己がために   作:粗茶Returnees

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30話 露呈

 

『ねぇ兄ちゃん。兄ちゃんって刀振る時に何を想ってるの?』

『は? いきなりなんだよお前』

『だって兄ちゃんの刀って他の人と違う感じするしさ。それって何かを込めながら振るってるからでしょ?』

『これだから感覚派は……』

 

 ──あぁ、懐かしいやり取りだ。何年も経ってるわけじゃないのに懐かしいと感じる。

 

『別に褒めてないからそのニヤケ顔やめろ』

『はーい。で、答えてくれるの?』

『答えないとずっと聞かれるからな──』

 

 ──そうだ。しつこく聞いてくる子だ。だから答えた。俺は────

 

 

 

 

「……あれが明晰夢ってやつなのか? 分からんけど」

「ジーク……!」

「んぁ、アリス? どうしたんだ? 酷い顔してるぞ。あとここってど──」

「このバカジーク!! 何ですか人が心配していたというのに! どれだけ声をかけても起きなかったというのに……! わたし……」

「……ごめん。アリス。俺はもう大丈夫だ」

 

 体を起こした俺に弱々しく寄りかかってくるアリスを受け止める。気を張っていたはずなのに、いや、気を張っていたからなのか。騎士としての意識を緩めているからこそ、アリスは今こうなってるんだ。

 体を震わすアリスをそっと抱きしめ、落ち着くまで待つ。アリスだって俺が起きるのを待ってくれていたんだ。これくらい待てるさ。その間に自分で可能な限り状況を把握するとしよう。

 俺がいるのはテントの中だな。俺とアリスしかいないんだが、ここは負傷者用なのだろうか。たぶん寝る時もここかな。そして、こうしてテントを張れているのなら、敵の攻勢への対処に成功したということだろう。その辺のことは後で聞けばいいか。

 

「……ジーク、これから話し合いがあります。あなたもその場に来てください」

「ん。参加できるならそうさせてもらうよ。それまでに今に至るまでの話も聞きたいけど」

「もちろんそうします。ふふっ、あなたもきっと驚きますよ」

「それは楽しみだな」

 

 アリスがこれだけ明るく話せているのなら、被害は出なかったか最小限に抑えられたかのどっちかだろうな。

 

「なんせリアルワールドから──アスナという人物が来ましたから」

 

 おおっと?

 

 

☆☆☆

 

 

 本来ならジークが意識を覚ますのを待たずに、話し合いを行うべきだった。ジークは騎士でもないのだから、話し合いの場に呼ばなくても問題がないから。そうならなかったのは、私が平常でいられなかったこと、そしてアスナさん本人が、ジークがいるのなら目が覚めるのを待とうと言ったから。いつ目が覚めるかは分からないから、ある程度制限時間は設けていたけど、ジークはそれまでに起きてくれた。

 話し合いが行われる天幕に行き、火酒を片手に寛いでいる小父様に声をかける。小父様はすぐに衛士長に指示を出し、この場にいないシェータ殿とアスナさんを呼びに行かせる。

 

「体の調子はどうだ?」

「休めたので快調ですよ」

「ふむ……嘘はついてないようだな。ならアリスも一安心だな」

「なっ! 小父様!」

「ははは! 今さらだろう!」

 

 急に矛先を向けられて狼狽する私を、小父様は軽快に笑う。レンリ殿は反応に困っており、何も知らないという(てい)で視線をそらす。小父様の揶揄いに頬を膨らませる私の手を引いたジークに連れられ、私達も席に着く。元はといえばジークが無茶をやめてくれないからなのに……。

 ジークが席に座りながらも体を伸ばしていると、シェータ殿が天幕に入り、続いてアスナさんも入ってくる。その後ろから衛士長が数人入り、話し合いに必要な面々が揃う。

 

「久しぶり……に、なるね」

「だろうな。いろいろと説明してくれるんだろ?」

「うん。分かってることは全て話すよ」

「……やはりジークもリアルワールド人なのですね」

「アリス……ごめん。隠してた」

「いえ……、あなたは必要のないことはしませんから……」

 

 心が締め付けられる。アスナさんからジークのことが口に出た時点で分かってはいた。いや、それよりも前。セントラル=カセドラルの最上階でも分かっていた。素性がわからないはずのジークのことを、キリトが細かに教えてくれた。その訳もこれなら合点がいく。そう分かっていた。

