己がために   作:粗茶Returnees

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26話 乱戦

 

 後方部隊のテント群から戦場へと向かって走る。アリスに眠らされたことで記憶も混濁していたが、目の前に意識が覚醒したことで聞いていた戦略を思い出せてきた。

 まず、人界軍を第一陣と第二陣に分ける。それをさらに三分割ずつすることで、六部隊作る。整合騎士がそれぞれの部隊の指揮官となる。第一陣の中央部隊には副騎士長であるファナティオさん(バブみの塊のお方)。その両翼にデュソルバートさんとエルドリっち。

 第二陣の中央部隊が騎士長。その両翼にはシェータさん(なんか危ない人)レンリ(ショタ)。アリスは上空で大技を打つために待機。

 

「ん? あのショタなんで後方にいた!?」

 

 部隊率いてるはずの人間がなんで後方に単独でいたんだろうな! その理由を聞きに戻るなんてやってられないから、とりあえず放置された部隊の場所へと向かうとしよう。たしか第二陣の左翼だったはず。たぶん、きっと、めいびー。

 

「なんだ、見ればわかるもんだな」

 

 見えてきた第二陣の後ろ姿。その中でも左翼だけが乱れている。右翼は動かず、意外なことに中央も兵が動いていない。それぞれの場所でのみ迎撃しろという形を取ってるのか。厳しいといえば厳しいし、信頼の表れとも言えなくはない。なんにせよ、俺が行く場所はあそこになるな。アリスがいるあの上空にはどう行こうか。それは後で考えるとしよう。

 進路を左側へと変えて走る。一応聞いていたが、人界とダークテリトリーはこんなにも違うもんなんだな。まず空の色が違う。余りにも露骨に違う。地面の色も。谷だから草木が殆どないのかと思っていたが、こんな環境が当たり前なら資源に乏しいというのも納得がいく。空気も違うからな。ここに慣れてから人界の空気を吸ったら、空気が美味いって感じることだろう。

 

「乱戦か……!」

 

 左翼の様子が見えてくると、戦況がどうなってるのかも分かってくる。指揮官であるショタがいないために統率が取れていない。幸いというべきか、第一陣をすり抜けてきたゴブリンたちがいる程度らしい。これならすぐに立て直せるだろう。

 軍が混乱して乱れているせいで、間をすり抜けていくのに手間取る。列が整っていれば間を一直線に行けたんだが……、文句を言っても仕方ない。

 

「お前らどけ!!」

 

 俺の声が聞こえた人たちが驚いてこちらを向いてくる。目の前にいる人を強制的に退かし、少しできた道を初速からトップギアで駆け抜ける。それを見た人たちが慌てて道を作り、さらに前方の人にも急いで開けるように声を張り上げる。そこからはその連続だった。俺が駆け抜ける前に兵士が横にそれる。望み通りの一直線の道ができ、ゴブリンと乱戦を繰り広げてる第二陣左翼の前方へとたどり着く。

 俺は指揮を出すような人間ではない。それはヒースクリフやアスナのような人間がすることだ。俺にできることは最前線に出て敵を撃つのみ。だから、今回もそうするために前線に出る。心意を使って跳躍し、兵士たちの頭上を飛び越えて先頭に躍り出る。

 

「白イウム共を殺せー!!」

「お前が指揮してそうだな」

「あぁ? ……ハハハ! この白イウム武器も持ってねェ!」

 

 ゴブリンたちのやり方なのか、こいつがそういうタイプなのかは知らないが、周りに指揮を出す者が最前線にいてくれている。頭が潰れたら隊は成り立たないものなのにな。

 指揮ゴブリンの高笑いが聞こえた他のゴブリンも、俺を見ては笑い出す。さすがに人界軍と交戦中のゴブリンはそっちに集中してるけどな。

 

「き、君! せめて何か武器を!」

「いらねぇよ」

 

