己がために   作:粗茶Returnees

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31話 悪夢

 

 昨夜話しかけてきた少女──フレニーカと話し合って、俺の今の状態を再確認した。記憶が欠落している事自体、俺は認識できていなかった。誰と知り合いなのか、その相手とどういう時間を過ごしたのか、俺は何をしてきたのか、そして、どの記憶が欠落しているのか。何一つ俺は自分で認識することができない。

 何かを忘れているということに対する違和。それを感じることができないからだ。人界軍が二部隊に別けられる前、俺がアリスに気絶させられた後に出会った黒髪の少女と赤毛の少女。ロニエとティーゼとも知り合いだったらしい。そしてその二人がフレニーカと友達だ。だからフレニーカに俺の話がいった。俺とフレニーカの仲が良いから。

 

『ジークさんは今、戦う本当の理由(その意志の所在)も分かっていないのではないですか?』

『……それは……』

 

 なぜこの子がそんなところまで見抜けるのだろう。そう思ったが、彼女からしたら当然のことらしい。央都で話していた時と今とでは俺が纏う雰囲気が異なるのだとか。それならなぜアリスに気づかれなかったのか。それも分かっているのだとか。

 

『アリス様は人界を背負われている方ですから、ジークさんのことを気にかけていても、気づききれないのですよ』

 

 なるほど、たしかに当然の結論だ。だが、そうなってしまえば、アリスに気づかれた時、俺はどうしたらいいんだろうな。何を忘れているのか、何か約束をしたのか、何も分からないんだ。対処の仕様がない。

 そして、俺がなぜ戦うのか。フレニーカのその問いはきっと、あの明晰夢でかけられた問いと本質的に同じことなんだろう。なぜ刀を振るうのか。それなら現段階で行き着く答えは同じだ。

 

 ──覚えていない(何も分からない)

 

 ここにたどり着く。

 

 

 

「ジークくん!」

「──!」

 

 突き出される拳を咄嗟に躱してカウンターを叩き込む。顎に命中したことで相手の脳は揺らされ、ガードが甘くなった溝内に拳を叩き込む。トドメの一撃として、がら空きになった頭に回し蹴りを入れる。飛んだそいつの体で、数人の拳闘士の足止めに成功する。

 

 少しの間できた余裕を使って、アスナにお礼を言いつつ状況を再確認する。昨日アスナが作ったらしい大峡谷。そこに縄を繋げて綱渡りし、こちら側に渡って戦争再開。それが皇帝が出した指示のようだ。強い者に従うことがダークテリトリーのルール。それに逆らえないダークテリトリー軍は、最速で渡ってこちら側へ。渡った者から順に縄を守るためにこちらと戦闘。

 それに対してこちらが取る作戦はシンプル。縄を斬るだけ。レンリ(ショタ)の神器が中・遠距離武器であるため、レンリに斬らせていく。それ以外の者はレンリを守るのが仕事。

 そうして始まったこの戦闘なのだが、俺はいまいち集中し切れていない。それは昨夜、フレニーカに記憶のことを指摘されたからであり、自分を分からなくなったからである。

 

 ──アリスを想うこの気持ちは本物なのか(戦う理由は俺の中に存在しているのか)

 

 これに確信が持てなくなった。重い強迫観念にすら思えてきた。アリスを守らないといけないと思っていたのは元からなのか。それともエルドリエに託されたからなのか。果たしてどっちなのか。

 そして、アリスはこの事に本当に気づいていないのか(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)。それらが頭の中で荒々しく騒ぎまくる。

 

「あんたら程度ならもう負けない」

「ぐっ……!」

 

 チャンピオンの動きならある程度見ていた。補佐となら直に戦った。2トップの動きを軽くだが知ったんだ。それ以外の拳闘士には負けない。暗黒騎士も混ざってるようだけど、整合騎士の実力を身をもって知ってる。やはり負けない。たとえ不安定な今の状態であろうと。俺は止まるわけにはいかないんだから。

 自分という存在が分からないが、だが俺の中で一番うるさく訴えてくるものがある。アリスを護れと。アリスを傷つけさせるなと。今はそれに従うだけだ。

 

 自分たちの判断で飛び出してきた別働隊が参戦し、総力を上げて拳闘士団と戦闘を行っている中、とある事象によって全員の動きが止まる。

 

 乱入者の存在によって(・・・・・・・・・・)

 

「なんだ……あれは……」

 

 それが誰の言葉なのか分からないし、それに答えられる者もこの場には誰一人としていない。無数の赤い線が丘に、さながら雨のように降り注ぎ、その赤い光が地につくとそこに突如人影が現れる。真っ赤な鎧を身に着けた者たちが。

