盾の奴隷は愛に狂う   作:鉄鋼怪人

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第一話 狸娘は未来を変える決心をしたようです

「ラフタリア、朝よ?さぁ起きましょう?」

「んっ……は、はい……」

 

 お母さんの呼び掛けに応じて私は暖かいベッドから起き上がる。もうすぐ冬なので暖かなベッドの中は恋しいですが仕方ありません。

 

 立ち上がり、洗面所にまで行って添えつけられた鏡を見ます。そこに映るのは年頃にして五、六歳程と思われる幼女の姿です。

 

「………」

 

 既に何度も目にしたその姿を見つめて、私はようやく確信しました。私はどうやら時間逆行、正確には記憶が平行世界の私にインストールされたようでした。

 

「奴らの忌々しい遊び……という線は無いようですね」

 

 神を騙る性根の腐った輩達が私に偽りの世界を見せている、と言う線も否定は出来ませんが恐らくは違うと思われます。

 

 目覚めてから幾度か実験と情報収集を行いましたがどうやら今の私は真の意味で神とは言えなくともその残骸と言うべき力がある事が分かっています。そしてその力で感じる限りこの世界は偽物ではなく、また周囲に奴らの気配が無い事が分かっています。あるとすれば……あの女神の気配。私達が最初に打ち払ったあの邪悪な女神の気配がこの世界のすぐ外から感じられました。

 

 そして、私の記憶にあるあの声……奴らの攻撃で死ぬ直前に聞いたアトラさんの声、それらを総合して考える限り、恐らくここは私は神々と戦っていた世界から見て裏側の世界というべき物、その中で私が元々いた世界に該当する世界のようでした。

 

 今の説明では分かりにくいかも知れません。可能な限り簡単に説明するとなると……そうですね、元々いた世界ではより上位次元に生きる神々は下位世界である平行世界や別世界に干渉が可能でした。私がいる世界の外側はそんな神々の世界のパラレルワールドとも言えるものであり、この世界はそのパラレルワールドから見て元々私のいる世界に当たる物なのだと思われます。

 

 恐らくですがアトラさんは死ぬ直前に私の記憶と神の力の一部をこのパラレルワールドの私に移植したのだと思われます。きっとこれまで少しずつ貯めていた力でも使ったのでしょう。

 

 最初はどうしてナオフミ様ではなく私を、と困惑し、怒りましたがその後考える中でアトラさんの望みについて考えが至りました。 

 

 多分アトラさんはナオフミ様が神にならないようにしたかったのだと思います。ナオフミ様は勇者では世界を救えないために神になりました。ですがその後は様々な世界の精霊の懇願に応じて永劫に近い刻を戦いに費やしました。確かに魂の一部を分け身して気晴らしなどもしていましたが所詮は全体の極一部、神の尺度で言えばほんの刹那の事でしかありません。神として殆んどの時間をナオフミ様は戦い続けました。

 

 アトラさんはある意味で私よりも遥かに近い場所でそれを見続けていました。人間の精神で神として戦い続け、少しずつ磨耗していくナオフミ様の姿を見てきたはずです。

 

 だから……きっとアトラさんが私をこの世界に連れてきたのは……。

 

「ナオフミ様を神にしないため、ですよね?」

 

 鏡に映る自身に向けて私は呟きます。神としてではなく勇者としてナオフミ様にはこの世界を救ってもらう。それこそがアトラさんの望みであり、多分そのために私が選ばれた……この推理は恐らく間違いではありません。

 

「………」

 

 私は考えます。遥か昔、まだ人間であったナオフミ様と共に「波」に立ち向かった頃の事を。

 

「ナオフミ様………」

 

 全てに絶望していたのに、自分の食べていく余裕もなかったのに、私のような貧弱な奴隷のために薬を作り、食事をくれ、武器を与え、戦い方を教えてくれたナオフミ様。我が儘を聞いてボールを買ってくださり、襲いかかって来る魔物から私を庇い怪我を為されたナオフミ様、私のために「波」に挑み、村を復興させてくれたナオフミ様、そして………。

 

「っ………!」

 

 最後の刻、疲労した私を庇い胸を貫かれ致命傷を負ったナオフミ様を思い出す。結局私はナオフミ様の剣などと言っても何一つナオフミ様の苦しみを共有出来なかった。所詮剣は剣、敵を傷つける事は出来ても守る事は出来なかった。

 

「だからこそ……ですね?」

 

 私は鏡に映る自分自身を睨み付ける。実に弱々しそうで、頼りにならなそうな貧弱な姿だ。こんなのだから愛する両親を守れず、仲良しだった親友を見殺しにし、しかもナオフミ様を修羅の道に誘ったのではないか!?

 

 ならば……やるべき事は決まっている。

 

「もう何も奪わせません。誰にも、何も……!!」

 

 例え神が相手であろうとも。

 

「ナオフミ様、お待ち下さい。今後は私がナオフミ様を御守り致します……!!」

 

 そして私は決意したのだ。ナオフミ様を神にせずにこの世界を救って見せる、と。

 

 

 

 

 さて、ナオフミ様を守りあの糞女神を倒す、と言っても今の私はレベル1、神としての力もその殆んどが失われた状態です。そんな事を言っても負け犬の遠吠えでしかありません。

 

 レベルが上がりさえすれば恐らく全てとは行かずともある程度神としての力も利用可能でしょう。

 

 レベルこそ引き継げませんでしたが、幸運な事に竜脈法や変幻無双流についてはやり方を知っていますし、魔術も呪文のコツは理解しています。これらを使ってレベル上げを行い、その後眷属器の勇者となり四聖武器と眷属器の強化方法を全て実践します。私の記憶が正しければ最初の「波」が村を襲うのは大体三年後の事のはずです。その前にレベル上げとステータス強化、そして可能ならば女神の尖兵たる転生者を抹殺していく必要があります。そうそう、竜帝の力でレベルの限界突破が可能ですので竜帝の欠片を集めなければいけませんね。

