呪術を教えてほしい
陽菜乃からのこの頼みに一同は「は?」という理解ができない表情をしている。
一番最初に意識が復活したのは奏だった。
「…いやいや、ひーちゃん。急に何を言い出すのさ?」
「そのまんまだよ。私に呪術を教えてほしいの。」
「……何故?」
「かーくんの隣に居たいから。」
陽菜乃の言葉にまたもや一同は首を傾げる。
「俺の隣に?」
「うん。かーくんはさ、とても強い呪術師なんでしょ?」
「まぁ…そうだな。」
「ってことは同じくらい危険な任務に行くことが多いって事だよね?」
「そりゃあそうだな。」
「殺せんせーの暗殺に成功したらかーくんはこの教室から居なくなって、呪術師として危険な事を何回も行う生活に戻るじゃない。それは私も仕方のない事だと思うよ。けど、もし私の知らないどこかでかーくんが勝手に死んじゃったら?もしかーくんがまた一人で色々辛い事を抱え込んでしまったら?それが現実になっちゃったら私は耐えられないよ。」
「…呪術師は常に死と隣り合わせ。まともに死ねる場面なんてほとんど無いもんだよ。」
「例えそうだとしても私は最後まで大好きな人の側に居てあげたい。大好きな人が苦しんでるなら近くで支えてあげたい。けれど今の私のままじゃいずれかーくんと離れちゃう。だから少しでも側で支えるようになるには呪術を教わる事だと思ったの。」
陽菜乃は真剣な目つきで一言一言しっかりと口に出す。
その決意を聞いて奏は表には出さないもののとても嬉しく思っていた。大好きな人がこんなにも自分の事を思っていてくれているのだから。
しかしそれ以上の不安を抱えていた。
まず呪力は人間の負の感情が基になったエネルギー。だから天真爛漫な陽菜乃には明らかに向いていないと考えていた。
次に自分でも言ったように呪術師はいつ死んでもおかしくない職業である。そんな世界に何より大事な人を連れて行けるのかと悩んでいた。
そして何より、
「そもそもひーちゃん、呪いとか見えないでしょ?」
呪術師としての最低限の素質、呪いが見えるか否かという点。動物園デートの時、陽菜乃は呪いに囲まれたことがあったがまるで見えていなかった。だから奏は陽菜乃が見えないものだと思っていた。しかし、
「えーっとね……実は見えるの。」
「……まじ?」
「うん。最近だけどね、見えるようになってきたの。」
「……見え始める前あたりに何か変な事した?」
「イトナ君の二度目の暗殺の後にさ、かーくんが倒れちゃったでしょ?その時出血が凄かったから傷口に口当てて…」
「まさか……血を吸ったの?」
「うん。」
陽菜乃が自分の血を吸ったという事実を知り、奏は頭を抱える。
陽菜乃に呪力が流れている原因は自身の術式にあったからだ。
他者の術式を血を介して奪う「血印刻術」には別の効果がある。
それが「血の契約」。自分の血を他者に飲ませる事で自分の呪力を他者に与える能力。陽菜乃の様子を見て分かるように、この術式は呪力の無い人間、更には人間以外の生物にも有効で奏の愛犬のリズにも掛けられている。
しかし誰にでも掛けられる訳ではない。奏が他の術式を奪う時同様に強烈な拒絶反応が起こるからだ。大抵の者はその痛みで死んでしまう程である。
(半月何の変わりなく過ごしている以上素質はあるのかもしれないけどさ…それでもなぁ)
呪いが見えるという術師としての最低限の素質があるとは分かっても、奏の曇った表情を浮かべている。その表情を見た陽菜乃もどうしたらいいか困っている。その二人の様子を汲み取ってパンダが奏に提案を出す。
「いいんじゃないか、奏?教えてやるくらい減るもんじゃないだろ。」
「色々減るわ!主に精神面でゴリゴリすり減るわ!…ってかさ、パンダはその辺どう思ってるんだよ。」
「まあ術師向けのキャラじゃないよな。」
「だろ?」
「そ、そうなの?」
「だって術師って大なり小なり変人ばかりだし。どっかしらイかれてないと続けていけないようなもんだし。」
「それでも私はかーくんに教わりたい‼︎……ダメ?」
彼女の上目遣い(ビッチ直伝)に殺されかけてはいたものの何とか平静を保って、奏は渋々妥協案を出す。
「……明日、高専に行くよ。そこでテストする。」
「…‼︎うん!」
喜ぶ陽菜乃を見て奏は内心でとてつもない罪悪感に襲われていた。
陽菜乃を諦めさせる為には彼女の心を折らなければならないと分かっていたからだ。
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翌日 呪術高専
「…という訳でテストをここで行います。」
「はーい‼︎」
奏と陽菜乃はある特殊な空間にいた。
ここは奏が空の一室に『禍促術式』を付与した部屋。
この効果で室内にいる間は外界より早く時が進む、所謂「精神と時の部屋」的なアレになる。
ちなみに帳とも領域とは違うものなので誰でも簡単に出入りできる。
何故奏がこの空間を利用すると決めたのか。
それはもし陽菜乃がテストをクリアした場合、旅行前には基礎を終わらせたいと思ったからだ。
別に島での暗殺に組み込もうとは微塵にも思っていない(そもそも陽菜乃には他の役目がある)のだが、仮に暗殺が失敗した場合、陽菜乃が呪術を使っての暗殺を行うための特訓で夏休み丸々潰すのは、彼女提案とはいえ流石にかわいそうだと思ったのだ。
「それでテストって何やるの?」
「……前にも言ったけど、呪いってのは人間の負の感情が基になっている。俺の血を飲んで呪力を得たとはいえ、ひーちゃんは呪力が流れている実感がないでしょ。」
「うん。」
「だから呪力が流れているっていう意識を持たせる。その感覚が無いと基本の呪力操作すら出来ないからね。」
「それで何をすればその感覚が分かるの?」
「………こいつにやってもらう、八咫烏。」
奏は深くため息をつき、自身に宿っている呪いの名を呼ぶ。
その呼びかけに応えて、奏の左頬に眼と口が一つずつ現れる。
『ククク、久しぶりだなぁ小娘。』
「……え、待ってかーくん。まさかかーくんと本気の模擬戦とか言わないよね?」
「違うよ。」
「だよね!よかった〜…「むしろそっちの方が優しいから。」……え。」
『今から我が貴様に至極簡単な術をかける。それを耐え切れたら貴様の勝ちだ。』
「掛かる術の内容は『過去視』。幼少期に俺がこいつから受けたものと同じ術、俺が起こしてしまった惨劇をその眼で見てもらう。」
「……‼︎」
「ただ見るだけだから怪我なんかは一切ない。だけど術が解けない限り眼を塞ぐことも出来ない。この術から戻って来た時に心が折れていなければ合格。ダメだった場合、ひーちゃんが見た記憶と呪術を学びたいと言った記憶を消す。……最後にもう一度警告する。やめるなら今のうちだぞ。」
陽菜乃の眼には恐怖が浮かんでいた。けれど一度深呼吸をして首を横に振る。奏はまたため息をつき、八咫烏に術を掛けさせる。そして陽菜乃はパタンと倒れた。