盾の奴隷は愛に狂う   作:鉄鋼怪人

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第六話 狸娘は勇者を始めるようです

 深夜、シルトフリーデンの首都に置かれた盾教の大聖堂、その一角に「槌」の七星武器は岩にめり込む形で鎮座している。

 

 何故盾教の聖堂に「槌」の七星武器が鎮座しているのか?七星教会の聖堂にあっても良いのではないか?という意見は時たま見られる事である。そこについては複雑な歴史的推移がある。

 

 現在の世界宗教たる四聖教も七星教も、最初からそのままの形で成立した訳ではない。多くの人々は忘れ去っているが、元々四聖武器はそれぞれ別の世界の聖武器であり、七星武器はそれぞれ二つずつが聖武器に従属する眷属器であった。世界融合現象によりまずは盾と弓、剣と槍の精霊が守護する世界がそれぞれ融合する事になる。そしてその後は盾と弓の世界と剣と槍の世界が一つとなった訳だが、それによりそれぞれの世界の住民は自らが崇める物とは別の聖武器、ひいては神を崇める世界と遭遇し、それは当然の如く宗教戦争に繋がった。

 

 結果として時の四聖勇者達による相互理解の努力によりその宗教戦争は終結し、各世界の聖武器を崇める教団の合併が四聖教の成立となり、四聖勇者を等しく守護する大国フォーブレイの建国に繋がる。

 

 四聖教の成立と共に七星教も成立した。正確に言えば八つ目の「馬車」も極初期には崇められていたが、長い歴史とそれによる戦火と混乱によっていつしか忘れ去られていった。

 

 四聖勇者の召喚権限、そしてそのための触媒である聖遺物がフォーブレイ王国とその庇護を受ける四聖教の教皇庁の管轄となったのは、建国期の第一回世界会議——これは現在に至るまで伝統として続いている——で決められた事だ。同時にこの会議により七星武器に関しては元々の世界の列強諸国の管轄となる事が決められた。これは四聖勇者を独占するフォーブレイ王国に対するカウンターパワーを列国が望んだ結果であり、当時の賢明なるフォーブレイ首脳部が後世に起る可能性のある自国の腐敗と暴走を危惧しての決断であった。

 

 このような経緯があり、「盾」の従える眷属器たる「爪」と「槌」は時の列強国シルトランの手に渡った。そしてシルトランには四聖教や七星教が成立する以前より盾とその眷属器を崇拝する独自の宗教があった。彼らにとって三つの武器は盾を頂点とした三位一体の存在であり、新興宗教である七星教会——しかもほかの武器と同列扱いである!——にそれを置くなぞ言語同断であった。

 

 結果として四聖教の様式へと改修された彼ら独自の教団の大聖堂には、しかしその後も「爪」と「槌」は祭られ続ける事になる。そしてそれはシルトランの滅亡と後継国たるシルトヴェルトの成立、シルトフリーデンの分裂と「槌」の譲渡を受けた後もその伝統は続き、多くの亜人達にとっては盾教の教会に「爪」と「槌」が置かれるのは理由こそ分からぬものの変える事も許されない伝統と化していた。

 

 建国から歴史の浅いシルトフリーデンに建設された真新しくも巨大な盾教の大聖堂、そこに安置される「槌」……正確にはそれに宿る精霊は近い将来起こるであろう世界融合現象……通称「波」に対抗するべく自らの所有者の選定を行っていた。この世界、更には星の数程ある異世界にまでその手を伸ばして自らを扱うに相応しい人物を探す。

 

 既に「杖」と「鞭」は自らの主を見つけている事は気配から分かっていた。だが「杖」は所有者が劣化の一途を辿り頼りなく、「鞭」は所有者が決まって以降謎の沈黙を続けていた。理由は不明だが、もしかしたらよからぬ事が起きているのかも知れない。最悪「杖」と「鞭」は戦力外として考えるほか無いだろう。

 

 「槌」の精霊は候補者に吟味に吟味を重ねる。それだけ今回の「波」が危険なのだ。今回の「波」はこれまでとは訳が違う。下手をすればこの世界が悍ましき「神」に食われてしまう。故に「槌」はこれまでで最も優れた者を自らの主とするつもりであった。

 

「……これですね」

 

 ふと、「槌」の精霊は目の前に誰かが佇んでいる事に気付いた。挑戦者……?精霊が怪訝に感じた次の瞬間だった。その者が「槌」を掴んだ瞬間に半強制的に自らの所有権を強奪された事に。

 

 同時にその者の体から淡くではあるがこの世界の者に非ざる力が宿っている事に気付く。即ちそれは神の力であった。まさか……!

 

「残念ながら違いますよ、私は貴方の正式の所有者です。正確にはこの世界と限りなく同じ世界、というべきかも知れませんが……」

 

 同時に精霊はその者の記憶を読み取りその事情を全て理解する、と共にどうするべきか困惑する。だが……元神の少女はそれを許さない。

 

「拒否は許しません、それともここで私に抗い無駄に力を消費しますか?貴方も理解しているでしょう、私の手にあるのがこの場では最善である事を」

 

 その返答に「槌」の精霊は思い悩む。確かにある意味では最善かも知れない。だが……。

 

「ああ、じれったいですね、さっさとして下さい。ここからは時間が命なのですから。……それともお仕置きが必要ですか?」

 

 冷え込むような声は脅しではない事を精霊は理解した、同時に決断する。「槌」は抵抗を止め目の前の元神を自らの所有者として渋々認めた。同時に彼女のステータス画面に文章が現れる。

 

 

 

カースシリーズが解放されました!

