盾の奴隷は愛に狂う   作:鉄鋼怪人

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第三話 狸娘は思い出して病み始めるようです

「待てーっ!!」

 

 村から半日程歩いた場所にある草原で、私はとある魔物を追い駆けていました。

 

 ヤマラシ……大昔、ナオフミ様の奴隷として初めての「波」に挑む直前に遭遇した記憶のある魔物です。背中に沢山の針を持っており、当時ナオフミ様に初めて怪我をさせた記憶があります。私は今正にそれを追いかけていました。理由?はい確か経験値が結構入る魔物だったと思いますので、決してナオフミ様を怪我させた魔物だからじゃありませんよ?……本当ですよ?

 

「ちょこまかとっ……!」

 

 私は魔物の急所を狙い石を投擲しました。空を切る音と共に石が走る魔物の頭部に命中し、その頭蓋骨を陥没させました。貴重なナイフを投擲するのは危険ですし、案外そこら辺に転がっている石でも急所を狙えば一撃で仕留められるものです。

 

「痛……やっぱり刺が危ないですね」

 

 死骸を解体しようと触れると、誤って指に刺が刺さりました。流石ナオフミ様に怪我をさせただけの事はあります。油断出来ませんね。

 

 刺は一本一本回収します。この刺は魔物を狩る際に結構使えたりします。その後血抜きをして毛皮を取ります。肉は今日のご飯に、毛皮は加工して暖を取るのに使えます。

 

「何だかサバイバルみたいですね」

 

 家に戻らずにレベル上げに専念するのですから仕方ありません。実際村の皆や両親の事を気にしないで済むので結構レベリングは順調でした。こちらに来てから半年程、身分けしてから三か月、私のレベルは21まで上昇していました。身体の方は、流石にナオフミ様の奴隷であった頃に比べて成長は遅いですが、十代前半くらいには成長しているでしょう。

 

「もう少し成長すれば冒険者に登録出来そうですが………」

 

 血抜きと毛皮取りの最中、血を洗い流す時に川に映る私自身の姿を見て呟きます。しかしこのメルロマルクでは、当然ですが私のような亜人は歓迎されません。それどころか誘拐されて奴隷にされてしまう危険性すらありました。冒険者に登録するのも危険がありますし、クラスアップの申請が通るとも限りません。

 

「シルトヴェルトは……国境の警備が厳しいので難しいでしょうね。ゼルトブルなら何をするにも金銭次第でどうにかなりそうですが……」

 

 それにしてもいざと言う時に備えて秘密基地に残す分け身も必要でしょうから、今すぐゼルトブルに行く訳にはいきません。

 

「秘密基地の素材もかなり貯まっていますし……行商人に売れたら良いのですが……」

 

 因みに行商人と言うのがポイントです。このメルロマルクに根付く商人相手では、亜人が物を売っても足元を見られてしまいますので。無論ナオフミ様のように脅迫すると言う手もありますが、ナオフミ様と違って勇者ではない私ではすぐに手配されてしまいそうです。

 

「ですが、やはり幼い姿がネックですね……」

 

 行商人相手とは言え、今の私の姿はどこまで言っても子供です。レベリングすればもう少し成長するでしょうが、分け身すればまた小さくなってしまいます。正直この辺りで手に入る食料では二人を養えるか少し怪しいです。

 

「少し不安ですが……あの手しかありませんね」

 

 

 

 

 

 

 メルロマルク王国の一角にあるリユート村、そこに訪問したゼルトブルの行商人の一向は村人や地元商人達、周囲の村から訪れた者達と商談や物売りに精を出す。

 

 ふと、行商人の一人にフードを被った人物が魔物から取った素材を売りたいと申し出る。年に何度かこの村を訪れる行商人はしかしこのようなフードを被った者と会った経験がなく、若干警戒する。

 

「申し訳ありません、ですがこれを見れば理解していただけるかと……」

 

 フードをわずかに持ち上げると現れるのは十代後半程の亜人の美少女であった。その意外性に一瞬行商人は呆ける。

 

「この国は少し私のような者には生活しにくいものですので……」

 

 若干影のある表情で語る少女、その発言に行商人はこの姿である理由を理解する。

 

 人間主体で構成されるメルロマルク王国は、長年亜人主体で好戦的で排外的なシルトヴェルト王国と戦争を繰り広げて来た。

 

 更に言えばシルトヴェルトの首脳部は、フォーブレイ王国が守護しこの世界最大の信徒を有する「四聖教」の教えを否定して「盾の勇者」のみを信奉する「盾教」を掲げ、異端者たるメルロマルク人を捕らえ次第処刑にしたり、奴隷の身分に堕とすなどの所業を行なってきた。結果としてそれはメルロマルクの反シルトヴェルト派を刺激し、四聖教メルロマルク教区の独立と「三勇教」の成立、そしてメルロマルク王国上層部の「三勇教」への改宗へと繋がった。今やメルロマルクは世界で最も亜人達の住みにくい国の一つであった。

 

 メルロマルクの「三勇教」化後、メルロマルク居住の亜人の半数以上は教会の警告に従いシルトフリーデンやフォーブレイ等に移住したが、特に中流階級以下の亜人には移住する生活力もないためにメルロマルクに居住を続け、そこに迫害と元々貧困層ばかりが残ったために亜人種による犯罪が横行し、それがメルロマルクによる一層の亜人迫害へと繋がっていた。

