私は本が好き。
誰の邪魔も入らない自分だけの世界が好き。
人は自意識の塊で、自分の理想、自分の欲求、自分のエゴを押し付けてくる。
私もそんな人間の一人で、でも人に押し付けたりはしない。
自分だけ、私一人だけの世界で生きていきたい。
だから私は人が嫌いです。
「もっと真面目に打ちなさい」
「わざと負けるなんて、馬鹿にしてるの?」
「勝たないとお小遣いもお菓子も没収よ」
「なんでそんな打ち方をするの」
「プラマイゼロ…?」
私は母親が嫌い。
やりたくもない、好きでもない遊びを私に押し付けてくる。
私は読書がしたいのに、麻雀なんてくだらない遊びに付き合わせる。
押し付けがましい、自分本位の理由だけで子供の楽しみを奪う。
麻雀を打たないもお小遣いが減らされる。
お小遣いが減れば、本を買えなくなる。だから不本意ながら付き合った。
なのに勝てば怒り、機嫌が悪くなる。
だから私は負ける事を覚えた。
でも今度はわざと負ければお小遣いを減らすと言う。
勝てば家族の仲は悪くなる、負ければ私の趣味が続けられなくなる。
どうしたって、不和を呼ぶことになるこんな状況。
母親に強く言えない父親も、助けてくれない姉も、全ての原因を作った母親も。
私は家族が大嫌い。
好きでいられる理由も、嫌いにならない理由も無い。
子供の頃はこの世の全てを差し置いて、どんな物よりも自分の家族が嫌いだった。
私と父親を置いて引っ越して行った母親と姉。
連絡のひとつも取らず、私は無干渉を貫いている。
父親とだって会話は無い。
出来るなら一人で暮らしたいけど、そこまで裕福な家じゃないから出来もしない。
ゲームひとつで家族を壊す、そんな遊びが麻雀。
だから私は麻雀が大嫌い。
出来るのなら、この世界から無くなってしまえばいいのに。
こんな世界だからこそ、当たり障りのないように外面だけは取り繕わないといけない。
嫌いな相手でも思っていることをそのまま言ったらまた面倒なことになるから。
いつだって、どんな時代だって、面の皮が厚い奴が跋扈する。
そんな人とは出来る限り関わり合いたくない。
でもそうもいかないのがこの世界らしい。
「よーう咲、学食行こうぜ」
「須賀君…私、本読んでるんだけど」
「そんなのは学食でも読めますよ」
私はこういう強引なところが嫌い。
人の事情も顧みない自分本意で身勝手なところが嫌い。
人の趣味をそんなのと低く見ているところも気にくわない。
自分が望んで陽の当たるベンチで読むようにしているのに、わざわざ学食で読む必要こそ無い。
学食に誘われた理由は、女子しか頼めないランチが食べたかったかららしい。
他に仲のいい女子生徒がいるんだから、その人に頼めばいいのに。
私を探し出して連れて来る行動が理解不能だ。
何より食事中に携帯を弄っていることも気に入らない。
男子らしい粗暴な性格なんだろうな。行儀が悪くて一緒にいたくない。
「麻雀って難しいのな」
「……麻雀…?」
「なんだよ咲、麻雀知ってるのか?」
「…私の前で麻雀の話しないで」
「…そうだ、麻雀部に人が足りなくて困ってるんだ」
人の話を聞かないも追加された。
どうしてこうなんだろう。
腕を掴まれて旧校舎の方に連れて行かれる。男が無理矢理人気のない方へ女を連れ込む、私が大声を出したらこの人は終わりなんじゃないかって考えたけど…そんな事が起きたらそんな人生なんだって諦めることにしよう。
結果到着したのは旧校舎にしてはやけに綺麗な部屋。
麻雀卓があることからここが麻雀部の部室なんだろう。
奥からペンギンみたいなぬいぐるみを持った人と、食べ物片手に歩く行儀の悪い人が現れた。
「お客様ですか?」
「客というか体験入部的な?」
「無理矢理連れて来られただけです」
「ほえ〜…あ、片岡優希だじぇ」
「宮永咲です」
「原村和です。お茶いれますね」
「お構いなく…」
読書の時間を削ってまで嫌いな麻雀を打つなんて…それにしても牌に触るのなんていつ振りだろう。
「原村さんは、勝つのと負けるの…どっちが好き?」
「勿論勝つ方に決まってます」
「そう…じゃあ負けてあげるよ」
「わざと負けられて嬉しいわけありません!」
