この魔術な世界にめぐみんを!
私はこれまで猫はニャーと鳴く生き物で、決して言葉を話したりメガネをかけたりしない動物だと思ってきた。
「お姉ちゃん!しゃべる猫だよ!見世物にしてお金取った後に食べよう!」
「すみません、ミス紅魔。あなたの妹の腕の中から私を出してくれると助かります」
それはもしかしたら間違いで、ペットに話しかけるのは頭が悪いからではなくちゃんと会話が成立してるのかもしれない。
妹のこめっこの腕に抱かれながら私に話しかけるメガネをかけた奇妙な猫を見つめながらそう思った。
1992年8月のとある日曜日。私は私史上最も訳の分からないことになっていた。
「どうもありがとう、ミス紅魔。危うくあなたたちの夕食になるところでした。ところで東洋には食猫の文化が?」
目の前にはさっきまで猫だったメガネの女性。緑色の背高帽子に緑色のローブというあまりに時代錯誤かつ地域錯誤な格好に猫が化けたときはびっくりしたが、とりあえず一対一で話すことになった。ちなみにこめっこには外で遊んできてもらってる。
「いえ、うちの妹特有の食い意地です……えっとそれより、あなたは?」
私がそう聞くと、その女性は姿勢を正した。
「失礼しました。自己紹介をまだしていませんでしたね。私はミネルヴァ・マクゴナガル。ホグワーツ魔術魔法学校の教頭です。今日はホグワーツへの入学許可をお知らせに来ました」
「すみません、ちょっと待ってください」
どうやらマクゴナガルと言うらしい目の前の女性は魔法の学校の教師らしい。ちょっとよくわからない。
「魔法というのは何かの比喩みたいな……?」
「いえ、正真正銘の魔法です。あなたもさっき私が猫から戻るところを見たでしょう。あれは少し特殊ですが、とにかくそういった魔法を教えるのが私の仕事です」
どうやらこの人は頭がぱーのようだ。
「すみませんがうちには開祖様に出すようなお金は無くてですね……」
「あの、ミス紅魔。私は新興宗教の信者ではありません。マグルにとって魔法のことが俄かには信じがたい事は分かっていますが、さっき目の前で猫から人に戻ったところで信じてほしかったものです」
なるほど、言われてみれば確かに。
「まあ一つだけでは手品と思われるのも無理はないかもしれませんね。いいでしょう、何でもいいです。魔法のリクエストをください」
私が何となく納得しかけていると、マクゴナガルさんはそう言ってきた。どうやら魔法を実演してくれるらしい。別にそこまでしてもらわなくてもいいのだが、折角だ。頼んでみよう。
「爆裂魔法をお願いします」
「は?」
私がそう言うと、マクゴナガルさんはそんな声を漏らした。
「えっと、その、ミス紅魔?爆裂魔法というのは一体……?」
「知らないのですか?爆裂魔法とは世界最強の破壊力を持つ魔法です。『エクスプロージョン』の言葉に応じてその力を示し、地を抉り大気を吹き飛ばし海をも割る。それが爆裂魔法です」
「それはどこで知ったのですか?」
「夢です。2年前に見ました」
「……そうですか」
マクゴナガルさんは溜め息をつくと言った。
「すみませんがミス紅魔、その爆裂魔法というものを私は知りません。なので他にしてもらってもいいですか?」
「じゃあ私を巨乳にしてください」
「………………」
どうしよう、マクゴナガルさんの私を見る目が残念な子を見る目になってきてる。
「……はぁ、ミス紅魔。あなた実はすでに魔法を信じてますね?信じてないならなら火を灯すだとか宙を舞うだとか、オーソドックスなものを言いますものね」
「まあそうですね。もう疑ってません」
「そうですか、それはよかったです。それではご両親を呼んでもらってもいいですか?少し話があるのです」
マクゴナガルさんはそう言いながら、ようやくいつものペースだとどこかホッとしたような様子で書類を取り出して……。
「ミス紅魔?どうかしましたか?」
「すみませんマクゴナガルさん、両親は今家にいなくてですね」
「買い物ですか?それくらいなら待ちますよ」
そんなことを言うマクゴナガルさんに、私は少しの申し訳なさを感じながら言った。
「うちは貧乏なので両親ともに日曜日も働かなければならないのです」
「……そうでしたか。それでは夜にまた来ますね」
そう言って取り出した書類を片付けるマクゴナガルさんは、何も進んでないのにひどく疲れているようだった。
その夜に再び訪れたマクゴナガルさんの話に対して私の両親は驚くほどに肯定的だった。お父さんは単純に魔法という言葉に惹かれ、お母さんは入学準備の手厚さ、つまりお金に釣られたようだった。世界一詐欺にかかりそうな家という言葉が頭をよぎったので大人になったら気をつけたいと思う。……そもそも狙われないとか言わないでください。
