Fate/imitation grail   作:ビリオン

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黄昏の先をその目に

 ほぼ同時に召喚された五騎目と六騎目――バーサーカーと()()()()()が召喚されて数日。

 未だ七騎目――ランサーに当たるサーヴァントの召喚は行われずにいた。

 

「……少し、おかしいですね」

 

 オータムサンドに数少ない教会の一つ。聖杯戦争の管理者――監督役の座する場所。

 その場で、此度の監督役及び教会一行の代表者――シルヴィア・ファイロニーは呟く。

 目の前にはサーヴァントの発生を知ることの出来る霊基盤。

 

「何がおかしいのでしょう? ミス・シルヴィア」

「最後のサーヴァントが召喚されない事です。シスター・ノルマ」

 

 シルヴィアに声をかける老婆――名をノルマ・レオーネ。年若いシルヴィアのために教会が付けたサポーターである。

 戦闘能力を有するシルヴィアとは異なり、事務員とでも言うべき普通の修道女(シスター)。この場にいなければ、聖堂教会所属であるとも思わないだろう。だが、ノルマは戦闘以外の業務ほぼ全てこなす。

 現在の任務内ではシルヴィアが上司のようになっているが、本来シルヴィアはノルマに頭が上がらない。それもそのはず、シルヴィアに物事の大半を教えたのがノルマであるからだ。

 

「では、どういたしますか?」

「……すでに召喚されたサーヴァントが六体。それぞれ間隔が開いています」

「つまり、待つという事ですか?」

「はい。出来るなら、あと二日ほど」

「いいでしょう。ですが、二日後に報告出来るように報告書を書いておきなさい」

「……わかりました」

 

 書きたくも無い報告書が増えたことで、シルヴィアの気分はどん底だ。

 そもそも七騎目が現れずとも、シルヴィアに不利益はない。これらは魔術師の事柄である故、シルヴィアはそれを僅かに管理するだけで良いのだ。

 だが、何か問題があってからでは遅い。それが危険でなければまだいいが、危険である可能性を考えると無視はできなかった。

 そして、二人の元に歩いてくる少女が一人。

 

「お姉ちゃん。こっちのお仕事終わったよ」

「ソフィア!」

 

 シルヴィアと同じ暗い紺色の髪を持つ七歳程度の少女――ソフィア・ファイロニーはシルヴィアの妹だ。

 シルヴィアが歓喜の表情で迎えるとノルマは頭を抱える。……また始まった、と。

 シルヴィアは優秀である。戦闘能力、事務能力、信仰心。どれを取っても年齢と釣り合わない優秀さを持つ。

 だが、その唯一の欠点。

 ――シルヴィアはシスコンである。

 妹のソフィアに対しての愛情は度が過ぎているのだ。

 現在もソフィアを抱きしめ、抱きしめ――抱きしめ続けている……。

 

「ちょっと……、苦しい、よ。お姉ちゃん……」

「もうちょっと我慢して〜。こうしないと私《お姉ちゃん》元気でないの」

 

 ソフィアの呻きを聞き入れず、腕の力をさらに強める。

 ノルマはすでに諦め、書類整理へと向かった。

 シルヴィアは一度ソフィアを離したかと思うと抱き上げ、椅子の上で愛でるように抱きしめた。

 似たような事が何度か続く。

「この間のカレー美味しかったね」「そうだね」などと言いながら、小一時間程度の()()を行なった。

 教会内にしてみれば日常の範疇。特に何か変わる事ない日常。

 その日は、日常に変化(霊基盤にランサー)が現れるまで続いた。

 

 

 

 ***

 

「失礼します!」

 

 忙しなく、ベネディクトが扉を開けた。

 そこは街の管理者たるブラッドの執務室。

 普段落ち着いたベネディクトの行動だ。何かしらの問題があると思うのは自然であろう。

 クリフトンあたりであれば部下とテンションを共有することも可能だろうが、この場にいるのはブラッドとソランジュを始めとして焦りとは無縁の存在。

 彼らの顔にはそのような感情は存在し得なかった。

 

「なに? ベネディクト。クリフトンが死んだりでもしたかい?」

「……いえ。クリフトン様の容体は今のところ問題ありません」

 

 ブラッドが口にするはあまりに笑えないブラックジョーク。現在クリフトンは精神的なもので療養となっている。セイバーの時のショックは、数週間経った今も彼を苛み続けている。

 

「じゃあ、()()()()()()()()()()()?」

「はい。……なぜお分かりに?」

「あー。やっぱり、か」

 

 そう言いながら、ブラッドは引き出しを開けた。

 そこから取り出すは一つの封筒――手紙だ。

 炎のように紅いその封筒の中身である便箋(びんせん)もまた紅い。

 そこにはこの様に書かれていた。

 

