腰に挿した弟子エルドリエの神器『
そのおかげでどれほど私は救われていたことか。ジークと会うことがなくなり、騎士としての使命のみに没頭していた日々。そんな日常をエルドリエという一人の弟子が壊してくれていた。風通しを良くしてくれていた。急激に成長してくれる彼の存在が嬉しかった。私もまた意識を引き締められた。
でも、その弟子エルドリエはもういない。
私達を護るためにその身を犠牲にしたから……。
「アリス大丈夫か?」
「小父様……。はい、大丈夫です。エルドリエの命を無駄にするようなことはしません」
「そうか。……さて、
視線を前に向けた小父様に合わせ、私も意識を切り替えて前方に目を向ける。まだ距離はあるが、ダークテリトリー軍が全軍をあげて追いかけてきているのが見える。戦力として残っている敵軍の構成は、暗黒騎士と拳闘士。それ以外は軍と呼べるほどの数が残っていない。
騎士であれば戦い慣れている。けれど、拳闘士は未だに対峙したことがない。飛竜がいない拳闘士が果ての山脈へと来ることなど滅多にないからだ。
だから──今からが初めての対戦となる
「拳闘士たち、か……あいつら厄介なんだよな……」
「そうなのですか?」
「あぁ。……嬢ちゃんはその……脱ぐのには抵抗あるよな」
「……は? な、何を言うのですか!?」
身体を抱きしめるように腕を交差させて小父様から距離を取る。戦場にいるというのに、これから戦闘が起きようとしているというのに、小父様はいったいなにを言っているのか。
私が距離を取ると小父様が慌てて弁明を始める。曰く、やらしい意味ではないらしい。私の早合点かもしれないけれど、言い方が悪い小父様にも責任があると思う。
「
「……先程から何を言っているのですか?」
「最近辛辣になったな。ジークの影響か? まぁいいけどよ……、ああー口で説明するの難しいな。それに、あいつらの体は剣を受け付けねぇ」
「受け付けないって……」
拒みたくて拒めることでもないだろうに。いったい何が言いたいのか。小父様の言うように戦って分かることなのかもしれないけれど、嫌そうに話していることから事実として戦いにくい相手なのでしょう。でも、それならなおさらどうしたらいいと言うのか……。
「剣が利かないなら拳でしょ」
「それができりゃ苦労しないな」
「ジークあなたまた無茶苦茶なことを……ぇ……ジーク?」
「よっ! やっと追いついたぞ!」
「お前さんどうやってきた」
「走ってきた!!」
笑顔で胸を張って言うジークに頭を抱える。なんのためにジークを別働隊に入れなかったと思っているのか。私の心配をすべて跳ね除けて行動するバカジークは、いったいどうしたら大人しくなってくれるのかしら。小父様は面白そうに大声で笑ってるだけだし。
予定が崩れたことに頭を悩ませる私の目の前までジークが来た。わざと憎らしげに視線を送るけど、相変わらず朗らかに笑ってるだけ。でも、その中に少し寂しげな感情があるのが分かった。
一瞬だけ逸らされたジークの視線の先は、私が持っているエルドリエの霜鱗鞭。いつの間にか仲良くなっていた二人の関係が、どういうものかを私は知らない。分かるのは良好だったことだけ。
「さて、拳闘士の相手は俺がしてくるよ」
「っ! 馬鹿なことを言わないでください! あなたが行ってもあの者たちを止められません! それぐらいあなたにも分かるでしょバカジーク!」
「はは、散々な言われよう。……まぁ俺一度も誰にも勝ってないからそうなるか」
「そうです。私と小父様で迎え撃ちますからジークは──」
「駄目だ」
言葉を遮られ否定されたことに少し腹を立てる。睨みつけるてもジークは怯まない。それどころか視線を鋭くする。ジークにそうされるのは初めてで、逆に私が動揺してしまった。
