さぁ、復讐を始めよう 作:ぷーある
「ふむ……やっぱ仕事見つからねぇか」
手に持つ分厚いタウンワークを机の上に放り投げてソファーに腰を下ろす。無駄に良いソファーなのか沈み込んでいく己の尻と同じで何処までも底無し沼に沈んでいっている現状をどうにかしたかった。
だがしかし現実は非情である。
「流石に24で無職はやべぇって……ヒモとか俺の精神が崩壊する」
この男、無職である。
辺りを見渡すと広々としたリビングには大手電化製品店よろしくブランド世界の亀〇製の80インチテレビ、そしてその下には数多のゲーム機が所狭しにおかれている。そしてソファーの前に置かれたテーブルにはタウンワークの他に同居人が自作したというpcが無造作に置かれているのだが驚く事なかれこんなのまだ序の口で隣の部屋に行こうものなら文字通りパソコンルームなのだが同居人が言うには以前使っていた物より5倍のスペックを誇るのだという。
正直そこまで専門的な事になるとなんのこっちゃ分からない。けれどもそれを誇らしく胸を張って告げる同居人が余りにも褒めて欲しいオーラを出していたので手放しで褒めておいた。きっとそれで正解だったはず。
勿論こんなマンションのワンルームを借りれるほど金なんて持っていない。というか一銭すら払わず気が付いたら何故か此処に住んでいた。いや、目が覚めたら知らない天井だ。的な展開ではなかったが男がある大仕事を終えて本来いるべき場所に帰って1ヶ月。
そう1ヶ月だ。そのたった1ヶ月でムショから釈放され同居人に連れてこられたのがここだ。
釈放されたのなら自分で働いてお金を稼いで住む所ぐらい自分で何とかすると言った。自分だって男なのだからひと回りも年下のしかも女の子に養われるなんて事はプライド的にも男的にも有り得なかった。のだけど現実はそう甘くなく前科が足を引っ張った。故に今はめでたく年下の女の子のヒモである。
あー、と何処と無くやるせないけど自分のせいだからなんとも言えない気持ちを吐き出していると玄関が開く音がした。慌ただしく床を走る音が聞こえてくる。そんな急がなくても別に居なくなったりしねぇよ、と自然と笑みを浮かべる。
バンッ、と大きく開かれた扉から高校の制服を着た女の子が不安げに部屋を見渡す。しかしソファーに座る男を見付けるとすぐにぱぁっと表情が明るくなる。
「おかえり。双葉」
「うむ、今帰った」
オレンジ色の髪に眼鏡を掛けた双葉と呼ばれた女の子は男の方へと歩み寄ると遠慮がちに隣に座る。これでいつもの配置に、いや少し違う。モノ欲しげにチラチラと此方を横目で見てくる双葉。何となく頭の上のアホ毛がぴょこぴょこ動いている気もしなくもない。そんないじらしい姿を狙ってやっているのだろうか。そうだとしたらかなりの悪女だろう。
こうやってこの姿を眺めているだけでも満足なのだがそれではいつかこのお嬢様か機嫌ナナメになってしまうので沈んでしまった腰を持ち上げて女の子の方へと近付く。
「離れなくていい権利はどうしたんだよ」
「そ、それは……そのぅ……」
「ま、俺は離れていいんなら離れるけど」
「それはダメっ!」
「そんな力いっぱい抱き着かなくても逃げねぇよ。というか俺はお前のもん、だろ?」
「そ、そうだ。ギンは私のモノだ。だから……こうして逃げないように捕まえてなくてはならない」
釈放されたのもこうしてこうして此処にいられるのも全部双葉のお陰だ。文字通り自分は目の前の少女に人生丸ごと買われてしまった。出会った時は少女が男のモノで真逆だったというのにどうしてこうなってしまったのか。
嬉しそうに自分の胸で笑顔を浮かべる少女の頭を撫でながら考える。
そう、あれは。酷い雨の日だった。
――――――――――――
「………………」
歩く。宛もなく。
どしゃ降りの雨の中傘もささずに歩いていく。歩けば歩くほど感じる。全てが、世界が遠く感じる。
雨の中通り過ぎて行く人は一切此方を目にとめない。
「またビックバンに『怪盗』が現れたらしいぜ?」
「えー。それまじ?というかバンズだけ盗んでいく怪盗ってなんなの?それにムキになって警備強化してそれをくぐり抜ける怪盗は確かにすげぇけど盗んでんのバンズだからな……俺バンズにリアルインポッシブルする気起きねぇぞ」
「ホントうけるよな。奥村も怪盗もバンズに必死すぎな」
「………………」
目の前から男2人組が歩いてくる。しかし歩く方向は変えない。ぶつかる?あぶない?そんなもの自分には関係がない。
距離が10、5mと近づいて行く。そして距離が0になりぶつかって尻餅を……付かない。
遠い。何処までも。自分の見えている世界が遠い。
自分を
「はら、へった」
