ヤンデレの病弱妹に死ぬほど愛されているお兄ちゃんは蒼星石のマスター!   作:雨あられ

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第12話

「ん」

 

ちゅんちゅんという雀のさえずる声とぴぴぴぴっとうるさく鳴り響く目覚まし時計の音。温かい布団の誘惑というのは本当につらい。やわらかくてふわふわしていて。どこまでもねむりにつけそうな…

 

……ん?…やわらかくて、ふわふわ?なんか、やけに重いと言うか。動きづらいというか。質量がある。布団じゃないぞこ…れ…

 

「すぅ…すぅ…」

 

見慣れた。黒くて長い髪にピンク色のパジャマ。それが、俺の胸板の上で規則正しい寝息を立てている。足と足を絡んでいて、とてもじゃないが抜けられそうにない。穏やかに眠る顔とちらりと見える鎖骨が妙にえ…って、俺は何を考えてるんだよ。めぐ相手に。くそ、朝の起きたばかりの男子にくっつくなんて危険なことを。寝起きなんてアポカリプスがポセイドンだぞ!

 

ってか、何でめぐがここ(同じベッド)にいるんだよ!

 

「おい、おいめぐ。起きろ」

 

「ん…………おはよう、お兄様」

 

「おはよう……それで、何で同じ布団に入ってるんだ?」

 

「?」

 

口の横に人差し指を当てるとキョトンとした表情を浮べる。いやいや、俺がおかしいんじゃないからな。と、思えば、ふふ、と不気味に笑い、俺の顔の横に腕をたてると、絡ませていた足を解き、馬乗りになる。これ、押し倒されてるような形じゃ…

 

「兄妹なのに照れているの……?」

 

俺の顎を、めぐの白い人差し指がゆっくりと、なぞる。こちらを見下ろすめぐの黒い目を見ていると、吸い込まれそうになる。そのまま、頬に柔らかい手のひらを当てられたかと思うと、目を合わせたまま、整った顔が近づいて

 

「って、馬鹿。なにやってんだよ」

 

「あう!もう、お兄様の恥ずかしがり屋さん」

 

「そういう問題じゃないだろ。ほらほら、今日は大学に行かないといけないんだよ」

 

軽くデコにチョップを仕掛けてやると、めぐは頭を抑えて体を起こした。nのフィールドと言うのは本当に厄介などこでもドアだな。めぐが不定期にやってくることはあったがこんなに朝早くから来たのは今日がはじめてだ。下手すりゃ病院の中は大騒ぎだろう。…今度遅刻しそうになった時に蒼星石に頼んで使わせてもらおうかな。

 

 

 

 

朝ごはんを4人で食べおえるとめぐは無理やり水銀燈に病室まで送らせた。水銀燈、すっかり苦労人ポジションが板についてきたな…。めぐが、また来ます。と言ったときにパジャマのポケットが膨らんでいたのが気になる。後で帰ってきたらパンツの数を調べておかないと…と俺もそろそろ行かないと。

 

コートを着て、鞄を持ち、とんとん、とつま先までしっかりと靴を履く。顔を上げると、穏やかな笑みを浮べる蒼星石。

 

「行って来ます」

 

「はい。いってらっしゃい。マスター」

 

蒼星石がゆっくりと手をふりながら見送ってくれる。天気の良い外へと飛び出すとびゅおっと、冷たい風が吹いた。ずっと蒼星石と家に居たい気分だがこればっかりはどうにもならない。コートの襟を立てると重い足取りでマンションの階段を下りていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「学園祭でーす!よろしくお願いしマース!」

 

大学の正門を通ろうとしたとき実行委員と書かれた青いハッピを着た学生に渡された紙を、つい。条件反射で受けとってしまう。ビラやティッシュなどは必要が無ければ受けとらない方なのだが受け取ってしまったものは仕方がない。前を見ると、はっぴを着た実行委員らしき学生が何人も待ち構えているので、ある意味早い目に貰ってよかったかもしれない。

 

学園祭か

 

全員参加の高校なら兎も角、部活動もやめて、サークルや同好会にも入っていない俺にはそこまで大きなイベントではない。皆準備に忙しいみたいなことを言っていたなそういえば…

 

「ほうほう、某アーティストのライブに…お笑い芸人の漫才ねぇ。流石は大学、スケールがちげぇなぁ」

 

「うお!」

 

