目を覚ますと、私の目には白い天井が映った。残念ながらその天井には見覚えがあった。
「……知らない天井じゃない」
「できれば知らないまま過ごしてほしいんですがね」
私が呟くと、側でマダム・ポンフリーがそう言ってため息をついた。ここは医務室のベッド。私はそこに寝かされていたのだった。
「起きたか。随分と長い夜だったようじゃのう」
「ダンブルドア先生!」
からかうような声に体を起こすと、ベッドの横の椅子に校長先生が座っていた。
「先生、間に合ったんですね。クィレルはどうなりましたか?」
「だいぶ落ち着いとるのう。『磔の呪文』を掛けられたとは思えん……ああ、クィレルに関しては安心するといい。ヴォルデモートが暴走して一人で死んでしまったよ。まあその前にちょこっと食い止める必要があったがの」
「そうですか。それはよかったです」
そこで、私はふと先生の横のスペースに目をやった。そこにはお菓子やら何やらが山のように積み上げられていた。
「びっくりしたかの?君の友人や崇拝者からの贈り物じゃよ」
先生はイタズラっぽく笑った。
「地下で君たちがしたことは『秘密』でな。秘密ということはつまり、学校中が知っているというわけじゃ。大勢に詰め寄られたハリーたちが話してはいけないこと以外の全てを話してな、あれから三日経った今では君は学校中でヒーローじゃよ」
「ほほう。つまり所々に見える手紙は私へのファンレターということですね?」
ニコニコ顔のダンブルドア先生に私がそう言うと、先生は一瞬固まった後に笑い出した。
「ほっほっほ。君は大物じゃのう。ヴォルデモートから生き延びることができたのも納得というものじゃ」
「褒め言葉として受け取っておきましょう……そう言えば『石』はどうなったのですか?グリンゴッツでもホグワーツでもダメだったのです。よっぽどでないと次も危なそうですが」
「『石』、か……あれはもう壊してしまったよ」
私がそう聞くと、ダンブルドア先生は何でもないことのように答えた。
「壊した!?それじゃあニコラス・フラメル夫妻はどうなるんですか?」
「おお、ニコラスを知っておるのか。君たちは随分ときちんと調べて今回の事件に取り組んだのじゃな。わしは嬉しいよ。
彼らとはこの三日で少しお喋りをしてな、これが一番だということになったんじゃ。あの二人は身辺整理をするに十分な命の水を持っておる。それが終われば、ああ、二人は死ぬじゃろう」
先生はそこで、私の驚いた顔を見て微笑んだ。
「君のような若い者には分からぬかもしれんが、ニコラスやペレネレにとって、死とは長い一日の終わりに眠りにつくようなものじゃよ。結局、きちんと整理された心を持つ者にとっては死は次の大いなる冒険に過ぎぬ。『石』などそんなに素晴らしいものではないのじゃよ。欲しいだけの金に命など」
そう言って先生は心の底から人間の性を悲しむかのような顔で首を振った。その目は何かを思い出すかのように閉じていた。
「そんなものなのですか。私の出身の里とは真逆の考え方ですね。私たちは最後の最後まで生を謳歌することを信条としていますから」
私がそう言うと、ダンブルドア先生は苦笑いをした。
「まあ、君たち紅魔族はそれでいいんじゃろうな」
「先生は紅魔族を知っているのですか?」
「もちろんじゃとも。紅魔族は日本人でありながら特別にマホウトコロではなくホグワーツに来る人たちじゃしな。なぜだったかは既に失われてしまったが、大昔から条約に定められているような集団じゃ。イギリスにも彼らを知る者は多いぞ?」
特別。私はその言葉に少しテンションが上がった。先生はそんな私をよそに話を続けた。
「わしは君やゆんゆん以外にも紅魔族を教えたことがあるが……風変わりな生徒ばかりじゃった。今の双子のウィーズリーを彷彿とさせるようなことばかりしていた。大広間を占拠した理由が『テンションが高くて何かしたかったから』だった時は流石のわしも苦笑しかできんかった」
「大広間を占拠……いいですね、それ」
「言っておくがめぐみん、くれぐれもやるでないぞ?振りではないからな」
