「ふっふっふ。とうとう……とうとうこの時がやって来ました!」
ある週の木曜日の午後。私は校庭でもうすぐ始まる飛行訓練の授業を前に、高鳴る期待を隠せていなかった。
箒での飛行──それは魔法使いの証。スカートに気を付けなければいけませんが、ローブと背高帽子を身につけた美少女の私が箒にまたがり宙を舞う姿は最高に絵になるに違いありません。
「今日はいやにはしゃぐね、めぐみん」
「当然ですとも。ロンはあれですか、経験済みだからそんなに落ち着いてるんですか?」
「一応ね。そんなに上手くないけど。……ハリー?そんな顔してどうしたんだい?」
ロンの言葉にハリーの方に目を向けると、ハリーは非常に不安そうな顔をしていた。
「飛行訓練はスリザリンと合同だろ?飛ぶのに失敗してマルフォイに笑われるのが眼に浮かぶよ」
「何でハリーはいつもそう弱気なんですか。あなたは魔法界の英雄でしょう。もっとシャキッとしてくださいよ」
私がそう言うと、ハリーは顔をしかめた。
「めぐみんは出来るからそんなこと言えるんだよ。落第ってほどじゃないけど、僕はどの科目もいい成績を残せてないんだ。どうやって強気になれって言うんだよ」
ふむ。確かにハリーはここまで特に目立った才覚を見せていない。見せてはいないが……。
「だからこそ飛行訓練が見せ場だとは思いませんか?『生き残った男の子』が全教科普通なわけないでしょう」
「飛行術で闇の帝王を打ち倒したとも思えないけどね」
確かにそうだ。
「……何も言い返してくれないのもそれはそれで悔しいんだけど」
「どうしろって言うんですか」
そんなことを話しながら、私たちは飛行訓練の授業までの時間を過ごしていた。
「何をボヤボヤしてるんですか。みんな箒のそばに立って。さあ、早く」
開始の時刻にやってきたマダム・フーチは開口一番ガミガミと言ってきた。黄色の瞳は鷹を思わせるほどに鋭かった。
「右手を真っすぐ前に掲げて上がれ!と言うんですよ。ほら、さんはい!」
「「「上がれ!」」」
フーチ先生の掛け声に、みんなが叫んだ。
すると足元の箒が少し揺れ、スルスルと浮かび上がり始めた。そして一秒ほど後に私の手に収まった。
「おー、なんか感動ですね」
すごいですね、これは。他の術とはまた違ったロマンを感じます。これに跨って飛ぶわけですか。
なんとなく試してみたくなって、他の浮かばせ方もやってみた。例えば手に収まる瞬間に手を避け、行き場を失った箒を横からパシッと掴み取る。これはなかなかの出来。不敵に笑ってみるとなお良し。後は前に走りながら箒を呼んでリレーのバトンのように後ろで掴むやり方。これは掴むものが箒なのもあってイマイチかっこよくなかった。しかし姿勢自体は素晴らしかったので、改良の余地が見えた。
「何やってるんですか」
「あいたっ」
そうやって箒で遊んでいると、フーチ先生に軽く頭をチョップされた。どうやら他の生徒の箒上げと諸々の注意は終わったようだった。私やハリーを含む少数だけが箒を浮かばせられていたので、指導に時間がいくらかかかったらしい。
「それでは箒に跨ってください。そして私が笛を吹いたら地面を強く蹴ってください。二メートルくらい浮上したら前傾姿勢になってすぐに降りてくること。笛を吹いたらですからね。さあ、一、二の──」
ここで、さっき多めに注意をもらっていたネビルが緊張やら置いてきぼりに対する恐怖やらで笛より先に思いっきり地面を蹴ってしまった。
それを見て、私は箒に乗ったままネビルの進む方向に滑空を始めた。
「こらロングボトム、戻ってきなさい!って紅魔、またあなたですか!二人とも帰ってきなさい!」
そんな声が耳に入らないのかそれとも制御できないのか、ネビルはどんどん上昇していく。そして森の木よりも高く上がったところで箒から真っ逆さまに落ちた。そしてその落ちる先に、私は箒で先回りしていた。
「ふっ、あなたに怪我はさせません。この大魔法使いが受け止めてあげましょう」
そう言いながら落ちてくるネビルを抱きかかえる姿勢をとり…………
「あ、思ったより重グヘ」
ネビルの体を支えきれずにそのままネビルの下敷きとなった。
「紅魔!ほらもう言わんこっちゃない……早くマダム・ポンフリーのところへ運ばなくては」
私は完全に伸びてしまい、フーチ先生の言葉を遠くに聞きながら意識を手放した。
「……ん?ここはどこですか?」
目を覚ますと、そこは寮の普段使ってるものとは違う清潔感のある白いベッドだった。
「起きましたか。全く、空から落ちてくる同い年の男子を受け止めようとするなんてバカなんですか?もっと考えてから行動してください」
「あ、マダム・ポンフリー。すみません、治療ありがとうございます」