 突如現れた第3軍。それが敵なのか味方なのか、それとも完全に別の軍なのか。それはすぐに分かった。英語(・・)で雄叫びを上げながら走り出したその者たちが、一番近くにいたダークテリトリー軍の暗黒騎士に襲いかかったからだ。

 

「──! 全員固まれ! 一点突破でこの状況を切り抜ける!」

 

 すぐに指示を飛ばした騎士長の言葉に従い、全員が固まり始める。そんな中、俺は軍ではなく、アスナの下を目指して走っていた。アスナは優しすぎる。たとえ戦っていた相手だろうと見捨てることができない。つまり、アスナはダークテリトリー軍を守るために赤い兵士と戦っている。

 そんなアスナに、やってもらわないといけないことがある。どうやらそれを考えたのは、俺だけじゃなかったようだが。

 

「さすがチャンピオン。俺の友人のお姫様を助けてくれてありがとう」

「状況が変わったからな。お前も同じ考えのようだが」

 

 周りが見えなくなっていたアスナに斬りかかろうとした兵士を、駆けつけたチャンピオンが殴り飛ばした。気せずして集まれたわけだが、同じ考えを持ったのなら必然だろう。

 ところであんたさっきふっ飛んで来なかったか。対岸から。いったいどういうやり方であの距離を飛び越えてきたんだよ。

 

「ジークくん? 何か考えがあるの?」

「あの兵士たちはアメリカ人だ。外からの乱入者。内情を知らずに暴れてるだけ。そんな奴らにこの世界の趨勢を揺らがされるわけにはいかない。だから共闘する。ダークテリトリー軍と共闘してあの兵を討つ。そのためにアスナは大峡谷を元に戻してくれ」

「正気!? 私達が圧倒的に不利になるだけだよ!?」

「なら、これでいいだろ(・・・・・・・)!!」

「ッ!!」

 

 ……チャンピオンの覚悟が強すぎだ。さっきから右目を抑えてるなって思ってたけど、まさかその痛みを無視するために自分でくり抜くとか。そんなの誰もできないことだぞ。

 目を見開いて、両手で口を覆うアスナに、チャンピオンは片目を突き刺すように向ける。これでも信用できないのかと。これ以上時間をかけるわけにもいかず、俺はアスナに声をかける。アスナは静かに頷き、大峡谷を元に戻した。それにより、対岸に残っていた拳闘士団と暗黒騎士たちが、こちらへとやってこれる。

 

「アスナは騎士長たちの下へ」

「何言ってるの!? ジークくんも行くよ!」

「……アリスを頼む」

「っ! ……アリスに怒られても知らないから!」

 

 アスナはやっぱり優しい。俺に対して言い方がキツくなりやすいのはいつものことだけど、俺の心境を汲み取ってくれる。まぁ、今回はだいぶわかりやすいってのもあるんだろうな。今日一度もアリスと俺が言葉をかわせてないから。……あ、たぶんフレニーカと話してる時に聞かれたな。今になって気づくとは、相変わらず俺は遅い。

 

「ははっ」

「あ? いきなり気味悪く笑うなよ」

「ごめんごめんチャンピオン。いやー、自分の馬鹿さ加減に笑いしか出なくてさ」

「おかしな奴だな。……イスカーンだ」

「ジーク。死ぬなよイスカーン」

「テメェこそな、ジーク。弱いんだし」

「うっせ!」

 

 チャンピオン改めイスカーンと握りこぶしを軽くぶつけ合い、俺達を包囲する赤い兵士たちに目を向ける。いつの間にか近くにいたシェータさんを加え、三人で死角を潰し合う。もうすぐで拳闘士団が赤い兵士たちを突破して合流するから、そうなったら乱戦開始だな。

 アスナは無事に合流できたようだし、騎士長もいる。人界軍とアリスの心配はひとまずしなくていいだろう。

 

「申し訳ありませんチャンピオン! しばし手こずりました!」

「ハッ! 鍛え方が甘いからだ! ──鍛錬の成果を活かすときだぞオメェら!」

『ウッス!!』

 

 衝撃を中に響かせる拳闘士たち。その攻撃の前に鎧など意味をなさない。優先度の関係上勝ち目が薄い騎士たちより、断然効率的に戦うことができる。

 こうして死地に立ってやっと俺も思考が絞られてきた。今は生き残らないといけない。システムによって、一方的な虐殺が可能となっている、アメリカ人プレイヤーたちに対して。拳闘士たちと戦った経験を活かして。

 

「ここはゲームじゃねぇんだよ……!!」

 

 掌底を胸部分にぶつける。鎧の上からだろうと関係ない。衝撃を中に通すんだからな。そしてこのプレイヤーたちは、ここで死んでも現実では死なない。気心を加える必要もない。何一つ懸念しなくていい。だから、戦いに没頭できる。

