己がために   作:粗茶Returnees

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32話 鬼人

 

 あれはもはや戦闘なんかじゃねぇ。あの野郎(ジーク)は、人であることをやめやがった!

 

「あいつは何なんだよ……!」

「私も知らない。……きっとアリスもあれ(・・)は知らない」

「クソッ!」

 

 あー腹が立つ。敵に四方から刺されたかと思ったら、叫び声を上げてあの状態だ。武術もクソもねぇ。ただ殴って(穿って)振り払う(切り裂く)。敵意を向ける者を次々と。

 音よりも速い拳が敵の鎧をごと体を穿く。払われた手が刃と化し、寸分の狂いもなく鎧と兜の隙間、つまり首を切り落とす。しかも傷が既に治ってやがる。人間とは到底思えない状態だ。

 

「お前ら! 今のあいつに近づくなよ!」

 

 情けねえ。チャンピオンたるこの俺が飛ばせる指示。それが『距離を取れ』ということだけなんだからな。俺が力づくで止めるということもできねぇ。それほど今のあいつは危険過ぎる。それこそ、死の間際に竜巻を発生させたシャスターのようにな。

 

「彼に注意しつつ敵を斬る」

「ああ。それしかねぇな」

 

 それ以外にできることなんてねぇ。巻き添えを喰らわないように距離を取り、変わらず俺達を包囲してる赤い兵どもを討つ。

 だが、ジークの近くにいながらも、未だに討たれてねぇ奴が一人いる。あいつはいったい何者なんだ。

 

 

☆☆☆

 

 

「ジークくん……」

「アスナさん、あれはいったい」

 

 アメリカ人プレイヤーたちの包囲を突破し、皇帝ベクタを追う騎士長さんを追いかける。それが私達のすべきこと。それは頭では分かっているのだけど、今のジークくんの状態を見ると不安が募ってしまう。

 かつて「鬼人」と呼ばれた状態。それと同じ状態にジークくんはなっている。キリトくんもその名は知っている。だけど、彼は(・・)正しくは(・・・・)知らない(・・・・)

 ジークくんが鬼人と呼ばれる状態になったのは、過去にたった一度だけ。そしてそれを知っているのは、私とあの子(・・・)だけ。キリトくんや他の人が見たことがあるのは、それじゃない。噂が独り歩きして、勘違いされている。

 

「……今の彼をどうすることもできません。私達は先に進みましょう」

「いいのですか!?」

「残念ながら、……そうするしかないんです。彼を止められる人はこの場にいませんから」

「……分かりました」

 

 レンリさんの指示で、隊が再び足を早める。みんなジークくんのことを気にしているけど、足を止めることはなかった。私も最後にチラッと見ただけで、すぐに視線を前に戻して、二度と振り返ることはしなかった。

 

 ジークくんが「鬼人」と呼ばれる状態は、今のように怒りで我を忘れた状態のこと。俗に言うガチギレ、それすら超えた怒りという炎に呑まれてる。この世界は《心意》があるせいで、今のジークくんを止められる人なんてそうそういない。私も無理。

 ジークくんの慟哭が響き渡り、それと同時に彼の周囲にいた赤い兵士たちが爆ぜた。一時的な赤い雨がその場に降り注ぎ、それが止んでから始まった戦闘(虐殺)。大地が紅く染まっていってる。

 ああなる条件はたった一つ。彼の大切な人であるあの子関連だけ。それを知ってる人なんて、このアンダーワールドにいるはずがない。そもそもその人数すら限られてる。それなのに暴走した。それはつまり、知っている人が敵にいるということ。

 

「アスナさん! 前方にもあの赤い兵たちが!」

「っ!!」

 

 振り返りはしないものの、原因が何かを考えてしまう。それに思考を割かれていると、レンリさんの声で戻される。視線を上げると、たしかにこの先にプレイヤーたちが次々と現れている。今の戦力だけで突破できるだろうか。きっと多くの犠牲者を出してしまう。