 近くにいた兵士が気を使って言ってくるのを跳ね返し、目の前の指揮ゴブリンを観察する。資源が乏しいダークテリトリーの中でも、暗黒騎士と呼ばれる者たちだっているらしい。その者たちの武装はこちらのものと遜色ないと聞いた。だが、目の前のゴブリンたちはそうではない。切れ味の悪そうな武器を使ってるあたり、ダークテリトリーの中でもさらに資源に困っているのだと推測できる。刃がガタガタになってるが、あれはあれで痛い。もはやノコギリに近い何かだからな。

 

「黒イウムの拳闘士じゃあるまいし、白イウムのガキ如きが手ぶらで戦場とは良い度胸だなぁ。たっぷり怖さを教えてやる!」

「ふん、実験台にしてやるよ」

 

 剣を一度横に振ってから指揮ゴブリンが突撃してくる。それを迎え撃つために俺も前へと出る。近くに味方がいる方がやりにくいからな。連携を取れる味方ならともかく。

 俺が試したいのは、心意の活用だ。さっきの跳躍の時や開戦前の騎士長との腕試し。樵をしていた時の練習では、どれも時間をかけてやっていた。一秒の無駄も許されない戦場において、俺はどこまで自在に心意を使えるのか。それの検証をしないといけない。

 

「まずは腕ェ!」

 

 向こうの目的は俺をいたぶること。速攻で殺そうとしないところが、今の俺にとってありがたい。

 左腕を狙って剣を横薙ぎにしてくる。ならばこちらは左腕一本で防いでみよう。左腕に強固な籠手が装着されるイメージをする。そのまま避けずにわざと左腕を敵の剣にぶつける。

 

 ──物が壊れたような音がした

 

 それと同時に左腕に痛みと熱が生じる。しかし敵の目は驚愕に染まっている。俺の左腕を切り落とせなかったからだ。傷も肌が斬られ、若干肉も斬られた程度。まだまだ鍛錬が足りない証だ。この世界で誰よりも強くなるには、誰よりもイメージを強く持てる人間にならないといけない。

 "イメージするのは常に最強の自分だ"って好きなゲームのキャラも言ってた。……あれはまさかこの世界を示唆していたとでもいうのか。もしかしたら菊岡たちもあのキャラが好きなのかもしれない。出たら聞いてみよう。三発殴ったあとで。

 

「ギィィ! 白イウムごときがァ!!」

「見下してるだけじゃ強さの証明にはならんぞ」

 

 上段から振り下ろされる剣を左拳で右側に殴りつける。それと同時に体を半身にして右腕を引いておく。剣の腹を殴ったから今度はどこも斬られずに済み、怒り心頭のゴブリンは力み過ぎて大きな隙を作ってくれた。そこに容赦なく間髪入れずに右アッパーをゴブリンの腹に入れる。体が浮き上がったゴブリンの足を掴み、ジャイアントスイングをして他のゴブリンたちに叩きつける。

 ──命名ゴブリンボーリング……誰にもオススメしない悪趣味な遊びになるな。この戦争以外では絶対にやらないでおこう。

 

「やっぱ戦いながらじゃないと磨けないか……。まぁいい、ちょうど戦争だ」

「君はいったい……」

「んー、俺のことは今はいいだろ。敵はまだ残ってるし、最前線のほうが激戦なんだからな。……この部隊ってそれぞれ隊が細かくなってたりするか?」

「あ、ああもちろんだ。衛士長たちがいるよ」

「んじゃそいつら全員ににすぐに伝言だ。『今すぐ自分の隊を立て直して近くの隊と協力しろ。じゃないと自分の隊員が死ぬぞ』ってな」

「分かった」

 

 普通ならいきなり現れた謎の人物の指示なんて聞かない。だが、今回は先にゴブリンを倒した。俺の理想の形ではないが、苦戦していた人たちからすれば好印象だ。そこを突いての指示である。

 ぶっちゃけそこまで考えて行動したわけじゃないけどな。結果から逆算して考えたら、そういうことなんだろうってだけだ。

 

