己がために   作:粗茶2号機
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11話 独白

 

 俺とユージオは、カーディナルに助けられて一難をとりあえずやり過ごすことができた。ユージオがこの部屋の書物を読みあさっている間に、俺はカーディナルからこの世界の秘密を余さず話してもらった。最高司祭アドミニストレータのこと。カーディナルのこと。整合騎士のこと。ダークテリトリーのこと。この世界がなぜ存在するのか。何もかも理解することができた。

 説明を受け、ユージオと共に《武装完全支配術》のことをカーディナルから教わり、準備できたところでいざ外へと出る。だが、その前にカーディナルが思い出したように驚くべきことを言った。

 

「キリトよ。ジークという者を知っているか?」

「あ、ああ知ってるが、なんでジークの名前が……まさか!」

「うむ。ジークとやらもこのカセドラルにいるぞ。今は捕らえられているようじゃが……、生きてはおるはずじゃ。上階へと行っていたところまでは把握しておる」

「上階のどこかにジークが……」

「キリト。そのジークって人は? いつ知り合ったの?」

 

 あ、そういや俺は記憶を失っているってことになってるんだった。ずっと一緒にいたユージオからすれば、『いつの間にジークと知り合ったんだ』ってなるのも当然だな。しかも俺はリアルから来ていることも隠している。ベクタの迷子ってことにしてな。

 

「えーっと、たしかセントリアに来たときだったな。ジークにアップルパイのことを教えてもらったんだよ」

「あー。君はよく抜け出してたもんね。……心配だね。学院にいなかったってことは、戦う術も身につけてないはずだし」

「……そうだな。ジークのことも頭に入れつつ、俺達は俺達の目的を果たそう。どうせ上を目指すんだ。ある程度登ってから探しながらって感じにすればいいだろ」

「そうじゃな。ジークのことを気にかけながらでは整合騎士には勝てまい。頭の片隅に留めておく程度でよいじゃろう」

「……分かりました」

 

 なんとかユージオに誤魔化すことに成功した。カーディナルの援護もあったおかげだな。カーディナルに視線を向けて、ジェスチャーで礼を言う。カーディナルは気にするなって感じで一度目を閉じて息を吐いた。そして目を開けたカーディナルに言われ、俺とユージオはこの図書館から出る。俺達の目的を果たすために。ぶっちゃけジークのことはそこまで心配してない。俺以上に窮地を抜け出すのに長けているからな。

 

 ──合流するまで下手なことはするなよ、ジーク!

 

 むしろ心配なのは、あいつが馬鹿な行動を取って騎士を怒らせかねないことなんだよな……。

 

 

☆☆☆

 

 

「三年しか経ってないのに、見違えるぐらい変わったな」

「そうですか?」

「綺麗になったよ。呼吸が止まった」

「ありがとうございます。ジークは背丈以外変化が無いですね」

「そこは俺も褒められるとこじゃない?」

「ふふっ、冗談です。ジークも雄々しくなりましたよ」

 

 この子は俺を落としにかかっているのだろうか。先程の固い印象から打って変わって、柔らかい笑みと穏やかな視線を向けてそんなことを言ってくるのだから。アリスみたいな子にそんなことを言われて、何も思わない訳がない。視線を逸らす俺にアリスが首を傾げるのを見ると、この子は天然たらしだと伺える。冗談は言っても嘘はつかない子だからな。本当にそう思ってくれてるというわけで、反応に困る。

 俺が視線を逸らしたのは正直に言えば照れ隠しなのだが、アリスはそれを違うものだと捉えたらしい。少し視線を下げて急に謝られた。アリスは何もしてないはずなのにな。

 

「なんで謝るんだよ」

「私はジークに私のことを黙っていました。その上、先程処刑を許そうとしました」

「騎士として間違った行動ではないだろ。身分を隠してたのも騎士が民と交流しないものだから。処刑を許そうとしたのもそれを露見させないため。アリスは正しいことをした。謝ることじゃない」

「なんでそんなことが言えるのですか!? お前は死にかけたのですよ!? 他でもない、私のせいで!」

「けど俺は生きてる。だからいいんだよ。気にしなくて。それに、殺されたところで理由を理解しているのだから恨む気にもなれない。アリスの方が危なくなりかねないからな」

 

