アリスが言っていたとおり、たしかに冷めた目をしている。言うなれば価値の無いものを見る目。人に向ける目ではない。つまりアドミニストレータは人を人として見ない。
そんなアドミニストレータにアリスは堂々と自分の意見をぶつけていく。世界の真実を知ったから。今のあり方では先がないと判断したから。この人界を護るべく人界を正すために。
「人形をやめた人形、ね」
あのババアもまたそういう人間か。アリスのことを人形と、そう呼ぶのか。自分で作り替えた相手に対して、そういうことを言うのかこのババアは。
今すぐにでも宙に浮いてるあの変態を殴り飛ばしたい。だが、アリスが耐えているんだ。俺が先に動くわけにはいかない。アリスにまた怒られるだろうし、そもそも激情に任せて挑んだら死にかねない。チュデルキン以上の術者がアドミニストレータなのだから。
「チュデルキン。私は寛大だから、下がりきったお前の評価を回復する機会をあげるわよ。あの四人を、お前の術で凍結してみせなさい。天命は、そうね、残り二割までは減らしていいわ」
「ホッホー! このチュデルキンめに名誉挽回の機会を頂けるとは!」
俺が自制している間にアドミニストレータとアリスの問答が終わっていたらしい。話の詳細は聞いていないが、決裂したのだけは分かる。キリトやユージオも剣を構え、チュデルキンの動きを注視する。仕掛けられる前に仕留めにいくのも手だとは思うんだがな。突っ込みまくる俺とは考えが違うらしい。アリスが言うには、直接触れられたら凍結させられる可能性があるとのこと。既に俺はチュデルキンを二回殴り飛ばしているんだがな。
チュデルキンは頭を地面につけ、頭だけで体のバランスを取った。不自然にでかい頭と枝のように細い四肢だからこそできることなんだろうが、はっきり言って気持ち悪い。そんなチュデルキンだが、決して馬鹿ではない。両手両足の指、合計20本の指を使って神聖術を行使してくるのだから。
「アタシをそのへんの雑魚術士と同様に考えてたらァ、痛い目にあいますよゥ!」
チュデルキンが己の両手両足の指を端末として作り出したのは、20個の凍素らしい。キリトとユージオは相殺するべく一歩前に出て熱素とやらを作り出していたが、総数で負けている。そんな中アリスはその場から動くことなく剣を抜刀した。キリトたちとの勝負で見せたのと同じ技だ。刀身が無数の金木犀の花へと変化し、チュデルキンが放った10個の氷柱を相殺する。
「アリスって凄いのな」
「これくらい当然ですよ」
自身の力と剣を信じているようで、アリスは誇らしげな表情で言葉を返してきた。けど、素直に嬉しかったのもあるようで、頬が少し緩んでた。氷柱を砕かれたチュデルキンは、今度は氷柱ではなく四角い氷を作り出した。一辺あたり2mは超えてそうだな。しかも面の部分にはさらに棘が追加されていくし、あれ痛いだろうな。
「潰れなさァァい!」
「は……ああぁぁぁ!」
振り下ろされるその巨大な殺人サイコロを避けるべく、キリトとユージオは左右へと跳んだ。だが、アリスは今回も一歩も動かず、花を自分の前方に集め、ドリルの形状になるように並べさせる。氷と花が衝突した途端激しい閃光と轟音が部屋に響く。その音は耳が狂うんじゃないかと思うほど激しかったが、耳を覆うことなく、アリスの隣に行ってそっと左手に手を伸ばす。
「……!?」
こんな時に手を握られたからか、それとも危険な位置に俺が移動したからか、アリスは目を見開いてこちらを見てくる。俺はアリスに笑顔を向けながら「信じてる」と言葉を紡いでアリスの手を握る力を強める。この轟音だ。俺のこの言葉がアリスの耳に届くわけがない。だが、アリスには伝わったようで、アリスは無言で頷き俺の手を強く握り返す。
