side 日向ヒナタ
見られてしまう。私がご飯を食べさせてもらって、それでとても幸せになっているところを見られてしまう。
それがわかっているのに、私は彼からご飯をもらえるこの時間が楽しみで仕方がない。
美味しいのだ。今まで食べた何よりも。美味しいのだ。家族で食べた食事よりも。美味しいのだ。友達と一緒に食べたお弁当よりも。何よりも。
一口食べる。ただそれだけのために私は彼に向って口を開け、じっと待つ。彼はじっと私を見つめながら、その日のご飯を一口だけ分けてくれる。
それはお肉だったりお魚だったり野菜だったりと一貫性は全くない。あるとするならそうして食べさせてもらった全ての料理がとても美味しかったということくらいで、それ以上のことは私にはわからない。私は彼に食べさせてもらった次の瞬間から、意識のほとんどがこの世界から遥か離れたどこかに飛ばされてしまうのだ。だから私には何もわからない。
一口食べるだけで意識が弾ける。天にも昇るような、あるいはどこまでも落ちていくような、どこまでも強い快楽が舌から喉を走り、お腹の中に落ち込んで背筋を登る。びりびりと痺れるような、けれど実際には痺れるどころかとても敏感になった舌から走るその刺激は、私の身体中を蹂躙し尽くしてから我が物顔で記憶に居座る。
彼は毎回、そんな私をじっと見つめる。顔が蕩け、意識が自分の内側に向ききっているせいで自分の体であるにも関わらず自分で動かすことができない私がどんな顔をしているのかは私にはわからないけれど、きっととてもはしたない顔をしているのだと思う。
それがわかっていても、私は彼が差し出す一口だけのご馳走を拒絶することができない。恥ずかしくても、情けなくても、たった一口だけの快楽がどうしても忘れられなくなっているから。
本当は一口だけじゃなくてもっとたくさん食べたい。けれど、一口以上食べるときっと私は帰ってこれない。帰ってこれたとしても、それから先の食生活が灰色になることは間違いないと思う。一度に一口しか食べていない今でも普段の食事の多くが『栄養をとるための作業』になりかかっているという自覚はあるし、それはとても危ないという予想はできている。
けれど、それでも私はそうなってしまう事に強く惹かれてしまう。そうなってしまったらきっと私は食事のためにおよそ何でもしてしまうようになると想像できるし、もしもそうなってしまったら家を追い出されてしまうというのも予想できる。それでも私の目の前にあるこの選択肢はあまりにも私にとって魅力的だった。
けれど、絶対に一口だけ。私はまだ、自分にできる全てを行なってはいない。私はまだ下忍にもなっていないし、身体も十分成長したとは言えない。身長や筋力だってこれからどんどん伸びていくだろうし、彼の隣に居られるとは思えない。
まだまだ私にはやることがある。だから、そのためには私はこんなところでダメになってしまう訳にはいかない。そう、たとえどれだけ目の前にある唐揚げが美味しそうでも、金色に輝くような衣と白銀のご飯が私を誘っていたとしても、私は絶対にそれを食べる訳にはいかない。
……涎が凄いぞ、とか思われていても私は聞こえないふりをして、自分のお弁当を流し込む。こういう感情も全部わかってしまうのだろうけれど、それでも女の子のプライドにかけてこういう物はできるだけ隠しておきたい。彼の用意する料理は妙にお腹に溜まるものが多いけれど、それでも流石に一口で完全にお腹が一杯になってしまうような物は食べたことがない。あるのかもしれないけれど、出されていない以上は無いのと変わらないし、知ってしまったら食べたくなってしまうから知らない方がいい。だから知りたくない。
私の考えを読んでいる彼は少しだけ唇の端を持ちあげて笑い、いい子いい子と撫でるように私の手を取り、指先にキスをした。