 何か策はないかと考えている間に、レンリさんが乗っている飛竜が走る速さを上げていった。飛竜の口には炎が溜められ始めている。それを見たら、やろうとしていることが瞬時に分かった。分かってしまった。

 あの人は、自分を犠牲にして私達の道を開こうとしている。

 

「レンリさん──」

 

 静止しようと声を出したところで、空が突然輝き始めた。突如現れた十字状の光。その中から現れた一人の人物。身の丈はありそうな大きな弓を持ち、どこからともなく現れた矢を添えて一撃を放つ。

 たった一度の攻撃。それだけの攻撃でアメリカ人プレイヤーたちの大半を倒してしまった。広範囲爆撃。それが今行われた攻撃で、おかげさまで道ができている。

 

「シノのん?」

「ええ。駆けつけに来たわよ、アスナ」

 

 空から降りてきたのは、私の親友の一人であるシノのんだった。見たことのない姿をしてるから、私と同じでスーパーアカウントを使ってるんだね。じゃないとさっきの爆撃も説明がつかないし。

 

「アスナ、キリトとジークは?」

「キリトくんは後ろにいるよ。ジークくんは……」

「……何あれ……あれをやってるのがジークなの?」

 

 ジークくんがいる方向を指差すと、シノのんはそっちを見て驚愕していた。それもそうだよね。だって、ジークくんが暴走してるとこなんて見たことないから。

 困惑した視線を向けられて、私はゆっくりと頭を左右に振った。それだけでシノのんには伝わって、彼女はキリトくんに会ってからすぐさま私にアドバイスをくれた。曰く、この先に遺跡があって、そこなら有利に戦うことができるだろうって。

 

「待って、シノのんは飛べるの!?」

「え、ええ。このスーパーアカウントの能力の一つらしいわ」

「それならお願い! アリスを追って! ベルクーリさんが追いかけてるけど、相手もリアルの人でスーパーアカウントを使ってる! いくら騎士長さんでも厳しいと思うの!」

「分かったわ。そっちは私に任せて」

 

 シノのんはすぐさま飛びたってくれた。あの速さなら本当に間に合うかもしれない。だから、私は私達のことだけを考えたらいいんだ。この部隊の人々を守ることだけを。

 私達もまた移動を再開して、シノのんが言ってくれた遺跡を目指す。アメリカ人プレイヤーたちが、私達を追いかけ始めたのは、私達が無事に突破してからだった。それだけシノのんの爆撃が衝撃的だったみたい。

 

「遺跡が見えてきました」

「たぶんあれがそうなんでしょうね。すぐに仮拠点を作りましょう」

「はい!」

 

 遺跡は、どこか神殿みたいな作りだ。この世界のことはほとんど知らないから、ここがどういう場所だったのか分からない。ダークテリトリーにあることを考えたら、ベクタを祀っていたと考えるのが妥当なのかな。

 遺跡を手分けして散策し、拠点とできそうな場所を探す。三方を壁に囲われている場所を発見し、そこに支援隊を入らせる。敵の数が多くても、一方向からの攻勢であれば対応しやすい。数で劣るのだから、効率的に戦わないといけない。

 

「……敵の足も速いですね」

「ええ。ですが、ここが正念場でしょう」

 

 腰に据えていたレイピアを構える。劣勢な戦いは今まで何度か経験してきた。その度に策だって考えてきた。連携のとり方も。だから、今はそのすべてを駆使して戦う。キリトくんが守ろうとしているこの世界の人たちを守るために。

 ただ待ち構えるだけじゃなくて、私の方からも前に出て斬りかかる。いつも頼りにしているソードスキルは、使用後に硬直時間がある。この状況では、それは致命的な隙となるから使えない。

 

「左方下がって! 後方隊が入れ替わりで前へ!」

 