氷と花たちは少しずつ距離を近づけていき、やがてその二つが重なった時、一際音が激しくなる。その刹那、氷が花に砕かれた。俺はその際にこちらへと飛んでくる氷の破片が、アリスに当たらないように、その尽くを弾いた。全てを防げるわけもなく、いくつかは体で受け止めることにはなったがな。
「なぁぁ!? 猊下から承ったアタシの超絶に美して綺麗で最強に近い技がァ!」
「チュデルキン。貴様のような空虚な者に私の花弁が負ける道理などありません」
「キィィィィ!」
「チュデルキン。お前は何年経っても学習しないのかしら。アリスちゃんの武器の属性から考えて、物理攻撃は悪手。神聖術の基本でしょうに」
「へー。属性の相性なんてあるんだ」
「……坊や。無知過ぎないかしら?」
「学んでないから仕方ない!」
なんで敵にあんなに呆れられてるんだろうな。アリスも頭抱えてるしさ。仕方ないじゃないか。神聖術を学ぶ機会なんてなかったからな。この世界の法則で知らない法則はまだまだあるんだろうか。さすがに知らないとこの先困りそうだよな。キリトが言うにはダークテリトリーとの戦争が待ち受けているんだから。数の劣勢さは絶望的だけども。
さっきの氷を回避すべく左右に跳んでいたキリトとユージオが戻ってくる。その間にチュデルキンは、アドミニストレータから助言されたことで活力を漲らせていた。そして両手両足の指だけでなく、目さえも端末にした。つまり22個の端末。先程よりも強大な神聖術を行使してきた。
「……ピエロかな?」
「ジーク。それは今問題じゃないだろ」
「……キリト、ユージオ。10秒防ぎます。その間にチュデルキンを斬りなさい」
「10……秒」
なるほどね。アリスのは《金木犀》からできてる。つまりは植物。それに対してチュデルキンは炎の
キリトとユージオはその時間を短いと思っているようだが、そんなことは決してない。10秒あれば十分だ。チュデルキンを倒すことはできる。アドミニストレータの妨害がなければな。……ないか。あのババアはチュデルキンを守ろうなんて思わないな。だって価値なんてないって考えてるんだから。
俺はユージオへと近寄り、ユージオに耳打ちする。10秒の猶予で決着をつけられないなんて無能なことはできない。すぐさま行動すべきであり、焦ってもいけない。一発で確信を持てる方法を考えて伝えて行動するんだ。
「ユージオはチュデルキンの気を逸らしてくれ」
「え?」
「神聖術をなんか放つだけでいいんだ。できればチュデルキンの目が俺達から離れるように」
「僕達から……わかった。任せて」
案外察しがよくて助かるよ。アリスが炎の巨人を防ぐ。残り10秒というカウントダウンが始まった。俺は急いでキリトの横に行き、作戦を話す。作戦というほどでもないけどな。
「キリト。
「は? ……お前、まさか……」
「この世界はイメージが大事なんだろ? イメージしろよ。最強の自分ってやつをさ」
キリトの肩を強く叩く。若干よろけたキリトは苦笑いしたが、すぐにそこから良い笑顔に変わった。俺のことをわりと馬鹿って呼ぶけど、そんな俺の策にすぐに乗るキリトも大概だよな。だが、これほど頼もしいこともない。SAOから何度も踏破してきたキリトだからこそ俺は信頼してる。こいつはやってくれるってな。刀があれば俺が斬り込んで、キリトにトドメを頼むのが定番だが、それはこんかいはできない。だから、キリトに一人でやってもらおう。
ユージオが神聖術を行使した。鳥の形をした攻撃を放ち、それをチュデルキンに向けて放ったと思わせたところでチュデルキンの頭上を超える。それはそのまま後方にいるアドミニストレータに目掛けて飛ぶ。アドミニストレータからすれば簡単に落とせる鳥だ。俺達もそんなことは承知している。それが作戦なのだから。
