ヤンデレの病弱妹に死ぬほど愛されているお兄ちゃんは蒼星石のマスター!   作:雨あられ

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第15話

空を見ていた。窓枠の向こうには、山火事のように燃える夕焼け。同時刻に同じ空を見ているであろう人物を想うとわずかに心が弾んだが、それ以上に、憂愁は赤く静かに燃え上がっており、隣に居られるであろう人物を、その目を、悋気していた。

 

「随分寂しそうなお顔をされているのですね」

 

少女のような少し高めの声が、頭に直接響いてくる。ゆっくりと、顔を洗面台の上に取りつけてある鏡へと向けると、鏡の中から伸びてくる白い、薔薇の茎。見るからに刺々しくって、触ったら、痛そう。

 

気が付くとその茎は鏡を飛び出して、どんどんと部屋中に伸びていて、病室の中を満たしていく。天井は既に茎でびっしり埋まり、ベッドの下の床ではミミズのように茨が蠢いている。病室の空間が、いつもと少しだけ違う。なんだかちょっぴりわくわくしちゃう。いつになったら出てくるのか、と舞台の幕が開くのを待つ子供のように鏡の方を凝視していると、ようやく、その少女は鏡から顔だけ覗かせた。薄いピンク色の髪、金色の左目、右目には…白い薔薇。どこか、ブラウン管のテレビで見るビデオの様に暈けて見えるがこの子もきっとそうなのだろう。水銀燈とはまるで違うが姉妹の一人、薔薇乙女。

 

「可哀想に。あなたの痛みは誰にもわからない。生まれながらに足枷を付けられ、小さな光さえも、指の隙間からこぼれていく。哀れな籠の鳥…」

 

面白いことを言う。その言葉にはまるで実体がなかったのだけれど、その何も映していない金色の瞳には、確かに宿っている。まるで自分もそうであるかのような説得力と…渇望が。似ているが、似ても似つかない。水銀燈とは、本質から違う。

 

「あなたは?」

 

「ローゼンメイデン第7ドール…雪華綺晶…あなたの望みを、叶えてあげられる…唯一のドールです」

 

私の願いを。あまり人形自体に興味は湧いていなかったが、その言葉で少し嫌悪感を抱く。唯一のドール。そんな言葉は水銀燈にしか似合わない。

 

「それで何かご用?あなたが私を楽しい遊園地にでも連れて行ってくれるの?」

 

私の問いに微笑みで答えると、鏡は輝き、白いドレスを纏った体は宙に浮いて飛び出した。そのまま、ベッドのすぐ隣に大きな白い薔薇の花を咲かせてそこに鎮座する。そして、小さな口を吊り上げて、人差し指で自らの唇をなぞると猫を被った、女の高い声を出す。

 

「蒼のお姉さまが…ほしいのです」

 

おねだりするように、そう言った。蒼のお姉さま…蒼星石?

 

「ほしい?」

 

「はい。私には体がありません。故に鏡の中の世界でしか生きられない……

青い空の下で日向ぼっこをすることも、激しい雨をこの身に受けて震えることも、ただ、誰かに抱いてもらう事すら、鏡の中では叶わない!」

 

儚げに、なのに情熱的に胸に手を当てて雪華綺晶はそう語る。舞台役者のように自分に酔っているのか段々声が大きくなる。とっくに外にも聞こえているはずだが誰も病室には入ってこない。気配すら全くしない。

 

「…だから、ほしい!体がほしい!私だけの、身体がほしい!からっぽの器……待っているのに誰もお父様の体を放棄しない…アリスゲームをはじめない…嗚呼、黒薔薇のお姉さまでさえも!」

 

その瞬間、どういう原理なのかはわからないけれど、周りの景色がガラスが割れたように、なのに音も立てずに崩れて行って、病室だったはずの空間は暗い、暗い、闇一色に染まる。本当に、真っ暗で自分の体がすぐ下にあるのかすらわからない。薔薇の茎も、雪華綺晶の姿も、闇に染まっていく。

見えているのは、雪華綺晶の金色の目だけになった。もどかしい演出をする。

 

「それであなたはどうしてここに?」

 

「あなたの体を元に戻してあげます。だから、代わりに蒼のお姉さまをくださいな?」

 

提案された、その言葉に、思わず息を呑んでしまう。

 

体を治す?

 

私の?

 

邪魔な蒼星石を渡すだけで?

