己がために   作:粗茶Returnees

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 リアルがドタバタして執筆どころか卒論どころでもなくなってました。更新は今後も遅くなります。ごめんなさい。


24話 休暇

 

 遮蔽物もなく見渡せる青い空。美味しいと感じるほど澄んだ空気。常緑樹もあるみたいで寒くなり始めてるこの時期でも緑の葉をこれでもかと伸ばす木々。その中にも葉が移ろいゆく種類の木々もあるらしく、リアルと同じように紅葉を見せる葉もある。セントラル=カセドラルほどの高さがあるものは人界のどこにもなく、あの建物程ではなくとも巨大な姿を見せていたギガシスダーもキリトとユージオによって切り倒されている。それによって更にリソースが村に回るようになったんだとか。

 

「ジーク。今日は私が行きますから、偶には休んでください」

「悪いなアリス。でもこれは俺の仕事だからさ。アリスはキリトを頼むよ」

「ですが……」

「俺ってそこまで料理できないしさ。できることで分担したらこれくらいしかないんだ。だから、やらせてくれ」

「……あなたはズルい人です。そんな言われ方をしたら引くしかないじゃないですか」

 

 目を伏せて首を振るアリスに一言謝る。アリスにどう言えば引いてくれるのか、そこを考えた上で発言しているという負い目もある。アリスの気遣いを無下にするという負い目もある。何より、アリスをこの小屋に閉じ込めてるような罪悪感がある。アドミニストレータ(教会)の支配から抜け出したのに、その矢先でこの扱いは酷なものだ。だが、俺は自分勝手だからこうしてしまう。

 

「それじゃ行ってくる。昼には一度戻るから」

「……はい。どうか気をつけて」

 

 アリスへの負い目(引け目)に後ろ髪を引かれる。それを抑え込んで、軽い自己嫌悪をしながら俺は近くにある林へと足を運ぶ。

 俺とアリスがキリトを連れてきたこの場所はルーリッド村。アリス、キリト、ユージオの三人にとってはすべての始まりの村。俺にとっては初訪問だが、それなりに居心地がいい。もちろん他所者を迎え入れることに抵抗がある人もいた。

 帰ってくるはずがない(死んだはずの)アリスが帰ってきて、キリトと出て行ったユージオは帰ってこず、キリトも片腕を失って精神崩壊。そして面識のない何者か()。不気味だと思われて当然だ。

 そんな俺達に小屋を提供してくれたのは、キリトにギガシスダーの枝で剣を作るように助言したガリッダさんだ。村から少し離れた場所に小屋を持っていたガリッダさんが、ここを俺達の拠点にさせてくれた。そして、勝手に居座る代わりにと俺達は樵をやることにした。初めは交代してやっていたが、俺が他にできることがないから、今では俺一人でやらせてもらっている。

 

 ──理由はそれだけじゃないけどな

 

「……今日はこの辺か」

 

 用意された斧を持ってさっそく作業開始。アリスの金木犀の剣やユージオの青薔薇の剣、キリトの夜空の剣レベルのものであれば一回で切り倒せるのだが、あれらで樵の仕事はしたくない。アリスはやってたらしいけども。

 

練習にはもってこい(・・・・・・・・・)だしな」

 

 斧を構えて意識を集中させる。やることは一言で済ませると《心意》の練習だ。この世界では《心意》の扱いの上手さが強者同士の戦いを左右させると分かった。キリトはソードスキルに変化を及ぼすほどだった。《心意の太刀》や《心意の腕》もあるという。

 それらを極限に集中した状態でしか使えないのでは、この先の戦争に対抗できない。整合騎士レベルで一騎当千であっても、敵の数は推測で5万前後。数で押し負ける。義勇兵を募ったところで付け焼き刃だ。過酷な環境で生きてきてるダークテリトリー軍に気合だけで張り合えるわけがない。

 そしてそれは俺にも言える。個人の目的であれば、キリトとアリスだけを連れてワールドエンドオールターに行けばいいだけ。それでも実力がこのままでは難易度が果てしなく高い。さらに、アリスが戦争を投げ出すわけがない。殲滅は不可能だから、着地点は和平だ。そしてそのためには和平を望まない者たちの主導者を殺していくことが望ましい。