突然、誰かに肩を組まれて首に体重がかかる。この声は。横を見ると、茶色のラフな髪型、余裕のあるとび色の目。やたらにやついた口元。青いコートに赤いマフラーを着たこいつは、見た目は良いが、シスコンと定評のある、桑田彰(くわたあきら)だ。必修で取らなければならない授業は名前順でクラスを分ける。その関係上よく見かけたから話かけてたら、そのまま仲良くなったのだ。英語も同じクラスなので、必然、下の名前で呼ぶことが多く、そのまま下の名前でお互いの事は呼び合っている。

 

「驚くだろ突然」

 

「忍が間の抜けた顔で歩いてたから、驚かせようと思ってよ」

 

そりゃわかってる。

 

「しっかしウチもやるねぇ。このアーティスト、今普通にチケット買うのはファンクラブでも難しいらしいぜ?由奈が騒いでたわ」

 

桑田由奈。というのが彰の妹。宇宙一可愛いと言ってのける妹さんの写真を見せてもらったことがあるが。ヘアピンが印象的な清楚っぽい娘で、確かに可愛いかった。可愛かったが容姿で言えばウチのめぐだって負けていない。…パンツ盗むけど。

 

「そんなに行きたがってるなら誘ってあげればいいじゃんか。喜ぶだろ?」

 

「……」

 

ダメだったのか。彰の顔は絶望したように遠くを見つめていた。そのまま組んでいた肩を離すと、突然、パっと、俺のもっていたチラシをどれどれ、っと奪い去った。妹さんに断られるのも慣れているみたいで、切り替えが早いのなんの。

 

「なになに~。屋台に作品展示、演劇に体験コーナ~?…この辺は高校と大して変わらねぇな」

 

屋台に作品展示、学生のころに四苦八苦したのを覚えている。ぞうきん野球、キレる女子、実行委員の風邪、大騒ぎした打ち上げ。うーむ、我ながらベタな学園生活を送っていたな…急に自分が老けたかのような錯覚に陥った。

 

「ぷ!なんだよこれ。おい、見てみろよ忍」

 

「ん?」

 

チラシの裏面を見た瞬間噴出する彰。その言葉に促されるまま、指差している部分を見てみると

 

「まじかよ…」

 

「こんなんだれが見たがるんだよな!大学生にもなってさぁ」

 

 

あの!名探偵が学園祭に!?くんくん推理ショー!

 

 

と書かれているではないか。詳しく読み進めてみると、どうやら、アマチュアとかではなく、テレビ局が公式にくんくんの人形劇をやるようだった。なんでウチの大学なんかに…本当、少し前までの俺なら彰と同じように笑い飛ばせるのだが…。

生憎今は、この人形劇のことを知ったら大層お喜びになる人物、いや人形に心当たりがあるのだ。

 

思考にふけっていると、おい置いていくぞ。という少し先にいる彰の声で現実に引き戻される。とりあえず、持ち帰っておくか。うろうろしているハッピの学生にもう一枚広告を貰うとそのまま授業のある教室へと向かったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

貰ったレジュメに目を通しながら、マイクを使って喋っているのにやたらぼそぼそと喋るおじいさん教授の声を聞く。後ろのほうに座っている大多数の面々は既に机に突っ伏したり、スマホをいじったり、べらべら喋ったりと聞く気力もないようだった。俺だって本当は聞きたくは無いが、これが午後の最後の授業。この授業が終われば、家に帰れる。そうすれば、蒼星石にも会える。むふふふ。自分でも気持ちの悪い笑みを浮べていると思うが、不思議と集中力が湧いてくる。と

 

「ちとトイレ行ってくるわ」

 

「いっといれ」

 

でも尿意には勝てなかったよ…姿勢を低くして席を立つと目立たないように教室を退室した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれ?」

 

トイレから帰って来てドアを開けると

 

  誰も居ない

 

そう、誰も居ないのだ。教授に彰、他の生徒も全員だ。もしかして、教室を間違えたか?ぱっと、上に書かれた教室プレートを見てみると、確かにここで合っている。なら授業中に移動したのか?いや、そんなはずは無い。こんな短時間に統率の取れていないあのメンバー全員が移動しきれるとは思えない。彰だって、移動になったとして俺を置いて移動し始めるような奴ではない。

 

何だか、気味が悪い。

 

とりあえず外に…そう思い。教室に背を向けたときだった。

 