 

貪欲の槌の条件が解放されました!

 

憤怒の槌の条件が解放されました!

 

色欲の槌の条件が解放されました!

 

 

 

 ステータス画面の文章を読み終えると一瞬新たな槌の勇者は不快そうな表情をして、しかしすぐに自虐的な笑みを浮かべる。

 

「……これはこれは、随分と失礼な精霊ですね。これではまるで魔王扱いではないですか?尤も………」

 

 一旦言葉を切って槌に触れる少女。

 

「……ナオフミ様のためになら私は魔王にでもなりますが、ね?」

 

 覚悟を決めた、それでいてどこか歪んだ笑みを浮かべ、槌の勇者は大聖堂から立ち去った………。

 

 

 

 

 

「ふむ、また地方で暴動か。全くこれだから無知蒙昧な貧民共は……」

 

 闇も深くなったシルトフリーデンの首都、その首長府に座る国家第一主席ネリシェンはテーブルの上に置かれた書類を読んで吐き捨てる。

 

 対外的には自由と平等を謳うシルトフリーデンであるが、その内実は極端なある種の資本主義と自由放任主義に基づいた格差社会でもある。四大亜人の一つであるアオタツ種を中心とした一部の富裕層が国家の運営と富を独占し、それ以外の国民は決して裕福とは言えない生活に甘んじていた。

 

 いや、それでも流石に暴動が起きる程ではないのだが、ここ数年程シルトフリーデンの格差は更に拡大の一途を辿っていた。その一因がフォーブレイの企業の進出や数年前に国家第一主席となったネリシェンの存在にあるのだがそれを知る者は極僅かだ。

 

 ネリシェンはその美貌を醜く歪ませて暴動参加者を弾圧するように書類に記述する。実際はこれだけで命令が実施される訳ではないが、既に議会は彼女の傀儡に近い。一部の抵抗勢力が残っているものの、陥落は時間の問題であった。

 

 彼女がここまでシルトフリーデンを支配出来るようになった背景として、フォーブレイの鞭の勇者の助力も多分にあるが、それと同じ程に彼女の実力と性格による所も大きい。

 

 ハクコ、シュサク、ゲンム、そしてアオタツ………古の昔異世界から遣わされた勇者によって名付けられたとされる四大亜人達は自らこそが亜人の代表であるという誇りがある。そしてネリシェンもまたそのような環境で育ってきた。有象無象のほかの亜人達は所詮は自分達の命令に従うべき家畜でしかない。

 

 特に彼女の場合はアオタツ種の中でも純血主義を奉じる特に過激な一族に属しており、そこに生来の才能もあって傲慢に育った。加えてそこにシルトフリーデン上層部の神竜信仰も合わさり、本来ならば信仰するべき勇者……しかも盾の勇者すらも軽視する価値観が生まれていた。

 

「ふん、卑しい虫けら共め。誰のお蔭で生きていけると思っているのだ?ここは一つ懲罰を加えてやらんとな」

 

 窓から見えるシルドフリーデンの町並みを睥睨し、ネリシェンは心底蔑むようにそう口にする。まずは暴徒共の処刑を行い、そして……。

 

 そこまで考えていたネリシェンは窓から反射する人影に、気づいた。うん?と後ろを振り向く……と同時に彼女は壁に叩きつけられた。

 

「あ、やはりカースを使っても今の私では一撃でとはいかない見たいですね。まぁ仕方ありませんか。腐ってもレベルの限界突破しているようですから」

 

 壁に叩きつけられ、そのまま床に落ちるネリシェンは混乱する。何があった?この私が床に倒れている?馬鹿な、私はアオタツ種……しかも竜帝の力で限界突破をしてレベル200近いのだぞ!?その私が……!?

 

 彼女は反撃に出ようとするが出来なかった。既に四肢は第一撃で肉が潰れ、骨は砕かれ、内臓にまで損傷が及んでいた。床には既に大量の血によって池を作り出している。視界は暗転していた。明らかに危険な状況だった。

 

 慌てて助けを呼ぼうとするが声が出ない。それどころか動く事すらも。

 

 状態異常……沈黙と麻痺によりネリシェンは動く事も助けを呼ぶことも封じられた。

 

「腐ってもアオタツ種ですからね、貴方は吸収させれば結構良い槌や素材が出るのですよ。それに貴方の隠しているお金もかなりの額みたいですから、投擲具の強化法に利用するのに調度良いのです」

 

 それだけでなく、下手に生きてもらうと「槌」の所有者を捜索するように命じる可能性もあった。所有者が決まった事が知れる前に始末してしまい、シルトフリーデン上層部には逃げ切るまで混乱してもらわないといけない。そして何より……。

 

「貴方無駄にスタイルが良さそうですよね?それは私への当て付けですか?本当にムカつきますね。まぁ取り敢えず………さようなら」

 

 ラフタリアはそう語りネリシェンに容赦なく「槌」を振り降ろす。半死半生のネリシェンが最後に見たのは禍々しいオーラを放った槌が自身の顔面に迫る光景だった。

 

 その後暫くして偶然「槌」の七星武器が消えていることを確認したシルドフリーデンの政府職員が首相府に飛び込み、国家第一主席の執務室に報告に向かった。だが、そこにあったのは床に広がる真っ赤な血痕と、中身が消えた金庫だけであったという…………。




槌の精霊「うわぁ、やべー奴が所有者になっちまった」

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