ヤンデレの病弱妹に死ぬほど愛されているお兄ちゃんは蒼星石のマスター! 作:雨あられ
「蒼星石……起きてるか…?」
夏の少しばかり暑い夜。快眠モードのクーラーの効いた俺の部屋は明りも消えて寝るにはちょうど良い感じだったのだが、どうにも自分の体温が熱く感じられて、寝苦しい。ベッドから体を起こすと、スマホを手に取り、薄暗い液晶のバックライトを頼りに忍び足で体を起こすと、茶色い鞄の上まで近づき、小さな声で呼びかけてみる。…しかし、応答はない。
「おーい、蒼、蒼い子―…」
……完璧に、寝てる…よな…。よし!
音を立てないように、左足を上げてつま先から体重を移動させて、今度は右足といった風に音を立てずに、そろーりそろーりと部屋を歩くと、ドアを少し開け、そこへ体を滑り込ませると、それからまたゆっくり、ゆーっくりとドアノブを予め捻っておき、音が出ないようにドアを閉めた。
部屋を出たからと言って油断はできない。暗い廊下をスマホを掲げながら歩くと、角の所にあるリビングの明りをつけると、一瞬目がくらむ。それにしても、部屋と違ってリビングは蒸し暑いな。テレビの前のテーブルに置かれたクーラーのリモコンを手に取ると、電源をつけて温度を下げ、それが終わるとそのままソファに腰掛ける。
とりあえず、第一関門は突破できたようだ。次に、クーラーのリモコンをテレビのそれに持ち替えるとぷつんーっという音がしてからしばらくしてテレビの電源がついた。音が大きかったので少し下げたのだが。うーん、どれも深夜、って感じの何とも言えない番組が多いかな。チャンネルボタンを次々と切り替えていくのだがめぼしい番組がない。仕方がないので某お笑い芸人とモデルが司会をしているトーク番組をつけてリモコンをテーブルへと戻した。
そこで、きゅー、っと何かが鳴くような音がする。まぁ何かっていうよりも、自分の腹なのだが。夏の夜っていうのはどうにもお腹が空いていけないな。小腹っていうか、中腹が空いた感じだ。
「…許せ。蒼星石」
もともと一人暮らしのころは、好きな時に好きなものを好きなだけ食べると言った感じの自由な暮らしをしていたのだ。それが、蒼星石が来てからは生活リズムは一変。あんまりだらしないことは出来なくなったし、夜食や間食も随分制限されている。というか、夜食なんてものは食べなくなった。
普段健康に暮らしているうちはそれが正しいと思うし、そうしてくれている蒼星石にはいくら感謝しても足りないくらいなのだが、どうにも、体の若さが、はたまたそういう性分なのかたまには昔食べていたような体に悪そうな、夜食や間食を食べたいと思ってしまうのだ。
思考がそういう結論に達すると、段々と腹の減り具合も半端じゃなくなってきた。
そうと決まれば、今あるもので何かを作ろう。そう思い立ってソファから立ち上がると、冷蔵庫まで歩いて、冷気の飛び出したドアを開ける。普段は気にならないブオォオという冷蔵庫の稼働する音が、深夜だとやたら大きく聞こえてくる。お、ソーセージがあるな…なら、炒めたソーセージにチーズを絡ませて、おまけに目玉焼きなんか焼いちゃってご飯に乗っければ、ボリューム満点ソーセージ丼ができるじゃないか。
そうだ、お茶漬けなんていうのも良いなぁ。あっさりしてるし、なんかさらさらと腹の奥へと押し込めそうな…って、待てよ?
冷蔵庫を閉めて、冷凍庫を開けてみると、いくつかの冷凍食品やアイスクリームがあるだけで、特にめぼしいものはない。続いて炊飯器の前に立ってみると、蒼星石が既に明日のご飯を炊いているようで、タイマーが始動しているようだ。つまりこれって。
「米がないのか」
さぁて、少々予定が狂ったぞ。冷ごはんすらないとなると、お茶漬けも丼ものも不可能だ。気分はすっかりあっさりめのお茶漬けを掻きこむ感じだったのだが…残念だ。
「なら、麺か」
俺のちょうど肩くらいの高さにある戸棚を開けると、そこには味噌に塩、しょうゆにとんこつといった様々な味のインスタントラーメン達が目に入ってくる。その一つである、しょうゆラーメンを手に取ってみると、元祖ラーメン、だのこだわりのツユと言った謳い文句が目立つ字で列挙されている。それよりも、海苔やらメンマ、チャーシューやらが乗った湯気の出ている完成図を見ているだけで、空腹はさらに加速していく。よっしゃ、しょうゆラーメン。君に決めた!
……いやいや、待てよ?
バタンと戸棚を閉めると、ラーメンを取り出して今度はテーブルの長椅子を引いて、そこに腰掛ける。突然ラーメンのストックがなくなったら、朝、蒼星石に気づかれてしまうのでは無いだろうか?