 声を荒らげるアリスに、俺は落ち着いて言葉を返していった。取捨選択をしているわけじゃない。これは俺の本心だ。俺は死んだところで本当に死ぬわけでもないんだし、なんならもう一回ログインできるだろう。死んだ人間が蘇ることに適当な説明を用意しないといけなくなるが、さしたる問題でもない。

 何よりもアリスは許可を出したときに視線を(・・・)逸ら(・・)()()。それはつまり、アリスが本心でそれを望んで言ったわけでないという証拠だ。それが分かって恨むなどありえない。隠し事も嘘もできないアリスだと知っているからこそ分かったことだけどな。

 

「……何故ですか?」

「うん?」

「何故ジークはこんな所まで来てしまったのですか? 殺されてもおかしくないのに。ジークが身の危険を晒してまで来る必要などないはずなのに!」

「理由ならあるさ。俺は俺でやることが一応あるからな。それがあるからこそカセドラルへと来たわけだが、そっちはすぐにどうでもよくなってな」

「……?」

「アリスがいるって分かったからな。アリスに会いたくてこの場所まで来たんだよ」

「なっ!」

 

 正直に話すとアリスが目を見開き、すぐにそっぽを向いた。聞かれたから答えたというのに、その反応はいかがなものかと思いますぞ。お姫様よ。なんて言うわけにもいかないんだよな。アリスってわりと手を出してくるから、グーパンされかねない。神聖術で治してもらったとはいえグーパンは困る。

 アリスの反応に苦笑し、どうしたものかと考えている間にアリスも落ち着けたようだ。今度はジト目になってこっちを冷たく見てくる。

 

「ジークは私を口説いているんですか?」

「そんな気はないんだけどな。……ははっ、これも懐かしいな」

「そうですね」

「っ、あれっ?」

「ジーク!?」

 

 アリスと顔を見合わせて笑っていると、急に視界がぐらついた。気づいたときには体が倒れかけてて、アリスに支えられている。毒とかを盛られたわけでもないし、傷口が開いたわけでもない。そもそも神聖術で傷口だって塞がれているのに。なんでだろうな。そう思ってとりあえず《ステイシアの窓》を見てみると、おそらくこれが原因だろうというのが分かった。

 

「天命少ねー」

「危険な状態ですね。休んでいてください」

「分かった。おやすみ」

「え? ちょっ、ジーク? ……もう寝てる……」

 

 完全に気を抜ける環境だからなのか、戦闘の疲れや傷による身体の内側の披露でもあったのか。俺は人生最速で寝ることができた。

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

「なんでこんなに早く寝られるのよ……。……仕方ないわね」

 

 ジークの体を横にさせて、頭を私の膝に乗せる。所謂膝枕という行為だけど、ジークが寝てるのだから仕方ない。ジークの意識がある状態だったら絶対にこんなことさせない。「芝生の上で寝るの心地よいものだと思いますよ」って言ってその辺で寝させる。

 だから今回は特別。意識が完全に無くなった状態だからこそしてあげてるだけ。天命が危険な域にまで減っているということは、ジークはそれだけ無茶なことをしてここまで来たということなのだから。デュソルバート殿が連れてきたのなら、デュソルバート殿と一悶着あったはず。あの方は厳しいから、容赦がなかったはずで、連れてこさせてるならデュソルバート殿に自分を認めさせたのだ。おそらくその際に天命が減ってる。

 

「……無茶なことするんだから」

 

 そんなことがあったとは思わせないほど軽い調子でやってきたジークは、今もそんなことを感じさせないような、穏やかで心地よさそうに寝息を立てている。そっと右手をジークの胸に乗せ、一定の間隔で確かに鳴っている心音を感じ取る。左手ではジークの髪を手で梳くように撫でる。髪質は少し固いようで、癖毛もある。なかなか直ってくれないこの癖毛は、まるで意志を曲げないジーク本人みたい。

 ジークと出会ったのは本当に偶然だったし、いつ思い返してみてもおかしくて、でもだからこそ忘れることない出会い方だった。私がカセドラルを抜け出して北セントリアへと行き、そこでベクタの迷子となっていたジークと出会った。他人に話しても、『作り話でしょ』って言われそうな内容。