 斜め前から伸びてくる剣を避け、伸ばされた腕を掴む。瞬時に狙いを定めて顎を蹴りぬき、反対の足でそいつの体を蹴ることで距離を取って着地する。こいつらにも天命が存在するんだろうが、果たしてその数値はどうなってることやら。

 

「心意の使い時、なんだけどな」

 

 心意を狙い通り使えない。戦う理由が曖昧になっているせいだろう。仮初の目標を決めようと、それに向ける想いも仮初。心意を発動できるわけがない。だったら漠然としていようと、俺の中で煩く騒ぎ立てるこの気持ちに従うしかない。

 あいつらに味方意識なんてない。あの赤い兵士たちはこぞって自分が楽しむことを目的としている。どんな名目で突っ込んできたのか知らないけど、殺して楽しんでるあたり、そういうゲームだって思ってるんだろうな。

 

「これも皇帝の策戦か。反吐が出る」

 

 こぞって向かってくるプレイヤーたちを迎え撃つ。相手の人数が多いおかげで、一人を軽くでも飛ばせば周りが巻き込まれる。そうやって隙を作り、自分に余裕を作り、呼吸を整えながら戦う。どう足掻いても短期決戦にはできないんだからな。

 殴り、蹴り、突き飛ばす。瞬時の判断の連続に頭が痛くなってくるが、それも意地で押さえ込む。今は痛み一つ気にしていられないのだから。

 

 だが、俺は一つ見落としていた。

 それに気づいたのは、何度目かも覚えていない僅かな余裕を作れた時のことだ。そして、それに気づいてから冷や汗が止まらない。嫌な予感しかしない。

 

皇帝はどこにいる(・・・・・・・・)?」

 

 皇帝ベクタはどうやってかは知らないが、縄を用意して拳闘士と暗黒騎士たちに綱渡りをさせた。事前に準備をしていたのかは知らないが、アメリカ人プレイヤーたちをこの世界に大量にログインさせた。

 大峡谷は閉じ、そこにいたダークテリトリー軍全員(・・)が共闘してアメリカ人プレイヤーと戦っている。皇帝ベクタの姿が見当たらない。

 

 敵軍の最大戦力である皇帝の狙いは?

 現状況で取る手段は?

 

「────!!」

 

 答えに至ったと同時に空間が震えた。声から判断するに騎士長だ。あの温厚な騎士長がこれほど激怒するということは……。

 人界軍の方に目を向けて全てを理解した。やはり皇帝は単独行動を取っていたのだと。全てはカモフラージュ。目標であるアリスを捉えるための。そしてそれをたった今達成したのだ。ダークテリトリー軍の飛竜の背に乗り、飛竜にアリスを捕まえさせることで。

 

「アリ──」

「おいジーク!!」

「──っ!! かはっ……!」

 

 ぬかった。俺は今、敵にほぼ囲まれている状態だったってことを、忘れてしまっていた。がら空きになった敵を刺さない馬鹿はいない。この結果は当然のことなんだ。

 何本もの剣が俺の体を貫く。刺された箇所からも、口からも鮮血が溢れ出す。確認できないが、きっともの凄い勢いで天命が減っているのだろう。……エルドリエに託されたというのに。

 そんな串刺し状態となった俺に近づいてくる一人の兵士がいた。そいつは徐ろに兜を取り素顔を晒したのだが、驚愕させられたね。なんせそいつは日本人(・・・)なのだから。

 

「くくくっ、いやぁ、いい気味だねぇ」

「趣味わるい、な。誰……だよ、あんた」

「酷いなぁ。別のゲームとはいえ。お前にズッタズタに体を切り刻まれたというのにさぁ! あー、でも覚えてないのも仕方ないかぁ。あの時って人の体(・・・)じゃなかったし」

「は……?」

「えぇ〜、これでも思い出せないのかぁい? じゃあこぉ言えばいいのかなぁ? 君の大切な(・・・)子の(・・)脳を(・・)弄るの、チョォー愉しませてもらったよぉ!!」

「……ア……」

 

 

 こいつが?

 

『お兄ちゃんお兄ちゃん! このゲーム一緒にしよう?』

 

 

 この歪みまくった人間が……

 

『大丈夫大丈夫! 僕は強いし、お兄ちゃんとなら負けないんだから!』

 

 

 この趣味の悪くて憎たらしい顔した奴が……!

 

『お兄ちゃん……だぁれ?』

 

 

「アアアアァァァ!!」

 

 殺してやる。肉片一つ残すことなく。

 

 そいつは、俺の理性(タガ)を外すには十二分な存在だった。





 はしょるせいでテンポ早い気がしますが、まぁいいですよね! 

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