現代堕ちアリス   作:舞われ回れ

5 / 10
きづき

  

「うっ、う〜ん。いい天気ね」

 

今日はどうしようかな。雲一つない気持ち良い朝だ。こういう日は家に引き籠るに限る。忌々しい太陽め。眩しいだろうが。

カーテンの隙間から日が差し込んでくる。

 

私はいつも服は着ないで暖房ガンガンにかけて毛布を被って寝る。

環境にも家計にも優しくはないが、こればかりは止められない。素肌と毛布が擦れる感覚がむず痒くてより気持ちいいからだ。アリスになってからはより感じるようになったしね。

 

 

「こういった所は変わらないわね」

 

タンスを開けてパンツを身につけ、目に入ったセーターを着る。

部屋は暖かいし、これで十分かな。

それにしても、随分と女の子らしくなったものだ。ふと気づけばこの身体に何の疑問も覚えなくなっている。以前の私の意識が薄くなっているような気もする。アリスの身体を綺麗だと思っても欲情はしないし、性欲も殆ど感じない。

 

この身体に慣れてきている?

それともアリスに近づていっている?

 

けど恋愛対象は女の子だし男に興味は一切無いからそういう訳でも無いと思うんだけどな。

もし後者だとすればそれは大変な事態…でもないか?

 

 

「別に困る事もないし、アリスになる以前の記憶はしっかりと残っている。生活はなんとかなってる。ご飯は美味しいし、アリスは可愛い。何も問題は無いわね。『そんな事より』今日の配信はどうしようかしら」

 

 

昨日のかぐや姫は大変好評だったし、もう一度人形劇をしようかな。それともまた別の事をしようか。

 

…そうだ!人形を作ろうじゃないか。

 

かぐや姫の人形劇は大変好評だったけど、いくつか気になるコメントもあった。

曰く、『上海以外の人形がひどい』『世界観は大事だよね』『コレは酷いw』『人形の動き、表現は有り得ない程素晴らしい。だが!だが!何故こうなったw』『これはかぐや姫ではない「火愚闇姫」だ』『アリスの闇を見た』などなど。

 

 

これが現代社会の闇だろうか。

本来見る事が出来るはずもない、アリスの素晴らしい人形劇を観て極一部とはいえ感想がコレとは悲しいものだよ。

 

アリスの人形操作の技術は勿論、『私』の脚本も良かったと思うんだけどな。

竹取物語をアレンジした分かりやすい人形劇。初めて観る現代の人間にも遍く受け入れられる筈だったのに!

 

なんかイライラしてきた。

 

 

「なんでよ。なんでなのよ」

 

 

床がギシギシ鳴ってる。

おっと、はしたない。はしたない。

 

しかし僅かとはいえ、そう思った人間がいたのは事実。事実から目を反らしていては、これ以上の成長はない。

 

 

作るぞ作ってやろうじゃないか。

 

上海に次ぐ新たな人形を!

 

一部、評判が悪かった原因は上海以外の人形のせいだろう。

これは正直、私も同意せざるを得ない。

 

 

時間が足らなかったのもあるが、作る事がどうしても出来なかったから、他人が作った人形を使ったのだ。

 

 

人形作りは大きく分ければ2つの方法がある。

素材を集め、ゼロから作る方法。

既存の人形に手を加える方法。

 

実は上海人形は後者だ。

 

数日前、密林で洋服や下着化粧品にカメラなんかを買った時、一つの商品が目に止まった。

それが上海人形の元になった人形だ。

 

商品紹介の写真は一枚だけ。

説明文は「人形劇用隙間人形」と漢字だけの1文のみ。その上出品者は【Eienno17sai】とふざけた名前の上、販売しているのはその人形一つだけ。

完全ないたずら、詐欺アカウント。

以前なら気にも止めないが何故かとても惹かれた。

金額は7万円。

気軽に買える値段では無かったが、気がつくと買い物かごに入れていた。

 