“拝啓。街の管理者――オルグレン家当主様。

 

 砂漠に囲まれるこの地において、季節の挨拶などという不躾なものは省略とさせていただきます。

 さて、わたくしが何故手紙を差し上げたかお知りになりたい事でしょう。

 端的に申し上げますと、聖杯戦争についてでございます。

 貴方様は何故最後のサーヴァントが召喚されていないのかとお考えになっているでしょう。

 ご安心ください。その悩みは今日で終了にございます。

 わたくしこそが七人目。七体目のサーヴァントを召喚する者。最後の空席に座する者。

 今宵、わたくしは聖杯戦争の開催を宣言いたします。

 敬具。

 

 七人目のマスターより。

 

 P.S.聖杯はわたくしが頂きます。”

 

 その宣言通り、七体目のサーヴァントが顕現した。

 そして戦争は始まる。

 模倣された聖杯による模倣された戦争。

 彼らは何を求め、何のために命を賭けるのだろうか。

 

 

 

 ***

 

 

 だが、戦争を始める前に時間を(さかのぼ)らせてもらう。

 戦争開幕の(キー)であるランサーとそのマスターが何をしたのか。その一部を見ることとしよう。

 

 

 

 時は戦争の始まる日の朝。

 一人の女性が街へと訪れた。

 燃える様な赤い髪を持つ女性――セシーリア・アシェル。

 

 この街には入る時に簡単な検査を伴う。入国検査などよりは厳しくないし、銃や刃物類でも一枚ばかりの書類で申請すれば持ち込みも可能だ。

 だが、簡単にとはいえ荷物を改められるというのは魔術師にとって良いことではない。神秘の秘匿を第一にする魔術師にとって忌むべきことだ。

 その為、非公式的に魔術師用の入場口も存在する。オルグレンへのコネを持つ者が使う場所だ。

 しかし、それを使われることもほとんど無い。真っ当な魔術師はオルグレンを信用していないし、そうでなくともコネを持つ魔術師は少ないからだ。故に使われたのは僅か数回。ライダーのマスター――チェスターもその一人だ。

 

 そして、セシーリアは使わない。

 一般人用のゲートを使う。本来の彼女は()()()()()()()()()()()()であるからだ。

 

「はい。問題ありません。オータムサンドの入場を許可します」

「ありがとうございます」

 

 セシーリアは問題なくクリアしていた。

 彼女の持ち物に魔術的な物など無く、危険物も持たず、何一つの問題すら存在し得なかった。

 スタッフからすれば、多くの観光客の一人という認識だろう。

 

「ですが、気をつけてください。この街も少しばかり物騒になっていますから」

「物騒? 何がありましたの?」

「ええ。行方不明者や集団自殺、薬物の摘発などが増えているのです」

「なるほど。()()()()も気をつけますわね。あ、一つばかりお願いがありますの」

「何でしょう?」

 

 セシーリアは鞄の中から一つの()()()()()()を取り出す。

 そしてスタッフの目を見つめ、セシーリアの瞳に浮かぶ()()が僅かに発光する。

 

「“この手紙をこの街で最も偉い人に届けてくださる?” お願いしますわね」

「……はい。かしこまりました……」

 

 セシーリアは上品に微笑む。スタッフの瞳には、セシーリアと同じ()()が浮かんでいた。

 そしてセシーリアは去る。この後手紙は()()()()()()()()、最終的にブラッドへと行き着いた。

 

「それにしてもこの道具、面白いですわ」

 

 セシーリアは呟く。その手には、目から外した()()()()()()()()があった。

 先程はコンタクトレンズに刻んだルーン文字を使い、暗示の魔術をかけたのだ。既にこのコンタクトレンズは礼装の一種と化している。

 だが、セシーリアが面白いと言ったのは礼装では無い。()()()()()()()()そのものだ。

 

「……まずは召喚場所。あぁ、触媒も作らなければいけませんわね」

 

 

 夜。サーヴァントを召喚するに適した時間。

 セシーリアは木を削り、魔術を彫り、陣を書いた。

 そして創り出した神々しい槍を地に並べ、詠唱を開始する。

 

■■■■(素に銀と鉄)■■■■■■( 礎に石と契約の大公)

 ■■■■■■■■(降り立つ風には壁を)

 ■■■■■(四方の門は閉じ)■■■■■(王冠より出で)■■■■■■■■(王国に至る三叉路は循環せよ)

 

 口から出る詠唱は、特別問題無い通常のもの。だが、どこか違う。どこか普通と違う。陣の文字が、そしてセシーリアの動きが。

 

■■(みたせ)■■(みたせ)■■(みたせ)■■(みたせ)■■(みたせ)