 

「そういう訳で早速行動開始ですね」

 

 私は家からナイフを拝借すると遊びにいくと両親に伝えて外出します。正直キール君やリファナちゃんと久しぶりに顔を合わせる事が出来るのでそちらも魅力的なのですが、今のうちに少しでもレベルを上げなければなりませんので仕方ありません、我慢です。

 

 誰にも気付かれないように気配を隠して村の外に出た私は弱い魔物の出る草原に向かいます。この辺りの魔物はレベル1や高くても3程のバルーンやマッシュ系の魔物ばかりです。動きは遅く、単体で行動してばかりの雑魚と言っていいでしょう。それでも戦い慣れしていない人にはそれなりに怖い魔物でしょうが……。

 

「残念ですが……私の経験値となって下さい」

 

 バルーンの動きを予測して私はその噛みつく攻撃を避けます。同時に気の流れを読んで私はバルーンの急所をナイフで突き刺します。

 

 風船が弾ける音と共に私は経験値を獲得しました。とはいえたったの2ですが。

 

「思いの外動けるものですね……」

 

 事前に何日かウォーミングアップのために身体を動かしていましたが、それでも予想以上にスムーズに私の身体は戦闘でも問題なく動きました。

 

 バルーンやマッシュは経験値の旨味こそありませんが、未だ子供の身体の私には戦いの勘を取り戻すには丁度良い相手です。素材もウサピルなどと違い腐りにくいので、今は兎も角将来売り払ったり武器に吸収させるために貯蔵も可能です。

 

「この分ですと週に一つレベルが上がるくらいでしょうか」

 

 正直レベルが上がる速度は遅いですが仕方ありません。幾つか実験したい事もありますし、この際は妥協しましょう。

 

 結局、この日は各種バルーンを十体にマッシュ系は四体の成果でした。手に入れた素材は森の中に作った秘密基地(という言い方も子供っぽいかも知れませんが)に隠します。ああ、ナイフは無駄遣い出来ないので研ぎ忘れてはいけませんね。

 

 夕方頃に私は村に帰ります。そこで鬼ごっこで遊んでいたリファナちゃん達の中に自然に溶け込みます。馬鹿にする訳ではありませんが、子供と言う物は勝手に遊びの輪の中に入り込んでも気にならないもののようで、いつの間にか入り込んでいた私に対して誰も疑問を持ってはいませんでした。

 

「あらー、もう暗くなってきたから皆帰った方がいいわよー?」

 

 そう呼び掛けるのは大きな魚を背負うシャチの獣人でした。あの間延びした声が懐かしい……サディナ姉さんです。

 

「サディナ姉ちゃん、また大きい魚獲ったなー!!」

 

 キール君がサディナ姉さんの下に駆け寄ります。それに釣られてほかの子達も次々とサディナ姉さんの所へと駆け寄りました。

 

「ラフタリアちゃんも見に行こうよっ!!」

「は…う、うん!」

 

 リファナちゃんの呼び掛けに思わずはい、と言いそうになりました。この頃の私は内気でリファナちゃんの後ろについていくような子供だった気がします。

 

 リファナちゃんは私の手を掴んでサディナ姉さんの下に走ります。何気なく添えられる手は、しかし私にはとても温かくて、懐かしい物でした。

 

「?どうしたのラフタリアちゃん?どこか痛い所でもあるの?」

「えっ……?ううん、どうしてそう思うの?」

「だって……ラフタリアちゃん、泣いているんだもの」

「えっ……?」

 

 私は思わず目元に触れました。そして私は気付いたのです。私の瞳から涙が流れているのを。

 

「あー!ラフタリアちゃんが泣いてるー!」

「えー?本当?」

「どこか痛いのー?」

 

 どうやら私の様子に気付いたのか、サディナ姉さんの下にいた子供達が私の下にやって来ました。皆心配そうな表情を浮かべています。この中の二人に一人は村の復興の時に見つけ出す事が出来ませんでした。恐らくは……。

 

「あらー?ラフタリアちゃん、どうしたのかしら?どこか怪我でもしたのならヒールでもかけて上げるわよー?」

 

 のしのしとこちらに歩み寄るサディナ姉さん。心配そうに私の顔を覗き見ます。

 

「ううん……大丈夫。何か……急に悲しくなって……ご免ね、心配させちゃった」

 

 私は内心の気持ちを誤魔化すために手で涙を拭き取ってそう答える。

 

「ふーん、俺も似たような事あるぜ!夕陽を見ると……こう、何かジーンってなるよな?」

 

 何を考えたのかキール君が何故か自慢するようにそうどや顔で答えます。

 

「それ分かるー!」

「えー何それー?」

「私おかーさんに抱っこしてもらえるとそんな感じかもー!」

 

 キール君の発言に周囲の子供達は思い思いの言葉を口にします。

 

「うーん、ラフタリアちゃん。本当に大丈夫なのかしらー?」

「はいっ……サディナ姉さん、心配させてご免なさい」

 

 涙を拭き取って笑顔で私は答えます。そうです、この涙は悲しいからではありません、嬉しいからなんです。運命は変えられます。私は皆を救う事が出来る、その事を理解したのです。

 

「うーん、だったらいいのだけれどー、無理はしないでねー?」

 

 自身の顎に手を添えて、サディナ姉さんはそう言いました。私は屈託のない笑顔で答えます。

 

 そう、私が救うのです。ナオフミ様も、この村も、皆を……。

 

 遥か昔に失われたこの光景を胸に、私は改めて心の中でそう強く決心したのでした………。


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