「行くぞチェスター! 準備せい!」
「いや、待て」
ライダーがスタジアムに現れる一時間ほど前。ライダーはランサーの挑発を受け、出発する気であった。
だが、チェスターはそれに待ったをかける。
「何故であるか。敵がそこにいるのであるぞ? 敵を打ち倒し、勝ち抜くことこそこの戦争の目的であろう!」
「……それは認める。だが、わざわざ罠へ向かう理由は無い」
「否! それは否であるぞチェスター!! そこに敵対者がいるならば、我輩は騎士として逃げるわけには行かぬのだ!」
それは暴論。他者のことをまるで考えないワガママであるだろう。事実チェスターもその理屈を受け入れることはできないと考えた。
だが、拒否をして下手をすれば、サーヴァントとの関係悪化に繋がる。最悪の事態はサーヴァントとの殺し合いだ。チェスターにしては幸いな事に、令呪の余裕はある。
だから、ここは令呪を一画使ってでも止めるべきだと思えた。
だが――。
「……何故、そんなにも戦いに出ようとする?」
「だから先程行ったであろう! 我輩は騎士である! 故に、ここで挑戦を受けぬ事は――我輩が我輩を許せぬ!」
「そんな……、理由ですら無いもので……?」
「十分であろう! 我輩が騎士であり、チェスターは主人《マスター》である。そして彼方には敵対者がいるのだ。ならば! ならば騎士として、逃げるわけには行かぬ!」
ライダーからすれば真っ当な理屈を述べているのだろう。だが、そこに合理性はない。そこに理屈はない。そこに正当性はない。まるで常識すら違うかの様な言葉。本来ならば令呪を使うべきだろう。
だが、チェスターはそれを許す。
「……わかった。行け、ライダー」
「うむ。チェスターも来るのだぞ?」
チェスターにとって、合理性の無いことは無駄以外の何物でも無い。そう思っているからこそ、その
だから、チェスターは初めて合理主義から解き放たれた。
「出でよっ!」
地面より現れたのは、
「借りるぞ……。我が――」
ライダーは虚空にそう語りかけ、驢馬を駆る。およそ驢馬には似合わぬ俊足。サーヴァントの一部となった事による影響であろう。無理矢理にもチェスターを後ろへ乗せ、ライダーは夜道を
そしてライダーはスタジアムへと辿り着いた。ちなみにチェスターは途中で転がり落ちた。驢馬に二人乗りは無理があったのだ。
***
時を僅かに戻し、ライダーが出現した直後。まだビル――
『――ライダーを襲いなさい』
「イエス、マスター」
ランサーはルーラーへと向けていた視線――目が開いてないので視線などないが――を一転、ライダーを捉える。
驢馬に乗るライダーはまるで強くは見えない。身に纏う魔力も大したことはない。
ランサーは駆ける。弱点たる霊核を持つ場所めがけて、貫かんとする。
「名乗りもせず攻撃してくるか! 騎士と呼べぬ蛮族であるらしいな!」
だが、相手は仮にもライダー。愚鈍と言われる驢馬とはいえ、一定以上の速度は存在する。
ランサーの槍は躱され、ライダーの持つ槍がランサーへと放たれる。ランサーは槍の方向を変え、二つの槍はぶつかった。
サーヴァントの武器同士の衝突。それは一種の衝撃波を生み、スタジアム中を波が翔ける。
「――起動」
「なっ……! 面妖な術を使う悪しき魔術師か!?」
ランサーの槍に刻まれた文字が輝き、火が灯る。仮にもランサーの槍は木製である。だが、さすがはサーヴァントの武器として使われるもの。炎を纏う槍は、本体が燃えることなどなかった。
だが、その熱はライダーの身を焦がす。咄嗟にライダーは鍔迫り合いをやめ、その槍で殴りかかろうとした。
それは防がれる。他ならぬランサーの火を纏う槍によって。
