「クラッシュハンマーⅢ!!ライジングハンマーⅣ!!」
『グオオオォォォ!!??』
人里離れた森の中で私は魔物の群れを屠って行きます。今の私はレベルにして90、しかも十二の強化方法を全て実行しております。たかが魔物に負ける道理がありません。
『貴様かっ!我の領地を荒らす者はっ!!』
と、粗方の魔物を殺戮し終えると天から巨大なドラゴンが現れます。どうやらこの辺りのボスのようですね。漸く出てきてくれましたか。
『ぬっ……貴様、もしや勇者かっ!!』
「はい、失礼ですが貴方の持つ竜帝の欠片を頂戴したいと思いまして……素直に献上していただければ命までは取りませんよ?」
次いでに溜め込んでいるだろう財宝も欲しいですね、強化方法の中で投擲具の強化方法だけは面倒なので。
『ほざけ!!欠片が欲しければ力づくで奪ってみるが良い勇者よっ!!』
唸り声を上げながらドラゴンは火炎のブレスを吐きました。恐らく有象無象の冒険者であれば一撃で焼き殺されるブレスを私は大きく跳躍して避けます。
「そうですか、では……さようなら、トールハンマー!」
間合いを詰めた上で放たれた私の渾身の一撃の前にドラゴンは即死しました。巨大な身体が地面へと墜ちます。
「ではセバスさん。とっととそれの竜核を食べてしまって下さい。私はその間に巣穴に向かいますので」
私は地面に佇む中古のドラゴンに命じた後急いで巣穴に駆けました。そこそこ強いドラゴンなだけあって結構財宝も貯めているようでした。では全て武器強化に使ってしまいましょうか?
財宝を、粗方槌の強化のために使いきり外に出るとスーツを着た一人の老紳士が恭しく私に頭を下げて待っておりました。ですがその背中からは翼が生え、下半身からは刺の生えた尻尾がありました。
「セバス、今回の物はどうでしたか?」
「はい、残念ながら大した記憶は御座いませんでした」
「そうですか……ではやはりフォーブレイの蜥蜴の欠片が必要不可欠ですね」
私は思案します。とは言え幾つか分け身に経験値稼ぎをさせて、更にセバスを含めてもあのタクトの軍勢を正面から殺るのは今の私では結構難しいです。この時点であの無駄に胸ばかり発育の良いアオタツがレベル200程なのですから、雑魚も最低でも100は超えているに違いありません。まだ手を出すべきではないでしょう。
はぁ、と溜め息をついた後に私はセバスを一瞥します。竜核の欠片の保持者として、私は魔物商より頂いた中古の老飛竜を選びました。卵や若いドラゴンは高いですし、無駄に性欲が高いので扱うのが面倒なのです。ガエリオン(父)を選ぼうかとも考えましたが槍の勇者のループを聞く限り勇者になる前の私の話を聞くか怪しいですし性格も少し面倒です。フィロリアル?フィーロには悪いですが私はナオフミ様と違い酔わない体質ではありませんので……。
そうなると安く、性欲が枯れて扱いやすく、魔物紋を刻める老竜であるこのセバスが丁度良いのです。下手に前世に面識もないのでいざと言う時に使い捨ての駒としても呵責が無いのも都合がよいですね。
「さて、ではそろそも行きましょうか?次の魔物商との面会もありますので」
「イエス・マイロード」
淡々と私が命じれば老紳士は変化を解いて全長一〇メートル程のドラゴンに変化します。買った頃は今にも死にそうな四メートル余りの飾り気のない老竜だったのですが……気付けば全身に棘を生やして毒のブレスを吐くようになっていました。やはり勇者の成長補正は便利ですね、レベルリセットして正解でした。
平伏するように頭を下げるセバスの顔を踏みつけ、そこから首を通って背中に辿り着きます。丁度体を支えるのに持ってこいの場所に生えた棘を掴み合図を送るとセバスは私が揺れないように飛び立ちました………。
「そう言えば聞きましたか?シルトフリーデンの代表が暗殺されたという話を」
「ああ、そんな話もありましたね?」
ゼルトブルの一角のテントで私はセバスを控えさせ(当然ですが人型に変化しております)、背の低い小太りの男と歩きながらそんな会話をします。シルトフリーデンの代表が謎の死を遂げたのは直ぐ様シルトフリーデンやフォーブレイの新聞社により世界に知れ渡りました。しかもそこにこれまでの代表の不正や贈賄の証拠付きとなれば話題にもなりましょう。
「しかもこれはトップシークレットなのですが、シルトフリーデンの盾教大聖堂から槌の七星武器が消えていたと言うのですよ。四聖教と七星教はこの事に箝口令を敷いているそうで、フォーブレイの王宮では対応にてんやわんやだそうです」
誰が勇者に選ばれたのか、というのも問題ですが、何よりもタイミングから見て槌に選ばれた勇者がシルトフリーデン代表を殺害したのではないか?そんな疑惑が流れているようでした。しかも下手に代表の醜聞付きですから、下手人たる勇者をどうするか?という事で困惑しているそうです。
「鞭の勇者が捜索に志願したそうですがフォーブレイ王が差止めたとか」
それよりもシルトフリーデン代表の不正について追及するべきと命令したと言います。この時期のタクトではやはり豚王さんには歯が立たないようですね。
「私にとっては縁も所縁もない話です。所詮私は只の冒険者ですから」
