盾の奴隷は愛に狂う   作:鉄鋼怪人

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アニメ六話感想 ラフタリアに背中から刺されたいからそこ代わって下さい!


第九話 狸娘はセーアエット領に訪問するようです

 セーアエット騎士団領はメルロマルク王国の王都から離れた辺境部に設けられている。

 

 セーアエット家はメルロマルク王国建国期より王家に協力してきた一族であり、その騎士団はメルロマルクの周辺諸国との戦争において大きな貢献をしてきた。

 

 そのようなセーアエット騎士団領の特異な特長の一つに亜人の自治区が置かれている事が挙げられるだろう。セーアエット騎士団領にはメルロマルクにおける非奴隷階級の亜人の半分以上が暮らしていた。

 

 何故建国期より続く武門の名家が国策に逆行する亜人の自治区なぞ作っているのか?という疑問が浮かぶのは自然な事だろう。現在は兎も角、初期においてセーアエット領に亜人自治区が成立したのは決して善意からではない。

 

 一つには亜人種の監視のためであった。亜人からなる武断国家であるシルトヴェルトに隣接している以上メルロマルク国内には決して少なくない亜人が居住しており、三勇教の成立と亜人の排斥が始まっても尚無視出来ない数の亜人が国内に在住していた。

 

 彼らを野放しにするよりも国内の特定の場所に閉じ込める方が監視の点で都合が良く、その上で万が一の暴動に備えるとなると武威に優れたセーアエット騎士団領にそれを置くのが王家にとっては合理的であったのだ。

 

 そしてそれはセーアエット家にも利点があった。亜人達の中には人間にはない技能や力を持つ者も多い。彼らの存在は産業面や労働力の面でセーアエット領の繁栄に大きく寄与したし、自治区の亜人種より構成された名誉メルロマルク人からなる軍勢は対シルトヴェル戦にこそ信用面から使えないがそれ以外の国との戦いにおいて心強い戦力でもあった。

 

 当初こそ打算から成立した亜人自治区とそれを利用していたセーアエット家ではあるが、世代が進むに連れて名に実が付くものだ。セーアエット家は次第に亜人種に対して融和的な姿勢を見せるようになる。無論、そこには最早亜人達がいなければ領地が運営出来ないという現実的な理由もある。

 

 今代のセーアエット家当主も歴代の当主と同じく亜人達に融和的であり、メルロマルク女王であるミレニア=Q=メルロマルクの後ろ盾もあり、領地は国内外での貿易で繁栄を極めていた。

 

 因みに女王がセーアエット家の後ろ盾になっている事も決して理想論ではなく、将来的なシルトヴェルトとの和解とための布石として、また繁栄するセーアエット領からの貢納が地方の貴族達を押さえて王家の中央集権を図る上で極めて重要な財源となり得るためである(それにに対抗するように貴族達は三勇教と結び付きを強め、セーアエット家に対して圧力をかけていたりもする)。

 

 そのような政治の陰謀が渦巻いていたりもする訳ではあるが、当の自治区の亜人達の中にそのような事を知る者はほんの一部しかいない。大半の亜人達は陰謀や策謀とは無縁であり、差別や排斥にも怯える事なく自治区の村村や街で安穏とした生活を送っていた。

 

 そんなセーアエット騎士団領の亜人自治区、その中でも特に大きい街に一組の冒険者のパーティーが訪れていた………。

 

 

 

 

 

「うー、ようやく到着かぁ。馬車は酔うな……姉貴、馬車使う位ならセバスかアシェルに乗った方が良かったんじゃねぇか?」

 

 フィロリアルの引く馬車の中、目の前では少し青い顔をした十代後半のハクコの青年が私に尋ねます。

 

「本当その通りよ!何が悲しくて臭いフィロリアルなんかが引く馬車に乗らないといけないのよっ!あー!もうフィロリアルの臭いがするだけで体が痒くなる!!」

 

 ハクコの青年の隣では外見年齢十代前半ほどの金髪の美少女が愚痴を言います。その背中からは鷲のような小さな羽が生えており、一見亜人種のように見えました。

 

「フォウルさん、アシェルさん。仕方ない事です、飛べば確かに早いし快適でしょうが、税関で足止めを受ける事でしょう。ドラゴンやグリフィンの姿を見せれば不必要な注目をされるでしょうし」

 

 そうフォウル君とアシェルさんを優しく窘めるのは老境の執事のような人物、セバスです。背中には同じく蝙蝠のような翼に蛇のような尻尾を生やしております。一応冒険者組合では竜人種として偽装登録をしております。

 

「冒険者さん、街が見えてきたよ!!」

 

 馬車の行者を勤める小太りの行商人が私達に叫びます。私は荷台から行者の下に向かいます。

 

「あの街ですね?ここまで相乗りさせて頂き有り難う御座います」

 

 地平線の先から見えてきた城壁に囲まれた街を確認して私は行商人さんに礼を言います。こういった細やかな心配りは大事です。

 

「いやいやこちらこそ。最近魔物が増えているみたいですからねぇ、実力ある冒険者さん達がタダで護衛についてくれるならこちらとしても喜ばしい限りですよ」

 

 にこにこと行商人さんは答えます。はい、現在私達はそこそこ名の知れた冒険者のパーティーとしてゼルトブルからメルロマルクのセーアエット領へと移動していました。行商人さんの馬車に相乗りする代わりに魔物や盗賊相手の護衛を請け負います。メルロマルクに亜人が入国するのは少し目立ちますからね、このように依頼という形ならば余り注目を浴びずに済みますし嫌がらせも受けにくいのです。

 