いつも通り適当な建物に入る。どうせ自分はこの世界にはいないのだから何をしようが関係がない。だから盗む、今は時を待ち生きる為に。
本当はこんなカッコ良さも美しさの欠片もない盗みなんぞしたくないのだが死んでしまっては元も子も無い。今は息を殺し気を待つ。確実に奴の息の根を止める為に。
「あー、何でこんなこそ泥みたいな……いっそまた盛大にやるか?あそこの安モンのバンズ美味しいし。社長の赤くなる顔は傑作だし」
手馴れた手付きで扉を開ける。どうせ見付かりはしないのだから通行人がいようが気にしない。しかし余りにも手応えがない鍵に首を捻る。
「あ?って開いてんのかよ………」
不用心だなぁ、泥棒に入られるぞ。あっもう入られてるな。とセルフでボケる。靴は出ていないので恐らく本当に鍵を掛け忘れて行ったのだろう。じゃあ遠慮なく、とリビングへと足を進めキッチンや冷蔵庫を手当り次第荒らす。ここまで大っぴらにやると流石に
食材の類はほとんど無く家の主は外食でご飯を済ませるタイプの人間らしく置いてあるのはカップ麺とスナック菓子が殆ど。
とりあえず手当り次第にスナック菓子をぶちまけて口へと放り込む。その辺にあったティファールでお湯を沸かして幾つかのカップ麺を開封して準備完了。
盗みに入ったのにご飯がカップ麺とスナック菓子とはこれ如何に。当の本人はお腹さえ膨れれば特に気にしない。ただひたすら今は姿を隠しながら好機を待つ。偶に美味しいご飯を食べたいと思う事だってあるのはあるが貧乏性が染み付いているのかどうしてもこうした菓子やカップ麺の方が何となく落ち着くし無駄に高い料理より美味しく感じるのは何故なのか。一生の謎である。
「にしても……」
見た感じ部屋の主は男。年齢は40そこらだろうか。それにしても部屋が汚過ぎる様な気がする。部屋の主がどんな生活をしているのかは想像が付く。殆ど家にいないで寝泊まりぐらいでしか使われていないのだろう。キッチンには調理器具の類は見当たらないし適当に指を這わせると埃が至る所に積もっているのが分かる。そして何より
「あの南京錠で鍵閉めてる部屋、怪しすぎる」
質素な部屋にガチガチに鎖で固められて南京錠で錠をされた光景は余りにも不自然だ。明らかにそこに見られたくない、もしくは見たくないものでも入れてあるってのが丸分かりだ。
こんなこそ泥みたいな真似をしていても、腐っても怪盗を自負している彼がそれに興味を抱かないはずが無く。手際良く鎖を引き抜いていく。誰だって秘密にされたりここまで大袈裟に隠されたら人間気になるじゃん?だから仕方がないね。と言い訳をしながら最後の南京錠を開けた。
ぎぃ……と不気味な音を立てて扉が開く。途端に扉の向こう側から悪臭が一気に吹き寄せた。鼻がもげそうになるのを我慢して扉の向こう側を除くとそこはゴミ、ゴミ、ゴミ。ひたすらゴミの山だ。ただひたすら掃除するのが面倒くさくてゴミ詰め込んだだけか?と考えるが視界の端に何かが動いた、気がした。自慢じゃないが怪盗を自負している自分は闇の中でも目が利く。だからそれがネズミやら動物ではないのは一目瞭然だった。
人だった。薄汚れて髪の毛もくすんでいて分かりにくいが長さと骨格からして女の子だろう。見た目は中学生ぐらいだろうか。明らかにやせ細っていてろくにご飯を食べていないのは明らかだ。
「…………」
虐待か育児放棄か。どちらにしてもろくなもんじゃない。
助けてもいい。ただし。
「……おい、お前」
「…………」
それは本人に生きたいという意思があった場合だ。生気が宿ってない虚ろな目。
こういう目をした奴を他にも知っている。この世にも、自分にも、全てに絶望した者の目だ。生きる事を諦めて何もかも諦めた目。
それが悪いとは思わない。現実は何処までも無情で残酷なのだから。こんな年若くしてきっととても辛い事があったんだろう。だから自分の心の迷宮に閉じこもって静かに死ぬのを待っている。
自分はもうこの世界には存在しないというのに存在しているお前は何故そうも簡単に諦められるのか。
クソみたいなゴミの山を掻き分けて少女に近づいて行く。
「お前、本当にそれでいいのか?」
「…………わたしは此処で死ぬの」
「ああ。お前はきっと正しい。そういう事でそこで死んどけ」
どうやら少女には自分が見えているらしい。偶にそういう奴がいる、俺が
踵を返して少女から離れていく。そろそろお湯が沸いた頃だろう。こういう手合いには何を語り掛けても無駄。構うだけ時間が勿体ない。しかし服が何かに引っかかる。いや違う。
「おい」
「……」
「いや離せよ」
しかし離してくれる様子はない。虚ろな目で此方を見上げるだけで何を考えてるか何て分かりそうもない。
「…………け……」
