飲んでも飲まれるな。   作:獲る知己

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人生で一番頭の痛い目覚め。

 人生において重要な転機はいくつかある。

 例えば妹のみほ。みほは黒森峰から大洗に転校する事によって自分の戦車道を見つけた。

 例えば黒森峰。常勝を続け、ついに高校戦車道において大会10連覇を遂げようとした矢先に敗退。

 一見して悪く思える事柄だが、これにより常勝ではなくなった黒森峰はさらなる躍進を遂げるモチベーションを手に入れた。私が入学したての8連覇中の黒森峰より、大会準優勝の現在の黒森峰のほうが皆のやる気が明らかに高い。

 どのような優れた物でも長く続けはいずれ腐るということだろうか。 

 

 これは、高校戦車道全体に言えることで黒森峰の敗北と、無名校大洗の優勝により士気が上がりそれはいずれ日本戦車道全体の起爆剤となる事だ。

 直接かかわる事はないにしても留学から帰ってきたときが楽しみでもある。

 

 西住流、といより母の意向もあり私はドイツの大学に戦車道留学をすることとなっている。

 これが私にとっていい転機になる事を願うばかりだ。

 不安もあるが、やはり戦車道本場のドイツに行くことに少なかれず喜びもある。

 

 そんな複雑な心境を知ってか知らずか、昨日は私の送別会なるものを後輩達が催してくれた。

 陸地の有名でお手頃な価格の店を予約し、黒森峰の堅い雰囲気を払拭した無礼講。驚いたのは、そこにはみほや、3年間ずっと切磋琢磨してきた好敵手達がそろい踏みだったことだ。

 

 お互いそこまで友好的ではなかったプラウダのカチューシャ達がいたことにも驚いた。

 何はともあれ昨日はとても楽しい気分だったことは覚えている。

 後を託す後輩達、共に肩を並べ袂を分けた妹、幾度も苦しめられ向上しあった他校の隊長たち。

 私の高校3年間の集大成がそこにはあった。

 

 鉄と油で彩られた鉛色の青春を送ってきた私としては、まるで普通の高校生のような、まさに青い春と形容できる青春の一ページであったわけだが、どういう訳か今朝の気分は非常に悪い。

 

 内側でティーガーが絶えず砲撃を繰り返すようなずきずき痛む頭。地獄の耐久強化合宿後のような気怠さ。一糸まとわぬ生まれたての西住まほ。

 ……

 ……

 どうやら、未だ目も覚めていないようだ。夢とは思えない現実感のある夢だが、夢うつつなのか寝ぼけているのか、いやはや、こんなだらしない姿をお母様に見られたらお説教者だ。

 

 実によくできた夢だが、辺りを見渡すとどうも私の記憶にない景色だった。実家は日本家屋で、飾りけがなく菊代さんにはまるで男の子のような部屋だと揶揄される自室でもない。そんな私の部屋よりさらに無機質で機能性だけを求めたような黒森峰の寮でもない。

 

 調度品はそれなりにいいもので、恐らくどこかのホテルのような洋室。部屋全体がシャレた作りでやたらピンクや赤が多い。しかも所々にハート型のクッションまである。

 

 全国大会の時に使うビジネスホテルとも違う印象だ。

 どこがどうとはうまく説明できないが、部屋全体で甘い雰囲気があるような……?

 

 床に散らばっているのは3年間見慣れた黒森峰の制服。多分私の物だろう。

 普段はきっちり畳むか掛けるかしてある制服が脱ぎ散らかされているのはなんとも不思議な気持ちになる。

 しかもご丁寧に下着までも制服の上に放りっぱなしだ。物心ついた頃から整理整頓されてる私の私物が無造作に置かれているのも夢だとしても落ち着かない。

 

 そういえば、この夢の中で私は何も着てないのだったな。

 

 はは、お母様には本当に見せられないな。うん。

 

 醜態ともいえる状況だが、私も所詮は18歳の小娘だ。現実ではしなくとも夢の中くらいではだらしのない姿でもいいじゃないか。

 

 そして隣を見れば人が2,3人寝れるような大きなベットの上でシーツが膨らんでいる。まるでその中には人がいるかのように、呼吸をしてるかのように上下に動いている。

 ……

 ……

 ……まて、落ち着こう。

 

 ……そう、これは夢だ。頬をつねっても起きる気配はないし、さっきから頭は痛いし、時間がたつにつれ夢とは思えないがこれは夢だ。

 

 いや、いやいやいや。

 

 これはないだろ。いったい何があったんだ。いや、ナニヲしているんだ私は……?

 

 えーと、昨日の記憶は前半しか覚えてないし、ここに来るまでの記憶とかまったくないけど、これはないだろ。

 とても悪い夢だ。きっとそうだ…………。

 

 いや、いや、いや、落ち着け。落ち着くのよ西住まほ。このくらいの窮地今までだって乗り越えてきたじゃない。

 どんなに堅い守りでも綻びは必ずある。覆しようのない現実でもきっと突破口はあるはず。

 撃てば必中、守りは固く、進む姿は乱れなし。鉄の掟、鋼の心。それが西住流。

 落ち着くのよ。落ち着いて考えよう。

 

 ああ! きっと、昨日はあの後少しはしゃぎすぎてしまい、恐らく気分の悪くなった私を、エリカや小梅が介抱してくれたのだろう。

 うん。

 人を抱えて学園艦まで戻るのは難しい。だから、このホテルで一夜を明かしたんだ。

 服は、服はそう。多分私が途中で吐くか汚すかしてしまい脱がされたんだ。汚れた服でベットに入ったらホテル側に迷惑だし。きっとそうだ。

 よく覚えていないがきっとそうに違いない。

 

「……ゴクリ」

 

 では、この隣で寝ているのは誰なのか。

 私の考え道理ならエリカか小梅が付き添いで来ているはずだ。そう、ちゃんと服を着て。

 黒森峰の生徒らしくしっかりと服を着て寝ているはずだ!

 

 理由は分からないが、震えが止まらない手でシーツを掴む。

 

 ゆっくりと、ゆっくりとシーツをめくり中を確認する。

 

「……んん?」

 

「……」

 

 すぐにシーツをかけなおした。

 

「……い、いやいやいや。これはない」

 

 見間違いだ。

 2年間見知った後輩の顔ではなく、生まれてきてからよく見てきた見知った顔があったがきっと見間違いだ。

 

 肩くらいまでめくったシーツからなぜか素肌が見えていたのも見間違いだ。

 

 よく見れば私の制服の隣に、見慣れた黒のスーツが脱ぎ散らかされているのもきっと見間違いだ!!!!

 

「に、西住流に逃げの二文字はない!」

 

 そう逃げちゃだめだ。逃げちゃだめだ。逃げちゃだめだ。逃げちゃだめだ。逃げちゃだめだ。逃げちゃだめだ。逃げちゃだめだ。逃げちゃだめだ。逃げちゃだめだ。逃げちゃだめだ。逃げちゃだめだ。逃げちゃだめだ。

 

 心の中で呪詛のように繰り返しながら再びシーツをめくる。

 

 毎朝鏡で見る顔と似ている顔に、私より大分長いしなやかな黒髪。普段は皺が刻まれている眉間も寝起きとなると柔らかな印象を受ける。などとよくわからない感想を抱きながら、目を合わせる。

 

「んん……あら……まほ?」

 

「……………………………………………………お、お、お、おはようございます、お母様」

 

 そこには西住流家元にして私の母、西住しほが一糸まとわぬ生まれっての姿でいた。


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