 でもこれは本当のことなんだ。誰も信じてくれなくてもいい。私とジークだけの秘密みたいな、特別な感じがするから。出会った時は本当に謎というか、わけのわからない人って印象だった。記憶が無いのだから当然なんだけど、あまりにも無知で、でも芯は持っていた。不思議な人で、他と違う感じがした。それがどこか嬉しくて、それから私たちは私が抜け出す度に出会ってた。ジークが見つけてくれて、一緒に街を歩いて。時に《不朽の壁》を登るなんて無茶苦茶なことをして、時に赤子の世話をするという胸が温まる体験もした。これが人の生命なんだって。小さくて儚くて、でも守りたいと思わせられた。

 

「あなたはいつも私に刺激を与えてくれた」

 

 聞こえているわけがないのに、私は語りかけるようにジークに言葉を紡ぐ。寝ている時の雰囲気というか、印象は起きている時とは全然違う。どこか可愛らしいとすら思える。起きている時は全然そんなことないのに。むしろ憎まれ口をわざと叩くようなイタズラっぽい顔をしているのに。

 

「あなたと経験したこと、感じたこと。どれも大切なことだと思ってるわ」

 

 嫌な経験だってあった。特に《不朽の壁》を登るなんて経験は。今なら慣れているからできるけど、やりたいなんて思わない。そもそも騎士なのだから普通に行き来できる。でも、無理だと思うことを初めから諦めてしまってはいけないと学んだ。できるのかできないのか。できると思うのならその見込みはどこにあるのか。それらを精査してから判断するべきなのだと。

 庶民と触れ合い、彼らの生活を見て、小さな幸せを見て、私はこの人界を素直に好きになれた。たしかに貴族の中には、上っ面だけの利己的な貴族もいる。上流貴族ほどその数は多い。でも、それでも守りたい者たちの一人だと思っている。

 職人たちの意気込みを、誠意を込めた作品を見て、それが尊いものだと思った。決して馬鹿にすることはできない。上手いかどうかも、精巧かどうかも関係ない。どれもがその人の想いを、熱意を込められたものなのだから。

 

「ありがとうジーク」

 

 本人が起きていたらここまで素直に言えない。寝てる間に言っても自己満足なだけで、本人に聞こえてないのだから意味はない。でも、こういう時じゃないと私は言えないから。ジーク相手だとジークも素直に受け取ってくれなくて、きっと「裏がある」なんて言ってくるんだもの。

 

「……ん? これは……」

 

 ふとジーク体を見て気づいたことがあった。むしろなんで今まで気づかなかったのかと思うぐらい分かりやすいもの。それは、ジークの着ている服のことだ。ジークの服は、片側の横腹部分の一部が破けていた。それだけじゃない。他にも目を向けると、服の右腕部分の先のほうが焼け焦げている。他にもあるのかと確認してみたら、肩から背中にかけても焼け焦げ、一部は焼け落ちてる。

 これがデュソルバート殿との戦闘の痕なのだろう。これだけでも戦闘の内容をある程度把握できる。先程ジークと一緒に見た天命の減り具合もこれで納得だ。しかも、右手を見てみれば火傷の痕がある。デュソルバート殿の《武装完全支配術》は炎を生み出す。それを気にせずジークは右手でデュソルバート殿に攻撃を仕掛けたのだろう。普通なら考えられないけど、ジークなら十分やりかねない。

 

『アリスに会いたくてこの場所まで来た』

「──っ! ……本当に馬鹿な人。すぐ無茶するんだから」

 

 こんなになってまでデュソルバート殿と戦ったのが、"会いたいから"。たったそれだけの理由でここまでのことをする。嬉しいとも思うし、小恥ずかしいとも思う。でも、命を危険に晒してほしくはなかった。私の所に来られたからといって、完全に安全なわけでもない。小父様や元老長、最高司祭様に命じられれば私はジークを斬らねばいけないのだから。

 ジークが来た。危険を侵してまで。そのことにたしかに頬が緩んでしまうけど、あとの事を考えたら辛い。ジークを手にかけないといけないかもしれないから。むしろその可能性の方が高いから。

 

「来てくれて嬉しかった。……けど……来てほしくなかった」

 