 城門を警備する兵士達が街に入る馬車を一つ一つ検問していきます。住民を奴隷にして出ていこうとする者ですとか、逆に物価の違いを利用して外貨を持ち込もうとする者、武器や麻薬の密輸入等々、そのような犯罪に備えて積み荷を検分し、身分証明書を確認していきます。

 

「亜人の冒険者か」

「はい、護衛です。ギルドからの依頼書もありますよ」

 

行商人が兵士に依頼書を見せます。

 

「うむ、悪いが冒険者の証明書を確認しても?」

 

 行商人から受け取った依頼書を一瞥した後、私達にギルドカードを見せるように兵士が言いました。

 

「はい、こちらで良いですね?」

 

 私はにこり、と笑みを浮かべてギルドカードを差し出します。一瞬私に見惚れたようにぽかんとした表情をした後咳をして改めてギルドカードを確認します。

 

「宜しい、入場を認めよう」

 

 少し雑な確認を終えてギルドカードを返されます。門を守る兵士が道を開いて馬車は遂に街へと入ります。

 

「へぇ、結構栄えているじゃん」

「ゼルトブルに比べると小さいですが治安は良いそうですな」

 

 馬車の中から町並みを見たフォウル君がそう語り、セバスが補足します。人種の坩堝で拝金主義的なゼルトブルは栄えている、といってもどこか退廃的な雰囲気を醸し出します。裏道に出れば危険な店も多いです。

 

 それに比べて亜人自治区、そしてセーアエット領の中心地であるこの街は人間と亜人も半分ずつ程おり、また外国からの商人も少なくありません。その上で騎士団のお膝元なので治安は極めて良いと来ています。その繁栄は王都に匹敵するかも知れません。

 

 因みに私の村はこの街から二日程馬車で進んだ先にあります。昔両親と共にこの街に訪れた経験もあります。その時にお子さまランチも食べさせてもらった記憶もあります。

 

「それで?姉貴、この街で何の用なんだ?」

 

 町並みを観察しながらフォウル君が尋ねます。レベル上げの協力をしてあげながら冒険者ギルドの依頼を果たしているといつの間にか姉貴呼ばわりされていました。実の所、私としては呼び捨てでも余り気になりませんが……まぁ、本人がそう呼びたいと言っているので良いでしょう。

 

「その内分かりますよ。とはいえ、暫くの間はやることもそう多くはありませんから何日かはこの街で遊んでも良いでしょう」

「やった!」

 

 私の言にいの一番に反応したのはアシェルさんでした。期待を込めたキラキラした目でちっちゃくガッツポーズをします。

 

 フォウル君は外見は兎も角中身はまだ子供、アシェルさんも子供っぽい亜人への擬態から分かる通りグリフィンとしてはまだ子供のようです。普段から厳しくしごいていますがたまには休息が必要でしょう。

 

 ナオフミ様も奴隷だった私に無理させてまで酷使はしませんでした。無理に働かせても効率が悪いですし、息抜きがなければすぐに潰れてしまいますから。生かさず殺さずが奴隷の鉄則です。

 

まぁ、それはそうとして………。

 

「そろそろ、ですか」

 

 私は馬車に揺られながら記憶を思い出します。そろそろてます。私の記憶に間違いなければ後一月程で「波」が始まります。正確に言えばメルロマルクにおける最初の「波」が来る筈です。

 

 二週間程前、各国の有する竜刻の砂時計が砂を落とし始めたのが確認されたそうです。四聖教会やフォーブレイはパニックになりながら大昔の記録を漁り、勇者召喚の必要性を把握、世界会議のために各国の首脳部がフォーブレイに集まっていると聞きます。このメルロマルクも例に漏れず、女王が会議に参加する予定であり、その間代理としてクズ……ではなくオルトクレイ……やっぱりクズで良いですね。クズが玉座についた模様です。昔は「叡知の賢王」などと言われていましたが知っての通り今では「叡知の賢王(笑)」状態であり、実質的に政務はセーアエット家の当主が取り仕切っているようです。

 

……まぁ、大体ビッチのせいなんですけどね?

 

 さて、ここまで説明すれば分かると思いますが、私がここに来た理由は恐らく来るであろう「波」から村を守るためです。

 

 そして可能でしたら、女騎士さんことエクレールさんの父の死亡を回避したいと考えています。流石に知人の親を見殺しは嫌ですからね?とは言え勇者召喚はしてもらいますし、そこに口出しは余りして欲しくはないので、それなりに怪我をしてもらいますが………え?黒い?何を言っているのですか?人助けをしているのに黒いなんて言われる筋合いなんて有りませんよ?うふふふふ………。

 

「ひっ!御姉様!調子に乗ってご免なさい!お願いします、焼き鳥にしないでっ……!」

「姉貴!俺は姉貴のためならどんな危険な命令だって受ける!だからその笑みだけは止めてくれ!!」

 

 急に顔を青くしたフォウル君とアシェルさんが悲鳴を上げながら宣言します。困りましたね、躾をしているうちにこの御二人は何故か私が笑みを浮かべた瞬間に土下座しながら謝罪するようになってしまいました。別にそんな事は望んでいないのですが……ほら、見てください。行商人さんが怪訝な顔になっているではないですか?二人共セバスさんを見習って欲しいものです。ほら、セバスはちゃんと怪しまれないようにそのままの体勢で気絶ができるのです。二人共、せめてセバスみたいに静かにして下さいね?

 

「あ、そうそう。アトラさんのお土産も買わないといけませんね、フォウル君、後でお店巡りしましょうね?」

 

 私は何度も無心で頭を振るフォウル君を見ます。少し喜び過ぎですがまぁ、良いでしょう。

 

「……さて、ここからが勝負ですね」

 

 大切な人達を守りながら、ナオフミ様を独占する……その計画を私は本格的に始動させたのでした。


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