オータムサンドの一角に存在するスタジアム。英霊による戦いの場。
四騎の英霊が集うそこに、新たな異物が入り込む。
その
その場にいる誰もが、出現した男を見る。
バーサーカーは興奮した様に声をあげた。
「おお! 新たな役者《キャスト》の到来か!?」
その男は侍だった。両脇に一本ずつ帯刀し、着物をまとっていた。特徴的な薄赤い短髪――桃色の様にも見えるが、その男にその様な色は似合わない。故に薄い赤と言う。そして何より、男の人を射殺すような視線。
その男は常に殺気を放っていた。
「あん? 何だテメェら?」
「貴様こそ、何者だ……?」
「俺様を知らねえのか? いいだろう、名乗ってやる」
ランサーの問いに男は小馬鹿にした様な顔を浮かべ答える。
その瞳は敵意に満ち溢れており、今にも殺し合いが始まりそうな雰囲気である。
「聞いて驚け! 俺様の名は
「ムサ……っ! マスター!」
その時、漆黒の夜が紅く染まる。
ランサーはすぐさま目の前の男――武蔵から目を離した。そして紅い光源へと向きを変え走り出そうとする。
「――人斬りに背中見せるなよ! 馬鹿が!」
「っ!」
武蔵が刀を抜き、ランサーの背中目掛けて斬りかかってきた。
咄嗟にランサーは反転。槍で受ける。
だが、武蔵には二本目の刀があった。
「くたばれ!」
凶刃がランサーに迫る。
ランサーは鍔迫り合いをやめ、後方へ下がる事によって致命傷を避けた。武蔵が刃の方向を変更する事によって、ランサーの右腕へ一閃。
人間であれば頸動脈という急所。だが、サーヴァントであれば――生前に何か関連する逸話が無ければ――余程の問題にはならない。
戦闘力のダウンは避けられないだろうが、マスターにより回復してもらうことも可能だ。
ランサーは左手に槍を持ち、武蔵を一直線に見つめた。
「ちっ! 似た様なことする奴も何人か斬ったんだけどな。詰めが甘いのかね」
一人で反省をするかのような武蔵にライダーが近づく。
驢馬に跨り、
「背後からの奇襲とは! 騎士の誇りはないのか!?」
「――っ! ……誇り? 俺様は人斬りだ。そんな無駄なものは無いね!」
「何処とも知れぬ蛮族めが!」
ライダーと武蔵は打ち合う。驢馬の速度はそこまででは無い。武蔵なら、隙を見れば斬れる。そう思った。
だが、武蔵はそれをしない。隙を見つけても、致命傷を与える様なことをしなかった。
槍を受け流すばかりである。
「手も足も出ぬか!」
「あ? 何言ってやがる、ジジイ。弱っちいジジイは斬らねえ。邪魔だ、どけ!」
「なっ……! 巨人へ挑み、ライオンすら恐れをなした我輩が弱い!?」
「そうだよ! だから退け! クソジジイ!」
今のライダーと武蔵が戦えば、武蔵に軍配が上がるのは確実であろう。能力よりも、技の問題だ。
戦い方を習わず、我流で埋めるお粗末なライダーの戦闘方法。それに対し武蔵は、しっかりとして剣術を使っている。人を殺すための殺人剣を。
「此奴、言わせておけば――!」
「俺様はジジイと戦う気なんてサラサラねーんだよ!」
武蔵が見れば、ランサーはバーサーカーに足止めされていた。本人達にその気は無いだろうが、示し合わせたかの様だった。
ランサーは外を気にしており、バーサーカーが行く手を塞ぐ様に立っている。
バーサーカーはそのステータスの高さで攻め、ランサーは持ち前の技術で弾く。型に嵌っているわけでは無いのに、その最適解に近い槍捌きは武蔵を夢中にさせた。
――斬りたい。
武蔵の瞳にライダーはいなかった。
ランサーという一点を見つめ、走る。
ライダーの攻撃など障害にもならないと言いたげに。避け。弾き。流し。抜ける。
ランサーまでもう一息と武蔵が思った。
「――少し、話をさせてくれぬか?」
ルーラーがその場にいた。
ランサーと武蔵の中間地点。傍観を続けていたルーラーは武蔵に話しかけた。
そのルーラーに対し、武蔵は――。
「――斬らせろ!」
ルーラーへと斬りかかった。ランサーよりも格上。その鍛え抜かれた身体に凶刃を突き立てるべく、武蔵は駆ける。
縮地かと疑わしくなる速度。武蔵の生き甲斐――斬るべき強き者を見つけた故の速度。
一つの矢の如き武蔵に向け、ルーラーは拳を振りかぶった。
――ヤバイ……!