「俺はもう少し敵を討ったらこの先の第一陣のところへ行く。ここの騎士も時期に戻ってくるだろうから、あとはその指示に従え」

 

 言うだけ言ってすぐにゴブリンたちに突っ込む。動きを見ていれば誰が指揮をしているのかわかる。だからそいつを狙い撃ちで倒す。ここよりも酷いことになっている第一陣にすぐに突っ込むなら、これが効率的だからな。

 

 

☆☆☆

 

 

 ──大失態だ

 

 その一言が脳内で何度も反芻する。

 私は第一陣の左翼として、この戦争に大いに貢献すると息巻いていた。それが私の役目なのだと。師アリスに応える唯一の手段なのだと。

 そう思って開戦の時を待っていた。しかし、いざ始まるとこの体たらくである。ゴブリンたちの煙幕によって視界を塞がれ、部隊は大混乱。煙幕に紛れて戦うのかと思いきや、敵は我らをすり抜けて後方へ。

 もちろん全てのゴブリンがそうしたわけではない。戦闘にいたものが間違いなくゴブリンたちの長だった。その者の近くにいたゴブリンたちがどこまで行ったのかは分からないが、敵は数が多い。半数以上は今まさに私達の部隊と交戦中である。乱戦ではあるがな。

 

「この……!」

 

 己の神器でゴブリンたちを一人一人屠っていく。乱戦となってしまった今の状況では《武装完全支配術》を扱うことができない。頼れるのは己の剣術のみ。

 指揮系統も乱れている。各々が個別に戦う状態となっており、近くにいる指揮官に頼るという状況だ。かく言う私も近くにいる者には指示を出すが、立て直しの余裕がない。

 

 ──アリス様の期待を裏切った

 

 このことが私に冷静さを失わせるからだ。

 今までやっていたような「騎士らしい戦い」や「優雅な振る舞い」などかなぐり捨てている。汚れにまみれようと関係ない。可能な限り、一人でも多くの敵を討つ。そのことだけが私の頭の中にある。

 

「──ッ!!」

「……後方で何が」

 

 戦場の空気が変わったことを感じ取った。そしてそれは後方からだ。そちらに視線を向けてみたが、どうにも詳細が分からない。感じ取った限りでは、さらに劣勢になったというわけではなさそうだ。自体が好転したように思える。

 だが、いったいどうやって。何があってそんなことが起きるというのか。その答えはやがて明らかへとなっていった。

 

「乱戦が……解けていく?」

 

 敵と味方が入り乱れて戦っていたものが変わっていく。後方では敵と味方の区切りが分かりやすくなっており、それが少しずつ前方(こちら)へと上がってきている。そんな中、敵の軍勢を突破して私の前に現れたものがいた。聞くまでもない。この者が立て直した人物である。

 

「……何をした」

「単純なことだよ。乱戦ってのは敵味方の境が崩壊するから被害がデカイ。裏を返せば先に連携を取れるように立て直したほうが優勢となる。俺はそれを実行しただけだ。ちょうど俺は後方から来たわけだし、やりやすかったぜ」

「貴様……これは私の部隊ですぞ!」

「馬鹿かお前」

 

 怒鳴りつけると冷淡な言葉が返ってきた。その声の冷たさ、視線の鋭さ、その者の気配の変化。それらを感じ取った瞬間、私は背筋が凍りつく思いがした。

 

「これは戦争だ。そしてあいつらはお前の駒じゃなくて人間だ。プライドがあるのは分かる。俺だって譲れない信念があるからな。だが、私情を指揮に持ち込むな。それで余計に兵が傷つくんだぞ。最悪命だって落とす。お前はあいつらの帰りを待つ人間に、『私の誇りのために死なせた』って言うつもりか?」

「!!」

「私情を持ち込んで戦うなとは言わない。自分一人の戦いならそれでいいさ。だが、部隊全員の命を預かる立場にいるなら、第一に考えるべきなのはいかに味方を死なせないかだ」

