真っ白な空間。
見渡す限り何も見えない。
ただ、ただ白い。
何もない、寂しい場所だ。
空も白い。いやそれが空かも分からないけれど。
これは夢だ。
アリスの感覚が告げる。アリスの知識が告げる。『私』の記憶が告げる。
それも予知夢や警告夢といった特別な夢では無い。
有り触れた人間がよく見る日常夢や過去夢の類いだ。
(これはアリスの夢では無いわね。私の夢だわ。私の記憶から生まれた夢。それを見ている。いや…見させられている?)
私はふわふわと浮きながら進んでいる。
どうやら実体のある身体では無いらしい。
幽霊や霊魂に近いだろうか。
(何か懐かしい感覚がする。この夢が私の記憶から生まれた夢だとすると、以前私はここに来たことがある?)
思考を巡らしながら、真っ白な空間を漂っていていると不意に声が聞こえた。
丸で空間そのものが話している様だ。どこから聞こえているのか検討も付かない。幼子の様にも老人の様にもはたまた機械の合成音にも聞こえる不可思議な声だ。
「こんな所に迷いこんでいたのね。失敗失敗☆。さてこの魂どうしようかしら。元の身体に戻す訳にもいかないし。かと言って放置も出来ないのよね〜。ほんと面倒ね〜」
「……へぇ。この状態で意識を保っているなんて少し驚いたわ。よく見れば面白い能力を持ってるじゃない。……そう、そう。随分物分りがいいわね。概ねその通りよ。……人間達の間ではそんなものが流行っているの?うふふ、面白い。現代はそんなに希望が持てないのかしらね」
声は愉快そうに1人話している。どうやら私と会話をしているらしい。
今ここにいる私は何も返事はしていないので、この夢は過去の記憶から生まれたもので間違いさなそうだ。
私は以前ここに居たことがある。
「……いいわ。丁度いい身体も見つかったし貴方の願い叶えてあげる。サービスもしてあげるわ。けど気を付けなさい。私にもほんの少し、ほんの少しだけだけど非はあるから忠告してあげる」
「はしゃぎ過ぎては駄目よ。興奮しては駄目よ。冷静になっては駄目よ。立ち止まっては駄目よ。走っては駄目よ。、なdまsやわ、%3かたm 、 ら、 ……愉しみなさいな★」
今日もいい朝だ。
何か『胡散臭い夢』を見ていた気がするけど。
「扉も窓も開かないわね。そろそろ開く気がしたのだけど。
目を覚ますと2日後のお昼だった。
驚くべきことに丸1日以上寝ていたらしい。東方が存在しない事が分かって精神的にショックを受けていたのだろうか。
随分ぐっすりと寝入っていたらしい。
そのおかげかスッキリとした目覚めを迎えた私は服を着てから家の中を確認して周ることにした。
時間経過で何かこの異変に変化が、或いは進行が起こっていないか確認するためだ。
1箇所ずつ手を触れながら視覚と触覚、魔力感知の3つを使って確認する。
どうやら、私の確認する限り昨日と変わりは無いようだ。
扉は相変わらず開かないし、東方projectも消えたまま。机も椅子も本棚も寝る前と変わりは無い。
新たに得られた情報は無し。
家から出られないまま…か。
しかし、電気や水道は通っているしネットも使える。
窓から見える景色は以前と変わらないから、この家が外界から隔離されたわけではないのだろう。
おそらくは結界。
とてつもなく強力な結界がこの家と外を隔てている。
「けど、そもそも一週間や一か月家に籠もって魔法の研究をすることも珍しくなかったし、外に出れなくても別段困ることはないのよね」
「ベッドもあるしお風呂もある。
飲み物だってあるし食べ物だって…あれ?」
そういえば最後にご飯を食べたのはいつだっただろうか?
今日はまだ食べていない。
昨日も一昨日も。
確か最後に食べたご飯はカップ麺だった筈だ。
そういえばここ数日『ワイン』しか口にしてない?
お腹が空かないのは捨食の魔法のおかげだろうか。ワインは毎日飲んでるし私と同じ様にアリスもワインが好きなんだろうか?
「……いや違うわ。そうじゃ無いでしょ。毎日ワインを飲んでいるのにワインはいつもある。空のボトルはいつの間にか満たされてるじゃない!」
これも間違いなく異変だ。
毎日飲んでも無くならないワイン。通常ならワインはとっくに無くなってるか、空のボトルが何本も部屋に転がってないと可笑しい。
何で今まで気が付かなかったんだ。
いつも机にワインボトルが置いてあった。
朝起きてワイン飲み、喉が乾けばワインを飲み、寝る前にワインを飲む。
食事を摂ることもなく、水を飲むこともなく、ただただワインだけを飲み続けていた。
「一体、どうして…?疑問に思う事は一度もなく、毎日ワインを飲んでいたの?
