特地剣客浪漫譚 メイベル・フォーン血風録   作:秋みちのく

3 / 3
第3話

 

 四匹のゴブリン死亡を確認した一行は、ゴブリン達が居た家屋を徹底的に調べた。床下、天井裏

納屋、物置、ゴブリンが潜みそうな調べて居ないことを確認すると、レレイは少し安堵の表情を見

せた。自衛隊に事の顛末を報告し、ゴブリンの身なりと生活の痕跡を調べる。"彼らが何処から来

た何者なのか"を知るためだ。

 結論としては"脱走した農奴ではないか"との事で意見の一致を見た。

 巣の先遣隊や武装勢力の偵察隊であれば、四匹それぞれに武装がされているはずだがこのゴブリ

ン達にはそれがない。屋内には保存食などを食い荒らした跡があったが、それもここ二、三日の事

らしい様子だった。

 総論として、脅威の種類としては小さいものと結論付け、調査を継続することとした。

 だが念のために今夜は村の広場で野営することとし、明日帰還することを決め自衛隊に報告し、

了承を得て作業に取り掛かった。程なく調査を終了し野営の準備にかかる。

「念のため、風の精霊の守りをかけてほしい」

 テュカは快諾し、呪文を詠唱し、精霊たちを四方に解き放った。

 

 野営の準備作業にかかるレレイ達を、物陰から覗き見る人影があった。

 

 

 彼らは商人だった。荷馬車に商品を載せ、アルヌスの街に商品を卸し、空荷になった馬車にアル

ヌスでしか買えない商品を買い付ける。それを帝国内で売る。という事ばかりではないタイプの商

人だった。

 隊商の列からはぐれた小集団や個人を襲い、その商品を奪う。

 アシの付きそうな貴重品、入手が特殊なものは仲間に流し、闇ルートで金にする。

 

 普通の商人としての立場があるので、通常の仕入れ、運搬、卸し等もやらなければ怪しまれてし

まう。本業が盗賊か商人かは本人達にしかわからないが、とにかく盗賊としてのアジトを廃村の外

れに構えていた。そしてここで見つかっては困るものの処分をこの付近でやっていた。

 彼らはごく最近、ゴブリンが廃村に浸入してきたことは知っていた。

 彼らにとってゴブリンの小集団は脅威にならないため、監視するに止めていた。どちらかと言え

ばそんな連中がうろついている環境のほうが望ましかった。

 ところが、それを排除する勢力が現れた。年寄りの男が一人、女が四人の変な集団だが、村を調

べて回っているらしかった。傭兵か軍人か、アルヌス自治行政府の役人か。ジエイタイでない事は

一目で解ったが、何れにせよ自分達の悪事が露見する可能性が出てきた。何かしらの対応をする必

要があるのは間違いなかった。

 それをアジトに帰り、リーダー格の男に報告したのは犬耳の男だった。

 それを聞いたワーウルフと人のハリョの男は少し考えた。

 コレを放って置いても今、自分達が追い立てられる事はないだろう。やつらの目的は廃村を調べ

ることで、盗賊や怪異を討伐する為ではないはずだ。何しろ老人一人に女四人だ。ゴブリン四匹を

屠ったというからそれなりに腕に覚えがあるのかもしれないが、荒事にかけては自身がある。くぐ

った場数は衆を越えているとの自負を微塵も疑わない。何より気になるのが女が四人。内二人は見

た目が好いエルフだという。ここの所大人しく商人をやっていたため、下卑たお楽しみが久しい。

上手くやれば楽しんだ上で金になるし、その連中が金目のものを持っていればもっといい。何かし

ようがすまいが、ここはいずれ引き払う必要に迫られる。どうせなら余禄に与ってから引き払うほ

うが得だし頭がいい、と自分の出した結論に満足した。

 そして仲間に宣言するように告げた。

「おい、やるぞ」

 仲間は一言で何事かを理解し、下品な笑みをもってリーダー格の男に答えた。

 

 

