盾の奴隷は愛に狂う   作:鉄鋼怪人

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プロローグ 盾の奴隷はやり直しをするようです

「がっ……!?」

「ナオフミ様っ……!!?」

 

 私は悲鳴を上げていました。私の目の前で青白い閃光がナオフミ様を貫いておりました。  

 

 いつかこんな日が来るのかも知れないとは覚悟してました。

 

 ……もう遠い遠い昔、数えきれない程昔、私とナオフミ様はとある偶然から「神」へとなりました。そして精霊達の頼みに応じて世界を身勝手に食い潰していく者達を討ち果たしていくようになってから何万年、いえ何十万年、それ以上の年月が過ぎ去っていきました。

 

 「盾の勇者」から「神」となり、全ての攻撃を防ぐ盾の神となったナオフミ様、そしてその奴隷にして「槌の勇者」から攻撃に特化した「神」となった私……片や全ての力を防御に、片や全ての力を攻撃に回した二柱で一つの神、互いが互いを支える私達は世界を守護する精霊達の呼び掛けに応じて幾億の世界を巡り「神を僭称する者達」と終わりなき戦いを続けました。その中で多くの「神」を討ち、世界を救ってもしてきました。時として敗北しそうになるときもありましたが、ナオフミ様は知恵を振り絞り、私は力の限りに障害を打ち払い、私達は何度も困難を乗り越えて来ました。

 

 きっと……私達は目立ち過ぎたのでしょう。遂に「神を僭称する者達」は徒党を組み、私達に襲いかかりました。幾ら私達が精霊達の力を借りていても、自身の力を攻防の片方のみに振り分ける事が出来ようとも、所詮は数ある神々の一柱に過ぎません。世界の狭間で包囲され、何万年もの歳月を戦い続けて今や満身創痍、そして今まさに私に襲いかかろうとしていた奴らの攻撃をナオフミ様が庇い……そして貫いたのです。

 

「ナオフミ様……ナオフミ様……!!」

 

 胸元に大きな風穴を開けて吐血するナオフミ様の元に私はヒステリックな声を上げて駆け寄ります。きっとここまで甲高い悲鳴を上げたのは遥か遠い昔に鉱山の洞窟で双頭犬の魔物に会った時以来ではなかったでしょうか?それほどまでに私は取り乱していたのです。

 

「ら……ラフタリア……か?」

「はいっ!そうですナオフミ様!!私はっ……!ラフタリアはここにいますっ!!」

 

 倒れるナオフミ様を抱え私は叫びます。ナオフミ様の姿は痛々しいばかりでした。「神を僭称する者達」は卑怯な手段で私達を追い詰め、リンチと言わんばかりに私達を……いえ、ナオフミ様をなぶり続けていました。私に何の防御力が無いのですから全ての攻撃はナオフミ様が防ぐしかありません。そしてナオフミ様が私を見捨てて逃げるような方ではない事は承知の事実でした。それ故にナオフミ様は一人傷つき続けたのです。

 

 ああっ……!ナオフミ様の身体は既にボロボロでした。身体中で傷ついていない所なぞなく、出血していない所なぞありませんでした。既にナオフミ様の姿は目を背けたくなる程のものでした。

 

「ぐっ……糞っ……流石に…ここまでみたいだな……!!」

 

 胸に空いた風穴に手を添えて苦々しげに、悔しげにナオフミ様は仰います。

 

「ナオフミ様、私の後ろにっ……!後は私が……!!」

「馬鹿がっ……!!俺はいいっ!!ラフタリア、お前こそ俺を置いて逃げろ!!」

 

 私がナオフミ様を守ろうとするとしかし、ナオフミ様は逃げるように叫びます。

 

「お前は防御力なんて無いんだっ!一撃受けるだけで死んでしまうだろがっ……!!守るのは俺の……盾の勇者の役目だっ……!!だからっ……俺が盾になっている間に……お前はさっさと逃げろっ!!」

 

 血塗れの身体を無理矢理立たせて、ズタボロになった盾を構えてナオフミ様は私に逃げるように叫びます。

 

「そんな事っ……!!」

「うるさい!命令だラフタリア!!今すぐ逃げ……ちぃ!!」

 

 そう言っているうちに「神を僭称する者達」の次の攻撃が来ました。

 

