第42話:生き物の時間
夏休みが始まって早3日経った日の早朝
「なんで僕ら、学校に来てんのかな。しかも早朝に。」
「いやぁ…いい歳して皆の前で昆虫採集とか恥ずかしいだろ。」
渚と杉野、前原の3人はE組の裏山で虫取りをしていた。
因みに主催は街育ち故に虫取りに憧れていた杉野だ。
「しかし前原まで来るとは意外だわ。こんな遊び興味無いと思ってたぜ。」
「次の暗殺は南国リゾート島でやるわけじゃん。そしたら何か足りないと思わねーか?」
杉野と渚はその足りないものが分からずはてなマークを浮かべるが、前原は眼を$マークに変えて熱弁する。
「金さ‼︎水着で泳ぐきれいな
「旅の目的忘れてねーか、前原の奴?」
「…うん、15歳の旅行プランとは思えないよね。」
2人が呆れていると木の上から声が聞こえてきた。
「ダメダメ、オオクワはもう古いよ〜。」
「「倉橋!」」
「おは〜、皆もお小遣い稼ぎに来たんだねっ。」
「倉橋、オオクワガタが古いとかどういう事だ?」
「んっとね〜、私達が生まれた頃は凄い値段だったらしいけどね、今は人工養殖法が確立されちゃって大量に出回りすぎて値崩れしたんだってさ。」
「ま…まさかのクワ大暴落か。1クワガタ=1
「ないない、今は
「詳しいな、倉橋。好きなのか昆虫?」
「うん、生き物は全部好き〜。せっかくだしみんなで捕まえよっ!多人数で数揃えるのが確実だよ‼︎」
陽菜乃が先陣を切って進む。
するとある木にぶら下げられたストッキングに昆虫が集まっていた。
「お手製のトラップを昨日の夜にかーくんと付けておいたんだ。後20ヵ所くらい仕掛けたから、上手くすれば1人千円くらい稼げるよ〜。」
「あ〜、やっぱり奏もいんのか。」
「うん、今は山の反対側から探してもらってるの。後他にもう一つ優秀なレーダーがあってね〜…」
「レーダー…なんだそりゃ?」
その時、少し離れた位置から犬の鳴き声が聞こえてきた。
「あっ、ちょうど見つかったみたい!」
陽菜乃はそう言い鳴き声の方に向かう。
向かった先の大木の前に一匹の犬が座っていた。
その木を調べると樹液に昆虫が群がっていた。
「すごーい!お手柄だね、リズちゃん!」
「倉橋さん、その犬は?」
「かーくんの愛犬のリズちゃんだよ!虫が集まりやすい樹液の匂いを覚えさせて発見したら教えるようにかーくんに躾けてもらったの!」
「そんな高度な事教えられるの⁉︎」
「あいつブリーダーかよ‼︎」
「かーくんも凄いけど、リズちゃんも賢いもんね〜。」
三人が驚いている中、陽菜乃はリズの頭を撫でる。
奏の呪力の一部を纏った状態のリズは五感が普通の犬より発達するのだが、そうでなくてもリズは犬の中だと相当賢くて優秀な部類に入る。
その時またもや木の上から声が聞こえてきた。
「フッフッフ、効率の悪いトラップだ。それでもお前らE組か‼︎」
声の主はE組が誇る(?)エロ魔人、岡島であった。いつものように片手にはエロ本を持っている。
「せこせこ千円稼いでる場合かよ。俺のトラップで狙うのは当然百億円だ‼︎」
「百億…ってまさか。」
「その通り。南の島で暗殺するって予定だから…あのタコもそれまでは暗殺も無いと油断するはず。そこが俺の狙い目だ。」
岡島はみんなをある場所へ案内する。そこの茂みを覗いた先には、大量のエロ本の上で正座しながらエロ本を読んでいる殺せんせー(カブト虫コス)がいた。
「クックック、かかってるかかってる、俺の仕掛けたエロ本トラップに。」
「すげぇ…スピード自慢の殺せんせーが微糖だにせず見入っている。」
「よほど好みのエロ本なのか…」
「また何だあのカブト虫のコスプレは‼︎」
「あれで擬態してるつもりか⁉︎嘆かわしい‼︎」
「どの山にも存在するんだ、『エロ本廃棄スポット』がな。そこで夢を拾った子供が…大人になって本を買える齢になり、今度はそこに夢を置いていく。終わらない夢を見る場所なんだ。」
※良い子は捨てるのも読むのもいけません。
「丁度良い、手伝えよ。俺達のエロの力で覚めない夢を見せてやろうぜ。」
パーティーが致命的にゲスくなった瞬間である。
「随分研究したんだぜ、あいつの好みを。俺だって買えないから拾い集めてな。」
「?殺せんせー、巨乳なら何でもいいんじゃ…?」
