久しぶりに書いたら作風やら書き方やら忘れてて焦りました。書き終わっても「こういうのだっけ?」という不安が拭えません(^_^;)
遥か上空で待機する。ただ待機するわけではなく、大規模な神聖術を放つその時が来るまで暴発しないように維持している。誰も行ったことがない神聖術。それを私が放つ。理論上は可能であり、今も維持し続けることに成功している。
リソースの乏しいダークテリトリーでその術を可能にするには、空間リソース以外からも集めないといけない。戦争によって落ちる命。それらを集め続けることでこの神聖術は、この場で放つことが可能になる。
誰の命を集めているのかなんて判断できない。敵味方に差などないから。そしてこれに集中しているために下の様子も見られない。だから、私は信じるしかない。人界軍が押されていないということを。
「……っ……」
玉のような汗が流れ続ける。意識が揺らぎそうになる。住んでいる場所が、生まれた環境が違うだけで、皆同じ人なのだ。それをこの神聖術の行使のための現段階にて理解した。理解できてしまった。
私は人界を愛している。そこに住む人々も。しかし、ダークテリトリーに住む者たちの命も何一つ変わらないのだ。私が愛する人たちと遜色などない。それを理解したというのに、私はその多くの命をたった一撃で屠ろうとしている。
「ジーク」
一言溢してしまう。こんな時に脳裏を過ぎってしまうのは、無茶なことをする人物の存在。出会いは偶然だった。あんな場所で出会い、それから交流ができた。私が抜け出さない限り出会えない人物。出会うといつもどこかしら連れて行ってくれた。誰もが考えもしないであろうことを平然として、天命が減るんじゃないかという思いを何度もさせられた。
それでも彼といると心地良かった。身分を隠していたとはいえ、彼は私を見てくれていたから。本人は何か勘付いていた節もあったけど、それでも何も言わずに変わらず接してくれた。それは再会した時も、そして今でも同じ。整合騎士としての私ではなく、一人の人物としての私を見てくれる。
──それが今では辛い……
私のこの両手はすでに多くの血で汚れている。使命のために多くの命を切り裂き、人界を守るためにその何倍もの数を奪おうとしている。
そんな私を彼に見られたくない。そんな私が彼の隣にいていいわけがない。彼の優しさは、私の心を温めてくれた。だけどその優しさが心に刺さってしまう。私にはそんな資格などないのだと。
手先が凍えるような錯覚に陥る。体が冷え込む。ジークのことを考えれば考えるほど、私の体が冷え込む。それは心もが冷え込んでしまうから。冷え込み、凍てつき、孤独感を覚える。
「そんなんじゃ暴発するんじゃないか?」
「……ぇ」
突然隣から声をかけられ、閉じていた瞳を開いて声のした方向を見ると、私がついさっきまで考えていた人物が立っていた。ところどころ汚れ、服も何箇所か破けている。それでもジークは何もなかったかのように、いつも見せてくれる無邪気な笑顔を浮かべている。
「なん……で……」
「ちょいちょい! 集中力切らすなよ!?」
「あっ! す、すみません! ……ですが」
「んー。ま、ちゃんと話すから、ひとまずその術に集中して?」
「はい……」
ジークのことを知れば知るほど、考えれば考えるほど、その人物像が分からなくなる。もっとキリトに聞けば良かったと思っても後の祭り。今ある情報で判断するしかない。
ジークは戦いが好きであっても命の取り合いが好きなわけではない。それは、ルーリッド村で一緒に生活している間に聞いたこと。ただ、それはジークの中で矛盾が生じていることでもある。誰にも死んでほしくないと思う反面、嫌悪感を募らせ憎んだ相手には容赦なく命を奪いに行く。アドミニストレータとチュデルキンを相手にしていた時がそうだった。
では今はどうなのだろうか。今まで接したことのない相手が今回の敵である。ジークの普段の考えでは、進んで命を取ろうと思わないはずの敵だ。それなのに、ジークは私がやろうとしていることを止めようとはしない。そのことにある種の不安を抱きつつ、彼の説明に耳を傾ける。
「えーっと。とりあえず、ここに来られたのは、エルドリエの飛竜に乗せさせてもらったから。アリスを止めないのは、それが必要なことだと分かっているから」
「そう……ですか……」
「あ、別に戦争だからって命を軽んじてるわけじゃないぞ? それだったら俺はここに来ないし」
「……では何故来たのですか?」
