盾の奴隷は愛に狂う   作:鉄鋼怪人

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第四話 狸娘は神の価値観を理解するようです

 温かい匂いがしました。温かで、美味しそうで、優しいお日様の匂いが……。

 

 幼い私はその香りに誘われるようにベッドから目覚め、一瞬凍りつきます。そこにはいるべき人がいなかったからです。いつも夜泣きする私をあやしながら抱き締めて、守ってくれる人が……。

 

 私は咄嗟に恐怖でひきつった表情を浮かべ周囲を探します。もう帰る場所なんて無い天涯孤独の身の私には、もうあの人の傍以外の居場所なんて無かった事もあるでしょう。

 

 ですがそれ以上にきっと私にとってあの人は頼るべき親であったからかも知れません。厳しくても、そのうちにじんわりとした優しさを感じられるあの人は私にとってはもう一人の親だったのです。

 

 ですから私はすぐに最後の居場所であり、最後の家族であるあの人の姿を探さないといけないと考えました。

 

 私はあの人と唯一の繋がりである胸元に刻まれた奴隷紋にそっと触れます。

 

 外は怖かったです。この国では亜人は迫害されているのですから、下手をすれば街の人々に殴られ、蹴られ、殺される……私はその時そう思いました。実際は他者の奴隷を勝手に傷つけるのはメルロマルクの法律では禁止されているのですが、当時の私にはそこまで考える知恵なぞありませんでした。ですから暫しの葛藤の後、泣き出しそうな覚悟であの人を探そうとベッドから降りたのです。

 

『どうした、ラフタリア?』

 

 ですが、私が外にまで飛び出して街に探しにいこうとする前に、その声が室内に響き渡りました。

 

 私が慌ててそちらを振り向けば、宿の一階から階段で登って来たあの人が視界に入ります。怪訝な、どこか怪しむようにこちらを見ていたあの人の手元には、二人分の食事の皿がありました。どうやら宿の主人から朝食を受け取っていたようでした。

 

『ふん、逃げようたってそんな事は許さんからな?お前には銀貨30枚を投資したんだ、投資分の働きをしてもらうまでは地の果てでも追いかけて連れ戻してやる』

 

 あの人は険しい表情で私を脅迫します。どうやら私が逃げようとしたのを見つかって慌てていたのだと考えていたようです。

 

『い、いいえ……そんな……事は……』

 

 私はそれを怯えた声で必死に否定します。それは決して演技でも誤魔化しでもなく、事実でした。寧ろその発言に私は安堵すら覚えていました。つまりは銀貨30枚分働くまではこの人は私を手放さないと、傍にいて良いと言ってくれたからです。それが以前の主人であった貴族に塵のように虐げられていた私にはこの上無い救いに思えたのです。

 

『ふん、どうだかな……。おい、さっさと身支度して食べるぞ』

 

 不機嫌そうに、しかしどこか思いやる声であの人は命じます。私は慌てて洗面台に向け走り、顔を洗い歯を磨きました。急がないと怒られるかもと思いましたが早すぎると逆にちゃんと歯を磨け、と叱られますので早く、しかし丁寧に行っていきます。

 

 それを終えると私が来るのを待っていたのでしょう、あの人はテーブルの上の料理に手をつけずに椅子に座っていました。

 

『来たか、さっさと座れ。食うぞ』

 

 私が椅子に座り料理を食べ始めるとようやくあの人も食べ始めました。

 

『美味いのか……?』

『はいっ……!!』

 

 詰まらなそうな表情で一口食べた後、苦い顔をしてあの人は尋ねます。そしてあの人の質問にまだまだ幼い私はその意味を理解せず満面の笑みで答えていました。今思えば心底残酷な行いでした。

 

『そうか……そうだよな、お前にとっては俺の苦しみなんてどうでも良い事だよな?』

『えっ……?』

 

 私が疑問の声を上げて料理からあの人の方に顔を向けました。どすっ、とあの人はテーブルに倒れていました。その腹を光条が貫いておりました。

 

『な、何…が……?』

 

 私は恐る恐る、信じられないものを見るように呟きます。

 

『そうやって貴様は……俺の弱みにつけこんで……俺を盾にして……俺に戦いを強いたんだ……!!』

『あっ………』

 