 犬耳の男は、家の陰から焚き火の側に座る見張りを覗き見ていた。

 時刻は深夜、午前3時ぐらいだろうか。焚き火の側に座っているのは男。フードを深く被って

はいるが、間違いない。傍らにボウガンを置いているが、フードの男はどうやら舟を漕いでいるら

しい。

"後ろから近づいて、口を塞ぎ頸を斬る"と決め、物陰から物陰へと移動しながらフードの男に忍び

寄る。馬車の中に眠るはずの女どもに気取られてはならない。それらは大事な商品で、自分達のお

楽しみなのだから無傷で手に入れなければならない。隠密裏に事を運ばねばならない。

 忍び足でナイフを構えながら近づく。あと五歩。あと三歩・・・。

「動くな 」

 女の声と何かの先端が犬耳の男に向けられた。"待ち伏せされた!"犬耳の男は訳が解らず混乱し

た。終始自分達の姿はこの連中には見られていないのに。

「シルフがお主らの声と足音を届けてくれた。だから待ち受けていた。」

 自分達は敵を侮ってしまっていた。戦力の多寡以前に、精霊使いの能力を舐めていた。取り返し

が付かない失敗をした事を認め、ナイフを捨てて両手を上げた。

「大人しく縛に付くなら、命は取らぬ」

 両手を後ろ手に縛り、膝を屈せさせた声の主は皮の鎧を着たダークエルフだった。

 

 ワーウルフのハリョ、馬車を襲う計画だった。女四人の寝込みを襲い、二人掛りで脅し、必要な

ら昏倒させる。縄で縛り上げ、可能ならその場で楽しむ。そんな算段で打ち合わせをしていた。自

分が馬車に乗り込み"動くな!"の声が合図になるはずだった。

馬車の縁に手を掛け、よじ登り声を出そうとした時。

 

 光を見た。

 

 そこで終わりだった。

 

 声も出せなかった。

 

 何も見えなくなった。

 

 ハリョの体は、馬車の縁からどさりと落ちた。

 

 レレイが放った爆轟魔法は、男の首から上を消滅させた。

そこにヤオが、外から声を掛ける。

「 残り一人だ 」

 

 

 男が馬車に近づいてくる。

 人の壮年男性よりも一回り大きく、それに相応しい膂力を持つ。さらに四つの腕を持つ種族。

"六肢族"

 メイベルは、"少し早いが始めるか"と一人ごち、歩を進めて六肢族の男に声を掛けた。

 

「もし、そこの馬車は今宵は女子達の寝所になっておる。この夜分にはお主は歓迎されぬ故、日

を改めてもらえんかのう。」

 六肢族の男は少し驚いた様子だったが、"なんだ小娘"といった怒りを隠そうともせず大剣を抜

いた。

「やれやれ、寝込みを襲えなかった時点で企みは潰えておるというのに。思慮のないことじゃ」

 と鯉口を切りつつ無造作に歩を進める。

 男は"この女、生意気だな"と思った。と同時に"ちょっと懲らしめれば大人しくなるだろう"

とも思った。楽しむにしろ売るにしろ多少元気はあってもいい。男は解り易く力の差を見せ付け

て屈服させるに限る、と解り易い行動で示すことにした。

 男は人並みはずれて大きな剣を、大上段に振り上げた。そして、迷いなく力一杯振り下ろす。

 

 メイベル、踏み込みながらその一刀を避けつつ、抜き打ちに大剣目掛けて打ち込んだ。

 

 男は手ごたえが軽くなった、と感じた。

 

 いや違う。手に持っている剣が軽くなったのだ。何故?

 

 剣を見た。

 

 刃の中程から先が無くなっていた。

 

 折れた剣の先は、近くに落ちていた。

 

 剣を打ち合わせた女は、剣を構えている。女の細くて短い剣は、折れることなく手の内にあり

、未だ戦意を失ってはいない。

 

「 フン 」

 

 男は手に持っていた剣を放り捨て、背中から新たに剣を抜いた。先に折れた剣と同等の長さ。

 普段から並外れた大剣を二本も持っているとは、男の膂力の程が窺い知れる。

 

 男は剣が折れたことをさほど気にしなかった。戦場で剣が折れることは珍しい事ではない、と

男は知っている。男は荒事の場数踏んでいると自負し、実力で生き残ってきた自身がある。

 だが、女を見くびるのはやめた。多少雑だったとはいえ、渾身の斬撃を避けた事には違いない

からだ。

 

 男は大上段に構えた。

 

 男は半歩、踏み込んだ。

 

