ヤンデレの病弱妹に死ぬほど愛されているお兄ちゃんは蒼星石のマスター!   作:雨あられ

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赤薔薇の淑女が来る!

「…」

 

「…なぁ、蒼星石」

 

「はい、何ですか、マスター」

 

「あいつは、一体」

 

朝、というには遅すぎる時間に目を覚ます。寝ぼけた目をこすって目を開くと、ソファには、いつも座っているはずの水銀燈の姿はなく、代わりに…

 

「あら、おはよう。ねぼすけさん?」

 

「あ、あぁ。おはよう。…真紅」

 

ソファに座り、優雅に紅茶を飲みながら読書に耽る、赤い淑女、ローゼンメイデン第五ドールの真紅の姿がそこにはあった。

彼女は、確か、ジュン君のところのドールのはず。遊びにくるといった話は聞いていないし、突然やってくるだなんてことをするのは翠星石くらいなものであったのだが…

わざわざ朝の挨拶に近寄ってきた蒼星石のほうへと屈んで耳打ちする。

 

「どうして真紅が?」

 

「うん、マスターに用があるって。…にしても、彼女、何だか機嫌がよくないみたいなんだ。それとなく探ってはいるんだけど」

 

ふうん、俺にか。しゃがんだまま再び真紅のほうへと目を向ける。

長い睫毛を瞬かせ、真剣に本を読む彼女の姿は結構綺麗で、おとなしいものであった。もともと、俺の持つ彼女の印象は、頭が切れて、敵に回すと怖い、ローゼンヤクザ…だ。あの水銀燈を言葉で言いくるめて、雪華綺晶や、殺気を放つ紫薔薇のドールにさえも怯むことなく立ち向かっていたし…。

今のところ、立ち向かうべき脅威は家には居ないと思うのだが、なんで、突然うちなんかに…

 

「って、そういえば水銀燈は?」

 

「それが、ついさっき真紅が来た時に…」

 

 

 

 

 

 

 

「真紅!あなた一体!?」

 

「どうもこうもないわ。近くに来たからよっただけよ」

 

座っていると、突然大きな入れ違い窓に茶色い鞄が激突した。また翠星石か。と思い、窓をがらりと上げてみると、姿を現したのは意外な人物。

 

「いらっしゃい、めずらしいね、真紅」

 

「ええ、朝早くからごめんなさい。突然なのだけれど、ここの家主はどこかしら、少し交渉したいことがあるのだけれど」

 

「交渉?」

 

「真紅。あなたの方からローザミスティカを持ってきてくれるなんて…。

さぁ、はやくアリスゲームをはじめましょう!?場所はどこがいいかしら、荒野?市街?それとも、ここで死んでいくぅ?」

 

「水銀燈…あなたには、失望したわ」

 

「……なんですって?」

 

「失望した。といったのよ」

 

う。なんだか、いきなり雲行きが怪しい。いきなりアリスゲームを吹っ掛ける水銀燈はいつものことだけど、真紅のほうは、何だか気が立ってる?

 

「失望?笑わせるわぁ。ふ、ふふ、アハハ!一体私に何を期待していたのぉ?真紅ぅ?」

 

「失望したの、その、態度に」

 

「た、態度?」

 

「そうよ、口を開けばアリスゲーム、アリスゲームって。そんなことより、今のあなたには必要なことがあるのではなくって?」

 

「…必要なこと?」

 

「私を、もてなすことよ」

 

「は、はああああ!?何を言い出すのよあなた!」

 

僕が思っていたことを、そのまま口にした水銀燈。一体何を言い出すのかと思っていたが、澄ました顔で、真紅は言葉をつづける。

 

「あら?今の私は、少なくともお客よ?アリスゲームをするにしても、温かい紅茶を一杯でも入れて、おもてなしをするのが礼儀というものではないかしら?」

 

「ふぅん。突然アポもなしにやってきて、私は客だ、お茶を入れろだなんて、それは大層な言い分だこと…ふふ」

 

「す、水銀燈?」

 

「真紅、あなた言ったわね。アリスゲームをするにしても、温かい紅茶を一杯飲んでからって、つまり、逆に言えば紅茶を飲んだら、アリスゲームを行う、とそう思っていいのよねぇ」

 

「ええ、もちろん。「私が満足すれば」ね」

 