そして――ライダーの
「な……、バカなっ!」
サーヴァントの武具は万能ではない。宝具ですら壊れる事があるのだ。宝具でも無い。魔槍でも、神槍でも無い。只の粗末な槍がサーヴァントの武器として僅かばかりの神秘を得ただけのもの。そして何より――あの槍は生前も壊れた。
これでライダーは武器無し。敗退してしまうかもしれない。
「……すまない。私はあなたを殺さねばならない。ライダー」
「……」
「せめて、最後となってしまったが名乗ろう」
ランサーはライダーに槍を向ける。その顔に浮かぶ、申し訳なさは彼が善人である証拠でもあった。もっとも、ランサーはマスターに逆らえないので、マスターが悪人であれば意味がないが。
「サーヴァント、ライダー。早々の敗退は本意では無いだろうが、消滅してくれ――」
「……敗退? バカを申すな! 我輩は負けてなどおらぬ! 少しばかり本気を出さなければならぬようなので、そなたの運命を儚んでおったのじゃ!」
「狂ったか? いや、宝具か……?」
「嗚呼! 天上に在わすであろう神よ! 我が想い姫よ! 我輩に新たなる武器を――邪悪なる魔術師を滅する武具を与え給え――!!」
そして、ライダーの隣の地面より――
「嗚呼! 素晴らしき槍と盾! 感謝しますぞ!」
「……やはり宝具か? だが、それにしては
ランサーは仕掛ける。ライダーを貫かんとするために。ライダーもそれに応じた。驢馬を走らせ、一直線に両者がぶつかる。
「せいっ!」
「はっ!」
ライダーはランサーの槍を盾で受け、カウンターを狙った。だが、ランサーはそれを分かった上で槍に力を込め、盾に受け流される。だが、槍に込めた力は消えない。その力のままライダーが盾を持つ方向へと行き、ライダーの背後へと回った。
「貰った!」
「ぬっ!?」
「――まだ決着には早い! 尺はまだ残っている!」
だが、そこへ現れる乱入者が一人。ルーラーには劣るが彼もまた巨漢であり、手にレイピアとリボルバーを持っている。そして何故か、カメラのようなものが背後に浮かんでいる。その男は、ランサーの槍とライダーの間に割って入った。
又しても仕切り直し。ランサー、ライダー共に男から離れる。
そしてランサーは
「……何者だ?」
「何者? ただの映画監督だ! 神話の対決というのは、すぐに決着がついては面白く無い! 分かるか?」
男はバーサーカー。狂った者。神話の対決などという世迷言を叫ぶ姿はまさしくそのもの。だが、バーサーカーとしては至って真面目。彼が戦う理由は――狂おうが狂うまいが、それだけなのだから。
***
ルーラーは三体に増えたサーヴァントたちの戦いを眺めていた。スタジアムの中央で戦っている彼らを、客席から見ている。
ランサーがライダーに向かってからというもの、ルーラーには誰一人目もくれなかった。ルーラーは周囲を警戒し、戦うサーヴァントにも注意を払っている。
彼にとって注意すべきは三つ。
一つ目は当然目の前の三体のサーヴァント。だが、こちらは問題ない。通常の聖杯戦争にルーラーが関わることは何一つないのだから。
二つ目は少し離れた場所の二つの魔力。戦っているのかいないのか測りかねるが、聖杯戦争の参加者である存在。少しばかりの嫌な予感はするものの、こちらも放っておいていいと考えている。
そして三つ目――ルーラーにとってもまるで言葉にし辛いことだが、
「ルーラーさんは何をしているの?」
「ん?」
ルーラーに声をかけてきた女がいた。明るい茶髪を持ち、何故か撮影用の巨大なビデオカメラを持つ女――ベラ・オールドリッチ。
人の良さそうな笑みを貼り付け、さも当然のように近づいてくる。
その姿に、ルーラーは生前を思い出し気付く。