 女は下段に構えたまま、動かない。

 

 男はもう半歩、踏み込む。

 

 女は正面から動かない。

 

 男は、大股で踏み込み、大剣を打ち込んだ。

 

 女は体を開いて斬撃をかわす。下段から跳ね上げた剣を、大剣目掛けて打ち込んだ。

 

 "まただ"男は先程と同じ手応えを、三度感じていた。見なくても判った。" また "剣が折れ

たのだ。この女は、狙って剣を折に来た事を理解した。

 男は折れた剣を捨てなかった。渾身の一撃を狙い打つなら、手数で勝負。短剣を取り出し、構

える。何しろ手は四本もあるのだ。一刀では捌き切れまい。

 

 それを見た女は、剣を正眼に構え後ずさった。

 

「そこまでだ。貴様の仲間はすでに捕らえた。武器を捨てよ。それとも、魔道とエルフの弓を相

手に立ち回るのを望むか?」

 男が声の方向を見ると、捕縛された犬耳の男が見えた。同時に弓を構えたエルフとダークエル

フの女。杖を持ったプラチナブロンドの女と老人が目に入る。

 男は流石に不利を悟った。5対1、その内3が飛び道具。いかなる剣の手数を持ってしても、対

抗するのは難しいといえた。

 男は油断せず、敵全員が視界に入るように向き直った。そして半歩、半歩と後ずさり、踵を返

して走った。

 追撃の矢は撃たれなかった。

 

 深夜ではあったが、通信機で報告をあげる。"迎えを出すので待機されたし"との返答。

 翌日になると、警務隊と3偵がやってきた。事情聴取と検分の為だ。それらに全員がほぼ一日

つき合わされ、寝不足も重なり疲労困憊であったが、帰りの馬車の御者は3偵の隊員が代わって

くれたのでゆっくり寝ることが出来た。

「ちょっと親心を出して安請け合いしたばっかりに、大変な目に会うたわ」

 と、メイベルは呟き、深い眠りに落ちた。

 