「そう……ですな。……ええ、貴殿の言う通りです」

 

 握り拳を自分の頬に本気でぶつける。我ながら威力の大きさに驚いたが、より気が引き締まるというものだ。目の前にいる男……ジーク殿も目を見開いたが、私が視線を真っ直ぐぶつけるとすぐにニヤッと口角を上げた。

 

「あいつらは自分たちで前線を押し上げてこれる。ゴブリンも次々に後方に下がっていってるしな」

「で、あるならば私が指示すべきことも必然的に絞られますな。

 ──速やかに隊を再編して背を打つ」

「分かってるならこの後は任せるぞ。俺は指揮するの嫌いなんだ」

「ふふっ、アリス様が仰った通りの人物ですな」

「……何言われたんだか」

 

 撤退する敵を見つめつつぼそっと言葉を溢す。そんなジーク殿を横目に見つつ、衛士たちに呼びかける時を見計らう。彼らは今、容易に敵を討てる状況に酔ってしまっている。それを止めねばならぬが、早く止めてしまっても止めきれない。逆に遅いと収拾がつかなくなってしまう。

 それらを計算しつつ、アリス様がジーク殿を語った時のことを思い返す。

 

『彼は自分勝手な人間ですよ。誰かのために行動してるように見えるのですが、冷静になって観るとそれが違うのだと分かります。彼は自分の守りたいものを必死になって守ろうとするのです。そのためなら自分が傷ついてもいいのだと考えてしまう。……なぜあそこまで自分を考えられないのかは分かりませんが』

 

 そう語ったアリス様は、寂しげにされていた。東の大門が崩れさった後に一度お会いしたが、その時にジーク殿の姿はなかった。眠らされていたから。それらのことを考えたら、自然とあの方のお心がどう向いているのかなど当然分かる。

 

「そろそろか」

「分かっていますよ」

 

 敵を追撃せんとする兵士たちを呼び止める。あれだけの興奮状態の者たちを止めるためには、より声を張り上げる必要があった。初めてそれほどの声をだしたが、その甲斐もあって皆を止めることができた。

 そこから隊を速やかに再編し、私自身が先頭に立つ。ジーク殿も先頭に立ち、敵を観察している。あちらは再編に少し手間どっているようであり、始めるなら今だろう。

 

「ジーク殿」

「どうしたエルドリっち」

「……その呼び名はやめていただきたいが、今は置いておくとしましょう。貴殿の目的はこの部隊を整えることではないはず、ここに来たのは私に用件があるから。違いますか?」

「ははっ、アリスが褒めてただけあって、なかなかの頭のキレだな」

「アリス様が!?」

 

 にわかには信じられないが、それがもし本当であればこれほど喜ばしいことはない。胸の内が跳ね上がる思いを抑えきれず、つい素っ頓狂な声で反応してしまった。その反応が面白かったようで、ジーク殿は苦しがるほど笑われていた。腹を抱え、空を仰ぎ、声を抑えることなく笑う。

 

「そこまで笑われると私も思うところがありますぞ……!」

「ははっ、はぁーわりぃわりぃ。やっと柔らかくなったなって思ってさ」

 

 いったいどういうことなのか聞こうと思ったが、ここで時間を使ってしまったために敵の再編が終わる。そして終わると同時に突撃を仕掛けてきた。私も意識を切り替え、神器を抜刀する。

 

「始まったか」

「敵が来るまでに貴殿の用件を聞こう」

「そうか? なら遠慮なく──」

 

 ジーク殿がここに来た用件は、「やはり」と思う内容だった。いかにもジーク殿らしい。そして、その用件を達成する前段階として、この部隊の立て直しを図ったのだと理解できた。

 

「エルドリエ、死ぬなよ」

「ジーク殿もご武運を」

 

 今度は失態を犯さない。今度こそ師アリスの期待に応えるとしよう。

 


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