 行ったのはただの入れ替え。戦力差はない。でも、敵の目に見える情報を増やす。それが今の指示の狙い。膠着させてしまうと、目の前の相手に集中させてしまうから。そうなっては武装が劣るこちらが不利。

 それをさせないために隊の入れ替えを行う。相手の意識を途切れさせる。でも、これは何度もできる手ではない。相手だってすぐに慣れる。そうなる前に可能な限り敵を減らさないといけない。その役割を私とレンリさんで担うんだ。

 

 慣れない感触。今までのゲームには存在しなかった、人の体を斬る感触。斬ればエフェクトが発生するのではなく、血が溢れだす。相手の苦悶の声や痛む声がすぐに耳に届く。慣れたくないのに、こんなことしたくないのに。だけど、これはやらないといけない。守ると決めたのだから。

 

 

 いったいどれだけの敵を斬ったのだろう。いったいどれほどの味方が斬られたのだろう。いったいどれほどの血が流れ、どれほどの命が失われたのか。

 何一つ把握できない。

 分かっていることは、とうとう私達が追い込まれたことだけだ。

 

「はぁはぁ……、ここまで……ですか」

「レンリさん……まだ、諦めないでください」

 

 下手な慰めもいいところだ。素人だって分かる。ここから逆転させることは、無理だということが。私の、ステイシア神の能力を使おうとすれば、脳がひび割れるような激痛に襲われる。

 ジリジリと敵が寄ってくる中、二つの現象(・・・・・)が起きた。

 

 一つは、私達から見て右側に青色の糸が雨のように大量に降り注いだこと。

 もう一つは、左側に何かが飛来し、大量の砂埃が発生したこと。

 

「な、何が……」

 

 右側から現れた人たちは、ソードスキルを駆使しながら敵を突破して私達の方に合流してきた。ソードスキルが使えるということは、リアルからの援軍。そしてその顔ぶれは、これ以上なく頼りになる面々。かつて同じ場所に閉じ込められ、そこで出会い、共に困難を乗り越えてきた仲間たち。そしてそれ以降に出会い、共に過ごしてきた仲間たち。

 

「よっ、アスナ。遅れちまったが俺達も参戦するぜ」

「クラインさん……エギルさんたちも……」

「説明なしじゃさっぱりだが、この赤い奴らが敵ってのは分かる。ひとまずこいつらと戦えばいいんだよな?」

 

 赤いバンダナを頭に巻き、刀を肩に担いでいるクラインさんが、お茶らけた口調で聞いてくる。不真面目な人なんかじゃない。私の心労を気遣って、わざと軽く話してくれてる。その姿に思わず頬が緩んで、自然と浮かび上がるいつもの笑顔で肯定した。

 

「おっしゃ! 野郎ども! 風林火山の実力の見せ所だぞ! 漢を上げろ!」

「おっしゃぁ!」

「末っ子には負けてらんねぇからなぁ!」

「……アスナ。ジークの奴もいるはずなんだが、あいつはどこにいるんだ?」

「……ジークくんは……」

 

 クラインさんが立ち上げたギルド『風林火山』。そこにジークくんも所属している。クラインさんはジークくんの従兄弟ということもあり、当然のことながら気にかけてる。

 私はどう答えたらいいのか分からなかった。だって、クラインさんですらジークくんの「鬼人」のことを知らないのだから。でも、隠すわけにもいかない。どう説明するか言葉に悩んでいると、その答えはひとりでに現れた。

 

 砂埃が晴れ始めたから

 

「おいクライン……あそこにいるの……ジークじゃねぇか?」

「エギルの旦那? あそこってあの砂埃のと……こ……」

 

 ジークくんを知ってる全員がその光景に固まる。敵であるアメリカ人プレイヤーたちも、それ(・・)に気づいて手を止めた。連鎖的にそれが続き、やがて戦闘の手が止まる。

 

あんなの(・・・・)をやってるのが……ジークだってのか……?」

 