戸棚や冷蔵庫の中身を蒼星石は知り尽くしているのだ。無くなれば、すぐに気が付く。そして、こう言うのだ。
……
…
「すみません、僕の料理がマスターには合って居なくて、僕に内緒で夜に……僕なんて、マスターのドール失格です…」
「やーいやーい、忍―!ざまぁーみろですぅ。蒼星石はこれから翠星石たちと一緒に住むですぅ、もう二度とあんな薄情なクズ野郎の家になんて行かなくて良いですぅ!」
「ありがとう翠星石…さよなら、マスター…」
……
…
なんてことに…!困ったぞ、割と本気でそうなりそうな気がする。机に肘を立てて顔を置くと、しばらくぼーっとテレビを眺めていたのだが、次の瞬間、ひらめく。電撃が…走る……!!
顔を上げて、テレビの上の時計を凝視すると、まだ0時になったばかり。若者的には起きていても何ら問題ない、というより、寝ている大学生の方が少ないだろうという時間だ。これならば、いっそ。
「コンビニ!」
あそこに行けば、いかにもな惣菜やフライヤーの商品が買えるし、俺が作るよりも確実にうまいものも食える。そのためだけに家を出るのもなんだかあれだが、気分はすっかりジャンクフード。そうと決まれば早速準備をしよう。コンビニは結構近い、短パンに半袖のシャツというラフすぎる格好だが、別に見られて恥ずかしいわけではない。サンダルでも履いて行って帰ってくるだけだ。
「よっしゃ、行くか」
「へぇ、どこへ行くのかしら」
「そりゃ、蒼星石に内緒でコンビニに…?!」
ぎ、ぎ、ぎ、とブリキのロボットのように徐々に首を後ろに曲げていくと、にんまりと口の端を釣り上げている黒い編み上げドレスに銀色の髪、黒い翼で浮いている水銀燈と目が合った。どうやら今まさに洗面台の鏡からここにやってきたらしく、羽がそこから点々と落ちているようだった。珍しく、とても良いスマイルなのだが、俺にとってはそうじゃない。心臓部分をそのまま握り取られている感じがして、顔から血の気が引いていく。
「す、水銀燈様、あなた様は本日はめぐ様のところでお寝になられるのでは」
「私が何処に居ようと勝手じゃなぁい?それよりも、ふふふ、聞いちゃったぁ聞いちゃったぁ♪あなたが蒼星石に内緒でぇ、まさか夜中にひとりコンビ…」
ぐ~
と言っている途中で、腹の音が聞こえた。さっきまで鳴っていた俺の腹ではないぞ。ということは、今のは、まさか。
見る見ると顔を赤くしていく水銀燈を見て、俺たちの間には、くだらない論争や煽りあいなんて必要ないことが分かった。すぐにでも、分かり合える。そんな気がしていた。
「ひどいぞ水銀燈。羽をひゅんひゅん飛ばしてくるなんてさぁ。俺たちは目的を同じくする同志じゃないか」
「はぁあ?一緒にしないでちょうだい。私はちょ~っと小腹が空いているだけよぉ」
「それって、なんか違うのか…」
家から財布と携帯、それから水銀燈を乗せた赤いリュックだけを持ってコンビニへの道を歩く。外は結構星が出ていて、街灯も明るいし、何より思ったよりも暑くなかった。外で寝たら気持ちよさそうだなぁなんて感じるくらい、夜風が気持ち良い。
「結構夏の夜風って涼しくて気持ちいいよなぁ?」
「…」
む、話掛けたのに無視か、水銀燈。その後も、2,3言声を掛けたのだが、無視されてしまう。それ以上話しかけても仕方がないと思い、しばらく、無言のままアスファルトの地面を歩いた。
何本の電柱を横切ったかわからなくなってきた頃。前方に見えてくる昆虫たちのぶつかっている電気スタンドとコンビニそのもの。
「そろそろだ、リュックに入っててくれよな」
「…」
水銀燈からの返事はなかった。しかし、返事こそしなかったが、がさごそとリュックの中へと入ってくれたようで、ちょっとばかし肩が重くなったのがわかる。
そのまま、ぴろぴろーんというコンビニ独特のベルに迎えられてコンビニの中へと足を進めると、思いのほかコンビニ内は涼しくなかった。
不自然に思われないように自然な動作で明るい店内を見回してみる。店員は既に夜間のシフトになっているのか一人しかいないようで、値段のカードを張り付けたりポスターを新しいのに変えたりと結構忙しそうだ。お客はそんなに居ないようで大声で話すヤンキーのカップルみたいなのと、お酒を吟味しているパジャマみたいな格好のおっさんが一人いるだけ……水銀燈とちょっとくらい話をしてもばれはしないだろう。近くにあったカゴを持つと、弁当やおにぎりの置かれたコーナーの近くへ足を伸ばす。ここなら…大丈夫だろう。
「水銀燈は何を食べたいんだ?」
「…ん」
「…ん?」
「…ぷ、ぷりん…」
ぷ、可愛いなぁ。と思ったのがばれたのか背中にさくっと羽が刺さった。リュックと服越しだというのに痛い!?かと言って飛び跳ねたりすると怪しまれるので涙目になりながらも握り拳を作って堪えた。
デザートコーナーへと足を運ぶと色んな種類のプリンが売っている。焼きプリン、とろーりプリン、練乳プリン…
どのプリンにするか相談したかったが、近くにヤンキーのカップルが居るので、この距離で一人でぼそぼそ喋っていると変に思われてしまうだろう。とりあえず、選んで文句を言われなさそうな値段の高い、ぷりんの上にクリームのいっぱい乗ったやつを選んでおいた。後は、俺の夜食を買うだけだ…
品ぞろえの少なくなった棚を見渡しどれにするかを選ぶ。うーむ、悩むなぁ。つくねにナゲットにカツサンド…ええい、俺にどうしろっていうんだよ!