後ろから、じとりとした湿った視線を感じた。何か居る。ドクン、ドクンと自分の心臓の音だけが聞こえる。何かに見られてる。肌が、本能が、そう感じ取った。どちらにせよ、今の俺には視線の正体を確認するほか無い。生唾を飲み込み、ばっと後ろを振り向くと。

 

「…ローゼン…メイデン?」

 

白い、薔薇。右目に白い薔薇が挿さっていて、金色をした左目は瞳孔が開いてるんじゃないかと言うほど大きく見開かれている。薄いピンクの髪はうえで二つに結ばれていて、フリルのたくさんついた白いドレスを着たドールが、午後の淡い太陽の光を浴びて、教授の先ほど居た机の上に座っているのだ。ただの人形にしては精巧すぎる作り、独特の雰囲気。間違いないだろう。

 

そして、俺と目が合うと、まるでその目に渦のように吸い込まれていく気がした。

すっと人形は一人でに立ち上がると、ゆっくりと、口元が開いていき

 

「私は…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい!おい忍」

 

「ん…?」

 

彰の声とぼやけた顔が目に映ってくる。ここは…?さっきまでいた教室だ。先ほどの人形は!?と先ほどまで人形の居たところを見てみるがそこには教授と何人かの学生がプリントを持って集まっているのみで、人形の気配など微塵もしない。あたりを見回すと輪を作って雑談をする学生や、荷物を持って帰ったり、新しくこの教室に入ってきたりする学生。すっかり何時もどおりの風景だ。

 

「はは、珍しいじゃねぇか。お前が授業中寝るなんて。疲れが溜まってたのか?」

 

「え?」

 

「まぁ今日のところはそんな大した事言ってなかったし、全然平気だぜ。あの先生眠すぎんだよなぁ。でも単位取るのは楽だし…いい授業ってのは中々ないな」

 

夢?…いや間違いない。この目で俺は見たのだ。あのめぐと同じような目をする白薔薇のドールを。あの時、なんと言おうとしたのだろう。あの感覚は確かに夢じゃないはずだが、周りの現実を見ていると、あまりにも、非現実的で…

…もしかしたら、蒼星石なら何か知っているかもしれない。鞄を持つと、彰と一緒に教室を出て、まっすぐ自宅への帰路についたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おかえり、マスター」

 

「ただいま。蒼」

 

ちょうど日が傾き始めたとき。家のドアを開けるといつものように、蒼星石がとたとたとこちらまで近寄ってきてふんわりとした笑みを一つ。うーむ、可愛い。鞄を預かろうとしたので、ああ、今日は見せたいものがあるから。と言って遠慮するとそのまま二人でリビングに向かった。そこにはソファの上でごろごろとくんくん大全集を読みふける水銀燈の姿がある。こちらに目だけやると、再びくんくん大全集に目を向けるというそっけない対応。ふふふ、見ていろ水銀燈。鞄を机の上に置くと中から例の広告を取り出すのだった。

 

 

 

 

 

「なんですって?」

 

「それ、本当なの?マスター。」

 

ぴんんぱんぽーん!重大発表!と言って声を上げたときは二人のしらけた目線が痛かったが、あの広告を見せてやると一転。ものすごい食いつきを見せる水銀燈と蒼星石。ちょっと寂しい。ばっと、ソファから文字通り飛び出して俺から広告をひったくるとじーっと広告に目を通し始める水銀燈。蒼星石もその隣からそーっと背伸びをして覗き込んでいる。遠慮がちな蒼星石可愛い。

 

「ほ、本当にくんくんが…。しかも…う、うそでしょぉ!?これは伝説のファーストシーズンじゃない!」

 

「いた!?痛いよ何をするんだい水銀燈」

 

ばしばし!っと水銀燈は隣に立っていた蒼星石の背中を叩きながら高笑いを浮べる。じーっとその様子を見ていたのだが俺の視線に気が付いたのか

 

んんっっと大げさに咳払いをして、いつもの不機嫌そうな顔をすると広告をくしゃくしゃに丸めてぽいっと机の上に投げ捨ててしまった。

 

「水銀燈!」

 

「っち。つまんなぁい。くんくんなんてただの犬じゃない」

 

腕を組むと、ばさっと翼を広げて背を向ける。俺の期待していた、水銀燈の反応じゃない。もっと、こう、さっきの調子でキャラも忘れて狂喜乱舞する姿をみれると思ったのだけれども…これじゃあ、いつもの以上にツンの部分をみせただけだ。ただの犬だなんてそんな元も子もないこと…。

 

そのまま水銀燈はつまんなぁいつまんなぁい。なんて言いながら、俺の部屋に入るとばたん!とドアをしめて、そのままがちゃりと鍵をかけて篭ってしまったようだ。

 

 

 

 

 

…って!なんで俺の部屋に篭るんだ?