 テーブルに倒れたあの人は吐血しながら、苦しそうにうめき声を上げながら怨めしそうにそう私を糾弾します。そしてその意味を私は理解していました。私はその幼い表情を歪ませます。

 

 そうです。世界を憎み、蔑み、絶望していたあの人は最初は生きるためだけに私を買ったはずでした。ですがいつしかあの人は自分のためではなく奴隷であるが故に唯一の味方であった私のために戦うようになりました。そして、今にして思えばあの人が偽りの決闘で破れた時、私のあの人にかけた声があの人自身の運命を定め、呪いをかけたのです。

 

『そ、そんな事……私はただ……!!』

 

 あの時、私は下心があった訳ではありません。純粋に私を救ってくれたあの人のために、私を守ってくれたあの人のために、その壊れそうな心を支えるためにあの言葉をかけ、抱擁したのです。

 

 ですが……同時にそれがあの人を縛る鎖になったのも確かなのでしょう。

 

『そしてその果てがあの様なのよ。ふふふ、良い気味だわ』

 

 気づけばあの人の背後にその女神は立っていました。私は目を見開き絶句します。あらゆる者を嘲り、見下し、弄ぶ邪悪なる女神はそんな私を愉快そうに見やりました。

 

『愚かな娘!何も想像していなかったのかしら?私達神々は寿命で死ぬ事はないわ。けど、あらゆるものには必ず始まりと終わりがあるものよ?つまり、終わるのはほかの神々に殺される時……新参者の神である貴様達がこの私を殺したようにね。そして私が長い生で積み上げた業の果てに討たれたように、貴方達もあの時、これまでの行いの対価を支払ったのよ』

 

 はっはっはっ、と私達が初めて打ち払った女神は心から嘲笑するような声を上げます。

 

『っ……!私をっ……!私達を貴方と同じにしないで下さい!私達は……!!』

『精霊共の願いに答えて戦った?あははっ!これは傑作だわっ!本当に愚かな神よねぇ!貴方達はっ!!』

 

 涙が零れる程に邪悪な女神は高笑いします。

 

『別にそんな事する必要ないじゃないの?貴方達の世界を守るためだけなら兎も角、態態見ず知らずの世界のために何故戦うのかしら?あんな羽虫共の願いを聞いてまで?ましてやそのために同じ神を殺すなんて狂ってるわ!』

 

 かつてなら怒り狂ったであろう女神の台詞を、しかし今の私には……神となった経験のある私には彼女の言いたい事が分かりました。分かってしまいました。

 

 人が家畜を殺すのと同じです。人はそのつもりになればパンと野菜だけ口にしても生きていけます。しかし人々は味を楽しむために家畜を育て、魔物を狩り、肉を食べます。彼女達からすれば下等な世界を滅ぼして経験値を貯める事はそれと同じなのです。豚に同情する人はいません。女神にとっては寧ろ懇願する豚を守るために同じ神を殺す者達こそが異常に見えるのでしょう。

 

『全ての業は巡り巡る訳ね、たかが豚共を滅ぼした私が報いを受けるなら、同じ神を殺した殺神者共が滅びるのは寧ろ必然な訳。分かるかしら、愚かな奴隷の小娘?』

 

『……!!』

 

 私は怒りに震えなら女神を睨み付けます。

 

『あらあら怖い顔して。これだから只人から神になったばかりの蛮神共はっ!』

 

 女神は私に心底侮蔑した表情を向けます。そして警告するように語りかけます。

 

『貴方も曲がりなりにも同族なら覚えておくことね。神である以上、身勝手するのは良いけれど、物事の優先順位くらいつけたらどうなの?世界を巡り、救う事は其ほど大事なのかしら?貴方にとってそれは一番必要な事なの?それと……いつまでそれを放置しておく気?』

 

 その言葉に私はようやく倒れるあの人に駆け寄ります。もう冷たくなって生気の感じられない身体を抱き締めます。そして必死に私はその名前を呼び掛けて………。

 

 

 

 

 

「ナオフミ様っ………!!?」

 

 私は悲鳴を上げながらベッドから飛び起きました。

 

「はぁ…はぁ……はぁ………?」

 

