アリスが連行されたのが11歳。二年後にシンセサイズされたとのことなので、その時点で13歳。その一年後なので、14歳のアリスなのです。
目が覚めたら木組みの素晴らしい屋根が見えた。うむ、知らない天井だ。知っているなんてことはない。たしかにこの部屋に来た時の記憶はあるが、天井は見てなかったし、灯りなんてなかったからそもそも見えない。だからやっぱり知らない天井だ。
貸してもらった屋根裏という名の寝床から体を起こして立ち上がる。体を伸ばし切る前に頭を打ってまたしゃがみこむ。思いっきり体を伸ばそうと勢いをつけていたからメッチャ痛い。
『ジークさん大丈夫ですか? 凄い音しましたけど』
「大丈夫ー。頭打っただけだから〜。すぐ下りるよ」
『あ、分かりました〜。大丈夫じゃないような……』
下の部屋から声をかけてくれた少女に大丈夫だと伝え、下りることも伝える。寝床だけじゃなくて朝食まで用意してもらえるなんて、いい人たちに出会えたものだ。昨日は晩飯まで用意してもらっちゃったし。
梯子を下りて2階に着き、階段を下りて1階へとたどり着く。リビングに入ると、この家の人たちが集結していた。ご両親に娘さん、使用人が二人。計五人がこの家の人たちだ。
「おはようございます。昨日の夕飯だけじゃなくて一泊までさせてもらえたのに、朝食までいただけるなんて。本当にありがとうございます」
「気にしないでくれたまえ。困った時はお互い様だよ。それに、聞けば君は"ベクタの迷子"だそうじゃないか。屋根裏で申し訳ないが、やることを見つけられるまで居てくれて構わない」
「そ、それはさすがに申し訳なさすぎますよ……」
「だが行く宛もあるまい?」
「うぐっ」
「ジークさん。私もいいと思ってますので」
本当にこの家──シェスキ家の人たちは人が良過ぎる。全く裏なんてなくて、純粋にそう思っていることがヒシヒシと伝わってくる。使用人の二人もコクコクと首を縦に降っているし。
善意100%でそんなことを言われて、こんな空気を作らされたら俺も折れるしかない。願ったり叶ったりなんだが、何も返せないから居た堪れないのだ。なんか恩返しできる方法を探しておくとしよう。
「ありがとうフレニーカ。シェスキ家の皆さん、すみませんがご厄介になります」
「そんな固くしないでいいんですよ? 我が家だと思ってください」
ご厚意に甘えさせてもらうとしよう。さすがに我が家として過ごせるかは分からないが。たぶん一ヶ月したらそんな感じで生活してるだろうけど、居候であることは自分の胸に刻みつけておかないとな。
話が着いて、親父さんの一声がかかって朝食開始。この家では使用人の二人も家族同然として接しているらしい。位の高い人たちのとこだと使用人たちが一緒に食べることもないんだろうけど、ここはそうしないんだとか。
天職もない俺は、居候なんだし家事を手伝おうと思ったんだが、使用人二人に断固拒否された。自分たちの役割だからってさ。
「ジークくんはこれからどうするか決めているのかい?」
「そうですねー。とりあえずこの街のことを知ろうと思ってます。何もわかってない状態なので、歩いて見て回ろうかと。この世界のことも知りたいですが、それは後回しでもいいかと」
「そうか。……うむ、ではフレニーカ。今日は街を案内してあげなさい。ひとまずは家の周辺でいいだろう」
「分かりました」
はい、フレニーカの同行が決まりました。やったねパーティが増えたよ。これで迷子の心配もなくなる。いや、まぁ実際問題迷子になったら戻れる気がしないからな。散策するにしても家の周辺は覚えておかないといけない。
フレニーカの準備が終わったら出発だ。俺は荷物なんて何一つ無いからもちろん手ぶらになる。仕方ないのさ。
「お待たせしましたジークさん」
「全然待ってないぞ。それじゃあ案内を頼めるか?」
「はい! お任せ下さい!」
空回りしそうな予感がする! まぁ道案内だけだし、家の周りを案内してもらうだけだから心配もいらないんだけどな。念の為用心はしておくけど。
「改めて、ありがとなフレニーカ。おかげで命拾いした」
「い、いえいえ! 私は当然のことをしただけですから」
俺をシェスキ家へと通したのは他でもない。今隣りにいるこの少女、フレニーカのおかげなのだ。
『はらへった……だが金がない……寝床もない……こりゃおわった、な……』
『だ、大丈夫ですか!? 私の家がすぐそこなのでご案内しますね!」