どうしてワインは無くならないの?
誰かが補充している?私しかいない家の中で?どうして、どうして?」
ワインは一先ず封印する事にした。
ラベルと外観の写真を撮り、グラスに少量だけ注いでワインボトルはタオルでぐるぐる巻きして固定化の魔法を掛け紙袋に入れた。
これで少なくとも無意識にワインを飲む事も無いだろう。
飲もうとするならボトルを紙袋から出し、魔法を解除しなければならない。
今までの様に気軽に何も考える事なく飲む事は無くなる筈だ。
気付いてしまうと何かあのワインが恐ろしいもの様に思えてしかたがない。
「ラベルと少量だけ注いだワインの方は調査しないとね。まずこの銘柄のワインが実在するかどうか調べましょう。えぇと……これは、読めないわね。何語かしら。一緒に描かれているのは人形の絵ね。へぇ、よく分からないけれどいい趣味じゃない。
ワインは成分分析すれば何か分かるかしら?」
ラベルはネットで調べるのがいいだろう。配信中に視聴者に聞いてみるのもいいかもしれない。少なくともこの現代社会に実在するかどうかは分かるだろう。
ワインは『魔法』を使って調べよう。
探知魔法?探査魔法?錬金術の類いか?
どの魔法を使うべきだろうか。
今の私には魔法知識があるだけだから、発動する事は出来ても使いこなす事ができないのが残念だ。
アリスの身体、アリスの知識を持っていても使い手が私では駄目だ。
「もっとアリスに近づければ。アリスになれればな」
…けど本当にそれでいいのだろうか?
アリスになるという事は、それはつまり…。
ワイングラスを天井の蛍光灯へと掲げてみる。
赤い紅い血の様なワインだ。
光を取り込み宝石の様に輝きを放つ。
鼻に近づければ芳醇な香りが立ち昇る。間違いなく今まで私が飲んだ事のあるワインとは比べる事も出来ない一品だろう。
それを自覚した途端、飲みたいと飲みたいと欲求が湧いてくる。
毎日ガブガブ飲んでいたのに。今は危険なものかも知れないと分かってるのに。
それでも気が付けば唇にグラスを運んでいた。
「ふぁ〜。美味しいぃ〜」
はっ?!私は何を!!
あ…ありのまま今、起こった事を話すわ。
ワインを調べていたのに気が付けば全て飲み干していた。
な…何を言ってるのかわからないと思うけど私も何をされたのかわからなかった。
頭がどうにかなりそうね。
催眠術だとか超スピードだとかそんなチャチなものじゃない。
もっと恐ろしいものの片鱗を味わったわ。
「……いやなんでよ?!ワインを飲んだ事も、今の思考も両方可笑しいでしょうが!。アリスがこんな事考える筈ないでしょ。『俺』もそんな事考える筈ないのに」
やはりこのワインは危険だ。
調べようとしていたのに、気が付けば飲んでしまう。どう考えても単なるワインではない。
魔を含んでいる。
さっきの私の反応。
恐らくは視覚や嗅覚に訴えかける魔法が掛けられている可能性が高い。
このワインを見ると、このワインの香りを嗅ぐと飲まずにはいられなくなる、といったところか。
「私の身体の周りに結界を張って、魔法を掛けた『サングラスとマスク』を着けましょう。これで駄目なら仕方ないわ。逃げてるだけでは解決しない。今まで飲んでいたけれど身体に目立った害は無いようだし、リスクは低い筈。アリスの魔法の全てをもってこのワインの正体を暴いてやるわ」
今日は配信出来そうにないな。
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「…7割。いえ6割5分かしら。今になって抵抗をしてくるとはね。折角穏便に済ませてあげようとしているのに巻き込まれた私としては溜まったものじゃないわ」
「シャンハーイ」
「…ごめんなさい。貴方は良くやってくれているわ。貴方がいなければワインを仕込む事は出来なかったんだから」
「シャンハーイ」
「それにしても自分の願いを自分で否定するなんてね。彼は忘れているのだから否定しているつもりも無いのでしょうけど、余計に始末に困るわ」
「私をここに堕とす程の能力。どれだけ弱っていても真っ向から否定されると力負けしてしまう。ワインが使えなくなる可能性が高い以上、私としては『配信』に頼る事になるわね」
「彼も楽しんでいる様だし協力していきましょうね上海。それに別の手段も考えないと…」
「シャンハーイ」
『私』私はアリス。アリスは、私よ。
『胡散臭い夢』なんなんだー。この夢はー。
『ワイン』気付いてしまった。バレてしまった。
『魔法』美少女魔法使いアリスちゃん。
『俺』…おや、アリスの様子が。
『サングラスとマスク』不審者。控えめに言っても金髪不審者。
『配信』楽しい。切り札になるかも?