さて、そんなわけで八月中にマクゴナガルさん改めマクゴナガル先生に手伝ってもらいつつ九月以降の学校の準備をして今日このキングズ・クロス駅にやってきたわけですが。
「9と4分の3番線なんてないじゃないですか」
困った。これではそもそも学校に行けない。私の天才的な頭脳を以って一ヶ月で習得した英語を駆使して駅員さんに聞いてもそんなホームはないと言われるどころか迷子扱いされるし。
ちなみにその駅員さんは子供に対する言葉遣いで話しかけてきたので杖でど突いておいた。何が「まだ小学生になったばかりなのに綺麗な英語で偉いね」だ。私はもう小学校高学年だ。この膨らみ始めた胸を見ればそれくらい……それくらい………………。
ま、まあまだ小学生ですし?成長期がいつかなんて個人差ですよ、個人差。私の未来はばいんばいんのお姉さんで決定されてるんです。
そんなことを考えていると、大きなトランクを持った黒髪の男の子が目に入った。そしてその子はしきりに手元の切符を見ながら私と同じように周りを見回していた。
ほう。
「もしやあなたも9と4分の3番線を探しているのですか?」
近づいてその子にそう話しかけると、その子はこちらを振り向いて、
「そうだけど……えっと、君は?もしかしてお兄さんかお姉さんの見送り?そうなら9と4分の3番線への行き方を教えてくれると助かるんだけど。ホグワーツに行くの初めてで、ホームがどこにあるのか分からないんだ」
そんな失礼なことを言ってきた。
「残念ながら私もあなたと同じ9と4分の3番線を探してる新入生です……おい、どこを見て私を兄か姉の見送りと断じたか教えてもらおうじゃないか」
「え、本当に……?」
ぶっ飛ばしてやろうか。
「い、いや、ごめん。日本人の年齢判断て僕たちには難しくて。それよりほら、一緒に9と4分の3番線を探そうよ。二人とも同じ切符なら間違いとかじゃないみたいだし」
男の子の言葉に私が全力で睨みつけていると、男の子は誤魔化すようにそんなことを言ってきた。もう少し言ってやりたいところだが、時間が怖くなってきたこともあってそれは呑み込むことにした。いつかきっとこの屈辱を返してやる。
「そうですね、今はそれで手を打ちましょう。では自己紹介でも」
そこで一呼吸置き、私は着ていたローブをばさりと翻した。
「我が名はめぐみん!紅魔家一の天才魔法使いにしていずれ爆裂魔法の使い手となる者!」
うちは代々普通の家系なので紅魔家一は嘘じゃない。
そんなことを考えていると、男の子は少し引き気味に言った。
「……それ、からかってるの?」
「ちがわい!これは魔法族の由緒正しい名乗りです。なのであなたもこれで名乗るのです。さあ!」
私がそう迫ると、男の子は私とは対照的に恥ずかしがりながら言った。
「ぼ、僕の名はハリー・ポッター!ポッター家の長男にして闇の帝王?を打ち破りし者!」
男の子改めハリーがそう言うと、急に脇の人混みから栗毛色の髪をした男の子が飛び出してきた。
「なになに、君がハリーポッター!?あの死ななかった男の子なの!?うわぁ、こんな所で出会えるなんて!」
今の言葉を聞くに、どうやらハリーは有名人らしい。闇の帝王だとか死ななかった男の子とかいうのがキーワードっぽいが、生憎と私はそれを知らない。その子にその言葉について聞こうとすると、それより先にその子が言った。
「それとさっきは何であんな自己紹介の仕方をしたの?かっこよかったけど目立ってたよ」
私の心の中でその男の子への好感度が上がった。
そんなことを考えていると、ハリーが言った。
「え?あれは魔法族の伝統的な名乗りだって聞いたんだけど」
「そんなわけないじゃないか。誰に聞いたんだい?」
「あの、ハリー?悪かったので手を私に伸ばすのはやめへくりゃひゃい、いひゃいですハヒー、ほほをつへりゃにゃいでくりゃひゃい」
私が少し涙目になってそう言うと、ハリーは割りとすぐにつねるのをやめた。全く、堪え性がないですね。かっこいい名乗り方を少し教えてあげただけじゃないですか。
「……なんでか分からないけど、君には言われたくないって今思ったよ」
「にゃにを!!」
とは言ったものの、出会って数分で心当たりがありすぎたのでそれ以上は何も言えなかった。
「まあいいです。それよりあなたの名前は?それと9と4分の3番線に行く方法を知ってるなら教えてください」
「それなら知ってるから付いて来なよ。それと僕の名前はロン。ロナルド・ウィーズリー。ウィーズリー家の六男坊さ。君は?」
「私の名前は紅魔めぐみんです。さあ行きましょうか。……なんですかハリー、その目は。私は空気を読んだだけです。時間がないので名乗りは省きました。さあ、今度こそ行きましょう!」
そうして、私たちは9と4分の3番線へと、つまりはホグワーツへと歩き始めた。