それから数週間が経ちイースター休暇も過ぎたが、ロンの予想に反して『賢者の石』は無事だった。少なくとも、スネイプ先生は何もしなかったようだし、クィレル先生も同等だった。ハリーたちはそれをクィレル先生の頑張りと見て、クィレル先生の授業中に先生を囃し立てる生徒たちを宥めたり、柔らかな挨拶をしたり、授業前や後の手伝いなんかをしていた。
「ハリーたちは」と言った通り、私はそんなことをしなかった。まだこの件にはいくつか私たちが知らなければならないのに知らないままの事項がいくつかある。その最たるものは、スネイプ先生ではなくクィレル先生だ。
クィレル先生がみんなに見せる臆病な性格を、私はしっかりと把握してる。あの人は強気な姿を他人に見せたことがない。正直この時点で闇の魔術に対抗する防衛術の教鞭を執れていることに疑問が湧く。そんな姿勢でそれらの術を習得できるとはとても思えない。
そして、もしその性格が本当なのならばスネイプ先生は何をしているのか。あの先生が他の生徒の言う通りの邪悪なら、なぜクィレル先生の口を割るような術を使えない、あるいは使わない。ハリーたちの考えが正しいのなら、この数週間の平穏ははっきり言って異常だ。
また、重要なことはまだある。スネイプ先生があまりに怪しすぎ、クィレル先生があまりに哀れなところだ。これは少し型にはまりすぎている。紅魔の里で、私はミスリードというものを嫌というほど学んだ。例えば『混浴温泉』という名前の施設が男女別浴の銭湯だったとか。あるいは私のパンツを盗んでいたのが変態ニートのぶっころりーではなくて幼馴染のゆんゆんだったりだとか。
「というわけで、私はどちらかと言うとクィレル先生が怪しいと思うのですが」
図書館の片隅、他の人たちと少し離れた場所で私はゆんゆんとそんなことを話していた。
「私に言われても知らないわよ。というかまだあの時のこと言ってるの?あれは風で私の洗濯物の中に紛れこんだだけだって言ってるじゃない。そけっとさんの占いでもそう出てたでしょ」
「いえ、あれは絶対にゆんゆんが盗んだのです。別にあれだけ騒ぎ立てて今更引っ込みがつかないから強引にゆんゆんを犯人に仕立て上げようとしてるとか、そんなのでは全然ないのです」
「あれはそういうことだったの!?……全く、そういう思いつきで私を振り回すのは本当にやめてほしいんだけど。あれのあとしばらく、里の人たちの私を見る目が妙に生暖かかったし……」
そう言ってゆんゆんは大きくため息をついた。
「それで、今日はそんなことを話すために呼んだの?そうなら私、早く寮に帰って『ナーグルやラックスパートとの楽しいお喋りの仕方』の続きを読みたいんだけど」
「そんな生産性のない本を読むのはやめたほうがいいと思います」
そのナーグルやラックスパートというのは確か想像上の生き物だったはずだ。ゆんゆんの友達許容範囲はとうとうそこまで広がってしまったのか。ふにふらやどどんこの空想上の恋人ほどではないが、空想上の友達やペットも十分に痛いのでせめて観葉植物あたりで我慢してほしい。
「いえ、そうではなくてですね。今日は再来週の土曜日にお茶会をやるのでその誘いをしようと呼んだのですよ」
私がそう言うと、ゆんゆんは一瞬固まった。
「えっとそれ、私も行っていいの?お茶会ってことは他の人も来るんでしょ?私が行って微妙な空気にならない?なんでこいつ来てるんだよ、みたいに言われない?」
「あなたはお茶会をなんだと思ってるんですか。大丈夫ですよ、ちゃんとあなたを呼ぶことをみんなに言ってありますからそんなこと思われたりしませんよ」
それに話を聞けば、ゆんゆんはけっこう優秀で意外と色々な人に知られてるそうだ。なんでも図書館などで時々、宿題に詰まってる人にどこがダメなのかアドバイスして「余計なこと言ってごめんなさい!」と言って逃げることで有名なんだとか。なんというか、この子はなぜここまで不器用なのか。
「でもめぐみん、なんで急に私を誘ってくれたの?いや、嬉しいのよ?でも不自然というか、何か企んでそうというか」
そんなことを考えていると、ゆんゆんはそんなことを言ってきた。この子は私をなんだと思ってるんだろう。
「別に何も企んでませんよ。ほら、以前あなたがニコラス・フラメルに関する話を持ってきてくれた時に今度あなたを遊びに誘うと言ったでしょう?ここでは休日にも外出ができないのでなかなかいいのが見つかりませんでしたが、ようやくそれらしいのが見つかったので誘ったのです」
「ああ、あの時の。覚えててくれたんだ。本に『今度遊ぼう』の今度はこの世に存在しないって書いてあったから忘れられたのかと思ってた」
何というか、間違ってると言えないのがもどかしい。確かに別れ際の「今度」「また」ほど信用できないものもなかなかないですし。
「それでめぐみん、どこに行くの?さっきあなたも言ってた通り、ここは外出禁止でしょ?」
「ええ、なので遊びに誘うのは夏期休暇かなと思ってたのですが、ハッフルパフのハンナ・アボットからちょうどいい誘いを受けましてね。なんでも、厨房の屋敷しもべ妖精主催のちょっとしたパーティーがあるそうなんですよ」