頭の中に色々な夜食が浮かんでは消えてを繰り返しているうちに、あるコーナーが目に入った。そう、夜食の代表ともいえるカップめんコーナー。その中でも、俺が心奪われたのが…
「これの入れてきたお湯を流せば完成だ」
「ふぅーん、面倒くさいわねぇ」
「そんな所にいると湯気が危ないぞ」
台所の流しの前に立つ俺と、その様子を上から見ている水銀燈。羽を動かさずにふわふわと浮いていて、どういう原理かさっぱりわからない。なんで金糸雀や水銀燈は空を飛べて、他のドールズはカバンがないと飛べないのだろうか。謎だ。
買ってきたカップ焼きそばのお湯を銀色の流し口から流すとちょろちょろとお湯が流れ出てきて、湯気を立てている。それと同時に、茹でた小麦粉の匂いもしてきて空腹が限界を迎えそうだ。水銀燈のやつも、鼻をすんすんと動かして、興味深そうに覗き込んでいる。何とかべこぉん!とならずにお湯を切り終えると、蓋を開けて、付属していたソースを取り出し、口と手で割りばしを割るとぐるぐるとソースに麺をかきまぜ始める。おぉ、このソースの匂い、最高だよなぁ。
「最後にふりかけ、青海苔をかければ…焼きそばの出来上がりー」
「はやく食べましょうよ!」
「え?」
「じゃなくて、うぅ、それを寄越しなさぁい!」
「わ、うわ!やめろ、一緒に食べよう、暴力かっこ悪い!」
水銀燈は、私は別に腹ペコキャラじゃないわよ!なんて言っていたことがあるが、結構、食べることが好きなんだよなぁ。ていうか、羽が痛い!
「いただきまーす!」
俺がそう合図するとやる気なく箸を持ったまま、こちらを半目で見ている水銀燈。机の上にはカップ焼きそばと冷えた緑茶、それからプリンに俺の買ったゼリーが置いてあって、まさに夜食って感じだ。カップを水銀燈に使わせるとして、俺はさっきの蓋を使うことにした。蓋に焼きそばを乗せると、青海苔とソースの匂いが何とも言えない。割りばしで掴むと一気に口の中へとすするように放り込む。
ずるずるずると、ソースの味を確かめながら歯を動かすと、思った通りのソース味と、何とも言えないこの感触。ぱさぱさしすぎず、湯につかりすぎず、うまくお湯が切れたようでソースに絡んでたまらない。こういういかにもなものを夜に食うってだけで、普段の十倍美味い。
「んん!?」
「ど、どうしたのよぉ?」
勢いよく食べ過ぎてのどにつっかえた。あわてて緑茶をコップに入れて流し込むとこの、焼きそば独特の流し込んだ後味の良さ!
「はぁ、美味い!水銀燈も食べてみろよ」
「…」
俺のことを、ちょっと心配してくれていたのか、そういう顔をしていたのに俺が無事だとわかると一転、いつもの不機嫌そうな顔に戻った。そのまま、俺に言われたわけではないだろうが、割りばしを器用に使って焼きそばにぱくりとかぶりつくと…
「…まずいわよ、これ」
「そうかぁ。まぁ好きなだけ食べてくれ、残しても良いからさ」
そう言って、しばらく箸を持ったままもぐもぐと口だけを動かしていたようだが、その後も、すぐに次の焼きそばを口へと入れていた。相変わらず素直じゃないなぁ。俺も焼きそばをずるずるっと口の中へと放り込むと、同じように、そのカップ焼きそばって感じの焼きそばを噛み締め、満足する。すきっ腹にこれは、卑怯すぎる!焼きそばを食べながら、この後食べるあっさりした果物ゼリーと、水銀燈からちょっと失敬する予定の甘いホイップクリームプリンを見て、たまには夜食も良いよなぁ。と後々、蒼星石に麺の浮いた流しを見られて、ごみまで丁寧に処理した夜食のことがばれるなんてことも知らずに……