 

 成程、確かに彼女のような亜人には素顔で生活は難しいため、フードが必要不可欠であろう。同時になぜ自分のような行商人に声をかけたかも理解出来る。

 

「父や兄が命懸けで魔物を狩って素材を集めたのですが、この国の商人相手ですと……」

 

 そう言って儚げに少女は言葉を切る。よく見れば目元は潤み、一筋の涙が流れていた。

 

 人種の坩堝に住まうゼルトブル人には、当然亜人に対して特別に差別意識なぞ存在しない。そのため若く善良な行商人は美しい少女の涙に素直に同情を覚えていた。

 

「分かりました、素材を御見せ下さい。無論品質が悪ければ値引きさせてもらいますが、可能な限り適性な価格で買い取り致しましょう」

 

 憐れむように行商人は語りかける。するとフードを被った美少女は花が咲いたような笑顔で感謝の言葉を口にする。その笑顔から来る言葉にはかなり破壊力があり、行商人は再度惚けると共に顔を赤らめながら少女の運び込んだ素材を鑑識する。

 

「ほう、バルーンに……これはエグッグの殻ですね。ウサピルとヤマアラの毛皮に……品質は……ほう、痛みも少ない。ひぃ…ふぅ…みぃ……そうですね、銅貨で100枚でどうでしょうか?」

 

 行商用の馬車の中でそう尋ねる行商人。若干相場よりは安いがそこは仕入れや輸送、関税も含んでいるので仕方ないだろう。それを加味すれば正に適性の値段であった。

 

「はぁ……本当ですか?ありがとうございます!」

 

 先程よりも嬉し気な笑顔に行商人も気分を良くして素材を換金する。そしてそのまま代金を受け取った少女を見送った後、ふと彼は思い出したのだった。

 

「そういえば、あの子の名前なんだっけ?聞き忘れちまったなぁ………」

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ……上手くいきましたね」

 

 幻影魔法を解いて私は子供の姿に戻ります。予想通り中々ちょろ……性格は悪くない方でした。

 

 ナオフミ様の奴隷だった頃、商人達との取引も見学していた記憶がありました。私はナオフミ様程に交渉の才能等ありませんでしたが、それでも見学していて多少は人を見る目は養えました。その結果が先程の取引です。

 

 まず差別意識のある可能性の低いゼルトブル人を狙います。その上で若く経験の浅い、それでいて足元を見る事がない善良そうな方を探します。そういう方は結構女性の涙には弱い物ですので、幻影魔法で大人の姿になって嘘泣きすれば然程苦労せずに取引は可能です。更にいえば将来的にクラスアップのためにもゼルトブルには行かなければなりませんので、ちょっとした伝手にも出来ます。そうですね……何気ない街中で偶然再会とか言うシチュエーションは男性方には結構ドキドキする筈で油断もしてくれそうですね…………何か私腹黒くなっている気がしますね。

 

「いえ、これくらいで躊躇なんて出来ません。あの忌々しい女神を打倒してナオフミ様を神にせずに平和に生活して頂くためにはこの程度序の口じゃないですか!」

 

 後ゼルトブルに着いたらあの奴隷商(兼魔物商)の人にも接触したいですね。それにフォウル君とアトラさんも確保したいです。勇者になった後何とかして買い取って、早めに戦力化したいのです。

 

 ………決してアトラさんとナオフミ様のフラグを圧し折りたいなんて考えていませんよ?(ハイライトオフ)

 

「ええそうですとも、決して鳳凰戦でアトラさんが死んでしまうなんて事が無いように育て上げたいだけですからね、断じてアトラさんにナオフミ様のファーストキスを奪わせないためだとか、アトラさんが盾に吸収させて二十四時間一緒な事に嫉妬していた訳でもありませんし、決してぽっと出の新参キャラにヒロインの座を奪われかけた事を怒ってなんかいませんよ?全ては善意であってそれ以外の考えなんて一ミリもありはしないのですから取り敢えず空気読まずに横槍入れたタクト死ね。ふふ、ふふふ………」

 

 私は取り敢えず受取金を懐に入れた後、鼻歌を歌いながら道端で出会う魔物達を経験値稼ぎのために仕留めていきながら秘密基地に帰ります。何故か途中から魔物達が私の姿を見た途端逃げ出し始めますが当然逃がしません。地の果てまで追いかけて頭部を粉砕していきます。

 

 ああ、やはりナイフや石では効率が悪いですね。早く手に馴染む槌の眷属器が欲しいものです。そしてナオフミ様のお側で……ふふふ……ふふふふふ………♪

 

「はぁ…ナオフミ様……早くお逢いしたいものです…………」

 

 何億年も当然のように連れ添っていたためでしょうか?早くナオフミ様に逢いたい、そう考えるだけで胸の中からゾクゾクとした感情が生まれてきます。

 

「ふふ……ふふふふ……ナオフミ様♪」

 

 私はまた一匹、目の前の魔物の頭部を粉砕しながらそう口にしたのでした。

 




盾・妹虎・ビッチ「何だ(何)?この悪寒は………?」

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