盾の奴隷は愛に狂う   作:鉄鋼怪人

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第八話 狸娘は強欲に突き進む事を決心したようです

「さて、そろそろ力の差と言う物が理解出来ましたか?駄犬?」

『グッ……グゥゥゥ』

 

 私はズタボロになった状態で地に平伏す巨大グリフィンの嘴を踏みつけ、尋ねます。おや?前回もこんな感じで始まった記憶があるのですが……まあ、良いでしょう。

 

 さて、シルトヴェルトとメルロマルクの国境の山岳地帯を巣にしていたグリフィンの族長ですが所詮魔物は魔物、勇者に勝てる道理なぞありません。グリフィンの半数は私に、残る半数は私の後ろで肉を貪っているセバスによって壊滅しました。

 

 因みに同じく後ろであわあわと困惑しているフォウル君には戦闘はさせていません。今回の戦いはあくまでも私の実力を見せつける事と彼のレベリングのためです。「奴隷使いの槌」による奴隷の成長補正欲しいですからね、レベルリセットして連れて来ました。

 

『我が一族がこれ程……これ程あっけなく………』

 

 足蹴にしていたグリフィンが信じられない光景を見るように呻きます。絶望しているようで悪いですが私としては相当手加減しているつもりなのですが……まぁ、最大強化した勇者の前には亜人の四大種族も、大抵のドラゴンやグリフィンも雑魚ですから仕方ない事です。所詮これらは遡ればかつての勇者達が「波」等の災厄に備えて捨て駒や足止め役に作ったような存在ですからね。被造物が創造主に勝てる道理もありません。

 

まぁ、そんな事はどうでも良くて………。

 

「力の差はご理解頂けましたね、犬擬き?さっさと溜め込んだ財宝を差し出して下さい、後貴方方は今から私の下僕です。分かりますか?」

 

 ドラゴン程に無いにしてもグリフィンもそれなりに財宝や古代の武器や魔法薬を貯め込んでいます。恐らくは大半がタクトの元に流れたと思うので、その前に私が世界のために使ってあげましょう。それに捨て駒程度にしかなりませんがグリフィンの群れを戦力に加える事が出来るのも喜ばしい事です。あ、ちゃんと裏切らないように隷属の契約はさせますよ?

 

「それと……ああ、そこで縮こまっている物も頂きましょう、宜しいですね?」

 

 そう言って私が視線を向けるのは、巣の入り口でガクブルと震える少し小柄のグリフィンです。その姿に見覚えがあります。少し記憶に比べて小柄ですが、確かタクトの所にいたグリフィンですね。最後はフィーロに首を圧し折られていた筈です。名前は確か………。

 

『なっ!我が娘をっ……!アシェルを連れていくだと……!』

 

絶望と怒気を綯い交ぜにした表情でボスグリフィンは叫びます。ああ、確かそんな名前だったかも知れませんね。

 

「何か問題ありますか?」

 

 私は塵を見る目で足元で騒ぐ駄犬に殺気を浴びせます。途端に黙り込みました。いいじゃないですか、どうせこのままですとフィーロに首を折られるか、槍の勇者のエアストジャベリンで頭が吹き飛ぶだけなんですから。だったら私が再利用してあげた方が世界や本人のためにも良いですよね?

 

 レベルだけしかないタクトのせいで雑魚でしたが、グリフィン自体の潜在能力はフィロリアルやドラゴンに並びます。適切に躾けて育てればそれなりの戦力にはなってくれるでしょう。というよりもならなければ殺処分ものです。

 

『ひぃっ!?ち、父上えぇぇ……!』

 

 私が微笑みながら子グリフィン……確かアシェルさんでしたっけ?に顔を向けます。何故か化物を見るように恐怖しながら涙目で父親に助けを求めました。失礼な駄犬ですね。飼い始めたらまずは礼儀を教えてあげないといけませんね。

 

『………』

『父上っ!?』

 

 娘の懇願に対して父グリフィンはそっと目を逸らしました。完全に娘を見捨てています。諦めて下さい、もう貴方の処遇は決定しました。

 

「………」

 

 フォウル君が死んだ目で子グリフィンを見つめています。これは……仲間を見る目ですね。可笑しいですね、フォウル君には結構配慮と思いやりを持って接している筈なのですが……少なくとも子グリフィンやセバスと違って捨て駒にはしませんから安心してくれて良いのですよ?

