白亜の塔。セントラル=カセドラル。
そんな打算まみれの戦闘なのだが、気を抜くことなどできない。相手はおそらく弓の達人。急所を的確に射抜けるだろう。今もすでに構えられている。そして何よりも厄介なのが、
「フッ!」
「このっ!」
走り出そうと足に力を込めたタイミングで矢を放たれる。構えている向き、指を離すタイミング。それらに意識を集中させていたから咄嗟に避けることができたが、体勢を崩された。矢継ぎ早に放たれる第二矢もなんとか躱すが、横腹を掠める。
──チッ! やっぱ感覚が鈍ってやがる!
そしてこの時初めて俺はこの世界の仕様を知った。
一瞬逸らしてしまった視線を戻すと、次の矢を今まさに放とうとしていた。俺はそれを真横に飛ぶことで避け、慣性に極力逆らわずデュソルバートに近づくべく走る。慣性に逆らわないように走っているため大きく膨らむが、むしろそれが好都合だ。
「甘いぞ!」
「なっ!」
先程まで一本ずつ放っていたのに、今は矢を五本構えている。弓を横に向けているため、先程のように横飛びで躱すことなどできない。だが、足を緩めるなどそれこそ自殺行為だ。俺はむしろさらに力を込めて加速する。残り7、8メートルほどにまで近づいたところでデュソルバートが矢を放った。正面に一本、軽いステップで避けようにもその左右にも一本ずつ。そして横飛びしても刺さるようにさらに左右にも一本ずつ。
「ぐっ!」
スライディングの容量で体を低くし、矢の下を通過する。矢とすれ違った瞬間に体を起こし、若干失速した勢いを戻すべく足の指先まで集中して地面を蹴る。残り6メートルほどか。
だが、デュソルバートだって甘くなかった。すでに次の矢を放っていたのだ。五本の矢を同時に放っておきながら、もう一本をすでに手に持っていたのだろう。完全に前へと力を入れたばかりで、避ける余裕などない。
──回避、無理。耐える、不可能。顔面だから。ならば!
「ぬぉっ!」
「なにっ!?」
──掴んで止めるしかない
だが、矢と俺。お互いに向かい合って近づいていた。矢の勢いを完全に止められた時には俺の
怯んだ走る速度を再度加速させ、握っている矢をデュソルバートへの投げ返す。矢投げなどしたこともないし、走りながらだから矢が回転しながら飛んでいく。それがちょうど兜の方に向かっているため、デュソルバートの意識を少しはそらせるだろう。
「ここだ!」
「私を……侮るな!」
「っ! ガハッ!」
人界の守護者──整合騎士。警戒していたつもりだったが、過小評価していたようだ。隙を見出して懐へと入り込んだはずが、デュソルバートにそれを逆手に取られた。俺が肉迫するのに合わせて拳を繰り出し、ノーマークだった俺の腹へと叩き込まれる。その衝撃は凄まじく、先程矢が横腹を掠めてできた傷口から血が吹き出す。俺の体は5メートル飛び、一度地面で跳ねてから転がる。縮めた距離もまた広げられたな。
「ゲホッ、ガハッ! だーくそ……強いな……」
「……貴殿のその勇姿を称え、私も全力を持って応えよう。
──エンハンス・アーマメント」
初めて聞く単語だったが、どうやら必殺技みたいなやつらしい。デュソルバートが矢を構えず、弓だけをこちらに向ける。弓の両端から炎が灯り、弦を燃やす。次第にその炎が広がり、デュソルバートの体まで広がる。本人にはその熱さが伝わらないのか、平然としている。デュソルバートがそのまま弓を構え、こちらに狙いを定める。
「……まさか!」
「ハァッ!」
炎の矢などというファンタジーなものでは済まされない。そもそも矢などとは言えない。炎が鳥を形どり、羽ばたたくように羽を広げて飛んでくる。あれをまともにくらえば確実に殺されるだろう。だが、実体がない以上先程のように掴んで防ぐなどという芸当はできない。避けることもできない。
──だが、諦めるなんてありえねぇ!
──前に進むからこそ物事は解決するだからな!