「ふふ、あはは。いいわぁ紅茶の一杯でも二杯でも入れてあげる!それで、おなかいっぱいで動けない~なんて笑える冗談はよしてよねぇ。アハハハハ!」

 

水銀燈、自分で言って、何を受けているんだ。じゃなくて、こんな不条理な条件、危険すぎるとなぜ気が付かないんだ。

 

「さぁ蒼星石、真紅に最後の紅茶を「駄目よ」」

 

「水銀燈、紅茶を入れるのは…あなたよ。」

 

「は?」

 

「だってあなた、さっき「一杯でも二杯でもいれてあげる」と確かにそういったわ。ね、蒼星石」

 

「え、う、うん。まぁ」

 

「ということは、あなたが直接私をおもてなしのが筋というものよ」

 

「……ふん、まぁ良いわ。蒼星石、ポッドの場所を「だめよ」っ!」

 

「蒼星石、あなたは私の話相手になってちょうだい。その間に、あなたは一人で、お茶を用意するのよ。」

 

「…っは、ばかばかしい。そんな口車に乗ると思っているのぉ?なんで私がそんなことまでして」

 

「アリスゲーム」「!」

 

「するんでしょ?」

 

その言葉が決め手となって、水銀燈は一人でお茶の用意をすることになって…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、今台所には水銀燈が一人でお茶の準備を?」

 

「う、うん。」

 

「水銀燈って、お茶、入れられたのか?」

 

「それが、僕もどうなのか知らなくて」

 

「蒼星石、ひそひそ話は終わったかしら?そこの…人間。あなたも早く顔を洗ってこっちへいらっしゃい」

 

「あ、はい」

 

俺が家主なのに…立ち上がり、洗面台に行く途中。ふと隣に目を向けると。ふよふよと、台所の前で立ち尽くす、いや浮き尽くす水銀燈の姿があった。ポッドとカップとにらめっこして…何を考えているんだ?

 

「水銀燈、どうし、ぐええ!」

 

声をかけようとしたら。のど元を、何かにぐいいいいっと、引っ張られる。振り返ると、そこには真紅がピンク色の杖を持っていて。

 

「無粋な真似はだめよ。あなたはまっすぐ顔を洗って、居間に戻ってくればいいの」

 

「はひ」

 

すっと首元が緩む。こいつ、怖い!

 

 

 

 

 

 

 

 

「水銀燈のやつ、電気ポッドの使い方すらしらないんじゃないか?」

 

ばしゃばしゃと顔を洗い、口をゆすぎながらそう小さくつぶやく。できれば、あの怖~い赤ドールには早々にお引き取り願いたい。そのためには、是が非でも水銀燈にお外へ連れて行ってほしいものだが…

 

『マスター、おはよう』

 

「おはよう雪華綺晶」

 

顔を拭っていると、鏡の中から現れたのは第七ドール雪華綺晶。俺の…二人目に契約したローゼンメイデン。

 

『マスターマスター、どうして朝は、「おはよう」なのだと思いますか』

 

「さぁ、昔の人が決めたんじゃないか?」

 

『いいえ、違います、好きな人に「朝から会えてうれしい」と、つたえるためにおはようはあるんです。うふふ』

 

随分ロマンチストだな、雪華綺晶。彼女は、まぁ見ての通りすっかり丸くなって、基本俺にデレデレ甘えてくるようになったのだが、身体がないのでなかなかに不自由な生活を送っている。しかし、そうだ。そんな彼女だからこそ。

 

「なぁ、雪華綺晶、一つ、頼まれごとをしてくれないか?」

 

「!」

 

「難しいことじゃないんだが、台所の…って、き、雪華綺晶?」

 

な、泣いてる!?

 

「雪華綺晶、泣くほど嫌だったか」

 

「いいえ。いいえ。決して。初めてのマスター。初めての頼まれごと…。うれしくって」

 

そう言ってもらえると嬉しいのだけれど。泣いている彼女に手を伸ばし、ガラスの中へと指を差し入れると涙を拭う。今更だけれど、彼女に頼んで大丈夫だろうか。蒼星石とは違い、お茶を入れたこともなさそうだし。ちょっと、いや、かなり心配だ…

 

 

 

 

 

 

 

「遅かったわね」

 

「美人が来ているので念入りに洗っててね」

 

「そう、てっきりあの子とイチャイチャしていたのかと思ったわ」

 

