そして小説の地図を見る限り、あれどこが北セントリアで、どこが南セントリアなのかもわかりませんね。国はX字に区切られてるのにセントリアはX区切りじゃないですし。
さて、とりあえず情報を整理しようか。まず俺は菊岡から連絡を受けて、オーシャン・ビューでアンダーワールドへとダイブ。その時にヒガちゃんが『バグが』とか言ってたせいか、外の記憶を保持したままだ。
そして俺が現れたのは、どこかの街の路地裏。表に出ようとしたところでデカイ箱にぶつかり、その箱の中には金髪少女がいたってわけだ。
うん、分からんな。
それと、あの場所の名前なんだっけな。オーシャンしか覚えてないや。
「お前は何者ですか」
「ワタシコトバワカリマセーン」
「訳のわからないことは言わないでください。先程会話が成立していました」
「それはどうかな?」
「今も通じてますね。巫山戯ているのが丸わかりです」
「チッ」
なんて揶揄い甲斐の無い奴なんだ。表情を変えずに淡々と返してきやがる。今も箱の中にいるくせに。シュールな光景を未だに俺に見せつけているくせに。とりあえず俺が質問に答える義理もないし、逆に俺の疑問に答えてもらおうかな。
「君はなんで箱の中にいるのかな?」
「答える理由があるのですか?」
「……なるほど。変わった趣味をお持ちのようで」
「そんな趣味はありません」
残念だな。あまりにも淡々と返されるから俺のペースに持ち込めない。まぁ巫山戯るのをやめたらもう少しこっちのやりやすいように持ち込めると思うんだけどな。とりあえず必要な情報は集めよう。箱に入ってる訳のわからない子だが、この世界の住人だろうしな。
「君の素性は後回しにさせてもらう。それより聞きたいことがあるからな」
「私の問いに答えず、私には答えろというのですか?」
「迷える子羊を助けると思ってくれよ」
「あなたのような輩を迷える子羊だとは思えませんね」
辛辣だな。そして話が進まない。彼女の言っていることがおかしいから、というわけではない。至極当然のことだから。質問に答えない男に、質問に答えろと言われて大人しく答えるやつはよっぽどの善人か、裏がある人間だとだけだ。
……待てよ。
「君もユーザーか?」
「は? あなたは何を言っているのですか? そのゆーざーとやらが何を指しているのか分かりませんが、私はそのような存在ではありません」
「ふむふむ」
ならば後者だ。もう一つの考えが正解だ。
──
なるほど。菊岡たちはなかなか面白いものに着目してこの世界を作っているらしい。その真意は分からないが、これは露呈すれば相当騒がれることになるな。何者かの妨害があってもおかしくない。……ま、どう転ぼうが俺の知ったことではないんだがな。
「お前は先程から何なのですか」
「君が質問に答えてくれたら答えてあげよう」
「は? 先に質問をしていたのは私です。私の質問にお前が先に答えるべきです」
「正論だな」
「認めたのならば答えなさい。何者なのかを」
「答えない。君も質問に答えなくていいぞ。俺は適当に情報収集するから」
彼女に背を向けて俺は表の通りへと足を進める。質問して答えを得ていってもいいのだが、街中をぶらつけば自ずと情報も集まるだろう。ここが仮想世界で、NPCは存在しないと分かっているわけだし。そういえば街の規模はどれぐらい「きゃっ!」……は?
可愛らしい悲鳴が聞こえたから後ろを振り返ってみると、彼女が転けていた。様子を見るからに箱に足を引っ掛けて転けたんだろうな。俺が勝手に消えようとしたから追いかけようとして、箱に入っていることを忘れてたってとこか。
「うっ」
「……はぁ」
随分と勢い良く転けたらしい。すぐに立ち上がるかと思ったが、まだ蹲ったままだ。もしかしたら怪我をして血を流しているのかもしれない。助ける義務もないが、この世界で初めて出会った彼女を放置するのも気が引ける。彼女の下へと戻るとしよう。
「怪我は……大丈夫そうだな。血が流れてるわけでもないし。立てるか?」
「こ、これくらいなんともありません。お前の助けなどいりせんので」
「へー? 人の好意を無下にするのが君のやり方か。もっと良い奴だと思ってたんだが、残念だよ」
「なっ! ……こ、これでいいのでしょう?」
「ははっ、素直じゃないだけか」
「う、うるさい!」
彼女はやっぱり良い子だ。誇りが高そうだから、どこの馬の骨とも分からない男などって断られるかもなーとも思ったんだが、そうならなかった。恥ずかしそうに目を逸らしながら俺が差し出していた手を取ったわけだし。
俺はよく一言余計だと言われる。彼女にも絶対そう思われただろうし、自覚もしている。だが治す気はない。俺は自分を偽りたくないからな。治せば偽ったことになるって思ってるわけでもないが、俺は今の自分を気に入っている。