「くっ……アトラっ……!!」

『分かっておりますわ、ナオフミ様っ!!』

 

 ナオフミ様が叫ぶと盾に宿る盲目の守護霊が答えました。

 

「ぐっ……ぐおおおぉぉぉぉっっ!!!!!」

 

 ナオフミ様は持てる力を総動員して「神を僭称する者達」の一斉攻撃を受け止めました。凄まじい力の奔流を受け止めたナオフミ様は、苦悶の声を上げながらも耐え凌ぎます。そして……。

 

「かはっ……!!?」

「ナオフミ様っ……!!」

 

 全ての攻撃を受け止め切ったと共にナオフミ様は吹き飛びました。ナオフミ様に駆け寄る私は今度こそナオフミ様に僅かの力も無い事が理解出来ていました。

 

「ナオフミ様っ……ナオフミ様ぁ……いや、死んでは嫌ですっ……そんな……っ……死なないで……!!」

 

 私は最早手足も焼け焦げたナオフミ様を抱き締めながら子供のように泣きじゃくっていました。既にナオフミ様の傷が神の身でも助からないものである事を理解していてもです。

 

「ぐっ……ラフタリア……馬鹿野郎っ……だからっ……逃げろって……!」

「ふざけないで下さいっ!!私は、私はナオフミ様の半身ですっ!!ナオフミ様無しで生きていけません!!」

 

 あの日、狭く汚い檻の中で会ってから私とナオフミ様は常に共にいたのです。最初は主従として、次に同志として、そして最後には愛する者同士として、半身として共にいたのです。

 

「健やかなる時も病める時も、最後の時だって共にいると誓ったじゃありませんかっ……!!」

「はっ……!随分と懐かしい言葉を聞いたな……」

 

 私の腕の中で今にも死にそうなナオフミ様が呆れたような表情で小さな笑みを浮かべます。遠い昔、ナオフミ様のいた世界で私達の分け身が結婚式で誓いを立てた時の言葉です。私はあの誓いを今でも覚えていますし、それを破った事は一度もありません。

 

「……ラフタリア…済まない……もう、その守れそうにない……約束を守れそうにない……」

 

 私の腕の中でナオフミ様はこれまで聞いた事のない弱々しく、悲しげな声を上げます。

 

 私はその声に胸を抉られる感覚を感じました。違います、謝罪しなければいけないのは私なのです。ナオフミ様は本来こんな終わりのみえない戦いに生きる必要なんてなかったのです。全ては私のせいなのです。

 

 昔……まだただの亜人の奴隷に過ぎなかった頃、「波」により家族を、友達を失った私はナオフミ様に語ったのです。もう自分のような存在を出したくないと。弱い者が身勝手に奪われるような事を繰り返したくない、と。ナオフミ様はそんな私の願いを叶えるために「波」に挑み、遂には世界を守るために「神」としての役目を背負ったのです。全て、私の願いから始まってしまったのです。だから……謝罪しなければいけないのは私なのです。

 

「はっ……止めろよラフタリア。子供の時みたいに……そんなに泣いて………」

 

 掠れた声でナオフミ様が私に語りかけます。その瞳からは急速に命の輝きが消えておりました。

 

「ご、ご免なさい……ナオフミ様……けど……けど………!!」

 

 私は手で涙を拭います。ですが瞳からは次から次へと涙が止めどなく流れ続けます。

 

「……ご免……ラフタリア………もう……俺…疲れて……眠く……」

 

 恐らくはもう正常な思考も出来ていないのでしょう。ナオフミ様は疲れきった、眠たげな表情をしていました。その身体からは神としての力が急速に失われておりました。

 

「そう…ですね……ナオフミ様。働き過ぎて疲れてしまいましたね。………少し眠りましょうか?少しだけ休憩でもいたしましょう?」

 

 もうナオフミ様は助からない。そして私もまたナオフミ様無しではそう長くは生きれないでしょう、あの蛇のようにしつこい神気取りの者共が私だけを見逃すとは思えません。そして、ナオフミ様にその残酷な事実を告げる必要もないでしょう。

 

 ですから、私は初めてナオフミ様に嘘をつきました。ナオフミ様のために優しい嘘をつきました。

 

「ああ……けど大丈夫なのか?この辺りには……バルーンがいるから……」

 