飛んでくる炎の鳥に向かって走り出す。間をすり抜けることもできない。だが、活路は前にしかない。炎との接触が近づいた頃合いを見計らって斜めへと飛び込む。鳥の脇部分を狙った飛び込みだ。その辺が比較的炎が薄く見えたから。完全回避ができない以上、最小限のダメージで済ませればいい。
炎とのすれ違いによって肩や背中が熱い。軽く火傷はしているだろう。だが、痛みに悶ている時間などいらない。この炎で仕留めきれると判断していたデュソルバートに再度肉薄し、今度は俺の攻撃がデュソルバートに叩き込まれる。炎に包まれた相手に近づくなど自殺行為だし、そこに攻撃を素手で加えるなど持ってのほかだが、俺の覚悟を叩き込むのだから怯んではいられない。
「ぐぅっ!」
「ハァッ、ハァッ……。なんちゃって格闘技じゃこれが限界か」
俺が叩き込んだのは掌底だ。ゲーム風に言えば"ゼロインパクト"。鎧に手のひらをぶつけ、衝撃だけを中に通す技だ。だが俺は格闘家じゃない。見様見真似でやっただけで、デュソルバートを倒せるほどの威力も出せない。膝をつかせることもできない。よろける程度だ。
体勢を持ち直したデュソルバートと入れ替わるように、今度は俺が体勢を崩す。傷口から流れる血が多いせいだ。視界が霞み始めている。天命もおそらく減り続けているんだろう。ようやく感覚を取り戻せてきたというのに、ここで俺はリタイアか。
「システムコール。ジェネレート・ルミナスエレメント」
たしか神聖術だったか。なんで剣でもなく炎でもなく新たに違う神聖術を使ってくるのか。鈍くなった思考ではろくに考えられない。だが、どうやらその術式は、攻撃するためのものではないらしい。デュソルバートの手元から放たれた黄色みのある白い光が、俺の腹部の傷口へと集まる。その光が滞在し、次第に止血されて傷口も塞がれる。
「回復……? なんで」
「私へ一撃見舞えば貴殿の勝ち。そうだろう? 貴殿の戦いぶりを見れば人となりも分かった。だが咎人であることも事実。明日、騎士アリスの下へと案内しよう。少し休むといい」
「……ありがとう、ございます」
「休む場所も案内する。騎士エルドリエのこともあるのでな」
エルドリエ。それが倒れている騎士の名前か。キリトとユージオが倒したであろう騎士。デュソルバートが言うには、何か正攻法ではない手段だったらしい。キリトがそんか手段取るとも思えないんだがな。その辺は本人から話を聞くとしよう。
とりあえず、だいぶ代償があったが目的は達成できた。夜中も夜中だから、アリスに会うのも夜が明けてからに持ち越し。俺はデュソルバートに案内された場所で休ませてもらうことになった。昼寝してたが、戦闘の披露と負傷もあって速攻で寝ることができた。
☆☆☆
「ジーク。起きろ」
「んあ? えーっと、ここは……」
「セントラル=カセドラルだ。忘れたのか?」
「……あー、そっか。思い出した」
思い出した思い出した。俺はセントラル=カセドラルに乗り込むべく壁を登り、薔薇園を抜けたところで、目の前にいるこのデュソルバートと戦闘したんだった。それで、アリスの所に案内してもらえるってなって、それまで寝てたんだった。今はまだ日が昇りたて。4時過ぎってところだろうか。
寝惚けた眼を擦りながら立ち上がり、体を軽く動かす。昨日の傷は塞がっているのだが、痛みは若干ある。むしろあれだけの傷が、若干の痛みを残す程度になっているのは感謝しかない。便利な術式だ。
「早朝ではあるが、騎士たちは起きている。元老長から咎人二名を抹殺するように司令が下ったのでな」
「それを俺に教えていいんですか?」
「問題ない。今は私が見張っており、後に騎士アリスが見張る。貴殿が知ったところでどうすることもできまい」
「たしかに」