「っう、ちょっと朝の挨拶をしてただけだよ」

 

「…」

 

い、いかん。こいつは強敵だ。蒼星石と雪華綺晶、二人の間にはまだ確執が残っているから、そこまで仲がよろしくない。もともと、受け入れるのが下手な蒼星石に、まったく他者に受け入れられたことのない雪華綺晶。相性が良いとは言えない。

「あの子も呼んでちょうだい。せっかく、黒薔薇のお姉さまがお茶をいれてくれるのよ」

 

「いや、なんか、雪華綺晶は今用事があるらしくて」

 

「用事?」

 

「ああ」

 

「そう」

 

まるで、すべてが見透かされているようだ。迂闊なことは言えないな。ゆっくりと、蒼星石が用意してくれた座布団に腰を下ろす。対面の蒼星石は、雪華綺晶の話題が出たとたん笑顔が消えた。うーん二人の仲をなんとかしないと。

 

「それにしても、遅いわね。もう10分は経っているのに」

 

「…もしかしたら彼女は、電気ポッドも使わず紅茶を…?」

 

「そうね。まぁいいわ。そこの。」

 

「は、はい」

 

びしっと、「そこの」は背筋を伸ばす。一体、どんな無茶難題を言われるのであろう。嫌な汗がたらりと背中を伝って落ちる。

 

「シノブ、だったわね。あなたに今日はお願いがあってきたの」

 

「は、はぁ」

 

「実は…」

 

「待たせたわねぇ。真紅ぅ」

 

と、真紅が口を開きかけたとき。台所からカチャカチャと紅茶を入れたカップをお盆に乗せて、水銀燈がやってきて、かちゃんとお盆を乱暴に机の上に乗せた。見た感じ、うまくできてる。それに、香りもここからでもわかるくらい良い。

 

「これは…」

 

「…」

 

「さ、どうぞ召し上がれ」

 

自信満々に、水銀燈が真紅の前へとかちゃりとソーサーと空のカップを置いたとき、真紅の金色の眉がわずかに動く。すると…

 

「…!」

 

なんと、大胆にも大きな行き違い窓に、白いカップを持った雪華綺晶の姿が映った。なるべく自然に目を逸らしたが、真紅たちには…どうやら、二人とも出されたカップを凝視していて気が付いていないようだ。

 

「カップ……回す?あぁ」

 

そうぼそぼそと独り言のように呟くと、水銀燈はぶっきらぼうに出したカップを何やら回転させた。一体雪華綺晶になにを?

 

「そうね、普通カップを出すとしたら、左取っ手。スプーンの持ち手は右に…」

 

「もしもカップに絵柄や正面が設定されているようなものならそれを見せる必要があるけれど、うん、今回のカップはシンプルな白いカップだから。これが正解だね」

 

……お前らは格付けチェックの審査員か!?

蒼星石まですっかり紅茶の評論家モードだ。空気がぴりっと張りつめている。美味しかったらなんでもいいと思うのだけれど。

 

「ど~でも良いうん蓄、ありがと。さ、入れるわよ」

 

そういって、ポットから、紅茶を、高い位置から注ぎはじめた水銀燈。あれは、見たことがある。確か空気を含んだ方がおいしくなるんだったか。その様子を見て、険しい顔をやめて、柔和な顔つきになる真紅と蒼星石。

 

丁寧な動作で俺たちのカップにそれぞれ紅茶を注ぐと早速、手に取って香りを楽しむ真紅。しかし。

 

「あら、これは」

 

?続いて、蒼星石も同じようにカップから手を扇ぎ匂いを確かめると、目を開いて驚く。

何かおかしかったのだろうかと、俺もにおいを嗅いでみる…。

 

「ん?」

 

そのままカップに口をつける。どうやらわざわざカップも一旦温めたらしく、ちょうど良い温度の紅茶。しかも味が…

 

「水銀燈、あなたこれはどうやって入れたの?」

 

「…どうって、別にぃ、普通にいれただけよ」

 

「美味しいなぁこの紅茶」

 

「うん、水銀燈、すごいじゃないか」

 

「そ、そうかしら?」

 

美味いのだ!蒼星石が入れてくれるものとはまた別の美味さ。いつも飲んでいるのと同じ茶葉のはずなのに、何かが違う。まるで、広い海の中に、そこだけ、サンゴ礁がひろがってような…なんなんだ、一体?