「拳闘士との戦闘経験が無いことはアリスも同じ。騎士長は戦い方を知っているとしても、まだ向こうにはベクタが残ってる。こっちの大将を先に消耗させるわけにもいかない。対処できる人間で対処するべきだ」
「ですが……、それでジークが戦う理由にはならないはずです! あなた言っていたではないですか! 格闘術に心得があるわけではないと! 敵は格闘術を日々磨いている相手です! 無駄死にするようなものです! そんな所へ送り出すなど……!」
「アリスってほんと優しいよな」
コロッと態度を変え、柔らかな笑みをジークが溢す。両肩に手を置かれ、真っ直ぐな目で瞳を覗きこまれる。それによって心音が早く鳴るも、意識してなんとか収めようと心掛ける。
「その優しさのせいで判断を間違えないで。誰がどこで戦うべきなのか。数で劣るこっちは効率的に有利に戦いを進められる方法を取るしかないんだ」
「ですから、それであなたを戦わせることにはならないのです……」
「なるさ。この軍の中では俺が一番肉弾戦ができる。剣が利かない相手なら俺が出る他ない。大丈夫だって、死ぬ気なんてないし、エルドリエにアリスのことを頼まれたからな」
ニッと笑ったジークが、私の静止を聞かずに飛び出していく。咄嗟に手を伸ばすもその手は届かない。空を掴むその手をだらりと下ろし、視線を落としてポツリと最近の口癖を呟く。バカジークと。
「あいつってあんな頑固なのか」
「……そうですよ。何一つ聞いてくれないのです……。本当に……バカなのです」
「死なすには惜しいな。本人は死ぬ気がないって言ってたが、さすがにあの数相手は脱出の手がない。……やっぱオレが出るか」
「閣下。私が出ます」
「ぬおっ! 驚かすなっての!」
私も突然現れたその人物にギョッと反応してしまう。音も無く、気配も無く一言そう言った人物は、シェータ・シンセシス・トゥエルブ。《無音》の異名を持つ人物であり、謎に包まれている方。そんなシェータ殿は最初に発したその一言以外話さず、自分の飛竜の背に乗ってジークが向かった戦場へと飛んでいった。
「小父様。彼女はどういう方なのですか?」
「あいつはな……。ディープフリーズから解き放つか悩んだ」
「え?」
「……危ないんだよ。さすがにジークを斬るとかはしないはずだが……」
どうしよう。不安が増しただけだ。
☆☆☆
別働隊が陣取る場所からそれなりに走り、適当な場所で敵が来るのを待つ。敵の姿ははっきり見えるようになっており、武具を一切身につけていないことが分かる。完全に体の動かしやすさを重視している。それほど自分たちの鍛え上げた体に自身があるってことだろう。
さて、学習の時間だ。
「あぁ? 何だテメェ一人で待ち構えやがって」
「あんたらの敵だよ。遠慮なく来い」
「くくっ。大層な自信だな。誰か適当に相手してやれ」
「チャンプ! それなら俺がやりますよ!」
なるほど。予想していたが、やっぱり先頭を走っていたこの人がトップなのか。身に纏う覇気も他とは違うと思っていたが、こいつもまた怪物の域に入ってやがる。母さんが知ったら嬉々として相手したがるだろうな。
さて、意識を切り替えるとしよう。どうやら敵が一人なら一人で戦うっていうポリシーがあるらしい。それか単純に俺がナメられてるかだな。いや、どう考えても後者か。なんでもいいが。
「あん? お前武器無しで戦う気かよ。そっちの軍のお得意の鎧も付けてねぇし、ナメてんのか?」
「いやいや、俺は鎧って好きじゃないんだよ。重たいし、体重くなるし。あと、武器がないのは、単純に俺が使おうって思うやつを今は持ち合わせてないからだな」
「はっ! 後悔しても知らねぇぞ!」
滑るように走ってくるとかキモいな! 全然動作が読み取れない!