そう…大体こういう人間ばかり。
勝てるなら勝たせてもらえばいいのに。わざわざ負けるか勝つかの勝負をする必要は無い。貰える勝ちは拾うべきだ。
だから私はこういうタイプの人間が嫌いなんだ。勝ち負けに固執するくせに落ちてる勝ちを拾わない。正々堂々勝負している自分に酔っているだけのどうしようもなく救いようのない人間。
手加減されても気付かないような実力しかないのにあたかも自分は実力で勝っています顔をする。
私は、この人を好きになることは一生無いだろう。
「そろそろ帰るよ…」
「咲は知ってるだけであんまり強くない感じだな〜」
「見え見えの混一色に振り込んでるんだから素人だじぇ」
好きなだけ言えばいい。
ここで反論すれば面倒な事になる
例えば、原村さんが本気で打ってください。とか言い出しかねない。
折角勝って気分良さそうなんだから余計なことして引き留められたくない。
「あはは…素人でごめんね」
「…待ってください」
「……なに?」
「宮永さん…あなたは今確実に、手を抜いて打っていましたね?」
「何を根拠に」
「素人ならば牌の扱いがたどたどしく、牌を倒す事も多少難儀する筈です。理牌にも時間がかかり鳴くことも、多ければ役無しに、もしくは面前で戦うのが殆どだと思います。私の中学校の後輩が現にそうでした」
「牌の扱いが上手い素人だっているでしょ」
「そんなオカルト有り得ません。宮永さんの手付きは明らかに経験者、それもリアルな牌でかなり経験を積んだ。素人がなんの躊躇いもなく嶺上開花を和了する筈がないですし、ゆーきの混一色にもわざと振り込んだのでしょう?」
「なんのこと?」
「いい加減その素人の振りをやめたらどうですか?」
ああ…やっぱり。
私はこの人が嫌いだ。
人が隠そうとすることを看破するまではいい、でも他人がいるところで吐くのは我慢出来ない。人として頭がどうにかなってる。
「勝ったのに嫌なの?」
「手加減されて勝つことが嫌なんです」
「手加減なんてしてないよ、あれが私の実力」
「嘘を言わないでください」
「…面倒くさいなぁ…」
「私は、自分の実力で勝ちたいんです。譲られた勝ちなんて一欠片も価値はありせん」
「勝てばいいじゃん。大会で負けたら終わりでも、勝ったあとそんなこと言うの?」
「手加減されているのであれば、言うでしょうね」
ダメだ。この人は筋金入りの頑固者だ。
私の手には負えない、嫌悪するタイプの人間だ。
自分の理想を人に押し付けて強要する、母親と近しいクズ。
自分の中だけなら許容も出来る。でもその理想を他人にも共感してもらおうと押し付ける行為は許せない。
こういう手合いは認めて退散するのが吉かな。
「はぁ…そうだよ。私は手加減してた…これでいい?」
「なら、もう一度戦ってください。今度は手加減無しで、本気で」
「やだ。私はもう帰るって言ったでしょ」
「私は諦めません。宮永さんが全力で戦ってくれるまで」
「…ちっ…」
アテが外れた。
もっと厄介なタイプだった。
思わず舌打ちしちゃったけど、これで関わる気が無くなるならいいんだけど…望み薄だよね。
「自分の都合を押し付けるな。全部自分の思い通りに進むと思ったら大間違いだよ」
「そんなことは分かっています。でもそうなるように動くことも大事なことです」
「お、おい咲…」
「のどちゃん…」
「知らないよそんなこと。嫌いな麻雀を打って勝たせてあげたのにそこまで文句を言われる筋合いは無い」
「勝たせてあげた。それこそあなたの押し付けです。私が勝たせて欲しいと言いましか?手加減してほしいと言いましたか?あなたの都合で手加減して、勝ちを押し付けるのはやめてください」
麻雀に関わるとろくなことがない。
昔から知っていた筈なのに、本当なら腕を振り払ってでもここに来ることを避けた方がよかった筈なのに。
どんな時でも、この遊びは私を不幸にする。
幸せな時間を作る努力をしても、出来上がりそうな頃にやってきて壊していく。賽の河原で石を崩す鬼のように。
だったら…私から壊しに行くしかないよね。
「…わかった。全力で打つよ」
「そうですか…」
「麻雀をやりたく無くなるくらい、徹底的に」