さぁ、復讐を始めよう 作:ぷーある
「ん〜、この味がたまらんっ!」
「おま……どんだけ粉チーズかけてんだよ。それミラノ風じゃなくて北海道冬景色風ドリアじゃねぇか」
「うるさい!いつもギンの影の薄さのせいで遠慮せざるおえなかったんだから別にいいじゃないか」
「おい」
「ふふふっ、お二人とも仲が良いんですね」
まぁそれは否定しない。実際これだけ頭空っぽにしてめちゃくちゃ言ってても楽しいし。
「けど本当に良かったのか?」
「ええ。もう私は自由にならない人生は嫌なんです、それに私盗まれちゃいましたし」
そう言って流し目を送ってくる春にドキッとする。おい此奴ホントに高校生か?そこら辺の大人と変わんねぇぐらい大人の色気を感じるんだが。
こんな事を言っているがこの女お父さんに喧嘩売って半家出状態だ。明確に父の意見に背いたのはこれが初めてらしく寧ろ浮きものが落ちたように生き生きとしている。
「むぅ……ギンがデレデレしてる」
「双葉にはない色気のせいだな」
「なにっ!?わ、私に色気がないって言ってるのか!うぅ〜、その言葉後悔させてやるっ!」
「っておい!?粉チーズふりかけ過ぎだって、馬鹿やめろ!」
「ふふふっ」
「春も笑ってないで止めろや」
春が家にきて暫く経った。
明日俺達は春のお父さんのパレスを攻略しオタカラを頂く。
粉チーズを俺のハンバーグに振りかけるのを止めたが未だにそっぽを向いてご機嫌ななめな様子の双葉。あー、こうなっちまったら当分は機嫌が直らない。簡単に直す方法はあるがあまり乗り気にはなれない。だが明日はパレス侵入日。出来るだけ万全の状態にしておきたい所ではある。
チラッと春に目線をやると俺が目線を向けたのに気が付いたのかニコッと笑う。
(コイツ……ぜってぇ分かってやってんだろ)
なるほど。まんまと乗せられたというか。
双葉の機嫌を直すのは簡単で双葉の言うことを聞いてやればいい。まぁ、そういう事だ。
早かれ遅かれ通らないといけない道。というか双葉がもう限界っぽい。ただでさえ俺が中途半端に相手をしている状態で別の女を連れ込んであまつさえそういう事をやっちまったんだから。
その日は雨だった。
空を覆う雲は全て雨雲で黒く光を通さず辺りは闇に溶け込むように暗い。激しい雨音だけが悲しげに響き皮肉な事にそれが俺はここにまだいるんだと自覚させてくれる。
あぁ、暗い。俺のいるここは何処までも続く深淵のようで気を強く持っていなければ今にも消えてしまうぐらいに。
俺は闇だ。双葉のような光ではなく、その光から生み出される影に潜む半端者。
光は1人でも闇の中で輝き自分はここに居るんだと周りすら照らして見せる。だが闇はどうだ?
光の副産物でしかなく光がなければ影は生まれずそれは深淵、何も無いただの虚無。
俺は俺が分からない。何処までも真っ暗な深淵で闇でしかない俺は自分が見えない。これまで強く自分を持って闇に溶け込まれずに生きてきたが最近俺は自分が分からなくなってきた。
どうやって育ってきてどのように人生が狂ったのか、この消したくても消えない心の炎が燃えているのは分かる。
けど一体自分は何者だろうか?
果たして普通の人間に認知の思い込みのみで存在を繋ぎ止める事が出来るのか?
事象を上書きしおもうがままに操る事ができるのか?