当然の疑問をそのままジークに投げかける。セントラル=カセドラルで再会してから、私は彼のことを何も知らないのだと何度も思わされた。それは一緒に生活してからも同じこと。
知ることが増えているはずなのに、それに合わせてジークという人物への理解から遠ざかる。そんな感覚に陥っている。そんな私の不安に気づいてないであろうジークは、私の疑問に答えるよりも先に行動に移した。
金木犀の剣を握る私の両手がそっとジークの手に包まれる。すぐ隣にはジークがいて、お互いに前方を向いてる。顔だけ動かしてどういうことなのか目で問う。
「アリスって自分で抱え込むよな。
ジークのその言葉に何も返せなかった。だってジークが言った通りなのだから。たしかにこの作戦を考えたのは、ファナティオ殿かもしれない。認めたのだって小父様だ。でも、それを承諾して、こうして準備しているのは私なんだ。大勢の命を一瞬で奪い取るのは他でもないこの私。これは私が背負うべき業なのだ。
「……軽蔑しますか? この作戦を躊躇わず遂行する私を」
不安に思っていたことを微かに震えながら口に出す。ジークに嫌われるだろうと思いながらも行動している。それでも、やはり心に引っかかってしまうのだ。
それを彼に問いかける。答えを求めて。この苦しみから解放されたくて。たとえ恐れている答えでも構わないと、半分ヤケになりながら。
「バカだな、アリスは。俺がこれくらいで嫌いになるわけないだろ」
「え……?」
「アリスが嬉々としてやろうとしていたら流石にドン引きだけどさ。全然そうじゃない。アリスは恐れながらも、この世界の人々を想いながらもここにいる。想像もできないほど葛藤して、今だってこんなに青ざめながらさ。自分の優しさを抑えてその時に備えてる。しかも死んでいく人たち、死んでいった人たちのことを背負おうとしている。嫌いになるはずがない」
「……それでも、私がこの手を汚すことは事実なのです! どれだけ拭おうとしても決して洗い流せない。それだけの業を……私は……!」
私が望んでいた答えを言ってくれた。そうだというのに、私はまだ足りないらしい。私の心にはまだ足りなくて、私は駄々をこねるように言葉を強める。それでもジークは朗らかな表情のままで、私の言葉を受け入れていく。
「アリスはきっと、言葉でも言い表せられないほどのことを背負おうとしてる。それがアリスの性格なんだろうけどな。だが、それをアリス一人で背負う必要がどこにある?」
「何を……言って……だって、私がこの術を放つのですよ!? 私以外の誰が背負うというのですか! これだけのことを何故誰かに押し付けられると言うのですか!」
「頭が固いな。俺がここに来た意味がまさにそこにあるんだが」
苦笑するジークに言葉を失う。ここまで話してそう言われたら、いくら私でも言っている意味がわかる。脳裏に浮かび、消そうとしても消えない言葉がある。
「
「っ! ジー……ク……」
「ったく、なんて顔してんだよ。それだけしんどかったなら先に言えっての」
「だって、ジークには」
「アリスが手を汚すなら俺も汚す。アリスが業を背負うなら俺も背負う。アリスが独りになろうとするなら俺がそこに駆けつける。だから、これも一緒に放つぞ」
「はい」
真剣な目つきへと変わったジークの視線の先には、ダークテリトリー軍の第二陣、小父様が厄介だと言っていた暗黒呪術団の軍勢がいた。さらにオーガ軍の軍勢も見える。混合軍ということは、ダークテリトリー軍の遠距離攻撃を担う軍勢だと考えられる。
雨縁に頭を下げさせ、リソースを貯めに貯めた球体を下方へと転がせていく。方向を安定させるために、金木犀の花たちを支えにする。
「照準は?」
「問題ありません」
「そっか。それじゃあ……撃とうか」
「はい」
重たい一言に同意する。剣を握る手は未だにジークに包まれたまま。彼が来るまでは冷え切っていた手も体も心も、今ではたしかな温かさがある。籠手越しだというのに、ジークの温もりも感じられる。だから──
「リリース・リコレクション」
──私は狙いを狂わすことなくこの神聖術を放つことができた。
☆☆☆
アリスが放った神聖術は、さながらレーザー砲みたいなものだった。その光線が届いた地点を中心とした大規模な爆発。それにより敵の第二陣は壊滅的な被害を受けた。全滅とまではいかなかったようだが、軍と呼べる状態ではなくなっていた。これは大成功と言えるだろう。