「現実ではそうだけどな、エロ本は夢だ。人は誰しもそこに自分の理想を求める。写真も漫画も僅かな差で反応が全然違うんだ。」
岡島の携帯には、1ヶ月間入れ替えて置いたエロ本に対する殺せんせーそれぞれの反応の写真が写っていた。何故かコスプレも日によってカタツムリ・セミ・クワガタと変わっている。
しかし大の大人が1ヶ月も連続してエロ本を拾い読みするのははたして如何なものなのか。
「お前のトラップと同じだよ、倉橋。獲物が長時間夢中になるよう研究するだろ?」
「…うん。」
「俺はエロいさ。蔑む奴はそれでも結構。だがな…誰よりエロい俺だから知っている。エロは…世界を救えるって。」
キメ顔でナイフを取り出す岡島を見て、不覚にもカッコいいと4人は思ってしまった。全くもって尊敬は出来ないし、見習いたくもないのだが。
「殺るぜ。エロ本の下に対先生弾を繋ぎ合わせたネットを仕込んだ。熱中してる今なら必ずかかる。誰かこのロープを切って発動させろ。俺が飛び出してトドメを刺す。」
代表して渚がハサミを構える。緊張した空気の中、タイミングを見計らってロープを切ろうとした直前、
殺せんせーが斜め上を見ながら、眼をみょーんと伸ばし始めた。
データに無い顔を見て岡島が動揺する一方で、殺せんせーは素早く触手で何かを捕まえる。
「ミヤマクワガタ、しかもこの眼の色‼︎」
するとひが立ち上がり、殺せんせーの所に駆け寄る。
「白なの、殺せんせー⁉︎」
「おや倉橋さん、ビンゴですよ。」
「すっごーーい‼︎探してたやつだ‼︎」
「ええ‼︎この山にもいたんですねぇ。」
2人が嬉しそうにエロ本の上で飛び跳ねているのとは対照的に岡島は「もう少しだったのに」と涙を流している。
すると殺せんせーが渚達に気付き、青ざめて壊れた機械のように自分の足下《エロ本の山》を見ると顔を真っ赤にしてうずくまる。
「面目ない…教育者としてあるまじき姿を…本の下に罠があるのは知っていましたが、どんどん先生好みになる本の誘惑に耐えきれず…」
やはりというか、岡島のトラップはお見通しだった。
そんな中杉野が陽菜乃に疑問を口にする。
「で、どーゆー事よ、倉橋?それってミヤマクワガタだろ?ゲームとかじゃオオクワガタより全然安いぜ?」
「最近はミヤマの方が高いことが多いんだよ。まだ繁殖が難しいから。このサイズじゃ2万はいくかも。」
「2万⁉︎」
「おまけによーく眼を見て下さい。本来黒いはずの目が白いでしょう。」
アルビノ個体。またの名を白子。
人間や動植物でメラニンや葉緑素といった色素を欠いたことで白色となった個体のことをいう。
カエルなどは全身が真っ白となるが、クワガタは眼のみが白くなるのだ。
「『ホワイトアイ』と呼ばれる天然ミヤマのアルビノ個体はとんでもなく希少です。学術的な価値すらある。売れば恐らく数十万は下らない。」
「「「「すっ…」」」」
「一度は見てみたいって殺せんせーに話したらさ、ズーム目で探してくれるって言ったんだぁ‼︎」
「ん?もしかしてそっちもアルビノ見つけた?」
そう言いながら反対の茂みから奏が出てきた。肩にはイタチのような生き物を乗せて。
「あ、かーくん‼︎そっちはどうだった?」
「豊作だよ〜。ごっそりいたし、お目当てのホワイトアイも一匹。それと…」
「あーー‼︎もしかしてそれ、ニホンカワウソ⁉︎」
「そうそう、川の下流にいたの。結構人懐っこくてこの通り。」
陽菜乃が近づいてもカワウソは逃げずに、頭を撫でられる。
さらにリズが近づくとカワウソは奏の肩から降りる。お互いに興味深そうに様子を探るが、やがて二匹でじゃれ合い始める。
「なぁ奏…ニホンカワウソってもしかして…」
「ん?絶滅危惧種だよ。」
「売る場合はお値段は…?」
「「
その瞬間男子4人+タコ一匹の眼の色が変わる。
その邪な視線を感じ取ったのかカワウソは山の奥に逃げ出してしまう。リズが後を追いかけ、それに続いて殺せんせー達も追おうとするが、
「お前ら…ロクでも無いこと考えるなよ?」
奏の怒りの気配から死の恐怖を感じて追いかけるのをやめた。
ちなみに二匹のホワイトアイは陽菜乃によって離され、川の下流でリズとカワウソは再びじゃれ合っていた。