携帯もないし、テレパシー能力もない。情報をキリトたちに伝える手段なんてそもそも持っていないのだ。そして、怪しい動きを取れば即刻側にいる騎士に斬られるってわけだ。何もする気はないんだが、気をつけておくとしよう。
昨日ぶっ倒れてたエルドリエは特に心配のいる状態ではないらしい。不幸中の幸いだが、まじでキリトたちは何しんだろうな。絶対に聞こう。
謎に固く決意したところで、50階にたどり着くとエレベーターが下りてきた。ワイヤーとかで吊しているわけでもないようで、どうやらこれも神聖術で動かしているらしい。神聖術って万能なんだな。
「お待たせしました。何階へ上がられますか?」
「80階だ。
「かしこまれました。では参ります」
俺はエレベーター……昇降盤に乗り、辺りを見渡す。謎の光はどうやらレールみたいなものらしく、上下にのみ動けるようになっている。ということは、この光がなければ昇降盤で自由に飛び回れるということだろう。それはそれで面白そうだ。
「名前ってなんて言うんだ?」
「名前は忘れました」
「え?」
「私は"昇降係"です。それ以外に呼び名はありません」
「……おもんねぇな」
「ジーク?」
面白くない。あー、面白くないとも。名前を覚えてない? そしてその事に何も不満に思っていない? なんだその面白味のない話は。要はずっと昇降係って呼ばれるせいで、誰にも名前を呼ばれないせいでそうなったってことだろ。これほどつまらなくて反吐が出る話はないね。
「昇降係は君を特定する呼び名になり得ないぞ」
「そうですか? 100年以上この天職を私がやっていますが」
「ああ。なんせこの役割を担うのが、
「……ですが思い出せることではありません。なので、私に名前が無いことをそれほど毛嫌いするのであれば、私に名前をください」
「わかった。考えとくよ」
少し考え込んだ彼女は、俺の目をしっかりと見てそう言ってきた。こんなことを言う人間は、俺が初めてなのだろう。他にいれば彼女に名前をつけているはずだから。
……つい快諾して名前をつけると言ってしまったが、どんな名前にすればいいのだろう。変なのをつけるわけにはいかないし、アンダーワールドにいる人たちの名前の響きからして欧米風に考えないといけない。欧米風の名前とか考えたこと……、ゲームのアバターぐらいでしかないな。そしてゲーム感覚で名前を決めていいわけがない。彼女も人なのだから。
「到着しました。80階《雲上庭園》です」
「あ、もうついちゃった。名前はしばらく待っててもらっていい? 決まったらすぐに伝えに来るから」
「分かりました。急ぎでもないので、あなたのご都合に合わせてもらって構いません」
「うん。ありがとう」
デュソルバートと共に昇降盤から降り、彼女に手を振って一旦別れる。昇降盤から視線を正反対に向けると、無駄に大きな扉が視界に入る。あれを開けて中に入れば《雲上庭園》っていう場所に行けるのだろう。80階に庭園って何なんだろうな。考えたやつの頭がよくわからないぞ。
無言で二人並んで歩いていたのだが、さっきからずっと静かにしていたデュソルバートの方から話を振られた。それはさっきの会話についてだった。
「本人はたしかに気にしてないようだったけど、俺が気に食わなかった。だから名前をつけようと思っただけですよ。結構自分勝手な人間なんで」
「そうか。だが、貴殿の処罰は騎士アリスに一任される。100年以上昇降係と呼ばれた彼女に名を付けたいのであれば、騎士アリスを納得させられる交渉が必要になるぞ」
「なんとかなりますよ。……100年以上!? あの人そんな長生き!?」
「本人も言っていたであろう……」
「聞き逃してた!」
うっそん。あの見た目で100年以上生きてんのかよ。長生きだし、見た目なんて全然そんなことない。なんだ、若さの秘訣でもあるのか。心得ているというのか! 何も興味ない、みたいな雰囲気を醸し出しながらちゃっかり美容だけは保っているというのか!