 矛盾した想い。彼のことに喜び、話しているときに息詰まる空気を変えてくれるような感覚を覚え、気持ちが楽になったのは確か。でも、そうできる時間ももう残り少ない。ジークとこの場で再会してしまったために、残りの時間が急激に無くなってしまった。ジークが来なければ、カセドラルに侵入していなければそうならなかったのに。

 

「……私にこんな気持ちを抱かせるのはあなただけよ? バカジーク」

 

 初めて抱く謎の気持ち。きっとこれが騎士として守りたいと思えるもの。戦うための明確な理由なんだ。ならば私は、騎士として在り続けるためにもジークを守ろう。

 

 

 どうすれば咎人としてこの場まで来てしまったジークを守れるのか。小父様はきっと許してくださるけど、元老長は認めてくださらない。最高司祭様が許してくだされば、元老長も黙るはずだけど、そもそも最高司祭様にお目通りができるかどうか。

 これだという確信の得られる解答が見つからない間に時は経ち、騎士エルドリエを破ったというあの咎人二人がとうとうこの場にまでたどり着いてしまった。デュソルバード殿も、ファナティオ殿も、《四旋剣》の皆も打ち破って、この80階《雲上庭園》に。

 扉を開かれ、黒い服を着た咎人と青い服を着た咎人が入ってくる。いや、打ち破ってきた実力を考慮すれば、咎人などと呼ばずに剣士として認めるべきだろう。実力も証明されているのだから。

 その二人は辺りに目を移しながらもこの丘を着実に登ってくる。中腹にまで来たところで私は声をかけた。

 

「もうしばし待ってくれませんか。この子にソルスの光をもう少し浴びせたいので」

 

 私の神器《金木犀の剣》をずっと木の姿にして天命を回復させていたが、まだ全快とまでは至っていない。無論この状態でも十分戦えるだけの天命はあるのだが、大切な神器だからできるだけ回復させてあげたい。それに、待ってもらう理由はそれだけじゃない。

 

「彼も起きてしまうので」

 

 そう。未だに私の膝の上で眠っているジークのことだ。睡眠を取って休んでいるとはいえ、彼もまた天命が減っている。おそらくまだまだ回復しないといけないはずだ。それ以外の理由としては、心地よさそうに寝てる彼をできれば起こしたくないというものだ。

 だが、そんな想いは予想外の人によって遮られた。

 

「いや、いいよ。アリス。起きるから」

「ジーク、起きていたんですか?」

「二人が扉を開けたあたりでな。よっと」

「それならそうと言ってほしかったのですが」

「ははっ、ごめんごめん」

 

 私の膝から起き上がったジークは、そのままの勢いで立ち上がり、凝り固まった体を解し始める。関節も鳴らしており、座っている私にまでその音が聞こえてきた。私も立ち上がって、剣士二人を見ずにジークの方を見て言葉を投げかける。良かれと思っていたものが、そうじゃなかったかもしれないのだから。

 

「寝づらかったですか?」

「そんなわけないだろ。快眠できたよ。ありがとうアリス」

「いえ、それなら良いのですが」

「んー? なんか態度柔らかくなった?」

「そんなことは一切ありませんので。あまり調子に乗らないでください」

「ははは、分かりましたー」

 

 体を解し終えたジークに頭を撫でられ、恥ずかしかった私は咄嗟に強く手を弾いてしまった。やってしまった、と思ったけど、ジークは気にしてないようでいつもの笑顔を向けられる。それを見て私はほっと息を吐き、視線を剣士二人に戻した。青い服の剣士はこちらを唖然と見ており、黒い服の剣士は目を見開いて驚いていた。どちらも今のやり取りを見た反応でそうなったのだと思い、恥ずかしくなって頬を赤く染める。しかし、黒い服の剣士はそうではなかったらしい。

 

「ジーク……なんだよな?」

「おう。久しぶりだな、キリト。遅かったじゃねぇか」

「ぇ?」

 

 まさか繋がりがあるなんて思っていなかった私は、驚いてすぐにジークに顔を向ける。再会を喜んでいるような、この状況を楽しんでいるような、そんな顔をするジークに、私は確信した。

 

 どういう繋がりかは分からないけど、この二人は知り合いなのだと。



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