玉のような汗を流し、顔色も悪くしていたアリスだったが、作戦を成功させ、その重圧から解放されたことで顔色が回復していた。アリスの表情が柔らかくなったことを確認し、内心で安堵した俺は、アリスに言って飛竜たちに降下させた。
第一陣が成果を上げず、第二陣もすぐさま壊滅被害。ダークテリトリー軍は一時的に後退したらしい。その間に人界軍も立て直しを図るはずだし、アリスの今後の動きも確認したいからな。
「ん?」
「ジーク? どうかしましたか?」
「……ちょっとな」
降下した飛竜の背から降りた俺は、ダークテリトリー軍が撤退した方へと足を運ぶ。二頭の飛竜に休むように指示したアリスが、追いかけるように早足で来て、チラッと後ろを見たらエルドリエもこっちに来てることが分かった。そこで一旦足を止め、アリスとエルドリエを待つ。アリスはともかくとして、エルドリエの用事がわからないからだ。
「ジーク。勝手に移動しないでください。それも敵方の方へ。何かあってからでは遅いのですよ?」
「ごめんごめん。少しやることがあってな。それよりもエルドリエはどうした?」
「……師アリスへの謝罪をと思いまして」
「? 謝罪、ですか?」
「あーあー、エルドリエは硬いね〜。俺は聞かないでおくか。あ、飛竜貸してくれてありがとな」
俺には分からない師弟関係。そして俺には分からない騎士としての誇りと、アリスの弟子であるという誇り。エルドリエなりの、けじめをつけるための謝罪ってとこなんだろうが、完全部外者である俺は聞こえない位置にいるべきだ。
エルドリエに礼を言ってすぐさま離れ、声をかけようとしてきたアリスに気づかないふりをする。たぶん短く終わるんだろうけども、俺は俺でやることをやるとしよう。
「あの神聖術を食らってよく生きてたな」
「オーガ族の……悲願のため……」
「悲願、ね」
俺が足を進めたのは、目の前にいるオーガの存在を感じ取ったからだ。アリスとエルドリエも話が終わればすぐに気づいてない来るだろう。だが、こいつとは俺が戦う。整合騎士でも術の発動者でもない俺が。
相手の様子を確認すればするほど、本当によく生きていたなと思わされる。並大抵の人間なら死んでいてもおかしくない。ましてや動くなんて無理だ。しかし目の前のオーガは、重傷を負いながらもその目を死なせずに立っている。悲願のため、だけではないだろう。彼を支えているものは。
「治療してから出直すべきだと思うんだが」
「皇帝、言った……。欲しいものを手に入れたら……この世界に要はないと……」
「欲しいもの? 皇帝はわざわざそのためだけに戦争を?」
「強者に従う。それが、掟」
「そうだったな。それでその皇帝の目的は?」
重傷を負ってるから理性がそこまで働いてないんだろうな。それかもしくは本人の性格だが、何にせよ情報が簡単に手に入る。これを利用しない手はない。そう思って言葉を投げかけ続けていると、オーガの存在に気づいたアリスとエルドリエが駆けつけてくる。俺は後ろを振り返らずに、手だけで一旦止まるように指示した。
「皇帝は……《光の巫女》を探してる。《光の巫女》を連れて行ったら……その種が世界を統べる……。さっきの術撃った……やつ、《光の巫女》」
「貴様戯言を!」
「待て待てエルドリエ。皇帝の目的がアリスかはともかくとして、敵の狙い自体は分かったんだ。良しとしようぜ」
「しかしジーク殿」
「それに、こいつと戦うのは俺だ」
十二分に情報を手に入れた。もう聞き出せることはないだろう。用済みってわけじゃないが、このオーガにトドメを刺そう。俺の手で。
皇帝の目的が本当にアリスなのかは分からないが、少なくとも目の前にいるオーガはアリスだと思っている。俺が戦う理由はそれだけでいい。アリスに危害を加えようとする奴は俺が倒す。
数歩前に出て拳を握る。他の誰かに譲る気はサラサラない。アリスが止めようとするも、それをエルドリエが止めてくれる。男の維持ってやつはやっぱり男にしか分からんらしい。
「緑の地……戻る……!」
「それがお前たちの悲願か……。戦争が終わった後のことはわからんが、共存の道を探れば叶うかもな」
「共存? 不可能だ」
「はぁ。悲願って言うなら少ない可能性でも信じるべきだろうに。まぁいい。その傷を負いながらもここまで来たあんたに敬意を表し、俺の全力で戦わせてもらう」
右足を半歩引いて腰を落とす。格闘の専門家から習ったわけじゃないが、リアルの方で何回か見た戦闘アニメやらゲームを参考にしている。あとは実践からのフィードバックだな。一対一で集中するならこれがよさそうだ。複数の時もそうかもしれないけど。