先生は真剣な目をしてそう言った。あのダンブルドア校長先生がこんなことに真面目に注意をしているのがどこかおかしくて私は吹き出してしまった。
「それで、ヴォルデモートはどうなったのですか?」
「ヴォルデモートのう……あやつを捕まえることは今のわしでは不可能じゃ。今回のように奴の行動を阻止し、復活を遅らせることしかできん。次もまた、君たちのように勇敢な者が一見勝ち目のない戦いに挑まねばならないのかもしれん」
私の質問に、先生は顔を少しうつむかせて静かにそう言った。私はその言葉に顔を曇らせた。この前初めて見たが、あれは本物の邪悪だった。あれがヴォルデモート。それも力を取り戻していない状態であの酷さだ。みんなが恐れるのも無理はないだろう。
「それでも、毎回その復活を遅らせることができれば」
そこでダンブルドア先生は、ヴォルデモートが唯一恐れたその人は顔を上げ真っ直ぐに私の顔を見つめて言った。
「ついにあやつは、復活ができなくなるかもしれん。そうは思わんかの?」
「……はい。そう思います」
先生の言葉はなぜだか私の中にすんなりと入ってきた。これがみんなが口を揃えて偉大だと褒め称える魔法使いのカリスマというやつですか。
しかしダンブルドア先生に言われるままでは何だか悔しかったので、私はそこで言葉を続けた。
「まあ、今度私がヴォルデモートと出会ったときは復活の阻止とは言わずに永遠に滅ぼしますけどね。だから先生は安心してドーンと構えていてください!」
私が胸を張ってそう言うと、先生は目を丸くした。そして大きな笑顔を浮かべた。
「ほっほ、それは楽しみじゃのう」
「マダム・ポンフリー、お願いです!入れてください!私はどうしてもあの子に言ってやらなきゃ気が済まないんです!」
「ダメです。病人に何を言うつもりですか。寮に帰りなさい」
ダンブルドア先生が出て行ってからしばらくベッドで休んでいると、外からそんな声が聞こえてきた。この声はゆんゆんか。私は立ち上がり外まで歩いて行った。
「病人とは失礼な。私はピンピンしてますよ。あんな他人に自分の体を貸すような、ラスボスの風上にも置けないやつの魔法に負ける私ではありません」
「紅魔!なぜベッドを抜け出しているのです!あなたは『磔の呪文』を二発も受けたのですから休まなければ」
「『磔の呪文』!?めぐみん、許されざる呪文を二発も受けたの!?本当に大丈夫なの!?」
「紅魔、病人に摑みかからない!いえ、ゆんゆんの方です。あなたではありません。紅魔、あなたはベッドに戻りなさい。……めぐみんの方だけに決まっているでしょう!あなたは帰りなさい!……だから紅魔、あなたはベッド!舌打ちしない!ああもう、これだから紅魔族は!」
そんなやり取りを繰り返すうちに、マダム・ポンフリーは折れた。
「五分だけですよ。それと喧嘩などはしないように。全く、しばらく紅魔族が来ないかと思えばウィーズリー兄弟が現れ、今度はまた紅魔族……本当に疲れる」
マダム・ポンフリーはため息をついてそう言い、私たちを病室に残して出て行った。
「それでゆんゆん、言わなければいけないこととは何ですか?」
私はベッドの中で上半身だけを起こした姿勢でそう聞いた。
「ああ、そうよ。私はそれを言いにきたんだった。……めぐみん、なんであなたは私に何も言わないで今回みたいなことをやっちゃうの?なんで私に少しでも声をかけてくれなかったの……?」
すると、ゆんゆんは私にそんなことをキッとした顔で言ってきた。てっきり労ってくれるものだと思っていた私は言葉を失った。
「私、すごい心配したんだよ。四人がいなくなったって騒ぎになって、ロンとハーマイオニーが先に帰ってきて、そのあとハリーだけ先に帰って来た時なんてもう心臓が止まるかと思った」
「ゆんゆん……」
「めぐみん、私はそんなに頼りない?確かに私はあなたほどの天才じゃないかもしれないけど、私だって知性のレイブンクローの中でも優秀な方なんだよ?」