 

「あは、それってなんだかとっても素敵」

 

「ウフフ」

 

ああきっと今私って、凄く良い笑顔。

 

「だけど、ふふ、あはは!……お断り」

 

雪華綺晶の笑って細められていた目は懐疑的になり、初めて動揺の色が宿る。小さなドール。本当に哀れで赤子のような。

 

「可哀想なのはあなたの方よ。それにそれって…」

 

「めぐーー!」

 

突然、金色の鋏が黒い空間が裂いて、そこから流れ込む明るい光。弾丸のような速さで飛んでくるのは黒い大きな羽を折りたたんだ水銀燈。手を広げて、黒い羽の矢を大雨の様に雪華綺晶に降らせると、薔薇が茎が一斉に雪華綺晶を包み込む。羽は、通らない。残念。

 

水銀燈は私の前に着地すると、盾になるようにして立っていて。すごく、怒った顔でその哀れなドールを睨む。ふふ、これってなんだか悪くないかも。

 

「水銀燈、来てくれたのね」

 

「……それで、やってくれたじゃない…第7ドール?」

 

一度こちらの顔を見てから、ぷいっとすぐに顔をそむけて、無視。つれないのね。けれど、ちょっぴり安心したような顔をしたのを私は見逃していないから。

薔薇の球体はぞわぞわと中央に穴を作り、そこから雪華綺晶は先ほどと同じように顔だけ覗かせる。

 

「初めまして黒薔薇のお姉さま。私の事は雪華綺晶…とお呼びください」

 

「っは!冗談。」

 

ふふ!これってまるで、ヒロインを巡って争っているところみたいでわくわくする!

やっちゃえ水銀燈。

 

「つれないのですね。私はこんなにもお姉さまの事をお慕いしているというのに」

 

「…消えなさい。幻影」

 

水銀燈が手を振り払い、羽を数本雪華綺晶の顔に突き刺すと、ぴかっ!と小さな閃光が目の前で起こった。かと思えば、目を再び開いた時には元の病室に戻っている。雪華綺晶も最初から居なかったかのように消え去っていて、そして…

 

「ふぅ、何とか間に合ったね」

 

「めぐ!大丈夫か」

 

窓枠に、大きな金色の鋏を抱えて座る蒼星石と、ばん。と病室を開けて雪崩れ込んでくる。

 

お兄様。

 

すごく息を荒げていて、心配そうに私の事を見る。その目には、いつものように眩しい光を宿していて、本当に心配そうに間違いなく、私だけを見ていて想ってくれている。その手には、お土産の入ったポリ袋…なのだと思うのだけれど、来るときに走ったのか中身が袋の中でぐちゃぐちゃに飛び散っている。ああ、なんて。

 

「お兄様、私が心配?」

 

「え?当たり前だろ!」

 

ベッドから体を起こすと、縁に足をかけて目を瞑る。お兄様の方を向いてゆっくりと身体を地面に向けて吸い込ませる。この程度の高さでも、受け身も取らずに地面に激突したのなら、私はすぐにでも死んでしまうだろう。それも良いけど

 

「ば、馬鹿!何考えてるんだ」

 

がしっと、私の肩を掴んで支えてくれたお兄様を、ぎゅうっと、思いっきり抱きしめる。そう、支えてくれる。持っていたおみやげの袋も投げ捨てて、本当に大慌てで、そして、その後には、本気で怒ってくれていて……。

 

「お兄様、今日も一緒に寝ても良い?」

 

「え?それは……」

 

ふふ、初心なんだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なんでこんなことになってしまったのか。

ソファを背もたれにして、カーペットの上に俺が座ると、当然とばかりに隣に腰を下ろして、目を閉じて、腕にしがみ付きながら肩に小さな頭を乗せてくるめぐ。対面にはなんだかイライラしている様子の水銀燈に、斜め前にはずっと思案したような顔を浮かべる蒼星石。あんなことがあったのだから前の二人の態度が正しい。なんで襲われた当人が一番くつろいでいるのか…めぐは俺に体を預けると、幸せそうに微笑んでいる。今日は緊急事態とはいえ、病院を無理言って一時帰宅させてもらったから、それでかもしれない…。

 

 

あのくんくんショーの後。少しだけ世間話をすると、のりと真紅はすぐに家に帰っていった。のりは話していた通りジュン君の食事の世話やらもしないといけないらしくて、俺と三葉との連絡先を交換すると残念そうに真紅を連れて夕焼けの道へと消えて行った。昔と変わらず、のりはジュン君に世話焼きでべったりのようだ。

真紅の方が帰り際に、ジュンに会いたいのなら直接家に来ることね。と言っていたのが印象的だった。三葉とも、今日は槐さんのドールショップに用があると言って、途中で別れた。何でも白崎さんと槐さんがヨーロッパから帰ってきたから少し顔を出したいらしい……俺はあんまり会いたくなかったので今回はパスしたが…将来的には会うんだろうな。

 

そういう事情もあって、3人になった俺たちは、めぐに学祭のお土産を持ってお見舞い行くことにしたのだ。本当は、めぐも来たかっただろうからなぁ…。

バスに乗っている間二人はそこそこ疲れたのか大人しく目を閉じていた。なのに、病院前にバスが止まるなり、何かを感じ取ったのか文字通り二人は飛び起きた。特に水銀燈は血相を変えて、羽を広げるとバスのガラス窓に体ごと突っ込んでいったのだ。蒼星石も溶け込むようにして後に続いた、nのフィールドとやらに行ったのだ。後ろの席じゃなかったら、大変な騒ぎになっていたと思う。

 