驚きまくってる俺にため息をついたデュソルバートは、一度俺を叩いて正気に戻させる。とりあえず事実を受け入れたところで、巨大な扉と向き合う。この大きさの扉って開けられるものなのだろうか。軽く触れてみた感じ、見た目通りの重さだってわかるんだが。
「私が開けよう」
「お願いします!」
綺麗に30度頭を下げて頼み、俺は数歩離れる。気合い入れて開けるんだろうなってちょっぴりワクワクしていたのだが、デュソルバートは簡単に扉を開けた。何その余裕そうな感じ。筋力凄まじいな。その見た目で実はマッチョですとでも言うのか。
そんな茶番をできるわけでもなく、デュソルバートに呼ばれて中へと入る。庭園と呼ぶだけあって、中は緑が溢れていた。人工的な小川も流れ、真ん中には丘がある。そこに一本の木が見える。デュソルバートがその丘へと歩いていき、俺はその後ろに続く。だんだんと丘の上がはっきりと見えるようになっていき、木の根本に一人の女性が座っているのが分かった。金髪の女性が。
「デュソルバート殿。なぜあなたがここに?」
「突然の来訪を詫びよう、騎士アリス。実は貴殿に引き渡したい人物がいるのだ」
「? どういうことですか?」
「こちらの男、ジークと言う者が不法侵入し、私が捉えた。だがこの者は騎士アリスに会いに来たという。貴殿の知り合いであるのであれば私が独断で処罰するわけにはいかない。それで連れてきた次第だ」
デュソルバートが説明してくれて、俺は一歩前に出る。俺の姿が完全にアリスの視界に入るように。俺の視界にもまた、アリスの姿が収まる。三年ぶりの再会だ。僅かにだがアリスの目が見開かれるのが分かった。覚えていてくれたようだ。
「……その者は知りません。斬り伏せてくれて構いませんよ」
「分かった」
「ちょい待ておい!」
視線を逸したアリスに秒で見捨てられた。たしかに騎士が庶民に知り合いがいるというのはまずいのだろう。俺もアリス以外に交流なんて無かったし、騎士もアリス以外見たことがなかった。時たま遥か上空を飛竜が飛んでいるのを見るぐらいだ。だが見捨てるのは待て。薄情だぞ。デュソルバートも速攻で剣抜くなよ。
「貴殿のような勇猛な者を斬るのは残念だが……」
「ちょっと時間をくれませんかねー! 俺が嘘ついてなかったことを証明しますから!」
「よかろう。しばし猶予を与える」
「……アリス、本当に覚えてないのか?」
「覚えているも何もお前とは初対面です」
「ほほう?」
その姿勢を貫くというのであれば、俺だって容赦しないぞ。なんせ命が関わっているのだからな。ここまで来て死ぬなんてことはゴメンである。そして、しらばっくれようとするアリスへの反撃をしないわけにはいかない。楽しませてもらうぞ。
「舞踏会で俺の足を踏みまくったことは?」
「知りません」
「子供を泣きやませられなくて助けを求めてきたことは?」
「知りません」
「東セントリアで着物を着たことは?」
「知りません」
「『こんなの無理です!』とか言って、情けなく壁の上で大泣きして抱きついてきたことは?」
「《不朽の壁》の上なら誰だってそうなります!」
「《不朽の壁》とは言ってなかったんだがな?」
「あ……」
「はい証明完了」
「ふむ、では私はこれで失礼しよう。騎士アリス、ジークのことは貴殿が決めたまえ」
呆気なく引っかかったからか、大泣きしたことをデュソルバートに知られたからか、頬を赤く染めたアリスは、顔を隠しながら静かに頷いた。変わらない所もあるようで俺としては安心だ。
デュソルバートが庭園から出ていったところで、俺はアリスの横に腰掛ける。アリスもしばらくしたら落ち着いたようで、顔を隠していた手をどかし、気まずそうにこっちを見てくる。俺はさっきの演技、全然気にしてないんだよな。だからアリスに笑いかけることでそれを伝える。
「三年ぶりだよな?」
「ええ。合ってますよ」
「久しぶり、アリス」
「お久しぶりです。ジーク」
三年ぶりの再会。罪人として連行されるという特殊な方法だったが、俺はアリスとの再会を果たした。……キリトには頑張ってここまで来てもらおう。この状況では援護できないからな。