 

 ──頭を潰せば他は止まる。実力で物を言う社会ってのが好都合だな

 

 強者に従うのがダークテリトリーのルール。頭を潰したやつに従うのも当然と言えるだろう。だから、和平への道筋を確立させれば、アリスも納得してくれるはずだ。そうならなくても時間の問題ではある。和平が成立してからでも遅くはない。この世界は外よりも早く時間が経つのだから。

 

「──ふっ!」

 

 《心意》で強化した斧を木に打ち込む。本来の性能では考えられないほど切れてはいるのだが、それでも一発で切断するには至らない。まだ意識が弱い証拠だ。《心意》とは思いの強さだ。チュデルキンやアドミニストレータと戦った時ほどの強さが今はない。アレを限界にするわけにはいかない。最低レベルにすべきなのだ。

 

「……あー駄目だな。焦ってちゃ習得できねぇ。アリスも時間がかかるって言ってたし」

 

 焦っていては冷静さを欠く。これでは何もできない。……あー、そういうことか。俺はアリスが一人で頑張ろうとすることに焦っているのか。あの戦いでは何もできていなかったから。あれ以上のことが待ち受けていると考えられる戦争。そこにアリスが飛び込むことが嫌なんだ。

 武器を持たない俺が戦場に立てない可能性の方が圧倒的に高い。拳でやり合えなくはないが、その内容は特攻だ。それを知るアリスが騎士長に頼み込めば、俺を戦場に出させないように手を打ってくるだろう。あの人は今や人界をその両肩に背負っている。そんな人間を戦場に立たせては、周りに悪影響が出かねない。だから、足手まといではないと思わせるために、誰よりも《心意》の扱いに長ける必要がある。

 

「すぅー……はぁー。よしっ!」

 

 大きく深呼吸して、いつの間にか入っていた肩の力を抜く。《心意》は怒りでも発動させられるが、それでは不安定過ぎる。キリトのように純粋な意志のみで発動するべきなんだ。

 斧を握り直し、肩幅程度に足を広げる。斧を肩に担いで一度目を閉じる。自分の心に語りかける。俺は何のために戦おうとしているのか。

 

 

 ──この世界を作った菊岡たちのため? 違う

 

 ──ボロボロになるまで背負い込んで戦ったキリトのため? 違う

 

 ──アリスを想って立ち上がり、そして倒れたユージオのため? 違う

 

 ──優しい心を仕舞って戦場に立とうとするアリスのため? 違う

 

 ──過酷な状況なのに誰よりも真っ直ぐ生き抜いた彼女のため? 違う

 

「俺は俺のために戦う。自己満足したいがために」

 

 

 目を見開いて担いでいた斧を振りかざす。狙いは次に切り倒す木。斧を斜めに振り下ろして狙い通りの場所に打ち込む。今度は止まることなく振りぬくことができ、この一撃だけで切り倒すことに成功する。

 倒れた木を軽く眺めてから、斧を持っている自分の手に視線を移す。何度か手のひらを開閉して先程の感覚を覚え込む。この感覚を体に覚え込ませ、そこからはさらに応用を効かせられるように練習だ。だがその前に。

 

「何のようだセルカ」

「あら、気づいていたのね。集中してたから気づいてないと思ってたのだけど」

「集中ってのは目の前のことにだけってわけじゃないんだよ。逆に視野が広がることだってある。超人の域にいくとどうなるかは知らないけどな」

「私からしたらジークは超人に入ると思うのだけど」

「俺なんて雑魚だよ」

 

 俺の後ろにある木。その影から姿を現したのは、アリスの実の妹であるセルカだ。当然ユージオとも面識があり、キリトとも面識があるらしい。セルカは修道女として日々励んでいて、キリトが村にいたときは村にある教会で寝泊まりしていたのだとか。その時に教会の規則を教えたのがセルカというわけだ。

 このルーリッド村に来てからすでに半年ほど。ここに来る前に騎士長から聞いていた《東の大門》の天命が尽きる日も近づいている。時間が足りないからここからは鍛錬の質を上げなければいけない。