 

届いた人形は意外なことに写真の通り、とてもとても綺麗な人形だった。そして、手を触れるとピクリと彼女は笑ったのだ。

思えばその時だったな。

アリスの力の一端、魔力の存在を知覚したのは。

 

暫く魔力を込めていると、髪の色が黒から金へと変わり、殻を割るかの様に造形が変わっていった。それが上海人形との出会いだった。

 

その後、様々な人形を買って試してみたが、上海と同じ反応をした人形はなかった。そういう訳で部屋には色んな種類の人形が山の様にある。

 

今回不評だった人形はこの子達。

商品名『五寸釘付き藁人形』を竹取の翁役にしたのは少し失敗だったかもしれない。釘が邪魔で動かしずらかったし。

素直に『ミッ○ーマウス人形』にしておけば良かったかな。

 

 

【Eienno17sai】のアカウントは既に削除されており、作る時間も方法もなかったので、満足出来る人形は上海だけで配信を始めたのだ。

 

よし。今日はもう一度ゼロからの人形作りに挑戦してみよう。

 

 

………昨日までなら無理だっただろうけど、『半分程馴染んだ』今日なら出来る筈だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そうに決まれば今日の配信は、人形を作りながらの雑談で決まりだ。

上海と道具と材料を机の上に置いて手元が映るようにカメラを調整する。

よし。準備完了〜。

 

 

第3回目の配信の始まりだ。

 

 

 

 

 

「こんにちは、こんばんは。魔法使いにして人形師のアリスよ。今日もよろしくね」

 

『一コメ』『こん〜』『今日もアリス見に来た』『昨日はヤバかった』『かぐや姫、マジ火愚闇姫w』『完成度は凄かった』『多分10年は忘れない』『俺は一生忘れられないw』

 

配信と同時にコメントが飛んでくる。

昼食の時には告知をしていた甲斐があったかな。サンドイッチと【ワイン】って相性いいよね。

 

 

「昨日の人形劇をご観覧してくださった方も、初めての人も今日は楽しんで行ってね』

 

『本日の配信は人形劇ではなく、人形を作りながら雑談よ。質問も受け付けるわ。どの質問を拾うかは気分次第だけどね。

かぐや姫の唯一の失敗は上海以外の人形だと思うのよ。上海以外は既存の物だったし、やはり人形は手作りじゃないともの足りないわよね?」

 

『唯一の失敗?』『うん…まぁ、うん』『質問コーナーキター』『言葉を濁すなよ。イケイケ』『お前が言え』『何聞こうかな』『真実は時に残酷かもしれない』『素晴らしいかったのは間違いない』『アリスちゃぁん。マジ、て、て、天使』『アリスちゃぁんw』

 

 

 

「材料はこれよ。雑談をしながら作っていくから気になる事があればその時々に聞いて頂戴」

 

 

早速作業を開始する。

まずは布からかな。チョキチョキと適当な大きさにカットしていく。

今回作るのは簡単な人形だ。布を縫って綿を詰めて形を整えれば完成だ。頭の中には完成のイメージがはっきりと浮かんでいる。どうすればいいかはっきりと分かる。手が自然に動いてるみたいだ。これなら20分もあれば出来るかな。

 

『明らかに人形の材料では無い物が多数ある様な?』『手際が素人じゃない』『その道具は何に使うの?』『画面端の赤い液体は何ですかね』『それならその隣のドス黒い物体は何ですかね』『年齢は幾つですか?』

 

 

「年齢は20歳、お酒も飲めるわよ。私の配信を見てくれてる人は幾つの方が多いのかしら?」

 

 

『材料の事は華麗にスルーw」『手際がプロ』

『いとも容易く行われる繊細な仕事』『10代20代が多いんじゃない?』『私は60代ですが…』

『スイマセン』『アリスはもっと年下だと思ってた』『それは俺も思った』『身長体重は?いつから人形師やってるんですか?』

 