 

「まぁ、そういう訳です。これから宜しくお願いしますね、アシェルさん?」

 

 私は飛び切りの笑顔を向けてそう呼びかけました。絶望に凍り付いた表情でアシェルさんは頷きました。さて、では最高位の魔物紋を刻む必要がありますね、魔物商に依頼しなければ………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 まぁ、ほかにもやるべき事は沢山あります。例えばバイオプラントの回収がありますし、フォーブレイ近郊に特に多い神の尖兵たる転生者や転移者、後おまけのビッチ女神さんの分け身も一緒に気配を消しながら一人ずつ葬っていきます。少し面倒なのが憑依者で、肉体事滅却する訳にもいかないので闇夜に紛れて憑依した魂だけ切除、その後にソウルバキューマーに食べさせるか私自らソウルバキューマーハンマーで消し去ります。

 

 後ラトさんについては……どうやらまだフォーブレイを追放はされていないようですね、残念です。追放された後はセバスとアシェルさんを弄りまわして改造して欲しいのですが……。

 

「問題はあれ、ですね………」

 

 ゼルトブルの郊外に購入した家(名義は冒険者としての私とは別です)で私はテーブルの上に開いた地図を睨みます。勇者となり、レベルを上げ、駒を揃えました。神の尖兵たる転生者・転移者については面倒な者から優先的に葬り去り、残るのは雑魚ばかり。タクトについても今ならばどうにかなりそうです。竜帝を速攻で消せば後はどうにでもなりそうです。所詮レベルだけの転生者ですからね。

 

 あ、言い忘れていました。この前三勇教から四聖武器の模造品と短剣は偽物にすり替えておいたのでした。偽物に注がれる魔力は私の方に行くようにしてあります。両方貴重な武器ですからね、私とナオフミ様のために再利用してあげませんと。ふふ、いざと言う時にがらくたに命がけで魔力を注いでいたと気づいた時の表情が楽しみですね。

 

 さて問題は迷いの砂漠のこと、プラド砂漠です。あそこには世界中から経験値を搾取しているシステム経験値があります。伝説の武器が大量に溜め込まれていますし、槍の勇者のループが正しければ尖兵共をこの世界に送り込む補助もしている筈です。出来れば今後のために早急に潰しておきたいのですが………。

 

「槍の勇者の話では最大強化した四聖勇者相手でも相当粘るようですからね………」

 

 尤も、準備さえ出来れば問題ありません。ですが行うならばナオフミ様のために活用したいです。そのための手段は講じておりますが……。

 

「ラフタリア様、そこにいらっしゃるのですか……?」

 

 ふと、後ろから声がします。振り向けばそこには銀髪の美少女が佇んでいました。

 

「アトラさんですか?余り無茶はしない方が良いですよ、まだまだ体は万全とは言えないのでしょう?」

 

 私は労わるようにアトラさんに言います。外見だけ見れば大昔の記憶いある通り、生前のアトラさんと同じですが、私はナオフミ様とは違います。私が調合した薬ではナオフミ様程の効果は得られません。今のアトラさんは外見こそ健康に見えますが、内側はまだまだボロボロと言って良い有様です。立ち上がる事も余り良くないでしょう。当然戦闘訓練も論外です。まぁ、その分フォウル君が頑張ってくれていますが。

 

「確かに苦しくない、と言えば嘘になりますが……この程度ならば許容範囲ですわ。ラフタリア様にお薬を頂く前に比べれば取るに足らない物ですわ」

 

 瞳を閉じた少女が笑みを浮かべながらそう答えます。私の傍の椅子を手で探して、座り込むと私の方を向きます。

 

「お兄様が御役に立っておりますのに、一番手間のかかる私が何も出来ないのは心苦しい限りです。せめてお悩みのご相談なり、話し相手程度にはなれれば、と思うのですが……お気に召して頂けないでしょうか?」

 

恐る恐るといった口調でアトラさんが尋ねます。

 

「いえ、そんな事はありません。ですが………」

 

 私としては少しアトラさんに含む所があったりします。それは嫉妬と羨望と罪悪感が混合された複雑な物です。私が今こうして二度目の人生を歩み、ナオフミ様を救う準備が出来るのは間違い無くアトラさんのおかげです。

 

 ですがナオフミ様の傍で、ある意味私以上に特別な存在であったアトラさんに少し嫉妬していたのも確かです。ナオフミ様は御優しいですから、自分のために身代わりになって死んだアトラさんに罪悪感があったのかも知れません。一見ぞんざいに扱っているように見えても、私にはそれが分かっていました。アトラさんの無償の、全てを肯定する愛情は長きに渡って神と戦うナオフミ様の心の支えになっていた事を知っています。

 

 そしてあの時……ナオフミ様と共に終わる筈であった私に機会をくれました。そしてそれを知っていながら私はアトラさんをナオフミ様と合わせない事を決めていました。ええ、そうです。私は強欲にもナオフミ様を独占するつもりなのですよ。卑しいものです。本当なら私こそ………。

 

「………ラフタリア様は何かに悩んでいるのでしょうか?」

「……?」

 

突然アトラさんは私にそのように語りかけました。

 

「私は目が見えないのですが、その分相手の心……というべき物でしょうか?そういう物を感じる事が出来るのですわ。初めてお会いした時、ラフタリア様の心を見て驚きました。熱い、灼熱の太陽のように燃え盛っているように感じられましたから」

 

 ………そう言われると思わず槍の勇者のループを思い出してしまいます。私はアレと同類なのですか……。

 

「ですが、すぐにそれ以外の感情も感じました。冷たく、悲しげな、嘆き悲しんでいる感情です。大切な

何か……誰か?それを失って後悔し、自分を責めているような感情です。そして今は何かに苦しんでいるようで……ですので何か悩み事があるのかと思いまして」

 

 アトラさんの指摘は正解です。私は確かに狂おしい程にナオフミ様を愛していますが、同じくらいに本当に会っていいのか、と悩んでいるのも事実です。

 

 私のせいでナオフミ様の運命を変えてしまったのですから当然です。本当ならばアトラさんこそナオフミ様に会う資格がある筈です。それを無視して自身のためにどの面を下げてナオフミ様に会おうというのですか?

