アリスによる治療を受けた俺は、アリスに首根っこを掴まれたまま騎士長がいる場所へと連れて行かれた。元より騎士長のいる所に行くつもりではあったんだが、これはちょっと悲しい仕打ちだ。エルドリエに目で助けを求めても首を横に振られて終わりだったし。実は笑ってただろあいつ。
「……なんで引きづられて来てんだよ」
「俺にも分からないっすわ」
「目を離すと何をするか分からないということが分かりましたので」
「え、今さら何を。っ! へいへいアリスさん! その拳は何かな!? 暴力は良くないと思うんだ!」
「はぁー、痴話喧嘩は後でやってくれ」
騎士長に痴話喧嘩と言われ、アリスは狼狽してから咳払いして誤魔化した。何一つ誤魔化せていないんだが、そこをツッコむとまた脱線するから黙っておこう。それと騎士長。痴話喧嘩呼びはやめてほしい。既婚者なんだから。知られたらザクザク刺されそうだ。まぁここに来てからのことを振り返れば何一つ言い訳できないけども。
空気が引き締まったところで騎士長が口を再度開く。これから話し合われることは、もちろんのことながら、これからの人界軍の動きについてだ。敵軍に大打撃を与えることに成功したとはいえ、主力である暗黒騎士と拳闘士団は無傷。数も未だに敵の方が多い。これからが本番と言えるだろう。
そんな話し合いの中、アリスが一つの提案をした。《光の巫女》ということを偽って、敵を分断するというものだ。
「不確定要素が多すぎる。アリスが敵の言う《光の巫女》だという確証がない以上、狙い通り敵を引きつけられるか分からん」
「騎士長。引き付けられなかった場合、それはそれで敵を討ちやすくなるのでは? 飛竜を活用すれば上空から一方的な展開に持ち込める。暗黒騎士も飛竜を活用するようですが、どの道整合騎士の方が強い。優勢は変わらない」
自分でもこんな好戦的な言葉が出てきたことに驚く。他の騎士たちも少し面食らった様子で、騎士長とデュソルバートさんは顔を顰めた。今の俺はどうやら冷静さに欠けているのかもしれない。先程のフルグルとの戦闘で心を凍らせたことも影響しているだろうな。
俺の立場からしても、本来この場で発言する権利はない。行き過ぎた発言だったことと、許可なく発言したことを謝罪し、一歩下がって口を閉ざす。アリスの憂いた表情が胸に刺さり、空気を気まずくしたことにも罪悪感を抱く。
「ま、やってみんと分からんか」
「閣下?」
「アリスの提案を受け入れるとしよう。失敗したとしてもジークの言った通り上空から攻めたらいいだけのこと。暗黒騎士はともかくとして、拳闘士は飛ぶ手段を持ち合わせていないからな。それで、編成だが──」
空気を悪くした尻拭いをしてもらう。情けない話だが、これから気をつけるとともに、騎士長のような器の大きな人間を目指すとしよう。いったいどれだけの場数を踏めばそうなれるかは分からんがな。
騎士長は器が大きい人間であるが、やはり大人であり整合騎士だ。しかも今では事実上人界のトップ。人界に住む人を守る使命がある。それに従うのは当たり前の話だ。だから、
「ジークは居残り組な」
俺がアリスと離されるのも当然のことだろう。そして、おそらくはアリスの意思汲み取ってもいる。
☆☆☆
「正直な話驚いたぞ」
「何がです?」
「貴殿であればあの場で反論してもおかしくないと思ったのだ。貴殿と騎士アリスの仲を探る気はないが、関係は深いように見えていたのでな」
「……まぁ、それなりに深いですけど、男女間の仲ってわけじゃないですよ。……それに、アリスを困らせたくはないですから。どうやら俺が側にいるとアリスは騎士になりきれないようですし」
「……そうか」
俺と同じ居残り組となった騎士の一人、デュソルバートさんに声をかけられ、俺は正直に思ったことを話した。視線の先にはダークテリトリー軍。少し視線を上げれば上空に数頭の飛竜が見える。別働隊の主力である整合騎士たちの飛竜だ。地上には何台かの馬車と人界軍の半数の兵士。騎士長の合図と共にひたすらダークテリトリーを南下する部隊だ。