彼女のことが一つ分かり、ちょっとは距離が縮まったかなと思いながら立ち上がらせる。立ち上がった瞬間手を放してそっぽを向かれたが、これも愛嬌かなって思う。
「ありがとうございます」
ほら、やっぱり彼女は良い子だ。
「君は目的地があるのか?」
どこへ行くとも決めてない俺は、街を確認しながら隣を歩く彼女に問いかけた。彼女もまた街の様子に目移りしながら歩いているが、少なくとも彼女はこの世界の住人だ。何か目的があるに違いない。
「いえ、街を楽しみたいだけですので」
「がくっ。俺と似たもんか……」
予想が速攻で外れた。それはもうものの見事に。あてが外れて項垂れる俺を彼女が不審そうに見てくる。それはブーメランだぞ、と言いたいところだが、そんなやり取りをしても仕方ないな。会話自体はさっきよりスムーズにしやすくなってるから、ふとした疑問とかを投げても答えてくれそうだな。なんて思ったんだが、先に彼女の方から疑問を投げかけられた。
「天職はなんなのですか?」
「天職? 誰の?」
「あなた以外誰がいるのですか……」
「天職……天職ねぇ。バイトなら何個かやったが天職なんて見つけたことねぇや」
「は? 天職は原則として一つだけのはずです。そしてそれは一定年齢が来れば誰もが与えられるものです。見つけるも何もありません」
なんということでしょう。とんだ勘違いをしてしまったようだ。というか、この世界にリアルのことがそのまんま反映されてるわけもないわな。リアルの話は持ち込まないようにしないとな。
それよりも、天職は与えられるものなのか。そして原則として一つということは、明確な終わりがないものに皆就職するらしい。その辺にある店も、それを天職とする人が経営してるってわけか。面白味のない設定だな。
「それで、あなたの天職は何なのですか?」
「知らね」
「またそうやって」
「知らないもんは知らん。気づいたらあの路地裏にいたんだ。ここが何処なのかも分からん」
「嘘……というわけでもなさそうですね」
どうやら彼女は人を見る目もあるらしい。嘘だと言われてもおかしくない内容を言っているのに、それが事実だと受け入れてくれてる。これで話が進むのかは分からないが、無駄な時間を使うこともないだろう。
すでに正午は過ぎてるようだし、彼女が何時に帰るのかは知らないが時間が少ないとみていいだろう。彼女がいる間に最低限のことは知り得ておきたい。
「"ベクタの迷子"……」
「何それ?」
「はぁ。これも知らないのですか。……かつてダークテリトリーを収め、かの地に住まうすべての種族たちを束ねた闇の皇帝のことです。彼には相手を惑わす力があったと言われています。そのことから、記憶を失い、どこか知らぬ地に迷い込んだ者のことを"ベクタの迷子"と言うのです」
「なるほど。お伽噺みたいだが、俺はそれに当てはまるのか」
「おそらくは」
闇の皇帝ベクタ、ね。この世界の設定でも神話を存在させたのか、はたまた本当にかつて存在させたのか、それは分からないがベクタがいたという設定はあるらしい。それなら人に味方する存在も用意されているのだろう。
「ところでダークテリトリーってのは?」
「私たちがいる人界の外に広がる世界のことです。人界とは違って土地が貧しく、凶悪で野蛮な者たちが住まうと聞いています」
「へ〜。そっちの住人に会ったことは?」
「……ありません」
「なら本当に凶悪で野蛮なのかは分からないな。話してみたら良い奴かもしれない」
そんなはずがないと強く睨んできた彼女だったが、ここは俺も引く気がなかったから真剣な目つきで目を合わせた。この世界の人にとってダークテリトリーの住人への認識は、彼女ようなものが常識なのかもしれない。だが、俺はそれを鵜呑みにはできない。話してみないと何も分からないからな。
「それにしても、結局君は俺の質問に答えてくれてるな」
「あなたが無知過ぎるからです。一緒にいる私が恥ずかしくなる程に」
なかなかに毒を吐いてくる。懲りずに揶揄ってやろうと顔をニヤつかせながら言っているのに、心底残念なものを見る目で返してくる。
「それなら一緒に行動しなければいいのにな。君はそうせずに合わせてくれてる。優しいね、ありがとう」
「なっ……! い、いきなりそのような礼など……。何なのですか、本当に」
だが残念だったな。俺はやられて終了なんてゴメンなんだよ。
照れてそっぽを向く彼女をさらに追撃してもいいのだが、それをするとおそらく機嫌を悪くするだろう。そうなると困るのは俺だから、ここは俺が今欲しい情報を引き出すことにしよう。その辺にいる人に聞いてもいいんだが、ここまで彼女と会話しているんだ。極力彼女と話すことにしたい。
「ところでここ何処? なんて街?」
「……はぁ、あなたは本当に仕方のない人ですね。ここは人界の中心地、央都セントリアの中です。《不朽の壁》にて四方に区切られていますが、私達がいるのは『北セントリア』という場所のはずです」