 

「そ、そうね。温度も悪くないようだし、茶葉を蒸らした時間も…合格ね」

 

「ふふ、素直に美味しいっていえば良いじゃないか、真紅」

 

「そうよぉ、素直に、負けを認めなさい?私の紅茶が、今まで飲んだことのないくらいと~っても美味しいって」

 

「…」

 

この展開は予想外だったのか、押し黙る真紅に、勝ち誇り、にやけた顔で真紅の隣に腰かける水銀燈。それにしても、何だろう、なんか飲みなれた感じがする。味の秘密が何なのか探って紅茶をのんでいるうちに、あっという間に空になってしまった。もしかして、雪華綺晶が何かを言い含めたのか?美味かったが、すごく気になる。

 

「…そうそう、先ほどの話の続きなのだけれど。シノブ、あなたこの部屋を間借りさせる気はないかしら?」

 

「間借り?」

 

「ちょっと、まだあなたの感想を聞いてないわよ真紅!」

 

「ジュン君の家にいるなら、間借りなんて必要ないんじゃないか?」

 

「いいえ、必要よ。少なくとも、私のくんくんコレクションを置く場所がなくなったもの」

 

「く、くんくんコレクションって」

 

「ひどいのよ、ジュンったら、普段私が棚に飾っていた素晴らしいグッズの数々をガラクタと称して箱に、ただの段ボールの箱に詰めようとしたの!」

 

「やりすぎよぉ…」

 

「うん…あんまりだ…」

 

…うんうんとうなずく3人。くんくんグッズって、そんなに大事だったのか。

 

「そこで、この部屋のどこかに私のグッズの一部を保管しておこうと思ったの。ほら、あのテレビの横の黒いラックなんて良さそうじゃなくて?」

 

「!??あそこは駄目よ!」

 

「あら、あのラックの上なんて、カレンダーが置いてあるくらいで特に何も置かれていないように見えるのだけれど」

 

「残念ねぇ…あそこは私の…」

 

「あら?」

 

「ちょ、真紅ぅ!」

 

がさがさとラックの中身を見始めた真紅。あ~確かあそこには、水銀燈の

 

「!?これは、幻のくんくんステッカーナンバー0!?それに、マスドのラッキーセットにしかついてこないゼンマイ式猫警部とラピッド夫人!?」

 

「やめなさい!」

 

急いで真紅を引きはがすと、ラックの前に立ちふさがる水銀燈。あれこそ、俺たちもめったにお目にかかれない水銀燈コレクションだ。もともとDVDとか入っていたその黒いラックは今や水銀燈のテリトリー。たまにラックを覗いてにやにやしていた気がする。

 

「水銀燈、もう少し、見せてちょうだい?いえ、見せてくれないかしら?」

 

「駄目よ、帰りなさい。さっさと帰って」

 

「……じゃあ、こうしましょう。アリスゲームをして、勝った方がお互いのグッズをすべてもらえるというのはどうかしら?」

 

「な、なにを言い出すのよあなた」

 

「先ほどちらりと見えた、くんくん超合金グルコシリーズのナンバー23。くんくんの日常・ステッキ編。私は、あれがど~っしてもほしくて。ジュンとのりに食玩をたくさん買わせたわ」

 

「そ、そうなの。ふふ、私は一発で引き当てたわぁ」

 

そのグルコのお菓子を買ってきたのは俺だけどな。

 

「そうね。そして私は当たらなかった。どろぼうキャット4連チャンなんてことまであったわ」

 

「…」

 

「だから、そのナンバー23!そして、ついでにほかのくんくんグッズをかけてあなたにアリスゲームを挑む!」

 

「い、いやよ!落ち着きなさい、真紅、あなたマスターに邪険に扱われたからって、やけになりすぎよぉ。」

 

「いいえ、私はいたって冷静。少なくとも16通りはあなたを倒す方法を思いついているわ」

 

やばい。真紅のやつ。

ステッキと人口精霊まで出して本当に…!?