なんて驚く暇もなく、一秒で距離を縮められその勢いのまま拳が突き出されてくる。避けるのが間に合わないから、それは手のひらを押し当てることで防ぐ ──こともできなかった。
正確には防ぎ切れなかった。
「がっ……」
「はっ、素人に毛が生えた程度か」
加減されていた。小手調べ程度のパンチだ。それでこの威力。防ぐこともできないような技巧。それほどの腕前で一構成員なのか。
やられたことはとてもシンプル。殴るときに真っ直ぐ拳を突き出すだけではなく、半回転させていただけ。ライフルの弾と同じだ。螺旋状に動いたほうが貫通力が増す。左手で抑えようとしたら弾かれた。しかも手首あたりで剥離骨折というおまけ付き。
「基礎を磨き上げるだけでここまでとは……。侮れないもんだな」
「余裕こいてたら早死するぜ?」
「それはごめんだな!」
初手で左手が使い物にならなくなった。だが、相手の実力が分かったから良しとしよう。対価としてはぼったくられてるけどな。
突き出される拳をギリギリ躱しながらカウンターとして右腕を突き出す。拳を握られ、相手が不敵に笑うもこっちだって笑うね。だって自分から動きを止めてくれたんだから。これならサマーソルトで顎を蹴り抜ける。
「っらぁ!」
「ごぁっ……! っつー、逆手に取ってくるとはな」
「実力が分かったならそれを最大限利用しないと勝てないだろ?」
「はっ! おもしれー野郎だ」
我ながら見事にサマーソルトを決め、それにより握られていた右手も解放される。口の中でも切れたらしく、相手が吐いた唾は赤色だった。剣は受付けないようだが、やはり肉弾戦は通用する。あとは俺がどこまでできるかだな。
一度の跳躍で距離を縮めてきた相手の飛び回し蹴りをしゃがむことで避け、お返しとばかりに拳を
続け様に相手の右拳の防御は間に合わず、左頬に重たく叩き込まれるが、それと同時にこっちの右脚も相手の横腹にめり込む。
「ジーク。あなたは後退して」
「っ!? ビックリしたー。シェータさんいつからいたんですか?」
「今来たところ。それと、後退して。後は私が斬る」
「……この人の相手は俺です」
「……そう。なら他を斬るわ」
突然真後ろから聞こえた声に、心臓が飛び跳ねそうになった。謎に満ちて戦闘力も未知数のシェータさん。分かってることは、この人の思考が危ないこと。何でもかんでも斬りたいらしい。
突然現れたシェータさんが女性ということもあり、女性が戦場に出てくることに批判的な拳闘士達が口々に不満を言う。シェータさんはそれに耳を傾けず、近づいた他の拳闘士をあっさりと切り裂いた。
……おかしいな。剣は受け付けないって聞いていたんだけど。
「次は誰?」
「……上等だ!」
顔色一つ変えずに拳闘士を斬ったシェータさんが次の対戦者を探す。なかなかに狂戦士だけど、実力も相まってて怖い。騎士長が危険と言っていただけはある。
そんなシェータさんに、さっきまで俺と対戦していた相手が挑んでいった。挑んでいってしまった。決着をつけたかったんだがな。どうやらそれは叶わないらしい。シェータさんが今回もスパッと切り裂いちゃったから。
その後も次々と挑む拳闘士たちをあっさり切っていく。シェータさんが使う剣が特殊なのもあるんだろうけど、心意も関係してるんだろうな。シェータさんの剣は、本当に剣なのかと疑うほどに細く、そしてしなやかだ。どれだけ曲がっても折れない。拳闘士の拳とぶつけてもフニャッとしなり、そして反動とともに相手の肉体を切っていく。
「ッラァァァ! テメェの相手は俺だ!」
「……あなたを斬るのは面白そうね」
「斬れるもんなやってみやがれ!」
シビレを切らしたのか、相手のトップが出てきた。チャンピオンと呼ばれてる人らしい。これはいい勉強素材になってくれる。