 

「身長はひゃくは…150くらい?暫く測ってないから分からないわ。体重は上海と同じとしておきましょう。物心付いた時から人形が大好きだったからね。いつからだったかしら?」

 

操作する時の事を考えて、人間と同じ様に関節を作りたいが、魔法無しでは難しいな。

どうしようかな。

 

 

『めっちゃ素直に答えるな』『体重は上海と同じ。1 kg 以下軽すぎw』『上海が50kg位ある可能性も…」『少なくとも10年以上の経験はあると見た』『マジでプロかもしれない』『ちょくちょく上海が動いてるはどうやってるの?』

『それ気になってた』

 

勿論、上海は私が人形を作りつつ、小指から出した魔法の糸で動かしている。

小指は人形作りにはあまり使わないからね。問題ない。

ちょっとしたイタズラ心だ。

 

しかし流石の技術だ。既に8割方完成してるんだけど。私は何処で習ったんだよ。

いやアリスなら当然か。

魔法使いにして人形師アリス・マーガトロイドなのだから、人形を作れるのは当たり前だ。

私はアリス。アリスは…私なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

……えっ?そうだったっけ。

 

 

 

 

 

『今度は上海が笑顔で踊り出した件についてwww』『キレッキレだ』

『人形を作りながら、人形を操作するってどういうことかわからない』『これがプロや』『プロでも無理じゃね』

『上海人形は2体いるんじゃないか?糸で動かす人形と機械仕掛けの人形。今見えてるのは機械仕掛けとか』『なくはないかも』

『返事無くなったけどアリス集中モードかな?』

 

 

『これまで気になっていたんだが、アリスって何のコスプレ?』

 

 

 

 

はぁ?

 

 

 

『俺が知らないだけかと思ってたんだけど、みんな知らないの?』『知らない』『正直分からん』『魔法使いで人形師。容姿は金髪で青い瞳にワンピース。赤いリボンを着けてる。こんな所かな』

『ツンデレ自称巨乳の貧乳魔法使い人形金髪娘じゃねwww』『設定が濃すぎる自作キャラだと思ってたけど』『俺も調べたけどそんなキャラ見つからなかった』『だよな〜』『アリスちゃん真相は?』

 

 

気が付くと画面には意味の分からないコメントが溢れていた。

私は今何を考えていた。

いやそれより、アリスを知らない?

自作キャラのコスプレだと思ってた?

どういうこと?

 

 

 

「ちょっ、ちょっとみんなに聞くけど東方を、アリス・マーガトロイドを知らないの?!」

 

『名前もアリスなのか?』『東方とはなんぞ?』『アリス・マーガトロイドがフルネームか』『アリスっていうキャラクターは沢山いるけど分かんないな』『アリスはエロゲーからアニメまで色々出てくる名前だけどそういう格好のは見たことないな』

 

 

『アリス・マーガトロイドで検索したけど、検索結果ゼロだわ』

 

 

 

心臓の鼓動がうるさい。手に汗が滲む。

アリスを知らない。

この配信を観ているのが、偶々知らない人間ばかりだった、とか?

でもネットで検索しても出て来ないって。

嘘を付いているの?ドッキリ?なんの為に?

いや、そんな理由あるはず無い。

 

そうか。

今までも違和感はあった。

アリスと自己紹介しても誰も東方と言う事はなかった。

人形師や魔法使いと言ってもすごいとしか言われなかった。

そっか。この世界は東方projectが存在しない世界なんだ。

それはつまり、ここは私が生まれ育った世界じゃない。

 

 

この世界に東方projectは存在しない。

当然、アリス・マーガトロイドも存在しない。

 

なら私は、いや『私』は一体何なんだ。

 

 





【Eienno17sai】詐欺アカウントにご注意を。

【ワイン】何故かある。また造ったのかな?

【上海】突然、笑顔でキレッキレダンスを視聴者に見せつける。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。