『なんだ、天使か』
って感じで道端で倒れていた俺に駆け寄ったフレニーカが、助けてくれたんだ。これが性格の悪い男で、全部が演技だったらどうする気なんだろうな。もちろん俺はそんなことする気はないんだが、もっと用心した方がいいと思うんだよな。あ、用心棒でも買って出るか。基本的に街の散策のために不在の用心棒。いらねぇな。
しばらくフレニーカに従ってついていっていると、商店街のようにいくつかの店が並んでいた。見てみる限り、食料品の店がここで一通り買えるようになっているようだ。家から近い距離にこれがあるなんて、いい立地だな。
「ここでいつも食材を買うんです」
「家から近いんだな」
「はい。ちなみにここが北セントリア第五区の中心地にもなってるんですよ」
「へー。ところで北セントリアは何区かに分けられてるのか?」
「全部で八区ですね。東セントリアや西セントリア、それに南セントリアも同じかと」
八区画に分けられているのか。ちなみにフレニーカの補足説明によると、それぞれの区にここのように食料品店が並んでいたりするらしい。だが、やっぱりそれぞれの区で若干の違いが出るんだとか。違いというよりかは、特徴だな。たとえば、第七区では技師が集まりやすいんだとか。一級工匠という名誉ある認定を受けている人物もいるらしい。
その人の所にはまた今度行かせてもらうとしよう。何やら面白い匂いがしたからな。知り合っておいて損はしないはずだ。
「ジークさん、他の所にも行きましょうか」
「そうだな。買い出しで来てるわけでもないし」
フレニーカに声をかけられ、この場を後にする。閉ざされた世界という印象は拭えないのだが、それでもここにいる人たちは生き生きとしていた。今の生活に何も不満はないらしい。
考えてみればそれが当たり前なんだろうな。治安が良いどころの話じゃない。そもそも犯罪に手を染めるものが極端に少ないのだ。限りなく0に近い。誰もが普通に生きられる世界で、当然のように生きられる世界。これなら閉ざされた世界だとは誰も思わないのだろうな。
「先程のは家から北側に歩いた場所です。そしてここが東側に回ったところで、女性が訪れやすい店が多いんです」
「服屋とかが多いのか」
「そうなんですよ。他にも金細工屋さんもありまして、見て回るだけでも楽しいんです!」
「なるほど。なら見て回るか?」
「え!? い、いえ……私は今日はご案内するのがお役目なので……そんな……」
真面目だな。自分が親から頼まれた内容から少しでも離れそうになったら、自分を律しようとしている。だが嘘をつくのも苦手らしい。さっきからチラチラッと服屋や金細工屋を見ている。女の子だからそこに興味を惹かれるのも当たり前だな。ここは俺が助け舟を出すしかない。ちょっとしたお礼を兼ねてな。
「金細工屋とか見てみたいな。女性用の服も流行りを把握しておいて損はないかも」
「そ、それなら是非とも入りましょう! ご案内しますので!」
「チョロいな」
10歳を超えたあたりの年齢っぽいし、自分に正直なんだろう。『超』が付くけども。どの店から行こうかと悩んでいたら、フレニーカに手首を掴まれてそのまま引っ張られた。一番近い店から行こうとしているということは、片っ端から店を周るみたいだな。
「なるほど、こんな感じなのか」
「ジークさん! これ可愛くないですか!?」
「たしかに。フレニーカが着るなら、これの上に薄手のこっちのを着てみても似合うかもな」
「わっ、素敵です!」
普通に俺も満喫しているな。1階部分だけが店となっていて、そこまで広いわけでもないが、品揃えがいい。ここだけでも買い揃えられそうなくらいだ。だが、周りに似た店がいくつかあるということは、ここで揃えてないものもあるのだろう。なんせ女性のファッションは細かいのだから。
フレニーカと盛り上がりすぎて、フレニーカは手に取った衣服をすごく買いたそうにしていた。だが残念なことに、俺も買ってやりたいのは山々なんだがお金がない。そしてフレニーカも衣服を買えるほどの小遣いを持ってきていたわけでもない。
「
「え? ロシェーヌ!? あなたいつの間に……!」
「お二人の様子を陰ながら見守っていました。ジークさんは気づいていたようですが」
「そうなのですか?」
「まぁな。気にしなくていいかって思って放置してたけど」
「言ってくれればよかったのに……」