 

「ねぇ、なんでジークはそうやって一人で戦うの?」

「いきなりどうした」

「はぐらかさないで。私が言いたいことは分かってるでしょ?」

「さぁな。俺とセルカは出会って半年しか経ってないし、半年間ずっと一緒にいたわけでもない。そして毎日顔を合わせていたわけでもない」

 

 セルカにだってセルカの都合がある。本人がなるべくこちらに顔を出すようにしていても、その頻度には限りがあるし、時間にも限りがある。そして基本的にセルカと話すのはアリスだ。俺は部外者だからと距離を取ることが多かった。二人からしたら余計な気遣いらしいがな。

 俺が言葉を躱すことに呆れたのか、セルカは半眼になってため息をついた。正直に言えばセルカが言わんとしていることに察しはついてる。そしてそれに対する俺の返答も決まっている。今さら覆らない。

 

「そのやり方はアリス姉さまを傷つける。それくらい分かってるはずでしょ?」

「そうだな。アリスは俺が戦うのを良しとしない」

「分かってるならなんで!」

「セルカ。俺はセルカほど強くない(・・・・)。耐えられないんだよ」

「っ!」

 

 セルカは賢い。そして察しもいい。俺が言いたいことがこれだけで伝わってしまうほどにな。唇を噛み締めて手を強く握るセルカに、俺は何も言葉を投げられない。何一つとして言葉を持ち合わせていないから。

 最愛の姉がいずれまた戦いの場へと出向く。アリスはそのことを語っていないはずだが、整合騎士となったことは証している。それなら戦いに行くことは明白。整合騎士の役割は誰だって理解しているのだから。それをセルカは受け止めた。姉が傷つくかもしれない。最悪の場合今の時間が最後になるかもしれない。それでもセルカは、その事実を受け止めきった。行くなと言わなかった。多少は表情を曇らせたが、それも数秒の間だけ。すぐに陽だまりのような笑顔を浮かべてアリスの帰りを待つと言ってのけた。

 それが俺には眩しすぎた。そんなことは俺にはできないから。無事を祈って待つほどの心の強さを俺は持ち合わせていない。あるのは、アリスを信じきれない己の弱さのみ。

 

「……もう考えを改めることもないのね」

「まぁな」

「はぁ……。それなら怪我しないで勝てるぐらいに強くなって」

「は?」

「ジークが一度も傷を追うことなく戦い抜けるほど強くなれば、アリス姉さまだって心配事がなくなるでしょ? ジークも姉さまを守り抜ける。一石二鳥じゃない」

「……ははっ、やっぱお前はアリスの妹だよ。……ユージオの──」

「謝らないで。それはあなたが謝ることじゃないから」

「……わかった」

 

 セルカのやつ、俺の何手先の思考をしているんだろうな。毅然とした態度で言ってきやがって。絶対に今のはこの瞬間に思ったことじゃない。あらかじめ用意していた言葉だ。つまり、説得が無理だった時ように保険をかけておいたわけだ。かつてキリトたちの脱獄を見抜いていたというアリスの慧眼。セルカも修行をすればその域に到達するだろうな。恐ろしい姉妹だ。

 

「そういえばずっとジークが樵してるわよね? 初めは姉さまもやっていたのに」

「あー、ちょっとした練習がしたいのと、アリスの方が料理できるからだよ」

「……パンケーキを熱素で炭にしてた姉さまよりできないの?」

「しばらくは俺の方ができてたんだぜ? 挑発したら急成長したんだよ。今じゃ足元にも及ばないぐらいだね」

アリス姉さまも乙女なのね

 

 アリスのあの急成長は何だったんだろうな。日に日に料理の腕が上がっていってたぞ。俺の料理の腕を超した時のあのドヤ顔は忘れられないな。いずれまたコツコツやって追い越すとしよう。ALOなら俺の方が上だし。あー、でもあそこは上限が決まってるからなぁ。リアルの方ではアリスに食べてもらうこともできないだろうし。……またここに帰ってくればいいか。

 