私は肩を竦めてそう答える。私のアリバイは完璧です。身分けによって槌の勇者となるのとほぼ同時期に私はゼルトブルでクラスアップを果たしています。普通は一人の人物が二か所に同時に存在するなどという芸当は出来ません。
しかも今は一旦融合して人前で鉢合わせする事がないようにしております。そこに槌をアクセサリーハンマーに変えて小さくし、刀を腰に掛ければ(戦闘に使わなければこの程度なら精霊を脅迫すれば可能です)まず私の犯行とは誰も思いやしません。
「只の冒険者……まぁ、そういう事にしておきましょう。我々としてもそういう事にしておいた方が色々とやりやすいですからな」
魔物商兼奴隷商はにたにたと悪どい笑みを浮かべご機嫌そうにします。まぁ、彼からすれば同業者の間でも問題を起こす事で有名だった冒険者パーティーやら賄賂がなければ禄に国内で商売もさせてくれないシルトフリーデン代表が消えてくれたのですから当然です。本当に幸運な事ですね。
「そうそう、御注文の品でしたな。漸く見つけましたよ」
思い出したように奴隷商は私に語ります。
「ハクコ種の剣奴、それも病気の妹付きを探すようにでしたな。子供ですが……宜しいのですかな?」
「ええ、構いません」
寧ろそうで無ければ困ります。
「そうでございますか。こちらになります」
奴隷や魔物の閉じ込められた檻を通り過ぎ、周囲とは隔離された一角に向かいます。病気持ちの奴隷の置き場所です。
「少し待って下さい」
一つ、ナオフミ様のやり方に倣いましょう。
私は檻に近付いて病を患う奴隷達に近づくように手招きします。
皆さん一瞬嫌がりますが、後ろに控えるセバスが差し出す荷物入れから薬を受け取り目の前でぶら下げますと喉から手を出すように群がります。はい、槌により付加効果を与えた物ですが、元はそこら辺に生える薬草で作った安い治療薬です。
「欲しければ口を開けなさい」
と、先頭にいる子供の奴隷の口に治療薬を飲ませます。薬効果範囲拡大(小)により周りに群がっていた病持ちの奴隷の皆さんにも効果が行き渡ります。安くても治療薬。しかも薬効果上昇が掛っていますから大抵の病気でしたら完治する事でしょう。
「おお……」
「奇跡だ……」
どうやらすぐに効果が出てきたようです。奴隷の皆さんの血色がみるみる良くなっていきます。流石にナオフミ様のそれに比べれば効果は落ちますが……。
病気が完治した奴隷達は私を崇拝するように見ています。きっとナオフミ様に薬を頂いた奴隷達も同じ目をしていた事でしょう。そして恐らく私も………ああ、ナオフミ様、早くお会いしたいです。
因みにこの行為は善意と言う訳ではありません、奴隷商に借りを作った方が得と考えただけです。この方は記憶から言って抜け目が無い方ですからね。
「ふふふ、まさか廃棄処分予定の奴隷を……流石で御座いますなぁ」
「代わりに今後とも色々融通を利かせて下さい。……それでは行きましょうか?」
奴隷商と共に最奥の檻に向かいます。案内された牢屋には一組の亜人の男女……いえ、兄妹が入れられていました。叫び声が響きます。
「な、なんだよ! 仕事ならちゃんとしているだろ! 何しに来たんだ!」
一人は十歳前後の男の子でした。見た感じだと健康そのものですね。その反対に女の子の方は横になっていました。暗くて良く見えませんが藁と毛布を敷いて安静にしています。
「ケホ……ケホ……」
女の子の方は咳をしております。
「………!」
私は何とも言えない気分に襲われます。私はこの兄妹をよく知っておりました。懐かしさすらありました。尤も兄の方は私を敵意を持って睨みつけ、妹の方は包帯塗れではありますがどこか怯えています。目は見えない筈ですが、恐らく気配で私の危険性は理解したのでしょう。私は静かにするようにアトラさんの方に殺気を飛ばします。
「御注文通り双子のハクコ、兄の方はレベル20、剣奴としての成績も上々、妹の方は遺伝性の病を患っており、目も見えず、歩けず、病弱で余命幾ばくもありません。ですが兄の方は妹をそれはもう大事にしております」
面白そうに笑みを浮かべながら奴隷商は説明します。
「一括で払いましょう。……金貨30枚もあれば十分ですね?お釣りはいりません」
「ほぉ……負債同然の妹もセットですので……少しお安く致しますが宜しいので?」
「構いません、これが私にとってのこの奴隷達へ付けた金額です。……不服ですか?」
「……いえ、商人としては商品に利益が出れば問題は御座いません」
むふふ、と言って奴隷商は荷物入れから代金を取り出すセバスから購入費と手数料を受け取ります。
「さて、そういう訳です」
私は体を仰け反らせて、冷徹な視線でハクコ種の双子を見下ろします。妹は不安そうにし、兄はそんな妹を庇うように立ち塞がります、がまだ幼くレベルが低い事、何より私の放つ殺気に流石に恐怖があるのか足が震えていました。
「今から私が御二人の主人となりました。金貨30枚を支払ってです。この意味は分かりますね?」
そして私は兄の方に懐から出したユグドラシル薬剤を見せつけます。
「さぁ、問います。これからは御二人共どのような命令であろうとも一切の迷いなく、確実に果たすと。その覚悟があれば……この薬を差し上げましょう。返答は?」
そう言って、私は二人に選択を迫ったのでした………。