しかし、アドミニストレータを崇拝しているチュデルキンは、俺達の狙いに気づかない。視線を俺達から外してアドミニストレータの方へと振り返る。この瞬間を待っていた。
「キリト!」
「あぁ!」
俺はキリト目掛けて全力のローキックを放つ。キリトがそれに合わせてその場でジャンプし、俺の足に乗る。そのまま俺は足を振り抜きキリトをチュデルキン目掛けて放つ。キリトは俺の足の上で《ヴォーパル・ストライク》の構えを取るという離れ技を成功させる。俺の蹴りによる加速とSSによる加速、そして自身の心意による加速。残り二秒ほどだが、余裕で間に合う。
キリトの心意は俺が予想してたよりも強いらしく、発射台となった俺の足が吹っ飛ぶかと思ったくらいだ。そして、心意はどうやら服装にも変化を与えるらしく、キリトはかつてSAOをクリアしたときに着ていたロングコートを着ていた。髪も若干伸びてるかな。
余所見していたチュデルキンが防御を間に合わせられるわけがない。チュデルキンが視線を戻した時にはキリトが眼前へと迫り、その枯れ細った枝のような体を両断される。さすがにグロいな。
「……まったく。あなたが考えることっていつも無茶苦茶なのですね」
「ははっ、こういうのしか思いつかないんだよ」
「それに乗るキリトも大概だけどね。相棒のまだ知らない一面を見させてもらったよ」
「ユージオのあの神聖術があっての成功だけどな。ありがとう」
「礼には及ばないよ」
花たちを剣へと戻し、鞘に納めたアリスが呆れ顔と笑いを半々にする。ユージオもユージオで、キリトが作戦に乗って成功させたことに苦笑いだ。俺も理解されるやり方とは思っていないが、なんか心外でもあるな。たしかにクラインとかアスナによく小言言われたけどさ。それにしても、キリトのやつ勢いつけすぎだろ。チュデルキンを斬ったあとも勢いが落ちずに壁に激突してるし。
「はぁ。結局チュデルキンではダメだったようね」
「アドミニストレータ。4対1だ。お前がいくら強かろうとジリ貧だと思うが?」
「ふふっ。それはどうかしらね? アリスちゃんはダークテリトリーへの備えがないことを危惧していたけど、私だって考えていたのよ? 『兵器』を」
「ヘイキ……?」
兵器か。その単語を聞いてもユージオどころかアリスまでピンと来ないということは、この世界に兵器なんて存在しないってことなんだろうな。誰よりも権力が高いアドミニストレータだけが知っている。そしてそこに絶対の自信を持っているということは、この状況を簡単に覆せる程に強大なんだろう。
「4対1ではないわ。
「は?」
「リリース・リコレクション」
《武装完全支配術》よりもさらに強大な《記憶解放術》。それをアドミニストレータが発動し、それに応えるように部屋中にあった30本の模造剣が動き出す。ガシャンガシャンと剣同士がぶつかり合い、一体の巨人が作られる。巨人というか、バケモノか。
「馬鹿な……。ありえません。神器を扱えるのは一人で1本のはず。記憶解放まで行ったものを30本同時だなんて、いくら最高司祭とはいえ……」
「……何かしらの仕掛けがあるんだろ。だが、今はそれを考えている余裕なんてないぞ」
「ふふっ。これこそ私がダークテリトリー軍と戦うために作り出した騎士人形。坊やたちの世界風に言えば『ソードゴーレム』ってところかしら」
3メートル前後だろうか。模造剣だったのにどれもが塗装が剥がれたようにその刀身を輝かせている。あれら全てが神器だというのだから、あの騎士人形はそうそう倒せるものじゃない。アドミニストレータが何かを騎士人形に送り込み、それが胸辺りで止まった。目っぽいのも光ったし、あんななりなのに視覚とかありそうだな。
──なんであれ、戦いながら打開策を見出すか