「最後自信なさげだなー。君はここに住んでいるはずじゃないのか?」
「私は……」
「わかった。ごめんな、君の素性は探らないことにする」
誰にでも言いにくいことや隠したいことの一つや二つあるからな。それだけでも情報としては十分なんだが、これは黙っておこう。
それよりも居場所が分かった。どうやら『北セントリア』という場所らしい。《不朽の壁》とやらは分からないが、東西南北で人界が区切られているんだとか。通りに出てから目についていたあの巨大な白亜の塔。あれが人界の中心地なんだろうな。
「お兄さんは紳士だからな。君みたいな少女にも気を使ってあげよう」
「あなたが紳士なら世の中の男性は全員紳士以上の存在ですね」
「ヒデェな。子どもにそんなことを言われるとは」
「何を言いますか。あなたも子どもでしょう。
「まぁ大人だか……ん? 見た目に反して?」
待てまてこの子はいったい何を言っている。見た目14歳程度のこの少女にそんなこと言われる筋合いはないぞ。俺は低身長な残念男ではない。日本人の平均身長より高かったぞ。そうだと言うのに見た目が子どもて……。
「どうかしましたか?」
「どうかしかしてないな」
落ち着いて考えてみるとしよう。いや、考えるよりも周辺を見て確認するほうが的確だな。鏡があればいいんだが、生憎と鏡らしいのは未だに発見していない。もしかして鏡は高級品なのだろうか。
じゃない。それよりも今は俺の身長のことだ。たしかに大人たちを見て、あー身長高いんだな〜、なんて思っていた。高身長が当たり前なのかと。しかしどうやらそうじゃないらしい。俺の身長が低くなっている説が浮上してきた。
たしかに彼女と目線があまり変わらないな。なるほどなるほど。見た目14歳程度の彼女と似た感じということは、俺はそれぐらいの年齢になったというわけか。やっと理解した。ヒガちゃんの言っていた『バグ』はこの事だったわけだ。
「まじか……。つらいな……。あぁ、ほんと……クソめ……」
「それほど落ち込むのですか……」
「死活問題ってわけでもないんだが、なんかなー。それより、君の目的が何かは知らないが、達せてはいるのか?」
「程々には。そろそろ戻らねばなりませんので、改めてまた街を回ろうかと」
「なるほど。その時に会えればまた一緒に行動しないか?」
「……覚えていれば。次いつ街を散策できるか分かりませんが」
やっぱり忍び出てきたわけか。次いつ来れるか分からないほど厳しい家なのかな。アスナのとこ以上ってわけか。もしかしてこの子は超イイトコの令嬢なのか。いや、ないな。そこまでな気がしない。
俺は目的地があるわけじゃないから、来た道を戻っていく彼女に付いていく。素性を隠したがっていたから、俺は彼女と出会った路地裏の近くで別れることにした。
「今日はありがとな」
「礼など不要ですので。それでは」
「あー、ちょっと待って」
「なんですか?」
「俺の名前はジーク。君は?」
「は?」
ポカンとしてるという程ではないが、少し呆けているのはそうだろう。なんせお互いこの数時間名前を教えずに過ごしていたのに、今になって自分から名前を言うのだから。アバター名なんだけどな、俺の場合。本名じゃない。
「俺は名前を言った。君は言わないのかな?」
「……アリスです」
「アリス……へぇ、可愛い名前だな」
「かわっ……!」
「ははっ、すーぐ照れる。それじゃあアリス、また会おうぜ」
「……私はどちらでも構いませんので」
「えー」
そう言いながらも彼女は握手に答えてくれた。女の子らしく少し小さくて柔らかい手だった。
金髪少女ことアリスと別れて街の散策を再開する。俺がここにダイブしてきたのは、キリトの援護だか何だかのためだ。だがキリトがまずこの街にいるのかも怪しい。まずはこの世界を満喫させてもらって、そのついでにキリトのことも探すとしよう。閉鎖的だが広い世界だ。すぐに情報が手に入るわけじゃない。
☆☆☆
"ベクタの迷子"など本当にいるだなんて思っていなかった。しかし彼……ジークが嘘をついているようには見えなかった。だからきっと本当に"ベクタの迷子"なんだ。こんな話誰かにしても信じられることじゃないし、そもそも忍び出ているのだから、今日のことは話せるわけがない。
不思議な男だった。巫山戯ていることが多かったけど、それは道化のようなやり方じゃない。ジークはたしかに己の中に芯が備わっていて、そこをブレさせることなく冗談も言っていたのだろう。
『また会おうぜ』
気楽そうに言っていたけど、私がこうやって外に出られた事自体珍しい。気づいてて言ったのか、そうじゃないのか。まだよく知らない彼の言動からじゃいまいち分からない。でも──
「また、ね」
──次があってもいいかもしれない。気が向いたらだけど
ところで彼はどこに住むのだろうか。お金もなく、宿のあてもないはずなんじゃ……。