俺は自分が分からない。死んでたまるかと1人で闇に生きてきた俺はそれすら考える余裕すらなく生に縋って過ごしてきた。だが今は双葉がいる。強い光が隣にいるから俺は影として自分の存在を確かなモノに出来た。誰かが俺を認めてくれているというだけで俺は存在する事が出来ていた。
雨は止まない。
1人真夜中の街を歩く俺の身体を雨はすり抜けて地面へと落ちていく。まるでお前は此処にはいないんだと言っているかのように。
「随分と……弱くなっちまったもんだ」
いや弱くなったというより元に戻ったのかも知れない。復讐という炎だけで生きてきたあの頃と違い今はもうそれだけじゃない。
守りたい人がいる、やりたい事が出来た。きっとそれは良い事なのだろう。しかしそれが俺の存在を不確かなモノにする。
きっとそういうものなのだろう。人を強くする思いも今の俺には枷にしかならない。
いや違う。
そもそも俺は人間なのか。
ギシ
何かが軋む音がやたらと大きく聞こえる。いや違う。これは自分が世界から遠ざかっているのだ。遠い、自分の中にあるモノの鼓動の筈なのに何処までも遠く感じる。雨は自分を通り抜けていっているのにそれに流され闇に溶け同化していくように意識が薄れていく。
「ギンさんっ!?どうしたんですか!?」
光が俺を照らす。その瞬間止まっていた呼吸も溶けて薄れていた感覚も戻ってくる。世界をそこに感じる。
「っ、ごほっ、げほっ……すまん。ちょっと消えかけてたわ。助かった」
「消えかけ?嘘っ!?」
目を見開き驚いている。無理もない文字通り消えかけていて透けて雨すら通り抜けているんだから。まぁなにこれぐらい何時もの事だ。
「……ふぅ、もう大丈夫だ」
「っ!?」
「っておい……濡れるぞ。……はぁ、悪かったよ」
持っていた傘を投げ捨てて俺の胸で啜り泣く
奥村が落とした傘を拾い上げて俺はそのまま奥村を連れて家へと帰った。既に寝ているであろう双葉を起こさないように扉を開け周囲の音を盗む。とりあえず奥村に風呂に入るように促し自分は適当にタオルで身体を拭きつつソファへと倒れ込んだ。
余計な心配をさせてしまった。彼女は優しい、こんな出会って間もない男が1人消えかけていただけで涙を流してくれるのだから。
だからこそ深く関わりすぎては駄目だと本能が告げている。もう悲しみは広げなくていい、もう俺だけで収まってくれればいい。
ガチャン、と扉が開く音がした。
「奥村?あがったなら……っ!?」
「…………」
どすん、と押し倒される。胸の上で縮こまるように顔を押し付けて来る為に何を思ってこんな事をしているのかは分からない。分かることと言えば俺が彼女を悲しませてしまったということ。そして何故かタオル1枚しか彼女はその身に纏っていないこと。
前者は俺と双葉の関係や怪盗関係の事をあらかた説明してしまった為に分からなくもない。だが後者はよく分からない。
「酷い人です……」
真っ暗な部屋で呟かれた声は雨音で掻き消される程小さい。それでも目の前で言われた言葉は嫌でも己の耳に入ってくる。
「貴方は気まぐれで私を助けたんだと思います。そこに深い理由はなくて目に付いたから、知ってしまったからという理由だけで」
「……あぁ、その通りだ」
実際その通りだった。たまたま裏路地で揉めているのを見付けて女の子で可愛かったから助けた。怪盗として、男として。呼吸をするようにただごく自然に自分がそうすべきだと思ったからやっただけでそこに何か特別な理由も打算的な理由も存在していない。
あるとすればカッコつけたいからとかそんなくだらない何処までも自分勝手な理由のみ。
「それでも私には命の、とはいかなくても恩人に違いないんです。それに勝手に私のことを盗みだしておいて自分だけ消えるだなんて……そんなのズルいですよ」
「お前はもう自由だ、見ず知らずの俺に縛られる必要はねぇんだ」
「馬鹿なんですか?事情を知って、助けて貰って……貴方はたかが小娘の気の迷いと笑い捨てるかも知れません。けど私にとってこの時この瞬間の気持ちは本物なんです」
全くその通りだ。盗むだけ盗んで愛でることさえせずに放置する。どうしてこうなってしまったのか、深く関わればこうなると分かっていた筈なのに俺はどうして繰り返すのか。
本当は分かっている。けどそれだけは認めてはならないから、俺がそれを認めてしまったらもう俺は1人で立ち上がる事が出来ない。
俺は立ち止まれない、消しても消えないこの炎を燃え上がらせ何処までも走り続けなければならない。
ぎゅっ、と抱き締められている腕の力が強くなる。
やめてくれ、そう思っているはずなのにずぶずぶと抜ける事が出来ない底なし沼にハマっていくように喉は掠れて声は出ない。
これ以上はダメなんだよ。だからお願いだから……
「大丈夫なんです、立ち止まっても。貴方はそれが許せないのかも知れません。けどいいんです、私がそれを許します」
「おれ、は……」
揺らぐ。俺の炎が揺らぐ。
やめろと理性が叫ぶ。けどその裏で身を預けろと心が叫んでいる。
「きっと立ち止まっても貴方は走り出せるから。それに都合のいい女は嫌いですか?貴方が愛してくれるのなら私は都合のいい女になりましょう……私は貴方の……」
耳元で囁かれる言葉が脳を溶かして押し当てられている女性らしい柔らかい身体が理性を燃やしていく。
俺は…………おれは……
「どうかしたんですか?」
「……いや、なんでもねぇよ
含み笑いが無駄に怖いからやめてくれ。
手を出してしまった手前もう後に引く事は出来ないしどっぷりと甘い女という蜜が消えかけてる俺の存在を繋ぎ止めているのは紛れもない事実で目の前で笑っているのは文字通り都合のいい女なのだが。
(やっぱ女はつえぇな)
さて都合良く利用されているのはどちらなのか。やはり女という生き物は強いんだと思った。