己がために   作:粗茶2.5歳
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22話 一休み

 

 脳への直接のダメージなんて初めて経験した。痛みがあるって感じでもなければぐらつくわけでもない。体はぐらついたけども。なんというか、重いって感じかな。体がダルくて重いって感覚の脳バージョンってのが近いかもしれない。結局何が言いたいかと言うと、適切な表現が見つからないってだけ。

 大丈夫だと伝えてもアリスは心配してる。それは嬉しいことなんだけど、今はここから出ることと、キリトのことが最優先だ。アドミニストレータが死んだことでどうやら普通に外に出られるようだし、降りるのには苦労しないで済むかな。だからキリトをどうするかだ。プロテクトがかかってなかったキリトへのダメージはデカすぎる。元々脳の治療をしてたはずだ。それなのに脳へのダメージて。

 

「……とりあえずキリト連れて出るか。騎士長と合流しよう。アリス、先導を頼めるか?」

「はい。ですがジーク。くどいとは思いますが、無理だけはしないでください」

「分かってる。何かあったらすぐに言うよ」

 

 虚ろな目をして脱力しきってるキリトを背負う。こんな状態でも心というか、本能的衝動は働くらしく、青薔薇の剣も回収しようと求めていた。それが分かった俺はアリスに頼んで青薔薇の剣を取ってきてもらい、それをキリトの夜空の剣とは反対側の帯に挿してもらった。

 

「剣士の鏡だね〜」

「……友情の表れでもあるでしょう」

「そうだな。……親友、ね。こんなの見せつけられたら羨ましいもんだな」

「そうですね」

 

 同年代って言ったらアスナか。けどアスナは親友って感じじゃないんだよな。ソウルメイトでもない。むしろソウルメイトは風林火山の奴らだ。ノリが大好き。あとスリーピングナイツな。

 アリスに付いていって下の階へと降り、そこからどんどん下に降りていく。元老院は相変わらず術式を唱え続ける元老たちしかおらず、それも止まることがなさそうだ。止めれるのは今じゃ騎士長ぐらいか。直接の上司じゃないからそれも怪しいけど。

 

「すっかり夜が明けちゃってるな」

「当然でしょう」

 

 95階の暁星の望楼へと出たところで、眩しく日が昇っているのが分かった。綺麗な青空だし、今起きてることなんて誰も把握してないから、きっと人界のみんなは何も変わらずいつもの生活をしているんだろう。

 

「そういや騎士長は90階の風呂にいるままかな?」

「それはさすがに……ないと思いたいですね」

 

 可能性高いのかよ。チュデルキンが死んだ時点でディープフリーズは解除されてる。そうなるとあとはあの氷だけ。その氷もユージオが死んだ時点で溶けるとしても、そこそこ時間差があったはず。つまり騎士長はしばらくの間氷の中だったわけで、冷えた体を温めるために大浴場に浸かっててもおかしくはないな。

 それならいっそ俺もそこに混ざりたい。普通に風呂に入りたい。キリトもついでに突っ込むとしよう。野郎の体を洗うのは超嫌だが、キリトには今回押し付けすぎた。それくらいはするべきだろう。

 

「おっ、無事……とは言い難いが、戻ってきたか」

「アリスの予想通り湯に浸かってますね〜」

「嬢ちゃんは慧眼だな。背を向けてるが」

「お、小父様! 何か身に纏ってください!」

「まだ体が温まりきってなくてな。悪いがしばらくこのままだ」

 

 この世界ってわりと欧米感あるくせに、普通に風呂を満喫するよな。向こうの人ってシャワーで済ますことが多いって聞いてたんだが、そのへん混ぜて作るあたり菊岡たちも日本人だな。

 俺の後ろで背中を向けてるアリスが落胆してるのを感じ取る。まぁ、男の裸なんぞ見たくないわな。しかもあれだけのことをやり終えた後で、これから今後の話をしなくてはって意気込んでたわけだし。

 

「お前さんたちもどうだ? 疲れたろ」

「ハッハッハ。騎士長は面白いことを言いますねー。これから今後の人界の話をしようって流れになってるのに」

「ふむ、まぁそりゃそうか」

「では、お言葉に甘えて浸かります。酒もあれば完璧」

「ジーク!?」

「ハハハ! 分かってるじゃねぇかジーク!」

 

 キリトを下ろして俺も風呂に入ろうと思っていたら、アリスが瞬時に俺の目の前に移動する。その勢いに任せて服を掴まれ、前後にガクガク揺さぶられる。たぶんシリアスなムードを壊されたくないんだろうな。気持ちはわからんでもないが、とりあえず揺らすのやめてほしい。俺はキリトを背負ってるんだから。

 

「なんなら嬢ちゃんも入るか?」

「あんたにアリスの裸体見られるのは気にくわんな!」

「お前が怒んのかよ!」

「ジーク……」

「え、何この場違い感。オレ邪魔者になってね?」

 

 さて、アリスの肩の力も抜けたところで、騎士長と真面目な話でもするか。まずキリトを下ろしたい。ずっと背負ってんのしんどい。そんなわけでキリトに大浴場の縁に背中を預けさせ、俺は足湯を満喫。アリスは騎士長を見ないようにと相変わらず視線を逸らしてるけど、俺の横に座ってる。キリトのことも見てくれてるし、まぁいいか。