言葉に詰まる私に、ゆんゆんはさらにそう言ってきた。ゆんゆんが優秀なことくらい知っている。ここホグワーツに来る前からゆんゆんは優等生だった。本人は知らないかもしれないが実は頼りにされていることも知っている。ゆんゆんが頼りないなんてことは全然ない。
「ゆんゆん、あなたが優秀なのは知っています。あなたが日頃から努力していることを私が知らないとでも?あなたが頼りないなんて思ってませんよ」
私はそこで一息ついて言った。
「私があなたに声をかけなかったのはですね、その、何というか、あなたを巻き込みたくなかったんですよ」
「巻き込まれるだなんてそんなこと……ちょっとしか思わないわよ」
やっぱり思うんじゃないですか。そんなことを思っていると、ゆんゆんはでも、と繋いだ。
「でも、待ってるだけよりはずっとマシよ。私はもう決めたの。私……私、あなたのライバルになるわ!」
「は?」
ゆんゆんの口から出てきた言葉に、私は思わずそんな声を漏らした。
「だってそうでしょ。ライバルになってあなたが認めざるを得ないくらいになれば、あなただってちゃんと私を頼るようになるはず。私だってできるんだから。首席を取れるなんて思わないことね!」
いや別に、今でもそれなりにゆんゆんの力は認めてるのですが。本当にこの子は、何でこうもやる事なす事が捻じ曲がって行くのでしょうか。
「ふふっ」
「めぐみん?」
でもまあ。
「あなたが私に勝てるだなんて、それこそ思わないことですね。私の首席の座は安泰です」
「はあ!?まだ五年もあるのによくそんなこと言えるわね!」
それがこの子らしさということなんですかね。
その後ハリーたちが押しかけてきたり、私たちの会話を聞いていたらしいパーバティに「あなたたち、百合百合しいわね」と言われたり色々あったが、それはまた別の話。
それから一日が経ち、私は一人で学年度末パーティーに向かった。マダム・ポンフリーの最終診察のせいで、大広間についた時には広間はもういっぱいだった。広間の天井には寮杯を獲得したお祝いにスリザリンの蛇の旗がはためいていた。
私が入って行くと広間は突然シーンとなり、その後みんなが私が入る前よりもずっと大きく騒ぎ立てた。私はそれに対して満面の笑みであちこちに手を振りながら歩き、ハリーやネビルたちの座るテーブルの席に着いた。
「めぐみん、君ってば大物だね。よくあれにそんな返しができるなって思うよ」
「歓声を受ければ手を振り返せと紅魔の里の英雄のための冬季講習で習いましたから」
「英ゆ……今なんて?」
「英雄のための冬季講習です」
私がそう言うと、ハリーはげんなりとした顔でため息をつき、目の前の食べ物をツマみ始めた。
「えー、諸君。今年度は君たちにとってどのような年だったかな?少しはその頭に何か詰め込めたといいんじゃが……新学年を迎える前に君たちの頭がきれいさっぱり空っぽになる夏休みがやってくる。
それではここで寮対抗杯の表彰を行うことになってる。点数は次の通りじゃ。四位グリフィンドール、252点。三位ハッフルパフ、352点。二位レイブンクロー、426点。そして一位スリザリン、472点」
そうしているうちにダンブルドア先生がパーティー会場の前に立ち、そんなことを言った。先生のアナウンスにスリザリンが湧いたが、その後に先生が言った言葉に会場全体がシーンとなった。
「よしよし、スリザリン、よくやった。しかし、つい最近の出来事について考えるのを忘れておるのう」
おほんとダンブルドア先生は咳払いをし、言った。
「駆け込みの点数をいくつか与えよう。えー、まずは……ロナルド・ウィーズリー君。この何年間かホグワーツで見ることができなかったような最高のチェスゲームを見せてくれたことを称え、グリフィンドールに50点を与える」
その瞬間グリフィンドールの席から大歓声が上がった。ロンは今にも胴上げされそうなくらいにみんなから喝采を受けた。
「次に、ハーマイオニー・グレンジャー嬢。火に囲まれながら冷静な論理を用いて対処したことを称え、グリフィンドールに50点を与える」
その宣告に、ハーマイオニーは顔を袖で隠した。どうやら嬉し泣きしているようだった。これで100点。とてつもない加点だ。