 汗びっしょりで息を切らしながら、私は恐る恐る周囲を見やります。そこはベッドが一つにテーブルと椅子があるだけの質素な部屋でした。ベッドの傍にある窓からは日差しが差し込み、既に商人達が朝市を開き、子供達の笑い声が聞こえます。

 

「夢……ですか……」

 

 私は深い息を吐きます。どうやら嫌な夢を見ていたようです。

 

 すると、部屋の扉のノックが鳴ります。嗄れた老女の声が扉越しに響きます。私が返事すると扉が開きました。

 

「おやおや大丈夫かいお嬢ちゃん、随分とうなされていたみたいだけど……」

 

 声に相応しい歳の老女が朝食を持って入室してきました。この宿の女将さんです。

 

「いえ、少し嫌な夢を見てしまって……問題はありません。ご心配をお掛けして申し訳ありません」

 

 私は謝罪するように頭を下げます。

 

「いやいや、良いのじゃよ?お嬢ちゃんは冒険者なのじゃろう?仕事柄そういう事もあろうて。じゃが、無理は禁物じゃよ?」

 

 冒険者は魔物退治や盗賊退治もしますし、その中で命に関わる事や仲間を失う事もあります。その結果悪夢を見る方も少なくありません。女将さんはどうやらそちらの方向に勘違いしてくれたようです。

 

「はい、気を付けます」

 

 態態それを訂正する必要もないでしょう、私は笑顔で礼を言って食事を受け取りました。

 

 この世界に来て約一年、私は再度身分けをした後、片方を秘密基地に残して片方は伝手を作った行商人達と共に相乗りする形でメルロマルクの国境を抜けゼルトブルへと辿り着きました。無論、その頃には私のレベルは40近くまでなり、体つきも十代後半になっておりました(予定通りサディナお姉さんのようにボンキュッボンです!)。

 

 その後冒険者ギルドに加入して冒険者となり、今は依頼をこなして資金を稼ぎつつこのゼルトブルの一角の宿屋の世話になっております。流石金と実力が物を言うゼルトブルです。ギルドも商人も余り私について深掘りして来ないので助かります。

 

 顔を洗い、歯を磨いた後自室で女将さんの用意してくれた朝食を頂きます。パンに野菜とフィロリアル肉のスープ、ウサピルの干し肉、付け合わせのサラダと言うこのレベルの宿屋でしたら標準的な料理内容です。

 

「四聖と七星の精霊よ、今日の世界からの恵みに感謝致します」

 

 私は標準的な四聖教徒の食事に向けた祈りを捧げます。尤もこの手の祈りは歴史ある四聖教の信徒のみが行うものです。盾教や三勇教も四聖教から分裂していますので、この手の祈りはしません。とはいえ代わりに盾だけや三勇者を称える訳でもなかったりします。宗教問題は結構根深いものでして、独自の祈りなぞすれば四聖教の総本山たる教皇庁に睨まれます。ですのでメルロマルクやシルトヴェルトでは独自の祈りよりは寧ろ祈らずそのまま食べる場合が多いようです。

 

 私は別に四聖教の熱心な信者ではありませんが、敢えてこの祈りを行います。四聖教は世界最大の宗教ですので、国教としている国も多いのです。私の身元を隠すためにも敢えてその信者であると見せかけた方が良いと考えてそうしています。

 

 丁寧に食べ終わり私は下の階の女将さんに皿を返却します。そして武器として登録している「刀」を手に取り私は外出しました。

 

 冒険者ギルドは今日も人で賑わいます。冒険者のパーティーが依頼書を手に取り受付に申請していきます。

 

私はそんなギルドを見ていきます。

 

「やぁラフタリアちゃん、どうだい?今日も俺と一緒に依頼を受けに行かないかい?」

 

 背後から粘りけのある声が聞こえます。私は吐き気を抑えて人当たりの良い笑みを浮かべて振り向きます。

 

 そこにいたのは数名の女性を侍らせた端正な顔立ちの冒険者でした。尤も、その笑顔は軽薄でしたが。

 

「ええ、いいですよ?ユウヤさん」

 

 ですから私も軽薄な笑顔でゴキブリに対して返答をしたのです。




これから毎日神の尖兵を焼きに行こうぜ?
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