 騎士長と別れてからの話を俺なりにして、補足説明をアリスが加える。そうしてカーディナルのこともユージオのことも話した。だが、菊岡たちと話したことだけは伏せた。これはまだ話すべきではない。騎士長もそれには気づいていたけど、敢えて突っ込まずにいてくれた。話すタイミングは任せてくれるらしい。器が大きいね。さすがは騎士たちを束ねる長だよ。

 

「ふむ……。ま、やれるだけの備えをするしかないか」

「もしかしなくてもある程度想定されてました?」

「お前さんたちが挑むって時点でな。……いや、ユージオに負けた時点で可能性は脳裏にチラついてたか。惜しい若者を失った」

「小父様……」

「三人はしばらく休んでたらいい。一旦自分を見つめ直すのもいいだろう。ここからはオレが引き継ぐ。長たる者の役割だからな」

 

 湯船から出た騎士長は、用意していた和服に身を包む。氷漬けになってた時に着てたやつだ。当然濡れてるわけだから、一気に湯冷めして寒そうなのだが、騎士長からはそんな様子が一切見られなかった。先に失礼すると言って堂々とした足取りで出ていく騎士長の背中はやはり大きい。騎士団だけじゃない。この人界を守るべく頂点に立ち続けてる者の背は、背負い続けてきたその魂は、計り知れないほど大きいな。

 

「凄い人だな。騎士長ってのは」

「はい。私の目標ですし、私の師ですから」

「なるほどね。……師なの!?」

「そうですよ。私は小父様に鍛えてもらいました。ちなみに私の弟子はエルドリエです」

「へ〜」

「と、ところでジーク」

「ん?」

 

 騎士長に鍛えられたから、ってだけではないことは分かっているが、アリスの実力の裏付けは明かされた。そしてそんなアリスの弟子が、エルドリエらしい。姿しか見たことないが、整合騎士の一人だ。実力だってあるだろうし、アリスが鍛えているというのなら、是非とも戦ってみたい。なんて考えていたら、アリスが隣りでモジモジしながら話しかけてきた。デリカシーの欠片もないが、花を摘みに行くのならご自由にどうぞ。

 

「そ、その……お風呂……入りませんか?」

「……んん!?」

 

 予想の斜め上どころか5段は上の言葉が飛んできた。俺の思考が止まるには余りある威力だよ。

 

 

☆☆☆

 

 

「いい湯だな〜」

「そ、そうですね……」

「この状況作ったのアリスだからな?」

「わかっています……!」

 

 今私達は大浴場に浸かっている。一糸纏わぬ姿で、背中合わせで。髪のおかけでジークの背と私の背が直接触れることはないけど、やっぱり恥ずかしい。ジークがキリトも湯船に浸からせていて、溺れないようにジークが面倒を見てくれている。

 

 ──なんでこんなことしてしまったのでしょう……

 

 なんでも何も私がこうなるようにジークに話を振ってしまったのが原因なのだけど、いったい全体私は何を思ってこんな……。

 

「アリスって凄いよな」

「へ?」

 

 湯船の中でそっと私の左手にジークの右手が重ねられる。そして唐突に放たれたジークの言葉。それがよく分からなくて、私は思わず視線を後ろに回してしまった。それに気づいたジークも軽くだけど振り向く。

 大丈夫。視線が下がらなければ。……やっぱり駄目。恥ずかしいから元に戻ろう。

 

「信じてたものが間違ってるからって、普通はそう簡単に動けない。信じてたのにって打ちひしがれたっておかしくない。それなのにアリスはすぐに人界を正そうと立ち上がった。右眼の封印すら破って。……それ、だいぶ痛かったはずだろ?」

「……はい。焼けるように熱くて、激しい痛みが神経すら焼きそうで……。でも、私が立てたのは私だけの力じゃないですよ? 微かに感じられるアリス・ツーベルクの記憶。そこにいる大切な人、騎士として護らなければならない民たち。何よりも、ジーク。あなたの存在が私を支えてくれたのです」

「どうだか……。俺はやりたいようにしてるだけの迷惑なガキだからな」

「自分を卑下にしないでください。それで救われる者もいるのですから」

「アリス……っ!? ちょっ! おまっ、何して……!」

 

 こんなに慌てふためくジークを見られるなんてどこか新鮮な感じがする。それを見るためには、こんな(・・・)恥ずかしいことをしないといけないのが癪。でも、今の目的は慌てるジークを見ることじゃないからいい。自己評価が低いジークを私が認める。そのためなんだから。

 

「アリスさんアリスさん。背中に当たってるんですけど」

「……今はそういうの言わないでください。私だって恥ずかしいのを耐えてるんですから」

「ならしなかったらいいのに」

「そしたらジークは自分を責めることを止めないのでしょう? その方が私は嫌なのです」

「……ごめん」

「そうじゃないでしょう?」

「うっ、……ありがとうアリス」

「どういたしまして」

 

 ジークの背に乗りかかるようにして、腕はジークの肩越しにそっと抱きしめるように回す。広すぎる首輪って感じかしら。ジークの背は小父様のような、がっしりとして全てを受け止めるような大きすぎるものじゃない。でも、決して小さいとも思わない。比較対象が小父様だから小さく思うだけ。十分大きい背中。私よりも背負ってるものが多いってわかる。

 瞳を閉じてジークの頬に自分の頬をすり寄せる。たしかに感じられるジークの存在。私の心に広く深く居座るこの感情を抱かせる人。失いたくないし、離れたくもない。ジークが改めて私の手に重ねてくれた手を握る。この手を離さないために。

 

 だから

 

 

 ──ジークには戦争に参加させない

 

 

 ──たとえ嫌われたとしても

 



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