 

 

 

 

ゆっくりと、音を立てずに蒼星石と一緒に、部屋の前まで忍び寄ってみる。すると何やら部屋の中からものすごい物音が聞こえてくるではないか。そっと黄土色のドアに耳を近づけてみると。

 

「うふ、うふふふ、えへへぇ…くんくん!くんくぅん!こんな日が来るなんて!私は、私は!」

 

ぎしぎしというベッドの音と、ごろんごろん、ばっさばっさという水銀燈が転げまわっているらしい音。それからいつもの水銀燈からは想像も付かないほどの甘い声。喜んでもらえたらしいが、何か…うん……フィーバーしている水銀燈はしばらく、そっとしておこう…。

俺と蒼星石は真顔で顔を見合わせると頷き、無言でドアを離れたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

テーブルにつくと、蒼星石が温かいハーブティーを入れてくれた。そのまま椅子に腰掛けると、はい、マスター。と俺の前まですすっと、湯気の出ている白いカップとソーサーを勧めてくれる。蒼星石が自分のぶんのハーブティーを入れるのを見てから、目を合わせると、蒼星石は照れくさそうに、微笑む。入れたてのハーブティーを飲むと、温かいそれが渇いた喉を通って体中に駆け巡った。ハーブのいい香りが鼻を抜けていき随分落ち着いた気持ちになった。一日の疲れが、癒されていく。

 

「美味しいよ、ありがとう蒼」

 

「うん。マスターに喜んでもらえて嬉しいよ」

 

そういうと、やがて俺と同じように目をつぶってハーブティーを味わい始めた。まつ毛、長いなぁ。テーブルに置かれた、先ほど水銀燈が放り投げたくしゃくしゃの広告を広げて見る。くんくんの人形劇にばかり目が行っていたが、他にも楽しめそうな出し物が結構ある。特にアレなんかは……ふふふ、すでに、俺の中で学園祭に行くのは決定事項になっていた。

 

「マスター。その学園祭って?」

 

「ああ、俺の普段行っている大学でやる、お祭りみたいなもんだよ」

 

広告を蒼星石にも見えるように机の上に置くと興味ぶかそうに覗き込む。その時、俺と蒼星石の頭がこん、と軽くぶつかってしまったが、蒼星石はぶつかった自らの頭を軽く擦りながら、必死に、ごめんね、マスター!。と言って謝ってきた。こっちの不注意もあるのに慌てる蒼星石可愛い。

 

「マスター。お祭りというと、みんなで、食べ物の恵みに感謝して踊ったり豪勢な食事を食べたりするのかな?」

 

「違う違う。そんな大したものじゃないよ。わいわいするのは同じだけど。屋台を見て回ったり、催し物を見たり、基本自由な感じだ。」

 

「なるほど。そういったお祭りもあるのですね」

 

うーん、説明しにくい。祭りと言ったって、伝統的な祭りっていうわけじゃあない。ただの学生が好き勝手やってるだけだからなぁ。まぁ、おれ自身、大学生になって始めての学園祭だ。そういう意味でも、見て、感じてないものを上手く説明することなど出来ないだろう。百聞は一見にしかずというやつだ。

 

「僕たちが行っても大丈夫ですか?」

 

「蒼は服を変えれば大丈夫だろ。三葉にもらった可愛いやつ」

 

「う、うん」

 

とたんに赤面して、シルクハットで顔を隠してしまう蒼星石。なんだ、まだあの服を着るのが恥ずかしいのか?

 

青いフード付きのゆったりとした冬服に、ホットパンツと黒のニーソックス!

後に贈られてきたキャスケットを被ればボーイッシュな女の子そのものだ。頭身は小さいがぎりぎり親戚の子といえばまかり通るだろう。あの服を着た蒼星石は照れる部分含めてまじで可愛い。まじで可愛いのだ。まじで。ボーイッシュに黒いニーソとホットパンツの相性は抜群だな!