 

 ──だけど、それは違うのだと思いたかった

 

 ──住む世界が違うのだと理解したくなかった

 

 だって……それはつまり、私はジークと……

 

「アリス」

「っ! ジーク」

 

 俯いていた私の手にそっとジークの手が重ねられる。顔を向ければやはりジークはいつもの柔らかい笑み。それが余計に私の心に刺さった。ジークの優しさが辛い……。

 

「住んでる世界が違っても、気持ちには関係ない」

「ぁ……」

 

 私にだけ聞こえるようにそっとかけられた言葉。たった一言だけど、それ故に心に響く。私達は今ここで同じ時を刻めている。今は……今はそれだけでいい。

 私がアスナさんに視線を向けると、彼女は一度小さく頷いてから話を始めた。リアルワールドの軽い説明は先程聞いたけど、それの確認と補足説明。それが終われば敵の素性──曰く、皇帝ベクタもリアルワールド人──と目的。そして今後の方針。

 最後の話は受け入れることができなかったのだけど、それを言ったのは私でもなく小父様でもなかった。

 

「ここを見捨てる気はない。先を急ぐって言うならアスナ。俺を倒してからにしろ」

「ジークくん……。あはは、やっぱり変わらないね。君はSAOの時から変わらない。何を経験してもブレない」

「で、どうする?」

「君とは戦わないよ。ダメ元で言っただけだし、君に勝てるとも思わないから。……刀を持ってたらの話だけど」

「うっせ」

 

 今後の方針に変更はない。移動しながら戦い、祭壇を目指す。ダークテリトリー軍と交渉できるようにするためには、皇帝を討つことが必須条件。皇帝もリアルワールド人と分かったのなら尚更。

 分からないこと、不安なこともある。私が祭壇に至ったらどうなるのか。外の世界がどうなのか。またここに帰ってこられるのか。何一つ分からない。だからこそ、隣にジークにいてほしいと思う。

 

「アスナさん。あんたも戦力として考えていいのか?」

「はい。キリトくんやジークくんがそうしているように、私も皆さんの力になります。……ただ、地形を変えるあの術は期待しないでください。そう何度も使えるものではありませんので」

「大丈夫ですよ騎士長。こいつ狂戦──」

「何か失礼なこと言おうとしてないかしら? ジークくん」

「いえ何も」

 

 圧力だけでジークを黙らせた!? そんなことがなぜ可能なの!? 全然言うことを聞いてくれないジーク相手に……なんで……。

 今のやり取りは小父様たちも驚きだったようで、静かになったジークと怖い笑顔をするアスナさんを交互に見てた。こんな珍しいジークをデュソルバート殿にも見せてみたい。あの方もきっと驚愕するから。

 話し合いが終わればこの場も解散となり、私がアスナさんと言葉を交わしている間にジークもいなくなってしまった。できればジークの側にいたかったのだけど……。

 

「ふふっ、アリスさんってジークくんのこと好きなんですね」

「なぁっ! いや、これは……!」

「全然隠せてないので諦めてください。それに、私で良ければジークくんのことを知っている限り話しますから」

「それはお願いします。ぜひ!」

「お願いされました」

 

 つい勢いでお願いしてしまったけど、アスナさんは柔らかい笑みを浮かべて快諾してくれた。ここで話すのもなんだからとキリトのいる天幕へと移動することになったのだけど、キリトの傍付きだった少女ロニエも話に混ざることとなった。

 

「私もこの世界でキリトくんがどう過ごしたのか聞きたいので」

 

 とのこと。それならたしかに私よりも彼女の方が適任だ。そこにキリトの先輩にあたるセルルト氏が加わるとは、誰も思っていなかったけど。

 移動している間に、私とアスナはお互いに呼び捨てにするようになった。年がそう変わらないということもあるけど、こっちの方がお互いに話しやすい距離感でいられると分かったからでもある。ちなみにジークがアスナと同い年であることも今知った。彼って年上だったのね。全くそんな気がしないのだけど。

 

「ジークくんも大概だけど、キリトくんも無茶しちゃったんだね……」

 