咄嗟に武蔵は二刀を重ねる。拳と刀が打ち合い、武蔵は吹き飛ばされた。
ルーラーは瞬時に駆け、宙を舞う武蔵に追いつく。そして着物の一部を掴み、闇の中へ連れ去った。
残った英霊は三体。だが、ランサーはどさくさに紛れて去った。ライダーが気付いた時にはバーサーカーも消えていた。
広いスタジアムに残ったのはライダー一体のみ。そして闘いの証拠となる地の傷跡と石の残骸のみだった。
「……我輩は、弱いのか――?」
ライダーの言葉は闇の中へ消えてゆく。
――そして、初日の夜は明ける。
***
巨大な薄型テレビに移された映像をブラッドは眺めていた。戦いの場であったスタジアムのものだ。
最後に呆然と立っていたライダーが去り、映る者は何もいなくなった。
「残骸の回収は?」
「手筈は整っております。あと数分もご覧になられれば、回収の様もご視聴出来るものかと」
「いや、いいよ。消して」
液晶が黒く染まった。
ブラッドは高級なソファの上に転がる。まるで幼い子供と思える仕草で。
彼の行動において、これは普段通りだ。昔は少々子供っぽい程度に思えたが、大人と変わらぬ背丈になると違和感も大きい。
だが、この仕草はまるで幼少を忘れぬ様に
「でも、うーん。
「左様ですか」
「だって、魔術師とか出てこないし。英霊達だって宝具も使わないし」
聖杯戦争で戦うのは英霊である。魔術師に戦えという方が無理な相談であろう。さらには、宝具は強力であるが故に英霊の真名に直結している。それをおいそれと使う様な者はこの戦争を生き残れはしない。
「とりあえず、キャスターに見せてあげて」
「すでに、別の部屋でご覧になっております」
「仕事が早いね」
ブラッドと話すのは、ソランジュでは無い。彼女の部下。複数いるメイドの一人だ。
名をイーダ。赤い髪をツインテールに結んだ少女である。だがその瞳は光を失い、感情の抜け落ちた者になっていた。
「次は、半分くらい投入するかな?」
「それもよろしいかと」
「それくらいやれば、宝具の一つも使ってくれるよね」
主語の抜けた会話。それでも、彼らには十分だった。
こうして、主催者としての初日。始めの夜は明ける。
***
「あはは――」
「うふふ――」
二人の少女が姦しく声をあげる。
暗く照明の落とされた部屋。何も特殊な事はない、ただの部屋。普通の人間が普通に暮らす様な何の変哲も無いリビング。
違いがあるとすれば、部屋に
その異常な部屋に入る者がいる。
「熱かったー。疲れたよぉ」
トリー二だ。セシーリアと戦い、ビルの屋上を破壊した少女。トリー二は当然の様に部屋に入った。
「あら、お帰りなさい。トリー二」
「……おかえり」
「ただいま〜。あの綺麗なお姉さん酷いんだよー」
トリー二は二人の少女に愚痴を言い続ける。ビルの屋上ごと燃やされたのに文句があるのだろう。
普通の人間であれば死んでいておかしくないだけの惨状だった。
「あー。
「ああ。気付かなくてごめんなさいね」
トリー二の言葉に少女のうちの一人――金髪の美女は席を立つ。少女の座っていた
「魔力、ちょーだい」
天使の様な笑みを浮かべながらトリー二はマスターと呼んだ男――バート・ディクソンと口付けを交わす。魔力供給。マスターから魔力を譲渡されるものだ。
「ん……ぷはぁ。……うーん、まだ足りないなぁ。何人か吸い尽くしていい?」
「いいんじゃない?
「りょーかい」
彼女達のまた、聖杯を求める者。
傀儡のマスターと
***
ホテルの一室に明るいメロディが響く。
可愛らしい少女がオモチャの様な剣を振り回す映像。絵柄は子供向けだが、内容は大人でも楽しめるものであるらしい。
「いいねー。ムサシちゃんは可愛い」
「アニメーション。それもまた神話の再現に使えるか……?」
「知らないけど、この娘は可愛いよ?」
何故噛み合うのか意味不明な会話。本当にバーサーカーとマスターの会話だろうか。バーサーカーとバーサーカーの会話じゃないのか。
ともかく、ベラが見ているのは日本のアニメ。魔法少女だなんだという魔術師が観るには不適当なものにも思えるが、本人はまるで気にしていない。
見ていたアニメの本編が終了し、エンディングが流れている。
「この曲良いと思わない? バーサーカー」
「曲? 神秘的な神話には、心躍らせる神秘の曲が相応しい!」
「あー。バーサーカーには不満かぁ。オープニングとエンディング聴くために見てるんだけどなぁ」
明るく元気なエンディングが終わる。
ベラはすぐさま機器を操作し、次の話を再生した。
テレビは愛らしい少女の姿を映し出す。
「俺は神話再現のための映画製作に入る。君の持つカメラを寄越し給え」
「あ、これだね。どうぞー」
ベラは持たされていたカメラをバーサーカーにあげた。現代でも最新とされる高級なものだ。
過去に生きた英霊の使うものとしては相応しくないようにも感じる。
だが、それはバーサーカーが現代の品を参考にした自作品。サーヴァントとしてのスキルの成果だ。
「それにしても――」
バーサーカーの去った部屋にて、ベラは一人呟く。その顔は普段の無邪気な笑みが浮かんでいる。テレビの液晶には、少女が敵と戦うシーンが映っていた。
「
***
『其方の主人は本当に信用できるのか? マスター』
「それ程までに、キャスターを嫌っているのですか? セイバー」
ブラッドの住む拠点の一角。霊体化したセイバーとソランジュが会話をしていた。
『う、む。
「では、単純に我が主人を――ブラッド様を信用出来ぬと?」
セイバーは肯定を返す。
セイバーは本来、人の陰口など言わない。善人であろうと悪人であろうと、その
だが、セイバーにとってブラッドはどうにも不気味だった。かつて二度三度出会った
人に成り代わった妖もこの様に思えたものだった。
「それ以上の侮辱は、主人に仕える者として許せません」
『……マスターは何故、あの者に仕えておるのだ?』
「一時の
『……そうか』
それだけで、会話は終了する。
セイバーの言葉に対し、ソランジュは取りつく島もない様に答える。
盲信。妄信。いや、正確に言うならば――分かっていて目を背けているのだろう。セイバーの言葉に、彼女は心当たりがあった。
それでも、この会話を嫌った。拒否した。
ソランジュはいつまで――過去の光を信じるのだろうか。