「ジークだ。挑ませてもらうぞ
「っ! オーガの族長フルグル。戦士ジークの挑戦を受けて立つ」
「──フッ!」
足に集めた心意で加速し、一息に距離を詰める。先制を叩き込んで一気に終わらせるのが俺の狙いだ。騎士長から聞いた話では、ダークテリトリーにいるものは心意のことを知らない。一部の暗黒騎士が微かにその片鱗に触れている程度だそうだ。だから、心意による急加速は、フルグルの予想外となり、戦いを優位に進められる。
──そのはずだった
「ヌゥッ!!」
「は……? しまっ、ぐっ!」
拳を顔面に叩きつける。そのつもりで振り抜いた俺の拳は、寸前のところでフルグルに躱された。そのことに驚愕し隙を作ってしまった俺の腹にフルグルの拳がめり込む。一瞬足が浮き上がり肺から空気が漏れる。
続けざまに頭上から振り下ろされる拳骨を、フルグルにタックルすることで防ぐ。よろけたフルグルに右拳でボディブローを入れ、ターンすることで勢いをつけた回し蹴りを入れる。これは足を掴まれることで防がれたけどな。
「まさか初手を避けられるとは」
「手負いの者ほど手強いものぞ!」
「ぐっ……!」
掴まれた右足を抱え込まれ、そのまま砲丸投げのように回転してから投げ飛ばされる。手負いとはいえオーガ。俺達とは少し異なる種族。素の身体能力が高いようだ。
投げ飛ばされた勢いを止めることができず、俺は谷の壁面に激突した。頭から嫌なものが流れている気がするし、土煙で前方が見えない。頭以外にも、主に上半身への衝撃が強く、両肘も僅かに痺れてる。
「クソッ……なんつー馬鹿力……っておわ!」
「ぬぅ、避けられたか」
急いで横に飛び退いて正解だった。さっきまで俺がいた壁に、フルグルの左足がめり込んでいるのが見える。あれを食らっていたら天命が消し飛んでたな。
急いで体勢を立て直し、
「すぅー、ふぅー。……
「……もはや別人、か」
フルグルの体をよく見てみれば、重傷だった体が軽傷に変わっている。無意識下にも自己回復していたらしい。今でもフルグルは気づいていないようだが、それならば気づかれぬうちに削りきるまで。
構えるフルグルに対して俺は脱力状態。余計な力を入れないようにするためだ。これが正しい戦い方とも思えないが、俺にはこれが合っている。この方がスムーズに殺れる。
「……! なっ!」
フルグルの構えに隙はなかった。遠距離軍の種族でありながらも近接戦もできることには、素直に評価しよう。オールラウンダーだと。しかし、それは逆に言えば器用貧乏だ。特化した相手には勝てない。今のようにな。
構えに隙はなくても、フルグルの意識には隙が生まれる。たとえば瞬き。一瞬とはいえ、視界を遮る。たとえば呼吸。呼吸は一定のリズムで行われるわけだが、息を吐いているときの方が力が入らない。つまり体を動かす時に差が生じる。では、その両方をついてしまえばどうなるか。
答えは簡単だ。勝てる。
俺にリズムを掴まれたフルグルにもう勝ち筋などない。最初の時と同じ要領で差を詰め、対応が遅れたフルグルの喉元に拳を叩き込む。気管へと衝撃が届き、呼吸がさらに乱れる。それは大きな隙であり、見逃してやる道理などない。
「じゃあな」
足を引っ掛けて体を倒させ、手刀に心意を集めてフルグルの首に横一閃。返り血を浴びたが仕方がない。この距離で浴びないほうが無理がある。
「ふぅー、悪い二人とも。時間かかった」
「ジークのバカ! そんな無茶な戦いをして! すぐに傷を癒やすのでジッとしていてください!」
「いや、今回は敵の実力を見誤っただけで……」
「関係ありません! 私に任せてくれていたら良かっただけのことなのです!」
「ジーク殿、大人しくアリス様の治療を受けてください」
「へーい」
二人の下へと歩いていった俺に待っていたのは、アリスの手痛いビンタと説教と治療だった。俺としては『無茶な戦い』という部分に反論したいのだが、武器を持たずに戦っている時点で無茶ってことなのだろう。そこは飲み込むとして、もう一つは譲れないね。
「でもな、できるだけアリスに人を殺させたくなかったんだよ」
「……バカジーク。それは私も同じなのですよ?」
「こりゃ平行線だわ」
お互いに譲れないことは、何度話し合っても譲れないんだろうな。きっと早いもん勝ちとかそんなやり方で落ち着きそうだ。そんなことをボケっと考えていると、一瞬頭に鋭い痛みが走った。
──何か約束が……