 きっとナオフミ様は私と会ったばかりの頃の事を言っているのでしょう。私がまだ子供の頃、ナオフミ様が昼寝する間の見張りを頼んだ事を思い出します。確か私はナオフミ様の分の魚まで食べてしまい見張りの仕事を放って食べ物を探しにいってしまったのでした。そして魔物に襲われた私を助けてくれたのは全身オレンジバルーンに噛みつかれていたナオフミ様でした。

 

「ふふ、もう私は子供ではありませんよ?安心してください、今度はちゃんとナオフミ様を守りますから」

 

 私はあの懐かしい、懐かしい記憶を思い浮かべ、溢れんばかりの涙を流しながらナオフミ様に優しくそう告げます。

 

「そう……か……ああ、そうだな……少し……そんの少しだけ……ラフタリアに甘えよう…かな……?」

「はい、ナオフミ様。どうぞ…どうぞお休み下さいっ……!!」

 

 背中から巨大な力を感じます。あの忌々しい神気取りの者達が私達に止めを刺そうとしているのでしょう。既に私達には何も抵抗する力なぞ残されておりません、これで終わりです。だから………。

 

「せめて最後くらいはナオフミ様の盾にさせて下さいね?」

 

 私は目を閉じるナオフミ様の頭を優しく撫でました。きっと意味はないでしょうけど、それでもこれまでずっと盾として皆を、私を守って下さったのです。最後くらいその役目を休んでも文句なんてないはずです。

 

 ああ……凄まじい力が降り注いで来るのを感じます。奴ら、私達を完全に消滅させるつもりのようですね。私はナオフミ様に覆い被さるように抱き締めます。

 

「お休みなさいませ、ナオフミ様……」

 

 そしてご免なさい。貴方を守る事が出来なくて、貴方の盾になれなくて………。

 

 私は目を閉じて、ナオフミ様を強く強く抱き締めながらその瞬間を待ちます。

 

 そして意識が消滅する直前、ふと耳元で声を聞きました。

 

 

 

 

 

『もう、ラフタリアさんは狡いですわっ!けど……悔しいですがこの役目はお譲り致します。ですのでどうか………上手くやって下さいね?』

 

 

 

 

 

「えっ……?」

 

 私と共にナオフミ様を支え続けていた盲目の守護霊の声に私がそう疑問の声を上げ、同時に私は光の中で意識を失ったのです……。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ラフタリア?……ラフタリア大丈夫かい!?」

 

 私は私の名前を呼び掛ける懐かしい声に目を覚ましました。

 

 視界を開けばそこには私を心配そうに見るラクーン種の亜人の男女、私はその二人の姿をよく知っていました。

 

「お父さん……お母さん……?」

 

 私は大昔の記憶の掘り返して、その二人が誰なのかを言い当てます。

 

「ここは……天…国?」

 

 「神」の身として死に、天国に上がる……ある意味滑稽な考えではありますがその時私はそんな事を口走っていました。   

 

「ははは、残念だけどここは天国じゃなくてお家だよ。うん、熱は無いようだ。どこか気分の悪い所はないかい?」

 

 お父さんは笑みを浮かべながら私の額に触れてそう答えます。

 

「お友達と遊んでいるとラフタリアが急に倒れたって聞いて慌てたのだけれど……どうやら大事なくて良かったわ」

 

 心の底から安堵した表情を浮かべるお母さん。友達……?

 

 ふと次の瞬間、私の頭に激痛と共に記憶の波が流れ込む。

 

「うっ……!?うぅ……!!?」

「ど、どうしたラフタリア!!?どこか痛いのかっ……!!?」

 

 慌てて両親が私に駆け寄ります。しかし、私にはそれよりもずっと大事なことがありました。確かめないといけない事があったのです。

 

「鏡……」

「えっ……?」

「鏡っ!!鏡を持ってきてください!!今すぐにっ!!」

 

 私は久しぶりに会えた両親に、しかしそのように叫んでしまいました。罰当たりだとは思いますがそれでもすぐにでも確かめたい事があったのですから仕方ありません。

 

 差し出された手鏡を踏んだ来るように取り、私は鏡に映る自身の姿を見やります。そして驚愕と共に納得しました。

 

「これはっ……!!」

 

 手鏡に映っていたのは、ナオフミ様に出会った時よりも幼い、恐らくは五、六歳程の年頃の幼女の姿だったのです……。

 


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