「私の仕事ですし、かわいい生徒ですからね。幸い骨折等はありませんでしたし。体は治しましたがまだしばらくは安静にしていてくださいね」
保健室の先生であるマダム・ポンフリーはそう言ってベッドルームから出て行った。
「さて、と……授業に戻りますか」
「安静にしててって言われたんじゃないの?」
ポンフリーさんがいなくなったのを確認してベッドから立ち上がると、横から声がかけられた。
「ああ、ネビルですか。怪我は大丈夫でしたか?それと安静とは安らかで落ち着いている様子を指します。つまり普段の私であり、普段の私は授業を受けている。というわけで行ってきます」
「めぐみんのお陰で僕は大丈夫だったよ。それとめぐみんはいつも安らかでも落ち着いてもないし、そもそもマダム・ポンフリーが言ったのはそういう意味じゃないと思う」
「価値観の相違ですね」
「ただめぐみんが読み取れてないだけだと思う」
ネビルが譲らないので、私は仕方なく授業に戻るのを諦めてベッドの上にぽふんと座った。それを見てネビルも向かいのベッドに腰を下ろした。
「めぐみん、改めて助けてくれてありがとう。それとごめんね、僕なんかのせいで怪我させちゃって……」
少しの沈黙のあと、ネビルは私にそう言ってきた。僕なんか、ですか。
「ネビル。僕なんかと卑下するのは実によくないことです。その言葉は自分の可能性を潰します。そんなことを言うのはやめましょう」
「でもめぐみん、僕は実際に何もできなくて……どこに行っても落ちこぼれで……」
そうしてネビルは話し始めた。聖28家、完全な純血であるロングボトム家に生まれながらなかなか魔法の才が開花しなかったこと。開花したときも二階から落ちた時に鞠のように弾んだというイマイチな開花の仕方だったこと。魔法力が微弱で、この学校には入れないと思ってたこと。そのどれもが、自分を下に見るエピソードだった。
「ほら、仕方ないだろう?君は優秀だから分からないだろうけど、僕みたいなのはどうしても自分を低く感じちゃうんだ。事実だし。僕は多分、どこに行ってもこんな感じだよ。さっきも箒が僕の言うこと聞いてくれなかったしね」
そして俯いて力なく笑いながらそう言った。ホグワーツの授業が始まって疲れてるんだろうか、その姿勢はひどく弱気だった。それを見て私は、優秀なのに人付き合いに対してはとても弱気で腰が引けてる友人を思い出し……。
「ネビル!」
そう一喝した。
「わっ……急に叫ばないでよ」
「その方が気合が入るでしょう」
そこから一呼吸置いて私は言った。
「ネビル、ハリーと同じであなたも悪いことばかり考えすぎです。開花の仕方がどうであろうが魔法力がどうであろうが、あなたはホグワーツに招かれグリフィンドールに入れられたんです」
「でもそれは多分ロングボトム家に対するお情けで……組分け帽子だって間違えて僕をここに入れちゃったに決まってるよ」
私の言葉に、ネビルはそんなことを言ってきた。
「ハァ……ここは世界最高の魔法学校ですよ。そんなお情けで入れるような学校なわけないじゃないですか。それにあの帽子は言ってましたよ。他人よりも際立った素質がなければ決してその寮には入れないと。つまりネビル、あなたは自分自身の素質で選ばれたんです。もっと自分を誇ってください」
なおも納得してなさそうなネビルに、私は語りかけた。
「ネビル。魔法はあなたが思っているほどあなたにとって分不相応ではありませんし、世界はあなたが思っているほどあなたのことが嫌いではありません。もっと力を抜いてください。そうすれば、意外と色んなことができたりするかもしれませんよ?」
私がそう言うと、ネビルはようやく顔を上げた。
「……なんで君はそんなに僕を励ましてくれるの?」
そして私にそんなことを聞いてきた。
「決まってるじゃないですか。級友だからですよ。私は仲間を大事にします。なのでその仲間、つまりは同寮生のあなたが落ち込んでいれば励ますのが私なのです」
ここら辺が組分け帽子にハッフルパフの素質として評価されたんでしょうか。何にせよ、仲間が苦しんでいて無視するなんてありえません。この機会にネビルと話が出来てよかったですね。
「そうなんだ。ありがとうめぐみん、お陰で元気が出たよ」
「ならよかったです……では更に元気が出てしかも自信がつく話をしましょうか。具体的に言えば、世界で最高にクールで素晴らしい魔法である爆裂魔法に関して私に語らせてほしいのですが」
「あ。ははは、ごめんね。僕用事思い出しちゃった。……それじゃ」
「あ!ちょ、逃げないでください!ネビル!」
そのあと騒いでしまって二人でマダム・ポンフリーに叱られるのはまた別の話。