 その翌日。"食堂あさぐも"の貴賓席にて。ロゥリィ主催のささやかな慰労会が設けられた。

ゴブリンと盗賊が出たと聞いて残念がるロゥリィ。事の顛末を詳しく語るテュカ。匠精モータ

ーもスイーツをつまみながら聞き入る。摘んでいるのはロゥリィが持ってきた羊羹だ。

「 ホウ、綺麗なもんじゃな 」

 話がメイベルに及んだ時、モーターが刀の検分を求めた。そしてこの言葉を発したのだ。

実戦を経た剣は、大なり小なり刃こぼれ、傷は当たり前でへし曲がることすらある。だが、メ

イベルの刀にはそれがない。モーターは刃筋、目釘、ハバキ、がたつき、鞘の入り等を確認し

、メイベルに返す。

「でもこの剣、大剣をへし折ったのよ?二本も!」

 テュカが振った話は、見てないものには信じがたい話だった。

「峰で横から打ち込んだからのう。あんなに綺麗に折れるとはミも思わなんだが、上手くいっ

たの」

 "狙って折ったのか?"という問いに"そうなればいい、ぐらいの気持ち"と答え、稀な出来事

であると語る。

「時間稼ぎが目的で、まともにやりあう気はなかったからの。飛び道具が来るまであしらって

おればよかったからのう。最初から手数で押して来られたら面倒じゃったが、相手が舐めてく

れたおかげで助かった」

 冷静に分析するメイベル。ロゥリィには無用の殺生を避けたようにもみえた。声は聞こえな

くても神官の心掛けは無くしていないように思えた。

「手すさびにこんなものを作ってみた。良かったら使ってみてくれ」

 モーターが取り出したのは、革と金具を組み合わせて作られたベルト。

「刀は本来帯に差す。今でもそうじゃが洋装への転換期に革ベルトがあったと資料にあった。

善し悪しは使うものにしか分からんから使ってみてくれ。手直しは何時でも承る。」

 明治期に作られたそれらはネットで見ることができる。それらを参考に作ったであろう。

因みにコスプレグッズとして現行商品が存在し、普通に手に入れることが可能だ。オタク恐る

べし。

 早速ベルトと刀を装備してみる。刀の座り具合を調整し、"うん"と頷く。

「大変具合が良い。ありがとう。」

 モーターは満面の笑みで答えた。

「日本差すなら手直しするぞ。」

"いや、それは遠慮する"とメイベル。二天一流は無理、と言うより一刀を扱うので精一杯だ。

「回転剣舞、六連・・・。」

 レレイの呟きはほかの誰にも意味を成さなかったが、メイベルは戦慄した。"こやつ、どこ

まで知っている!"レレイの呟いたソレはとある劇画のアレ。メイベルもその劇画のヤツを参

考にしたが、そうゆうのじゃないから!ニホンの文化と伝統を継承しているだけだから!と

視線でレレイに抗議するも、レレイからの視線は冷やかでしかも上からだ。

「所でロウリィは何してたの?」

 用事があるので、と今回の調査に同行しなかったロウリィ。その理由は組合内の仲間でも

知らなかったようだ。

「実はぁ、ちょっと向こうで撮影の仕事が入っちゃってぇ・・・」

 向こう、とはニホンの事だが"仕事?""撮影?"全員が首をひねる。

「写真集を作ることになってぇ・・・」

 突然3偵の倉田が湧いて出て説明を始める。事の始まりは伊丹の嫁の同人仲間が写真集の作

成を持ちかけてロウリィが了承したという話。そこに大手出版社が乗っかって来たため、同人

レベルの話では無くなった。商業メディアからの制作費という予算が出たため、ロケが増えた。

同人CD-ROMの時点ではアキバと晴海ふ頭、同人誌即売会場での撮影で商品化だったものが、

企業参入によって京都、姫路城、アルヌス基地とロケが増えた。日本、海外、特地と全ての市

場をターゲットにしたものになった。それだけのロケを五日ほどで済ませてしまうロウリィと

関係者の逞しさには脱帽する。

 こういったロウリィのニホンでの露出にエムロイ神殿の関係者、特にアルヌス在住の某助祭

強硬に反対した。しかし、写真集の販売によってかなりの収入(しかも日本円での支払いが可

能)が入ることで関係者筋は承諾した。頑強に抵抗していた助祭については、製品(写真集)

の無償進呈を申し出ると渋々ながら了承を得た(三冊希望との条件ではあったが)。

 さらにこの出版社はロウリィの第二弾とテュカの写真集も企画しており、芸能事務所と出版

社が日本政府と交渉中との話も出た。本人もびっくりである。

 

 メイベルは思った。

 

"写真集!"

 

"ロケ!"

 

"芸能事務所!"

 

 ニホンで見たてれびの中の出来事が目の前に現れた、そんな状況だった。当の本人は浮かれ

まくっている。無理もない、異世界とは言え(いや、こちらでも炎龍殺しの英雄だったか)自

分が人気者で結構な財産が手に入るのだから。

 メイベルは正直イラっとした。自分が人気者になりたい訳ではない。だが、この中では自分

が一番長くニホンに滞在し、文化、伝統の継承者であると自負している。ちょっとニホンに二、

三日行ってメディアに出ただけの奴らがこの待遇。

 正直嫉妬、唯の妬みだ。女は他の女がチヤホヤされるのを見るのが不愉快な生き物なのだ。

 メイベルはそこは素直に認め、それはそれとして心の平穏を求めることにした。

差し当たって近くにあった、ロウリィの神の御印である所のハルバートの柄の部分。画鋲を裏

返して貼り付け、わさびを塗った。モーターは横目で見ていたが、知らぬ顔の半兵衛を決め込

んだ様子。

 メイベルは少し溜飲を下げることができた。心が穏やかになった気がした。

 宴もたけなわ、な感じであったが、レレイに挨拶し報酬を受け取り会を辞した。

「この街を、よろしく頼む。」

 

 

 "食堂あさぐも"を出てしばらく歩く。

 神を失って目的もなく千年生きるのかと思っていたが、徳島らと縁ができ、図らずも見聞を

広げた。この街との関わりも、縁か。厄介事が増えるばかりだが、人と関わるのは悪くない。

 

 遠くで何者かが悶絶するような声が聞こえたが、忘れることにした。

  




外伝の1時点で、コダ村の住人は帰還していることを
見つけてしまいました。

残念

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
一言
0文字 一言(任意:500文字まで)
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。