他の人たちとは当然体の鍛え方が違う。シェータさんの剣でも簡単には斬られない。せいぜい傷がつくくらい。どう鍛えたらそうなるのかさっぱりだけど。
「貴殿の相手は私がしましょう」
「あ、チャンピオンの補佐みたいな人」
「……まぁそれでよいでしょう」
許可を貰ったから補佐と呼ばせてもらおう。てか、単純に考えてこの人がナンバー2だよな。バリバリの実力者じゃん。そして、こういう人ってのはたいてい──
「全身全霊をもって相手いたすとしましょう」
「どうもありがとうございますー!」
本気で来るんだよな。
まぁいいけども。チャンピオンの戦い方を少しは見れたし、さっきよりは俺もいい動きができるようになってる。見てるだけでは見につかないものだけど、今はその常識を覆す。じゃないと生き残れないから。
柔らかな口調とは打って変わって、空気を氷つけるような闘気が放たれる。燃え上がるようなチャンピオンとは正反対だな。
「なら、俺もそうするよ……!」
戦いを楽しむことをやめる。強くなりながら戦うというゲーム感覚を投げ捨てる。勝つためではなく殺すために戦う。そのスイッチを押して補佐と対峙する。
「それが強さとは限りませんぞ!」
「お前に勝てたらそれでいい!」
これが強さじゃないことなんて分かってる。もしこれが正しかったならヒースクリフにだって負けなかった。だが、こうでもしないと勝ち目がない。……もしかしたらこのやり方に移す行為そのものが弱さなのかもしれないけどな。
振り下ろされるチョップに右手の裏拳をぶつけ、軌道をそらさせる。そこで攻勢に出ようと思っていたんだが、チョップは囮だったらしく後ろ回し蹴りが放たれていた。それをギリギリ防ぐが威力に押されて後退させられる。崩れたバランスを直しながら視線を補佐に向けるも、既に次の攻撃に移っており、俺の頭に踵落としを放とうとしていた。慌てて飛んで避け、地に足がついた瞬間に地面を蹴って前に出る。
砂煙の中に補佐がいて、視界では捉えられないが今なら気配で場所を掴める。堂々と真正面からその腹へと拳を叩き込む。ダメージもしっかりと通ったようで、苦悶の声が漏れ出たのを聞き取る。だが、敵はナンバー2。これしきでは膝をつくわけもない。
「いい拳ですが、そこで止まるのが貴殿の甘さですぞ!」
「てめっ!」
「ぬおぉぉ!」
「ッ、かはっ!」
右腕を両手で掴まれ、ジャイアントスイングで体勢を完全に崩されてから地面に背中から叩きつけられる。左手は使い物にならず、動かせる右手も掴まれていた。受け身なんて取ることもできず、肺から空気が漏れ出て軽い呼吸困難に陥る。
「
「はッ……ぁっ……かはっ……」
「貴殿の強さは
「ジーク。撤退」
ブレスで補佐に距離を取らせたシェータさんの飛竜こと宵闇は、呼吸困難になって蹲っている俺を掴んで飛び上がって行く。反対の足の方にはシェータさんがいて、シェータさんは自分で宵闇の足に摑まっていた。
空に上がってから俺は今の戦況に気づいた。拳闘士たちは先行していただけであり、後ろから来ていた暗黒騎士たちが今まさに合流しようとしている。引き際としては今が最適だ。それをチャンピオンと戦いながらシェータさんは判断したらしい。視野が広いな。
さて、それじゃあこれからはあの2部隊を相手取らないといけな──
「ぐっ……!」
「……ジーク?」
またもや頭痛に襲われる。今度は今までよりも酷い。
「あ、たまが…………」
横から声をかけてくれるシェータさんの声が聞き取れない。正確には聞き取る余裕が消えてるんだ。そのあまりにも激しい痛みに耐えきれなくなった俺は、飛竜の足に掴まれたまま意識を飛ばした。
相変わらず主人公は勝てない!!