居残り組は、敵が分断されれば残った敵と戦闘。誰も反応しなくても戦闘。全軍があっちを追いかけたら、文字通り居残り。ここで東の大門を守り続ける役割を担う。
その軍を束ねるのが、副騎士長のファナティオさん。騎士長とのやり取りからして、どうやらガチで母となったらしい。バブみだなんだと言っていた過去の自分を殴ってやりたい。今隣にいるデュソルバートさんも残った騎士だ。さっきの戦闘で矢が尽きたからって理由で騎士長に止められてた。
今近くにはいないが、エルドリエも居残り組だ。どこにいるんだろうな。あとなんか双子のちびっ子騎士も居残り組。雰囲気からしてあの子らは危険そうだったね。毒とかもられそうな雰囲気してた。
「俺からすればエルドリエが何も言わなかったことも不思議なんですがね」
「ふむ、騎士エルドリエは先程の戦闘のことを気にしていたようだが……、その事を踏まえて黙っていたのではないか?」
「ですかねー。俺の方がエルドリエのこと知らないですし、デュソルバートさんがそう言うのならそうなんでしょうね」
「私も憶測の域は出ないがな」
いったい何を考えているのかはさっぱり分からないが、少なくとも作戦に影響が出るようなことは考えてはいないはず。エルドリエだって整合騎士なわけだし、騎士であることに強い誇りを持っているのだから。そんなわけで、深く考える必要はないだろうな。
視線を上げて飛竜たちの動きを見守る。一頭の飛竜、雨縁が集団から離れてダークテリトリー軍の方へと近づく。アリスが《光の巫女》を名乗り、敵を引きつけるという分断策が始まるようだ。
この作戦自体は有効的だろう。フルグルのあの執念からして、ダークテリトリー軍が、何よりも皇帝ベクタが《光の巫女》を強く求めていることは明白だ。誰一人として引き付けられない、なんてことにはなるはずがない。
ただ、俺達は敵のことを見誤っていた。アリスが《光の巫女》を名乗る前に、敵の攻撃が別働隊を襲おうとしていた。
「何だあの気持ち悪いの!」
「暗黒呪術団の術だろう! しかしなぜだ! あれ程の術を発動する空間リソースはあるはずがない!」
「……っ!
空間リソース以外にもリソースはある。アリスがあのレーザー砲を撃てたのも、戦争で命を落とした人たちのリソースを回収し続けたからだ。リソースは根こそぎ奪って撃った。だからこの戦場にはリソースが無いに等しい。
それなのに敵は大規模な術を発動できた。それはつまり、味方を殺すことでリソースを得たということ。あれほどの術を可能にするために、いったいどれだけの人数を殺したというのか。
ダークテリトリーは強さが全て。皇帝ベクタがいる以上、皇帝が是とすればそれは行われる。つまり、皇帝は味方の命を何とも思っておらず、呪術団もそれに近しい至高なんだろう。反吐が出るね。
「あれを防ぐ
見た目がおぞましい羽虫のような化物が大量発生し、急速旋回して逃げようとする飛竜たちを追いかける。放っておいてどうにかなるものでもない。あの虫を全滅させねば。
「焼き払うのが最適ではあろうが……リソースがない現状では……。私の炎でも全滅させられる保証がない」
「くっ!」
やはり俺は無力だ。アリスを護ろうと決めておきながら、アリスが本当に窮地に陥った時に何もできない。たとえ刀を持ち合わせていても、あれだけの夥しい数の虫を斬れるわけもない。何よりも俺には空に行く手段がない。
飛竜がいないから
そう。俺には飛竜がいない。整合騎士ではないからな。そして空を飛ぶこともできない。人間に翼なんてないのだから。
だから
この状況を打破したのが一人の整合騎士であっても不思議ではない。
「ッ!? あの飛竜は!?」
「あれは
「エルドリエか! あいつ……!」
『どうする気なんだ』という言葉は口から飛び出さなかった。エルドリエがどういうつもりで飛竜を駆ったのかなんて明白だ。アリスを守る。それだけだ。そのたった一つの目的のためにエルドリエは飛竜に跨ったんだ。
