警戒しての事だ。決めた拠点とはホテルの一室であり、正直に言えばまるで拠点に向かないものである。
だが、召喚を人気のない郊外の一角で行い、魔術的な工房を必要としないチェスターには十分と言えるだろう。
そしてチェスターは
「サーヴァント、ライダー。吾輩を呼ぶとは、中々見所のあるマスターであるな!」
現界せしは老人と呼ぶのがふさわしいであろう男。薄汚れた鎧、白髪の髪に髭、粗末な武具を持ち、一騎当千たる英霊とは思えない存在である。そこらの浮浪者がコスプレをさせられていると言われれば信じる見た目だ。
「む? どうしたのであるか? マスター。マスターであろう? 名乗られたならば、名乗り返すのが礼儀である。名乗るのだ」
「……チェスター・フィンドレイ」
「良き名だ。チェスターと呼んでも良いか? ……うむ。宜しく頼むぞ、チェスター」
ライダーのテンションは高い。静かに合理性を求めるチェスターとは正反対に近いだろう。押しが強く、チェスターの苦手なタイプであると言える。
「……ライダー、何故召喚に応じた?」
「む? 吾輩が召喚に応じたのが不満であるのか?」
「そうではない。だが、知っておきたい」
チェスターからすれば、ライダーが裏切らない保証が欲しいのだ。それ故に彼の情報を求めた。……少なくとも、
「ふむ。マスターたるチェスターの問いとなれば、無下にはせぬ。答えよう」
だが、そこで言葉を止め、辺りを見回す。その場はビル群の一角。目立たぬ裏路地の中である。チェスターはほとんど持っていない魔道具の一つを使い、人避けの結界を張って召喚に臨んだ。
辺りの様子を確認したところで、ライダーは口を開いた。
「話したいのはやまやまであるが、この場では不都合であろう。移動するぞチェスター」
「……理解した。だが待て」
「霊体化をしておけ」
「拒否する! 吾輩は地に足をつけて歩きたいのだ!」
「少し――拠点に着くまでだけだ。そうでなければ、目立って仕方がない」
「むむ……」
召喚陣などの後片付けが漸く済んだ。長官の触媒も傷一つなく無事である。
ライダーは帰り道に服を買う事を条件に霊体化を許可した。
二人は帰路へ着く。そして、彼らの戦いは始まる。方や、国家という存在に為に改造された人間。方や、英雄とは思えぬ程見窄らしき英霊。
本質を知れば、万能の願望機たる聖杯を望まぬと思える一組。だが、彼らもまた、聖杯を競う参加者である。
「何処へ行っていたのですか? セイバー」
「少しばかり外を散策していた。私の生きていた世とはまるで異なるのでな」
「なるほど。では、帰って来られたならばお伝えする事が一つ。キャスターが呼んでおります」
「なっ! マスターは鬼か!?」
ソランジュが報せれば、セイバーは驚愕に震えた。
その姿は、何かへの恐怖を抱いているもの。歴戦の英霊を恐怖させる存在。
まさかこの為に令呪を使う事になるとは思わなかった、とソランジュは回想した。
故にセイバーは抵抗出来ず、キャスターの待つ場所へと向かっていった。