「続いて、ハリー・ポッター君。その最高の勇気とズバ抜けた行動力を称え、グリフィンドールに60点!」
今までよりずっと大きな歓声がグリフィンドールから上がった。何だかんだ言ってハリーはみんなの人気者なんですね。これで412点。あと61点で優勝だ。
「そして……紅魔めぐみん嬢」
その声に、会場全体がシーンとなった。
「その魔法界全体でも稀に見る完璧な精神力に抜群の回転力を誇る明晰な頭脳、そして一年生とは思えない破格の魔法力。どれを取っても一級品な彼女を称え、グリフィンドールに60点を与える」
そして先生がそう言った瞬間、広間全体が大歓声に包まれた。私は大勢のグリフィンドール生に囲まれ、てんやわんやの大騒ぎの中心となった。レイブンクローやハッフルパフも騒ぎに加わった。スリザリン以外の全ての寮がダンブルドアの宣告に沸いていた。これでスリザリンとグリフィンドールは同点。くっ、先生もケチですね。ヴォルデモート相手に粘ったのだから私に100点くらいくれればよかったのに。私がそんなことを思っていると、ダンブルドア先生が手を上げ、それに呼応して騒ぎは少しずつ収束していった。
「勇気にもいくつか種類がある」
先生は微笑み言った。
「敵に向かって行くのと同じように、味方の友人に立ち向かうことにも多大な勇気がいる。よってわしは、グリフィンドールのネビル・ロングボトム君に10点を上げたい」
今夜5回目の大歓声がホグワーツ城を貫いた。そして私は、信じられないと言った顔のネビルに思わず抱きついた。
「やりました!ネビル、あなたの振り絞った勇気が実を結んだのです!ほら、もっと喜んでいいんですよ!」
「え、え、嘘、僕……というかめぐみん、君、僕に抱きついてっ!?」
初めて寮のために点を取った興奮からか顔を赤らめていたネビルがそこまで言ったところで、私たちは押し寄せてきた他のグリフィンドール生たちの群衆に飲み込まれ、押し潰された。
「ぐへ」
「あ、めぐみん!大丈夫!?」
「ふっ、何のこれしき。それよりネビル、騒ぎますよ!今夜は宴です!」
その夜、私たちは最高に騒いだ。スリザリン生も私の友人など一部は、苦い表情をしながらもお祝いを言いに来た後に一緒になって騒いだ。その筆頭はダフネで、スリザリン生の中で一番早くこちらのテーブルにやって来た。
「優勝おめでとう。流石はあなたね、最後にあなたの友達も含めて五人で230点も取って行くなんて。……何よその顔は。言っておくけど、ここに来たのはあなたにお祝いを言いに来たわけじゃないから。たまたまこのテーブルに美味しそうなプディングを見つけたから来ただけよ」
その場にいた全員は心の中でツンデレか!と突っ込んだが、ダフネがそれを口に出そうとした人全員を睨んだために誰かがそれを言うことはなかった。
それから少し経ち、私たちはキングズ・クロス駅の9と4分の3番線ホームに立っていた。
「みなさん、お元気で!また新学期に会いましょう!さあゆんゆん、行きますよ。少し時間が押しています」
「みんな、いい夏休みを!あ、ちょっと待ってよめぐみん!」
私はマグルの駅への境界線で、そう言って私の少し後ろを歩くゆんゆんを待った。
「これで魔法界ともしばしのお別れですか。とりあえず、こめっこには思いっ切り構ってあげましょう。みんなにもらった大量のお菓子もあることですし」
「めぐみんが遊びたいだけでしょ、素直にそう言いなさいよ」
そんなことを言い合いながら、私たちはゆっくりと9と4分の3番線ホームを振り返った。
「結局あなたが学年トップだったわね」
「当然です。ダンブルドア先生曰く、私はどれを取っても一級品な天才ですからね」
そう言って、私たちは互いを見つめ合った。
「次も絶対に負けませんよ」
「次は絶対に勝ってやるんだから」
そうして早くも来学期への決意を胸に秘めながら、私たちはホームの壁の中へと消えていった。
これにて賢者の石編は終了です。ここまで読んでくださってありがとうございました。少し空くかもしれませんが出来るだけ早いうちに次の話を投稿したいと思います。