「俺はもうしばらく仕事やるが、セルカはどうする? アリスのところに行っとくか?」

「そうさせてもらうわ。今日も長いはできないけど」

「それでも十分ありがたいけどな」

 

 林を駆け抜けていくセルカを見送りつつ、その速さに呆れる。よっぽどアリスに会いたいらしい。それはそうと、あの速さって無意識に《心意》でも扱っているのだろうか。年相応の速さじゃないんだけど。

 

「まぁいいか」

 

 樵としての仕事と《心意》の練習を再開し、さっきの感覚を思い出しながら斧を振り下ろす。意識を研ぎ澄ませ、全てを切り裂くように。

 

 

☆☆☆

 

 

「来客とは珍しい。てかよく分かったな」

「私の飛竜はアリス様の飛竜と兄妹なのでね」

「なるほどね。自己紹介しとこうか、ジークだ」

「デュソルバート殿から多少は聞いている。私はエルドリエ・シンセシス・サーティワン。アリス様の弟子だ」

「らしいな」

 

 夜に来客してきたのは、正式な整合騎士としては一番若いエルドリエだ。ユージオは非公式だし、正気に戻ってからはあの時の力を使えてなかったから、整合騎士と言えるのかも怪しい。

 エルドリエの来訪の理由は分かりきっている。アリスに戦争に参戦してほしいのだろう。騎士長からは休暇と言い渡されているが、細かなことはこっちに決定権がある。そしてアリスはまだ参戦へと踏み切れていない。アリスのことだから時間の問題ではあるんだがな。急がせるものでもないだろうに。

 

「エルドリエ。引き取りなさい」

「……とことん二人で話し合え」

「ジーク?」

「アリスがどうするかはアリスが決めればいいし、そこに他の誰かの存在を入れて考える必要もない。けど、エルドリエもわざわざ寄ってくれたんだ。話し合いぐらいするべきだろう」

「……わかったわ」

 

 俺はアリスとエルドリエだけにするためにキリトを別の部屋に移動させ、俺自身は外に出た。軽く会釈していたあたり、エルドリエはプライドだけの人間じゃないらしい。案外仲良くなれそうだ。

 

「飛竜は……あれか。兄妹竜なだけあって仲いいのな」

 

 少し離れた場所でじゃれ合う飛竜の姿に頬を緩ませる。整合騎士の相棒であり、戦闘にも用いられるらしいが、それでもやはり生物だな。心がある。アドミニストレータが作ったソードゴーレムは、たしかに戦場で最効率の殺戮を繰り返す存在だ。だが、そんなやつと肩を並べたくはないし、そんなやつの力で守りたいとも思えない。そもそめ代償が守るべき人間ときたら尚更だ。

 

「──っ! はぁー、またか(・・・)

 

 殴られたような激しい鈍痛。それが頭で響く。軽い目眩を覚え、体が崩れそうになるのを耐える。キリトが精神崩壊したあの日。あの日からたまに起きるこの現象。外のSTLで何かしら異常が出てるのか、それともあの時の衝撃が何度も押し寄せてきてるのか、それを確かめる術はない。

 

「これは慣れないな……。せめて戦闘中に起きないでくれよ」

 

 謎の現象に独りごちる。痛みに引くまで体を草原に投げ出して星を眺める。SAOの時からそうだったが、作り物とは思えない精巧さ。リアルと同じ星座もあれば、どれにも該当しないものもある。それらをテキトウに繋げていき、自分で勝手に星座を作って名前をつける。もしかしたらこの世界では、すでに星座の名前が決まってるのかもしれない。その時は教えてもらうとしよう。

 痛みが引いてから体を起こし、夜風に癒やされていると、エルドリエが飛竜の下へと歩いていくのが見えた。どうやら話し合いは終わったらしい。そしてその結果は予想通りだった。アリスはまだ決意が固まっていない。開戦までには戦う意思を固めて、戦場に出ると言うんだろうけどな。俺はそれに備えて少しでも技量を上げるだけだ。

 

 俺のこの考えは叶わなかった。俺は開戦時に戦場に立つことができなかった。

 

 ──他でもない。アリスの手によって


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