 

「ねぇ!真紅、落ち着いて。まだ君のカップには、水銀燈の入れてくれた紅茶が残っているよ?」

 

「…蒼星石…」

 

割って入ったのは蒼星石だった。ふたりの間に飛び込むと、大きな声を出して二人の注目を集める。

 

「さっき君は、アリスゲームを行うにしても、暖かい紅茶を飲んでからと、そういっていたよ?ね、水銀燈」

 

「え、えぇ」

 

「…そうね。私としたことが、礼節を欠いていたわ」

 

おぉ、なんとか丸く収まったぞ。

つかつかぺたんと、ソファに座った真紅は、少しだけ冷めた紅茶に口をつける。

するとどうだ。つりあがっていた眉は下がり。徐々に、柔らかい表情になる。美味しいからなぁ、あの紅茶。それに、どこか落ち着く。

その様子を見ていた蒼星石も、同じように紅茶を飲み、口を開く。

 

「真紅、君のマスターは君のグッズを一つの段ボールに詰め始めたと言っていたけど、その時、彼は君以外の雑貨なんかも、詰めていなかったかい。それも別の段ボールに」

 

「え?…そうね、そういえば…どうして知っているの?蒼星石」

 

「なに、簡単なロジックだよ。君の話を聞いて、彼と君が同じ棚を使っていたのはなんとなくわかったからね。もしかしたらと思ったんだ。多分。彼は君のグッズを捨てようとしたんじゃなくて、数が増えてきたから…新しい収納場所を用意しようとしたんじゃないかな」

 

「新しい……場所?」

 

「きっと、彼なりの照れ隠しだったんだと思うよ。君のためにスペースを作ってるって言うのが、恥ずかしかったんじゃないかな」

 

「ジュン…」

 

目を伏せて、何かを思い返しているらしい。真紅。もう、先ほどのような怒りは感じられず、しとやかになった少女がそこにはいた。

 

「わ、わかったら帰りなさい。しっし」

 

「えぇ…そうするわ。」

 

カップを置いて、のそのそと、来た時の乗ってきた茶色い鞄に乗り込む真紅。俺は何も言わずに席を立って、速やかに帰ってもらえるように窓を開けた。びゅっと冷たい風が入り込む。

 

「そうそう、水銀燈」

 

「なによ」

 

「あなたの入れた紅茶。とても美味しかったわ。また入れてちょうだい」

 

「…さっさと行けば?」

 

今日一番の微笑みを水銀燈に送ると、鞄を閉じ、びゅっと、鞄はすごい勢いで飛び出していった。ふと水銀燈の顔を覗き見ると腕を組み、珍しく、優しいお姉さんの顔をしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え?じゃあ、雪華綺晶、紅茶の入れ方なんて教えなかったのか?」

 

「はい。それどころか、台所にいったら黒薔薇のお姉さまにお茶の入れ方を教わってしまいました」

 

「あの水銀燈が」

 

nのフィールド。お願いを聞いてくれた雪華綺晶にご褒美とばかりにコンビニでお菓子を買ってきたのだが、雪華綺晶いわく、水銀燈は紅茶の入れ方をすべてマスターしていたらしい。

膝の上に座りにきた雪華綺晶はこちらを見上げて、俺の持ってきたコンビニのドーナツにかぶりつくと、満足そうに頭を揺らした。

 

「じゃあなんでカップやポッドの前で悩んでたんだ?」

 

「それが、『赤薔薇のお姉さまを満足させるのには、普通の紅茶ではだめよ』と言って」

 

「うん」

 

「お湯を沸かし、葉を蒸している間に悩み、ついに、隠し味に行き着いたようです。それが…うふふ、だめだめ。これはお姉さまとの秘密」

 

「なんだよ。気になるじゃないか。」

 

「いくらマスターでも、これは秘密なのです。あぁ、秘密。なんと甘美な響き」

 

気になるなぁ。紅茶と合わさって。どこか幻想的な風味を醸し出していた…くそー一体何を入れたんだ。

 

「ヒントは、「イライラしなくなるもの」ですよ。黒薔薇のお姉さまは、紅薔薇のお姉さまの機嫌がよくなかったのを見抜いていましたから」

 

イライラしなくなる…?小魚とか牛乳のカルシウム、じゃないし、まさかそれって。あの、いや、まさか…そうなのか!?

 

その後、水銀燈のいない間に機嫌の直った真紅がまた遊びに来たのだが、その時の機嫌の良さたるや。新しい棚を作ってくれたというツンデレなジュン君との惚気話が延々と続き、蒼星石と二人うんざりしたのであった。

 


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