俺もガラス窓に手を伸ばしたのだが、俺が窓に触れてもやっぱりただのガラスで、発車しそうなバスを引きとめて慌てて病室まで猛ダッシュする。まぁ、よくよく考えれば俺が付いて行ったところで役には立たないから、そういう判断で置いて行ったのかもしれない。ちょっと寂しい。

めぐの病室へのドアを開いたころには戦いは終わっていて。いつも通りの病室に、めぐが嬉しそうに微笑んでるだけだったのだ。

 

「雪華綺晶…僕たちの知らない薔薇乙女…」

 

「そして、お父様に一番最後に会ったことのあるドール…」

 

二人とも神妙な顔つきをしているが、俺としては、隣のめぐが病院を一時帰宅したことの方が重大だった。本当に、嫌な予感しかしないからだ。

 

「…お茶会、を開く必要があると思うんだ…僕の言っている意味が、わかるだろう。水銀燈?」

 

突然、正座して目を瞑っていた蒼星石がそんな言葉を発した。それにしても、お茶会?なんだか呑気な気がするが…

それに対して水銀燈は目を少し細めたかと思うと、次には肩をすくめて見せる。

 

「…っは、冗談じゃないわぁ。…と言いたいところだけれど、あの末妹……

いいわぁ、今回だけは乗ってあげてもぉ」

 

といつもよりも、少し、目に怒りがマジになっている気がする水銀燈はばっと羽を広げてはばたかせると、ぴしゅーんと、窓へと溶け込んでいった。黒い羽だけが水銀燈の座っていた場所に残る。

 

「マスター、めぐさん、僕たちは少しnのフィールドに行ってきます。その間、何かあったら、すぐにでも指輪を強く念じてください」

 

「え、ああ」

 

「いってらっしゃい、水銀燈、蒼星石」

 

それだけ言い残すと、蒼星石もまた、水銀燈の後を追うようにして暗い外を映し出している行き違い窓へと走って行った。お茶会、と言うのは、多分、他のローゼンメイデンたちとやるものなのだろう。と言うことは、初めて現れた雪華綺晶に対しての会議なのだと思う。

 

「ふふふ」

 

「う」

 

突然、絡められためぐの腕の力が少し強くなる。ぎゅっと、手が痛いほどだ。

 

「い、痛いって」

 

「!ご、ごめんなさい。だって、お兄様と二人きりになれたと思ったら。つい、嬉しくって……本当に、久しぶりだったから…」

 

俺が痛がると、はっと我に返って腕の力を緩める、めぐ。しかし、絡んだ腕は解いてはくれないのだな。めぐと二人きりか…確かに久しぶりだけどそこまで喜ぶこともない気がするがなぁ。いつになったら兄離れするのだろう。そうなると、寂しいのかもしれないがちょっと、ここまで好かれてしまうとお兄ちゃんとしては少し、不安だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

早速、その不安は的中した。

風呂に入っていた。すごく、俺が臭いと言うからだ。よくわからないが、めぐは嗅覚が良いらしい。俺の服を嗅いで臭いところがあるから清めてほしいと言って、ぐいぐい背中を押して風呂場へと押し込むのだ。

 

風呂に入ってくるんじゃないかとずっと警戒していたが、そんなことはなかった。

取り越し苦労かな。と思ったのだが、逆に、風呂に入っている間、めぐが完全にフリーなことを思い出して慌てて身体中を洗って風呂を出た。服も着替えずに体を拭うとバスタオルを腰に巻いて洗面所のドアを開ける。

 

まず気が付いたのは、俺の携帯だった。

 

枕もとで充電していたはずのそれが、机の上にあったのだ。少しまだ濡れた手で携帯を操作し中を見てみると…ロックしてあったはずなのに連絡先から、めぐと彰含む数人の男子友達の連絡先しか残って居ない!連絡帳がすごく、さっぱりしている。三葉や親父のものまでなくなっている。履歴はもちろん消去されているから、他にどのような操作が行われたか見当がつかない。胃が痛い。

 

それよりも、めぐはどこに居るのか。リビングにはいないようだし、また俺の部屋でお宝本でも漁っているのかと思って自分の部屋へと、腰にタオルだけを巻いたままどたどたと気持ち早めに廊下を歩く。

 

 

ドアの前で、ぴたりと手を止めてしまう。第六感が、本能が、凄くこの扉を開けるのはまずいと告げているのだ。心臓が高鳴り、なぜが、風呂に入ったばかりだと言うのに冷や汗が。

 

「…」

 

何となく。なんとなーく。そう思って。ドアに触れるのはやめて、風呂場に戻った。それにしても、連絡先…どうしようか…。てかどうやってパスワードを…。

 

 

「…ふふ、残念」

 

 

ぞわり、背筋が凍りつくような一言が、めぐの声が聞こえた気がして、ばっと後ろにふりかえったが。そこにはやはり、誰も居ない。ドアの向こうから聞こえた声にしては、何て言うか、鮮明というか……

ぶるるっと身体が身震いを覚えて、慌てて風呂場へと戻った。がらっと、曇りガラスの戸をあけて、ざばんと湯船につかると湯は温かいのに、ぬるいような気がして、膝を抱えるはめになるのだった。

 

 

 

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