 天幕に入ってすぐにアスナはキリトの側に行き、虚ろな目をするキリトに視線を合わせながらそっと呟く。キリトが片手で大事に抱える二本の剣を見ては、君らしいと言い、そっと撫でてから私達の方へと振り返る。

 

「らしい、というのはどういうこと? キリトは剣を二本使って戦うのが本来の姿なの?」

「ううん。……いつもは一本だよ。ただ、どうしても必要に迫られた時だけ、絶対に負けられない戦いだけは二本使うの」

「そう……これ以上は聞かないほうが良さそうね」

「ありがとう。それじゃ、アリスの愛しのジークくんの話をしましょっか!」

「だっ……げほっげほ! だからそういう言い方しないでよ!」

 

 とんでもない切り返し方をされて思わず咳き込んでしまう。顔に熱があるのを感じつつキッと睨みつけるも、アスナは楽しそうに笑うだけ。ロニエとソルルト氏からは驚きと興味を交えた視線が送られてくる。

 

「キリトくんがどれくらい話したのかは分からないし、私も話せないことだってあるから、もしかしたら追加情報は少ないかも」

「……構わないわ。……けど、そうね。私の質問に答えてもらうって形式の方が良さそうね」

「あ、たしかに」

 

 両手をパンと音を立てながら合わせたアスナが首を上下に降る。私は真剣なのだけど、どうやらアスナはこの手の話になると楽しんでしまうらしい。もう少し抑えて話をしてくれる人がいてくれたら良かったのだけど、文句を言っても仕方がない。わざと咳払いをして、何を聞くのか整理してから口を開く。まずはジークの本来の姿についてを。

 

「戦いのこと……でいいのかな? それならもう知ってると思うんだけど」

「刀を使う。それは知ってるけど、それしか(・・・・)知らないのよ」

「そっか。刀を使った時のジークくんはね、二刀流のキリトくんと同等の実力だよ」

 

 その事実に息を呑む。それと同時に納得する。なぜキリトがあれ程ジークのことを信頼していたのかを。二刀流のキリトは最高司祭に打ち勝つほどの実力を見せた。それに並ぶ強さがジークの本来の強さ。

 では、それならなぜジークは未だに刀を使おうとしないのか。刀を使えば勝てる勝負を既に何度も経験しているはず。それなのになぜ未だに刀を手にしようとしないの。

 

「……それはジークくんの深いことに関わるんだけど、私が言えることは、ジークくんが使うって決めてる刀がこの(・・)世界(・・)に無いからってことだけ。……ただ……」

「ただ?」

「……もしかしたらジークくんは、

 

 ──もう二度と刀を手にしないかもしれない」

 

 

☆☆☆

 

 

 俺が眠っていた天幕。そこが俺にあてがわれた天幕で合ってたらしい。明日に備えて寝ようかと思ったんだが、気を失っていたとはいえ寝ていたから、なかなか寝れそうになかった。だから俺は少し移動して、見晴らしのいい場所で闇夜とそこに光る星をしばらく眺めていた。

 

 確認作業をしながら(・・・・・・・・・)

 

 

「まだ大丈夫だ」

「ジークさん」

 

 治してもらった左手を軽く動かしながらそう呟くと、後ろから可愛らしい声が聞こえてきた。振り返るとそこには若干薄めの茶色い髪をした少女が立っていた。こんな時間にこんなとこに来るのもどうかと思うんだがな。

 

「まさか君みたいな子が参加していたとはな」

「私だってできることをしたいですから。それより、少し気になることもありまして」

「どうした? 答えられることは答えるぞ」

 

 きっとそんな難しいことは聞かれない。俺が物知りポジションじゃないことなんて皆分かっているからな。ってなると、聞かれるのが何か予想もつかないな。

 

 

「──私の名前を覚えていますか(・・・・・・・・・・・・)?」

 

 

「…………は?」

 

 この子は何を言っている……?

 なぜ俺の心臓はこんなに激しく打ち鳴らされる?

 なぜこれほど嫌な汗が大量に流れる?

 

 この子の名前なんて、そんなの──

 

「ロニエとティーゼがもしかしたらって」

 

 

 ──知ってるわけがない(・・・・・・・・・)

 

「ジークさん。記憶が無くなってますよね?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うそ……ジークの記憶が……?」


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