 

「でも、彼女。水銀燈…は、どうするんですか?彼女は、他の服を持っていないけれど」

 

「そこだよなぁ」

 

水銀燈には黒い羽が生えている。ただでさえ黒いドレスや銀の長髪が目立つのに、あんな派手派手な羽を広げていたら一瞬で注目の的だ。かといって、あれだけ楽しみにしているのに留守番させるだなんてのは論外だし…

 

…仕方が無い、こうなったら…ポケットに入っている携帯端末を取り出すと、電話帳を開き、あの人物にコールしてみるのだった。

 

 

 

 

 

 

『それで、学園祭に行くための服を、私に作って欲しいのね?』

 

「うん。お願いします三葉様」

 

席を立って、ソファに腰掛けながら相手には見えていないが頭を下げる。勿論相手は幼馴染の結菱三葉だ。

行く、と決まったからには最小限にリスクを減らす必要があった。そのためにもまずは水銀燈の目立つあの格好を何とかしなければ始まらない。アイデアも含めて相談する相手は三葉しか思い浮かばなかった。

 

『もう、変な呼び方しないでよ。ところで、私その水銀燈って言うドールに、まだ会ったことがないのだけれど…?』

 

「あー結構人見知りするからさ。連れて行けないんだよ」

 

そもそも、水銀燈は家に居ることもあるがめぐの病室に居ることもあるし、外に出かけているときもある。基本自由だし一緒にどこかへ行くなんてことをしたことが無い。

 

『ふーん。人見知り…ね。…』

 

「三葉?」

 

それっきり、黙り込んでしまう三葉。流石にいきなりこんな面倒な話し引き受けられないか。こうなったら最悪リュックに入れて…ダメだ。水銀燈がリュックで大人しくしているビジョンが浮かばない。それどころか、くんくんを見たら確実に何かアクションを起こしかねない。

nのフィールドとやらをうまく使えば鏡越しに見えるか?…いや、ぴかぴか反射して怪しまれるか。それに、それじゃあ生で見たことにならない。

 

『あ、ごめんなさい。ボーっとしちゃって。人見知りのドール…ね。そうね、一度会ってみないことには分からないけど、その子にあった服、作っても良いわよ。』

 

「え?良いのか?あーそうだ。外見なら、携帯の写真で…」

 

『ダメよ、直接会わなきゃインスピレーションがわかないわ。それに、服を作る相手は誇り高き、薔薇乙女。しっかりと、本人の合意を得ないと』

 

真面目だなぁ。だからこそ信用できるのだが。

 

「わかった、本人にそっちに行けるか聞いてみる。あぁ、それと、そのドール。非常に厄介なことがあって…」

 

 

 

 

 

 

 

『背中に黒い羽…ね、なるほど、難しい問題ね』

 

羽の部分の穴が開いた服なんてのは見たことがない。あいていた服を着ていたら、すぐに人目につく。大きい服で覆い隠せるものでもない。翼の部分だけ見えなくするなんていう都合の良い技も覚えていないようだし…これを何とかしなければ。

 

『…わかったわ。一応、こっちでも色々と考えてみる。』

 

「ありがとう。本当に頼りになるよ三葉は」

 

『ま、またそういうことを。その代わり。その、わ、私も学園祭に連れて行って…ね?』

 

「え?あぁ、そのくらいお安い御用だけど」

 

『本当!?ふふ、約束よ?それじゃあ、私、色々と準備しないと』

 

「うん。ありがとう三葉」

 

ぷつりとそこで音声が切れる。三葉も学園祭に行きたい?わざわざ俺たちと?まさか

 

 

くんくんのショーが見たかったのか?

 

 

さすがは人形師を目指しているだけはあるな。うん。

水銀燈はこっちの頼みを聞いてくれるだろうか。生くんくんをチラつかせれば、多分行ってくれるだろう。でも今あの部屋に近づくのは危険だな。三葉も何か準備しているようだし、もう少ししてから行かせよう。大きな行き違い窓から外を見ると既に日は落ち始め、すぐに暗くなってしまいそうだ。奥からは蒼星石の鼻歌と美味そうな、何かを焼いている匂い。そういえば、白薔薇のドールについていは聞きそびれてしまったな。また後で、ゆっくりと聞いてみれば良いか。

 

そうして、波乱の学園祭があるとも知らずに、俺はぺこぺこのお腹を押さえながら、蒼星石の居る台所に今日の夕食をつまみぐいに行くのだった。

 

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