 

「はい。昔、私はある方に救われ、そしてその方を愛するようになりました。そして……同じ位その方に対して負い目があります。あの方を不幸にしないためなら、もうあの方に関わらない方が良いのかも知れません……」

 

 それこそ、「波」を鎮めるのは私やほかの勇者に行わせて、ナオフミ様にはこの世界で自由に生きてもらっても良いのです。影からナオフミ様を守り、支えて、自由にしてもらっても……私ならば幾らでもやり様はあります。あの方を救うためにあの方の目の前に姿を現す必要性なぞありません。少なくともアトラさんが会わないならば私も会う必要なぞありません。ですが……。

 

「……それでもその方に会いたい、と?」

 

アトラさんが尋ねます。

 

「……はい。我が儘だとは思います。それでも……それでももう一度あの方にお会いしたいのです」

 

 ナオフミ様を永遠の戦いに引きずり込んでおいてどの面を下げて会いに行くのかとは思います。

 

 それでもやはりあの人の傍にいたいのです。もう一度あの人に名前を呼んでもらって、あの人と旅をして、もう一度あの人と話したい、あの人と食事をして、一緒に冒険して……。

 

「それは間違っておりませんわ」

 

アトラさんが力強くそう言いました。

 

「誰かを愛する事のどこが間違っているのですか?その方を思っているのでしょう?その方に尽くしたいのでしょう?ならば何を迷う必要があるのでしょうか?」

 

アトラさんは続けます。

 

「私も多くの愛情を頂きました。お兄様は勿論、記憶は朧気ですがお父様やお母様にも沢山の愛情を頂きました。私が病気に侵され、迷惑しかかけられないにも拘らずです。尽くされている時にはとても心苦しかったのを覚えています。私なんかのためにって。ですが……同時に嬉しくもありました。私を愛してくれる家族に情けなさで悲しくもありましたが、同じくらい嬉しかったのです」

 

アトラさんは自身の胸元に手を添えます。

 

「私もいつか……もしいつか病気が治れば愛する家族に恩返しをしたいと考えていました。両親はその前に死んでしまいましたが……」

 

そしてアトラさんは焦点の合わない瞳を私に向けます。

 

「ラフタリア様の気持ちは分かると思います。迷惑をかけるかもしれない、それでも愛したいのでしょう?私も迷惑をかけているのを分かっていても家族を愛しておりました。ましてラフタリア様は私と違ってずっとお強い方です。きっと貴方が思う以上にその方のために役に立てる筈です」

 

そして、顔を歪めてアトラさんは続けます。

 

「ですから……余り苦しまないで下さい。ラフタリア様は私の命の恩人です。そのような方が苦しそうにする姿を感じるのは辛いですわ」

 

心底悲しそうにアトラさんは私に語ります。

 

「………そうですね」

 

 その姿にまた別の罪悪感を感じますが、私はそう答えます。アトラさんにはその理由はきっと分からない事でしょうから。それに………。

 

「ナオフミ様………」

 

 アトラさんがそんな風に仰られるとその言葉に甘えたくなってしまいます。その肯定の言葉に甘えて折角芽生えようとしていた迷いは氷解し、再び独占欲と情欲が目覚めてしまいます。

 

 結局、私は身勝手な女なのでしょう。誰かのため、と言いつつ結局は自己満足のため、自分の欲望のために好き勝手しているだけなのでしょう。

 

 それでも……私はナオフミ様を愛しているのです。ナオフミ様を愛し、愛されたいのです。ナオフミ様を独占したいのです。そのためならば!!

 

「例え身勝手だとしても………」

 

 既に私の心からは身勝手さに対する自己嫌悪も、罪悪感も消え失せておりました。

 

 そして、同時に私はふと疑問と共にアトラさんに顔を向けます。そこには盲目の少女が喜ばしそうに笑みを浮かべていました。

 

 そして、私は前世の記憶を思い浮かべます。記憶のアトラさんはナオフミ様の美しい所も醜い所も受け入れ、慈しみ、盲目的に全肯定しておりました。

 

 そして私の記憶のアトラさんと今のアトラさんの笑みが重なります。

 

恐らくは、そういう事なのでしょう………。




原作アトラは命の恩人の尚文を悪事すら全肯定するような性格、では本作アトラの場合は……?

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