 ■■■■■■(繰り返すつどに五度)

 (ただ)■■■■■■■■(満たされる刻を破却する)

 

 その光景はまともでは無い。そこらの魔術師が見れば即座に卒倒する様な、それほどの光景。

 

「――■■■(告げる)

 ■■■■■■(汝の身は我が下に)■■■■■■(我が命運は汝の剣に)

 ■■■■■■■(聖杯の寄るべに従い)■■(この意)■■■■■■■■(この理に従うならば応えよ)

 

 聖杯への理解を持ち、干渉できるだけの技量を持つ者。

 下手をすれば、サーヴァントの召喚そのものを覆しかねない存在。

 

■■■■(誓いを此処に)

 ■■■■■■■■(我は常世総ての善と成る者)■■■■■■■■(我は常世総ての悪を敷く者)

 ■■■■■■■■(汝三大の言霊を纏う七天)

 ■■■■■■■(抑止の輪より来たれ)■■■■■(天秤の守り手よ)――」

 

 セシーリア・アシェルの召喚は、成功した。

 召喚されたのは、腰を超えるほどにまで髪を伸ばした人影。中性的な容姿をしており、男であるのか女であるのか判別のつかない存在だ。

 

「サーヴァント、ランサー。……何故俺を召喚できた?」

「ふふっ……」

 

 ランサーの問いに、セシーリアは腕を――その手の甲に存在する令呪をもって返した。

 

「令呪を以って命じる」

「なっ……!」

「“()()()()()()()()()()()”――!」

 

 その命令は、ランサーへと届いた。

 ランサーは膝をつき、されど令呪へ抵抗している。

 

「忌まわしき、記憶……? 何だそれは……」

「ふふふ。知っているわよ、ランサー。貴方の()()()()の事」

()()……!? あ……ああ……アアァァァァ!」

 

 そして、ランサーは狂う。抵抗などということはもう出来ない。

 ただただ頭を抱え、狂声を発し、()()()だけだ。

 

「……兄、様。申し……訳あり、ません……!」

「苦しいでしょう? 辛いでしょう? 安心して身を委ねなさい」

「身を、委ね……る」

「そう。()()()()()()()()()()わ。ただ()()()()だけでいいのよ」

「思い、出す……」

 

 セシーリアはかつて無いほどの恍惚とした表情を浮かべる。それは弱者を見る悦び。それは弱者を甚振(いたぶ)る楽しみ。この時は、彼女にとって幸福で仕方がなかった。

 そして、またしても令呪を使う。

 

「重ねて令呪をもって命ずる。“()()()()()()()()”、ランサー」

「英雄……。俺、は――私は……」

「そう。英雄になりなさい。邪神を討った英雄に」

 

 ランサーの神々しさは消えた。そして彼は、()()()()()()()

 こうして最後の――最も規格外(イレギュラー)な召喚は終了する。

 英霊と化したランサーと規格外のマスター。

 そして、戦争は始まる。

 

「――さあ、黄昏の先をこの眼に」

 

 

 

 ***

 

 戦争の始まる夜。

 オータムサンドから程近い砂漠に降り立つ者がいた。

 筋骨隆々で二メートルを越す巨漢。明るい茶髪を靡かせる若い男。アジアの古い着物を着る者。

 

「あー、実に疲れたわい。やはり()()()()()()()()のは無理があったかのぅ」

 

 若々しい見た目に不釣り合いな老人の口調。街を遠目に見て、身体を曲げ伸ばししている。

 

「じゃが、砂漠というのも実に良い。()()も行ったが、あまり物事を観られなかったからのぅ」

 

 まるで自分が死人であるかの様な言葉。だが、事実その通りだ。

 彼は英霊(サーヴァント)。この聖杯戦争に関わる一体である。

 

「さて、あと一息じゃのう。じゃが見つからぬ様に入らねばならぬし……。妙な壁もあるのぅ」

 

 彼こそは裁定者(ルーラー)。サーヴァント側における監督役。聖杯戦争の調停者。抑止力の一部。

 

「やはり、()()()()()かの」

 

 だが、ルーラーが現れたという事は聖杯戦争に何らかの問題がある証左でもある。

 ならば、此度の聖杯戦争――()()()()()()()()()()()()のだろうか。

 その答えを知らずに、魔術師(マスター)英霊(サーヴァント)は戦う。

 

 ――戦争は、すでに始まった。




【予告】

――ランサー、殺せ。



――やあやあ! 我こそは……!



――こんばんは、()()()お姉さん。



――行くぞチェスター! 準備せい!



――宝具か? だが、それにしては()()



――ルーラーさんは何をしているの?」



――俺様を知らねえのか? いいだろう、名乗ってやる!



これが、戦争の始まり。
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