「あ?」
「UFO……」
「あぁ、くっそ置いてあるカップ麺な。それがどうした?」
「それだけ……置いてけ」
「え、えぇ……」
コイツ死んだ目しながら食い意地だけは張るのかよ、と心底呆れた。だがそれは困る。俺だって空腹で死にそうになってカップ麺が必要なのだからこれは置いていく訳にはいかない。いや他にもカップ麺はあるのだが個人的にはUFOが好ましい。何故なら美味しいから。それに限る。継ぎ足しでマヨネーズでもあれば最高だがここの冷蔵庫の中のマヨネーズは何となく腐ってそうで使えそうにない。というか使いたくもない。
「もう開けちまったし」
「私が……困る」
「いや俺も困るし」
「……それしか私のご飯がないから……無くなると困る」
「いや他にもあるじゃん」
「それ私の。貴方は泥棒」
何かコイツ面倒くさせぇな。というかさっきから聞いていればちゃんちゃら可笑しいんだ。
「お前死ぬんじゃねぇの?じゃあUFO要らないじゃん」
「……最後の晩餐」
「誤魔化すか。ま、どうでもいいが…………っとマジでゴミ邪魔だな。ん?ノートパソコン?」
何か足につっかえたのでそれを拾い上げる。それはボロボロなノートパソコンで見るからに動くか怪しい所だがこれは。
「……おいお前。これ、どこから拾ってきたんだ?」
「…………」
「UFO」
「作った」
UFOを人質?に取られたら流石に喋るらしい。ボロボロのノートパソコンの電源を入れる。動いた、粗末なパーツを幾つも使われているのかかなりお粗末な見た目だがこれは大したものだ。ジャンクパーツ組み立てただけでこの完成度は正直異常だと言っていい。その道のプロではないから正確には推し量れないが目の前のみすぼらしい少女は天才と呼ばれる人間に分類されるのだろう。
これは使える。そろそろ色々と不便をしていた頃だ、奴の息の根を止めるには正確にこの世界の流れを感知していつしか派手に暴れる必要がある。だからこそこの少女には価値がある。自分に出来ないのなら別の所から盗んでこればいい、怪盗らしい思考だった。
「なぁ、1つ取り引きをしよう」
「…………」
「俺はお前に……そうだな。今お前自分の状態が分かっているか?」
「……閉じこもって死ぬのを待っているの。私が……殺したから……」
要領を得ない答えだが凡そ正解だ。思わず笑みが溢れてしまう、どうやら予想通り頭はかなりキレるらしい。これは予想以上に良い拾い物かも知れない。
だがやはり捻じ曲げられているのはされた本人は分からないか。けど多分だが。
「お前気が付いてるんだろ?こうなった大元の原因は知らんが誰かにそうなるように仕向けられたってのを」
「……ち、違う。わ、わたしがお母さんを……」
「まぁそれは後でわかる事だから置いておいて。そうだな。俺がお前をそこから攫ってやるよ、勿論こんなクソみたいなゴミ屋敷からもな。助けてやる、お前にはその価値がある」
「…………うぅ。私が殺した……お、お母さん、ごめんなさい……ごめんなさい。あ、うぅ」
こりゃ廃人化1歩手前だな。よくこんな小さい子をここまで追い込めるもんだ。幻覚でも見えているのかしきりにごめんなさいと呟く少女は見るに耐えない。それでも男は動かない。少女が自分でこのクソッタレな現実から反逆の意思と生きる意志を示さない限り。
きっかけさえ与えてやれば後は簡単だ。
目の前の少女は見た目ほどヤワじゃない。俺には見える、少女の中で燃える復讐の炎が今か今かと激しく燃え上がっているのを。
「……誰か、たすけてっ!」
「あぁ、助けてやろう。お前の心も、人生も全て俺が頂戴しよう」
きっとそれが少女にとって初めての反逆。心の底から願った言葉を男は受け止めた。きっとそれは叫びで男にではなく誰でもよかったのだろう。
泣きわめく少女に近付き顎に手を添えて上を向かせる。こうやって近くで見れば幼いながらも整った顔立ちから将来必ず美人になる事が容易に想像出来た。困惑気味に男を見上げる少女に男は不敵な笑みを浮かべて、
「……」
「っ!?!?」
手始めと言わんばかりにその唇を奪い取った。
「惚れたか?手始めにお前の心を頂戴した、さぁ……ショウタイムだ」
悪戯っぽくにぃ、と笑ってみせる。
認知を変える。
目覚めろ。俺はここにいて、復讐すべき敵は今もそこに存在し胡座をかいてふんぞり返っているだろう。お前はそれでいいのか?
燃やせ燃やせ。復讐の炎を。
許すな、憎め。そして目覚めろ。
「ふむ……ピラミッド、か。確かにここは墓場だな」
「はわ、はわわわっ」
「あー……色々あり過ぎて頭の理解が追い付かないのは分かるが一旦落ち着け、な?」
とりあえず強引にパレスに引き込んだ少女を落ち着かせることから始めよう。