厨房がすぐ近くに寮があるハッフルパフ生のなかには、そこで働く屋敷しもべ妖精たちと仲がいい人たちがいる。今回はそんな人たちと妖精たちでパーティー企画したらしい。
「そうなんだ。ありがとう、めぐみん。この喜びは一生忘れないわ」
「あの、ゆんゆん。それはちょっと重いです」
いつも思うけど、この子はぼっちを拗らせすぎだ。これからのホグワーツでの生活改善があるといいのだが。
そんなことを考えながら、私たちは魔法史の長ったらしいレポートを互いに手伝いながら書き始めた。
「ハグリッドがドラゴンの卵を持ってる?」
寮の談話室でハリーたちが一箇所に固まって何やら相談をしていたので話を聞くと、そんな答えが返ってきた。
「シーッ!声が大きいよ。他の人に聞こえたらどうするのさ」
「めぐみん、魔法界ではドラゴンの飼育は法律違反らしいんだ。他の人にバレたらハグリッドが捕まっちゃう」
なるほど。まあドラゴンと言えば非常に危険で気性の荒い生き物だ。禁止はちょっと厳しいと思うが、妥当といえば妥当だ。
まあ、紅魔の里の山では放し飼いにされてるわけだが。
「それで、どうするんですか?」
「ハグリッドにドラゴンが孵ったらすぐに自由にするように説得してみるくらいしか思いつかないわ」
私が聞くと、ハーマイオニーは苦々しい表情でそう言った。何にせよ、ハグリッドがドラゴンを飼うという選択肢はないようだった。
結局何かいい解決案が出ないまま、その相談会は解散となった。あのドデカ生物大好き人間のハグリッドがそう簡単にドラゴンを手放すと思えなかったからだ。私たちは心配を抱えたままに自分たちの部屋へと帰っていった。
「みんな聞いて。ドラゴンがそろそろ孵るって」
その一週間後の朝、フクロウから受け取った手紙を見てハリーが言った。私たちは薬草学の授業をサボって小屋へ向かおうとしたが、ハーマイオニーが嫌がった。
「ハーマイオニー、これはチャンスなんですよ?ドラゴンの卵が孵化するところなんてそうなんども見られるものじゃないです」
「授業があるでしょう?めぐみんは予習復習すれば大丈夫かもしれないけど、そこの二人はきっと無理よ」
「失礼な。僕たちだって人並み以上には成績は取れてるんだぜ?だから一つの授業よりハグリッドのドラゴンをだな」
ロンがそこまで言ったところで、ハリーが小声で言った。
「黙って!」
ハリーの視線を追うと、ドラコが私たちから数メートルの距離でじっと立ち止まっていた。もしかしたら今のを聞かれてしまったかもしれない。また不安材料が増えてしまった。
結局ロンとハーマイオニーの双方が折れて、小屋には午前中の休憩時間に急いで行くことになった。終業のベルが鳴るとすぐに、私たちは教室を出て森のはずれへと急いだ。
小屋に着くと、興奮で紅潮したハグリッドが私たちを招き入れた。
「もうすぐ出てくるぞ」
そう言ってハグリッドは机の上を指差した。そこには深い亀裂の入った卵が乗っていた。中で何かが動いていて、コツンコツンと音が響いている。私たちはみんな息を潜めて見守った。
突然キーッと引っ掻くような音がして卵が割れ、赤ちゃんドラゴンが机の上にポイと出てきた。その姿は可愛さとは程遠い不気味なもので、正直心が踊った。なんか呪われた子みたいでかっこよく見えたのだ。
「ハグリッド、その子のことが気に入りました。その子を譲ってくれませんか?私が立派な使い魔にしてみせましょう」
全身を覆う黒い毛皮、巨大な骨ばった翼、鋭く突き出た角にオレンジ色の瞳。私の使い魔となるに相応しい容貌だ。そう思って私がそう言うと、その場にいた私以外の四人はギョッとしたように私のことを見てきた。
「めぐみん、とうとう本当に気が狂ってしまったのかい?」
「思えば初めて会ったときからめぐみんは気が変だったな……」
「めぐみん、正気に戻りなさい。今なら間に合うわ」
なんて言われよう。それとハリーとロンには後でたっぷり普段私のことをどう思ってるか聞かなければなりませんね。
そうしていると、私の言葉に一番衝撃を受けていたハグリッドが口を開いた。
「めぐみん、バカなこと言っちゃいけねえ。ええっと、そうだ。お前さんは知らないかもしれんが、この世界じゃドラゴンを飼うのは違法行為なんだぞ!」
「「「あんたが言うな」」」
オロオロしながら思いついたようにそう言うハグリッドに、私たちは口を合わせて返した。
「あ、いや、俺は別っていうか……でも知り合いがドラゴンを飼おうとするってのはこんな感覚なのか……」
「僕たちの気持ちが分かってくれた?分かってくれたならハグリッド、早いうちにそのドラゴンを放してほし……」
そこまで言ったところで、ハリーは口を止めて目を大きく見開いた。その視線を追ったハグリッドもハリーと同じように固まった。
「子どもだ。カーテンの隙間からここを覗いてた。学校の方へ駆けて行く」
「マルフォイだ……どうしよう、ドラゴンのことを告げ口されちゃう」
ハリーの呟きに、私たちは押し黙って学校の方を見た。ドラコに見られてしまったことを、私たちはどうしようもなく不安に思っていた。