 信じられないといった表情で、クラインさんは心中を溢した。それは他の人たちの心すら代表して言った言葉だよね。だって、いつもの彼からは想像もできない光景なんだから。

 

「あぁ? 死ぬには早いんじゃねぇのか? クソスライム野郎。なぁ返事をしろや。勝手に肉塊になってんじゃねぇよ!」

 

 もはや人の原型を留めていない誰かをジークくんは全力で蹴り飛ばす。それはアメリカ人プレイヤーにぶつかったところで光に包まれ、やがてこの世界からいなくなる。

 大量の返り血を浴び、髪も顔も服も、その全身に血のりを残しているジークくんが、こっちを見る。いや、正確にはこっちの誰も見ていない。何も映していないその瞳は、ただ次の目標(敵の影)のみを写している。

 

「ああ、そこにいたか。あいつにやったことを、テメェが生きてることを後悔するまでミンチにしてやるよ」

 

 呟いたようなか細い声。だけどそれが離れた場所にいる私達にさえ届いた。それを聞いた人たちは身を震え上がらせ、中には口を抑えて蹲る人まで現れる。

 次の瞬間には誰かの血しぶきが上がり、その周囲にいた人の叫び声が聞こえてくる。ジークくんが一瞬で赤い兵士に距離を詰め、誰かの命を奪ったんだ。

 彼の近くにいる赤い兵士たちは、恐怖を叫び声で隠しながら斬りかかる。離れている人は、更に離れようと逃げ惑う。だけど、ジークくんが傷を負うことはなく、次々と人が倒れていく。

 やがてジークくんの周辺から人がいなくなるのだけど、私達はそのショックな光景に硬直していて、ジークくんを止めに行けない。そんな中、一人の少女がジークくんの下へと歩み寄って行った。武器を手放して。

 

「ジークさん……もうやめましょう? アリス様をお守りするのが、あなたが自分に課した使命ではなかったのですか?」

「……誰だお前。邪魔をするな」

「ぐっ! ぅぅっ……ジーク……さ、ん」

「フレニーカ!」

 

 勇敢(無謀)にも行動し、ジークくんに歩み寄った茶髪の少女──フレニーカさんが、ジークくんに首を掴まれる。ゆっくりと持ち上げようとするジークくんの腕を、また別の人が抑え込んだ。

 

「いい加減にしろジーク! お前を想うこの子を殺す気か!」

「邪魔すんなよバンダナ。知らねぇ奴にとやかく言われっ……。ってぇな」

 

 クラインさんがジークくんを殴り、フレニーカさんが解放される。咳き込むフレニーカさんを庇い立つクラインさんを、ジークくんが睨みつける。その目は決して味方に向けるものじゃない。明らかに敵に向けるものだ。

 

『しょうがないなぁジークは〜』

 

 聞こえないはずの声が聞こえた。声のする方を見上げると、そこには淡い紫の光が浮かび上がっていた。ただの光なのに、それとなぜか目があった気がして、不思議なことに、顔もないそれに笑いかけられた気がした。あの輝かしくて、真っ直ぐに貫いて生きた少女を彷彿させられる光。

 その光は揺らぐことなく、真っ直ぐにクラインさんたちの下へ飛んでいき、ジークくんとクラインさんの間に浮かぶ。

 

誰だお前(・・・・)

 

 光のはずのそれに、ジークくんは躊躇することなく誰かと問いかけた。それに答えるように、その光は輝きを増していき、ある形へと変わっていく。

 

「ヒドイな〜、ボクのこと忘れちゃったの? ジーク」

「っ!?」

「う、そ……」

 

 私達はその姿に目を見開き、その光景が幻なんじゃないかと思ってしまう。

 それもそのはず。だって、その人の姿は、ALOで最強最速の剣士と呼ばれ『絶剣』の異名を持っていた少女──ユウキだったのだから。

 

 

 


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