最大速で逃げる別働隊の飛竜たちと、同じように最大速で虫の軍勢に飛び込んでいく滝刳がすれ違う。誰も声をかける暇もなく、滝刳は虫たちに接近する。それに合わせてエルドリエが腰に据えていた神器を手にする。
「リリースリコレクション」
聞こえるはずもない距離で紡がれた言葉。それが何故か耳に届く。俺はエルドリエの技を何一つ知らない。いったいどんなものなのか。それはすぐに目に見えて分かった。
二頭の白い大蛇が出現し、どちらも牙を向いて虫たちに食らいつく。
「不可能だ……。騎士エルドリエの技をもってしても、あれだけの数を相手にできるはずがない……!」
隣にいるデュソルバートさんが僅かに声を震わせる。そこに、いったいどれだけのものが込められているのかは、推し量ることもできない。だが、エルドリエが犬死するはずもない。本当の狙いが別にあるはずだ。
その答え合わせは、視線の先で行われた。
「あいつまさか……!」
そこまで見ればエルドリエの行動だって分かる。別働隊へと向いていた虫たちを自分一人に向けさせる。それがあいつの目的だ。自分一人を
大蛇が虫たちに喰い殺され、大蛇を食べられたなかった虫たちが、術者であるエルドリエへと殺到する。その次の瞬間、およそ人間の体から出たとは思えないような破裂音が響き、エルドリエの体は上下に二分された。
「あの、バカ……!」
「……今は騎士エルドリエの英断を褒めるべきだろう。あの者の行動を無駄にしてはならん」
「分かって……ますよ……」
知り合ってからそれほど長くはなかったが、エルドリエとはそれなりの仲になれたと思っている。妙に気が合い、話が弾みやすかった。お互い友人になれる。そんな気がしてたんだがな……。
短い期間でしかエルドリエを知らない俺より、もっと長い期間エルドリエと接していた人たちの心境は、俺の比ではない。デュソルバートさんも、篭手から軋む音が聞こえるほどに手を強く握っている。
ならアリスは? 唯一弟子にして、最もエルドリエと接していたであろうアリスは? そんなことを疑問に抱く必要なんてない。アリスが激情にかられるなんて目に見えてる。今は飛竜の背から落ちたエルドリエを受け止め、何か会話しているようだが、会話できているだけでも奇跡だ。エルドリエはもうすぐその命を落としてしまうだろう。
「……死んだら何もできなくなるだろ……!」
「……」
耐えないといけないのに、言葉が口から飛び出してしまう。デュソルバートさんももう止めることはしなかったが、今度は自分でそれ以上の言葉を抑えられた。
目頭が熱くなるのを感じつつ、雨縁から視線を外さない。やがて雨縁の背から微かな光の粒子が舞い上がっていくのが見えた。エルドリエがとうとう完全に命を落としてしまったらしい。
歯を食いしばっていると、激情にかられたアリスが、雨縁と滝刳を連れてダークテリトリー軍に特攻を仕掛ける。それを見た騎士長がすぐさま飛竜で追いかけていく。遠くで二頭の飛竜がブレスを噴くのが見えた。その後に美しい金色を輝かせる無数の刃が、上空から地上へと下り、敵を一掃していく。
それが収まったところで飛竜もその場で滞空を始めた。どうやらアリスが《光の巫女》をこのタイミングで名乗るようだ。あれだけの攻勢を見せた後なら説得力も増すだろうな。
「これからだってのに……」
『申し訳ない、ジーク殿。アリス様のことを……お願いします』
「っ!? ……ああ、任せろ戦友」
アリスが騎士長とともに別働隊へと合流すると、すぐに南下を始めた。真偽はともかく、《光の巫女》の存在を目にした敵は、まさかの全軍での追跡を始めた。皇帝ベクタにとって、《光の巫女》はそれほどの存在のようだ。それが今の行動によってそのままアリスへと置き換わる。
──これからが本当の戦いだ
俺はすぐさまこの場から離れた。デュソルバートさんにも止められることはなかった。