言ったところで何が変わったわけでもない気がするが、フレニーカの性格ならそうでもないんだろうな。おそらくロシェーヌさんを加えて三人で回ろうとか、その辺りのことを言ってきてたんだろう。ロシェーヌさんが首を横に振るだろうけど。
ロシェーヌさんの財布で衣服を買うのを躊躇ったフレニーカだったが、人の好意は受けるものだと援護したらフレニーカは買うことに決めた。ロシェーヌさんはフレニーカが買うと決めたことを喜び、援護した俺にメッチャ感謝してた。やっぱり普段フレニーカは全然受け取ろうとしないらしい。
「私はこれをお持ち帰りしておきますね。お二人はまだ回られるのでしょう?」
「そのつもりです。フレニーカももう少し付き合ってくれるか?」
「もちろんです! そのつもりでしたので!」
この後もこの辺りの店を見て回り、その次に家の南側へと移動。こちら側は普通に住宅街が並んでいるのだが、喫茶店や酒屋があることから憩いの場にもなってるのだろう。その喫茶店で休憩も兼ねてお昼を食べた。見たことあるメニューもあったが、見たこともないメニューの方が多かったな。美味しかった。
最後に西側へと行き、そっち側には図書館や教会があるらしい。
「教会について教えてくれ」
「正式名称は《公理教会》ですね。創造神ステイシア様、太陽神ソルス様、地母神テラリア様を信仰しています。あちらに空まで届く塔がありますよね? あそこに『最高司祭』様や人界を守護してくださる『整合騎士』様がおられるのです」
「なるほどな。つまり公理教会がこの人界の中心か。たしか国もあったよな? それらを束ねてるのも」
「はい。公理教会となります」
「全部を握ってるわけか。ありがとうフレニーカ、教えてくれて」
あそこに行けば全て分かるってわけだ。今すぐ行ったところで意味ないだろうけどな。身分のない俺が堂々と中に入れるなんて思わない。そして忍び込めば罪人として捕縛されるだろう。最悪の場合殺されるな。
ダークテリトリーというのが存在してることはアリスに教わった。そしてフレニーカは今、人界を守護しているのが整合騎士で、あの塔にいると言った。丸腰の俺が勝てる相手のわけがない。当分の間は頭に入れておくだけにしておこう。
家へと戻り、お茶をいただきながら街を歩いた印象を話す。公理教会の足下にある央都だからか、気持ち悪いほど整っていたが、住みやすいことに変わりはない。俺はわりと悪い所に目が行ってしまうから、そこは伏せて話しておいた。
「ところでご主人は今不在でしょうか?」
「書斎にいるはずですよ。何かお話でも?」
「一つ聞いておきたいことがありまして」
「主人に……あ、フレニーカと結ばれるにはさすがに一日過ごしただけでは──」
「違いますからね!?」
「わ、私とジークさんが……? で、でも……」
「フレニーカも正気に戻ろうか! 君は冗談を真に受け過ぎだよ!」
たった一言でカオスになるってどういうことなんだよ。頭が痛くなってくる。ロシェーヌさんの協力もあって、なんとかこの場を静めることに成功した。フレニーカの思い込みの激しさには今後気をつけるとしよう。なんか妙に疲れたが。
「ふむ、私に聞きたいこととは何かな? ちなみに君に好印象を持ってはいるがフレニーカは渡せないぞ」
「そのくだりは先程やりましたので」
「むっ。やってみたかったのだがな。日にちを改めてやるとしよう」
「俺で遊ばないでくれません? さっきフレニーカが真に受けてましたし」
「……あの子は思い込みが激しいからな」
どうやらフレニーカの思い込みの激しさはこの家の悩みのタネだったらしい。気持ちは分からなくもない。あの子が変な男に引っかかる可能性も無きにしもあらず、だからな。この世界の結婚の流れがどうなのかは知らないけども。
「教えてもらっていいですか?
「君が聞きたいのはその質問でいいのかな?」
「聞きたい内容が分かっててそう言うんですね……。まぁ、知りたいのは貴族の闇の面ですけど」
「……貴族採決権。その言葉だけ覚えておくといい。そして貴族の爵位は六段階。六等爵家はほとんど市民との違いがない。少し大きいぐらいか」
「それだけ分かれば十分です。力ある者の行き着く先がいかにも人間らしいようで」
「……君は何者かな?」
「ただのベクタの迷子ですよ。まー、変な知識があるだけで」
この人もよく人を見ることができるんだな。これに関しては経験もあるのかな。穏やかな人だが、強い人だ。