ドクン・・・ドクン・・・と心地良い音色が聞こえる。一定のリズムで力強く、優しい音。まるで心配しなくていいと言っているかのような音だ。どこか懐かしくも感じるがいつから聞いていないのか、とても新鮮に聞こえる。あれ、僕は何をしてたっけ・・・?
うっすら目を開けると誰かにおんぶされている。決してそうではないのに無意識に声が出た。
「父さん・・・」
「俺はまだ結婚してないぞー」
ふと我に返り顔を上げるとゆんさんにおんぶされいていた。どうやら飲み潰れていたらしい。
「す、すいません!降ろしてください!」
「お、もういいのかい?もう少しお父さんしてようか?」
「だ、大丈夫です!」
よっこいしょ、と僕を降ろすゆんさん。父親として充分な背中だった。
「僕は一体どれぐらい・・・?」
「一杯目の生ビールを一口飲んでから1時間以上かなー?もりのくんが落ちてからキーちゃんとドラ子さんと仲良くなっちゃってさ!つい、君を放って話し込んじゃった。」
「そうだったんですか、あ、イテテテ・・・」
アルコール飲んだ後はすぐこうなる。こんなに弱いのは我が家では僕だけなのだ。父さんや爺様は顔色一つ変えずにいるんだが、突然変異なのか僕だけこうなのだ。まぁ、”酒に溺れる”という心配が無くなるのはいいことだ。
「ほい、水。」
「ありがとうございます。」
少し温くなった水を一口飲む。この水が今日一番美味しいと感じた。
「どうする?家まで送って行こうか?」
「いえ、大丈夫です。もう近くですし、帰れます。」
「ほんとかなぁ?お兄さんは心配だよ?」
お兄さん・・・そう言われてさっきの音で納得した。
「ダメなら最悪家の者に迎えに来てもらうんで大丈夫です。」
「そうだったね、いらぬお節介だったね。」
「いえいえ!お気持ち頂戴いたしました。」
「んじゃ、気を付けてね!また明日よろしく!」
「はーい!お疲れ様でした!」
ゆんさんは手を振りながら反対方向に歩いて行った。僕はそれを見送り腕時計に目をやる。時計の針は23時を過ぎたところだった。
「あーまたリリウムに怒られるなぁ・・・」
不安を考えながらトボトボ歩く。これといって門限は無いのだが、23時を回るとリリウムの機嫌が明らかに悪くなる。次の日のことを心配してのことだろうが、正直大学生的には24時までに帰れば翌日の講義には充分間に合うぐらいの睡眠時間は取れるのだが、僕は朝が弱い。それを思ってのことだろう、期限が悪いリリウムは怖いけど、美しい。
「なに考えてんだ俺は・・・」
気付けば今日一日リリウムが大学に来てからずっと彼女のことを意識してしまっている。我が名家の一使用人に過ぎない彼女に僕はどれだけ心を奪われいるのだろうか。それほどに彼女の存在は大きいし、僕の原動力になるのだがいかんせん恥ずかしい気持ちが勝ってしまってなかなか素直になれず、悶々としている。
こんな女々しい僕を彼女はどう見ているのだろうか?やはりただの主人としか見ていないのだろうか?彼女とはそういった話は勿論雑談自体も数えるほどしかない。恐らく彼女から話題を振ってくれているのだろうが、僕は照れてまともに話せてない記憶しかない。所謂、小学生の例のアレだ。今まで恋愛経験がほぼ無いに等しい僕にあの女性は高根の花過ぎる。どうしたらいいのだろうか・・・
そんなことを考えながら家の門が見えてきた。でも、どこか違和感を覚える。家の玄関はいつも通り外灯が点いていてなんら変わりないのだが、なぜか胸の中にモヤモヤがある。
何かあったのか?猜疑心を持ちながら門をくぐり玄関を開ける。
「ただいま、戻ったよー・・・」
誰からの反応も無い、いつもなら使用人たちがこんな時間でも出迎えるのだが誰も来ない。家の中は静かで他の使用人の気配が無い。何か昔に一度こんな状況に遭遇したような気がするが思い出せない。
「まぁいいか、さっさと風呂に入って明日の準備するか。」
自分の部屋を目指そうとした時ガタガタっと奥の広間で音がした。
「?なんだ今の音?・・・まさか!強盗か!?」
一目散に広間へ走りドアを開ける。そこには縄で繋がれたリリウムの周りに他の使用人達が囲いリリウムの正面には”あの”父親が仁王立ちしている。離れたところに峨朗が倒れている。何がどうなっているのかわからないが異常な光景が広がっていた。
「なにしてんだ・・・?これ・・・?」
「もりの、お前は部屋に行っておれ。邪魔だ。」
父親が睨みを効かせながら僕に言い放つ、ここで思い出した。コイツ・・・”教育”しているんだ・・・
「やめろ!リリウムが何したってんだ!}
「なんだ?なぜ庇う?お前には関係のないこと。」
「いいから言え!」
「この醜女は屋敷の使用人ルールを破り、私に歯向かったのだ。」
「醜女・・・?誰の事言ってんだ貴様・・・」
「もりの・・・随分な口の利き方をするようになった?やはりお前は失敗だった。あの女の血が入ってるだけはあるな。」
「それ以上喋ると僕は何をするかわからないぞ?」
「ほぅ!お前が私を脅迫するとはなぁ!?はっはっはっ!嘗められたもんだ!・・・・・・・・・お前の”教育”から先にしてやる・・・」
次の瞬間結構あったはずの間合いを一気に詰められた。気づけば空を舞い地面へ叩きつけられた。リリウムが叫ぶ「もりのさん!」
「がはっ・・・ぐっ・・・」
「口先だけ達者なやつには肉体に覚えさせなければならんなぁ?」
一気に僕を持ち上げ首を絞める。ものすごい腕力だ、この華奢な体のどこにこんな力があるのか不思議でならないが、何とかしなければ殺される。
僕は力を振り絞り顎をめがけて足を振り上げた、が、華麗に躱されてしまった。
「反抗するか!最近のお前は何かおかしいと思っていたがこういうことか!」
再び地面へ叩きつけられる。
「口だけではないことを証明してみろ・・・この出来損ないがぁ!」
腹を蹴られ吹っ飛ばされる、視界が歪む・・・息がしにくい・・・立てない。
諦めて降伏するか・・・痛いの嫌いだし・・・もういいや、逃げよう・・・
「もりのさん!」
彼女の声が僕を起こした。と同時に凄まじい怒りが込み上げ僕に力を与えてくれた。そうだ、僕は彼女を守るんだ、だからあの扉を開けたんだ、前は母さんを守る力なかったから・・・ただ逃げるしかなかった、見捨てるしかなかった。
でも、今回は違う・・・!
足に死ぬ気の力を込めて立ち上がり、アイツに向かう。
「なんだ、少しは成長したのか、だが、少しだ。」
「黙れ、俺はお前をぶん殴る・・・」
「さっさと寝ろ!」
またしても間合いを詰められ拳が飛んでくる、でも、不思議と怖くない。拳がゆっくりに見える、そのまま瞬時にしゃがみ、躱した後力いっぱい込めた拳を上に向かって打ち上げた。