――危うい。
すでに何かが壊れているような。それでいて
「なんじゃ、娘さん。誰のマスターかのぅ?」
「ん? バーサーカーだよ。いやー、あんな狂ったサーヴァントって困っちゃうよねー。意思疎通が難しいよ。四回に一回くらい話通じないもん」
ベラは分かっていないようだが、バーサーカーの言葉が四回に三回分かるだけで十分どころではない。意思疎通が不可能に近いバーサーカーでそれだけのことが出来るのだ。むしろこのマスターの方がバーサーカーらしいかもしれない。
「結構な関係を築けているようで何より。……何故ここに座る?」
「えー? ここなら守ってくれないの? バーサーカーいないと不安でしょうがなくってさぁ」
ルーラーという中立だからこそ、火の粉は払いざるを得ない。その傘に僅かなりともお零れを得ようとしているのだ。
もちろん、ルーラーがここを退けば済む話である。サーヴァントの速度に人間はついていけない。
「無理、じゃな。不安ならば逃げれば良かろう。マスターが前線に出る事も早々ないと聞くぞ?」
「そうだねー。逃げる方がいいかなぁ?」
「儂はそれをお勧めするが?」
「じゃあ、逃げますかぁ。あ、それと――」
「む?」
「その口調おかしいと思う」
最後にルーラーのアイデンティティを否定してベラは去る。何のためにここへ来たのか、ルーラーにはまるで分からなかった。ベラは己のサーヴァントであるバーサーカーを一瞥する事なく走り、逃げた。
「……誠におかしな娘じゃった」
そしてルーラーは立ち上がる。
あと数分で、何かが起こると感じたから。
***
混戦は熾烈を極めた。
ランサーが貫き、ライダーが駆け、バーサーカーが力を振るう。地に転がるライダーの武装の残骸が、その苛烈さを物語っている。
ライダーは幾度も武具を破壊され、調達し、剣などの装備も使用した。
「嗚呼! 素晴らしいいいぃぃぃ!!! これぞ闘い! これぞ神話の決戦! 感謝を!」
「正気ではないな! 此奴も、悪しき魔術師の尖兵に成り下がったものか!」
「……まともな英霊がいない」
ランサーがつい漏らした言葉も、仕方がない事だろう。彼にはこの状況での、テンションの差についていけない。片方は尋常ならざるバーサーカーだが、もう片方もそれに近い。ライダーの力量を考えバーサーカーの方に注意を払いたいが、ライダーも完全には無視はできない。
故に混戦。故に乱戦。
互いが互いを牽制しあう状況。何か知らない限り、戦闘が動かないであろうと思われる状況。
そして、一つの異物が投入される。
「……?」
誰もが首を傾げた。入場口の奥から響いてくる奇妙な音に。足音のように一定のリズムで、されど人間が出せるようにない
その何者かの存在は、姿を現した。
「何と面妖な!? 何であるか!
「これもまた神話!
それは、石像にしか見えない。されど動き、歩き、神秘を纏い、
「画になる資格を示せ! 石像!」
バーサーカーが石像に向かって行く。
数発の銃弾がバーサーカーから放たれる。そして、
「……!」
無言の驚き。三つ巴で争っている場合では無くなった。ランサーも存在しない視線を石像へ向けた。
石像は刀を鞘へ戻し、居合の構えを取る。そのまま一歩二歩進み、バーサーカーとぶつかる位置で――。
――居合を抜いた。
神速と言えぬが、それに近い一閃。それを虚空より出でた
石程度とは思えぬほどの硬さ。だが、ランサーに貫けぬものではない。ライダーの驢馬は脚を庇い着地に失敗し、ライダーが転げ落ちた。
本人達にはまるで自覚のない共闘。だが、全てが無意味でなく、三体の英霊全てが貢献したと言える。
――そして、
それは聖杯に呼ばれた、