己がために   作:粗茶Returnees

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 お久しぶりです。なんとか1ヶ月経つ前に更新できました。


34話 約束

 

『お兄ちゃんは何のために戦うの?』

 

──俺は俺のために戦う

 

 あー違うな(・・・)。俺が戦う理由はこんなことのためじゃなかった。やりたいことのためだからって面もあるし、完全否定できるわけじゃない。でも、自己中心的な理由のためだけに戦うんじゃない。

 

「俺は守りたいもののために戦うんだ」

 

 自分に言い聞かせるためにハッキリと言葉に出す。誰かに向けてじゃない。俺は俺の中にいる弱い自分(鬼の自分)に向けて言ってるんだ。ただガムシャラに暴れ回るだけの、癇癪を起こした子供のような俺。それが俺の弱さで、それに頼って意図的に落とし込んでいたのも、俺の心の弱さだ。

 

 見失っていた

 

 俺がなんのために刀を振るっていたのかを。俺がなんのために強さを求めていたのかを。それは全部、自己満足のためなんかじゃない。自分だけで完結するような理由のためじゃない。俺にはいつも守りたい人が側にいて、失いたくない存在が隣りに居てくれて、だから強くなりたかったんだ。

 

「だからさ。アリスを奪おうなんて許せねぇんだわ。アメリカ人」

 

 (くう)を蹴る。空中に見えない足場があるように想像し、そこを全力で蹴る。俺の体は発射された弾丸のように空中を跳び、失速すればまた空を蹴る。ALOみたいに空を飛ぶのもいいんだろうが、生憎と俺はこっちの方が性に合ってる。空中戦より地上戦の方が得意だし、空を地上に見立てることができてしまうこの世界ならそのハンディも無くせる。

 アリスはダークテリトリーの最果て、ワールドエンドオールターを目指してる。それを敵の総大将が追いかけてるわけだが、俺はどこでそこに乱入できるんだろうか。まずアリスは今どの辺だ。

 

「……んー?」

 

 前方を細かく見てみると、所々地形が抉れている場所が見えた。さらにはそこに人の気配も感じる。それが敵の物ではないことはすぐに分かった。だってそこにいたのは知り合いだし。

 

「見事に負けてるな。シノン」

「うっ……さい、わね……。敵は、先に行った、わよ。……右腕は飛ばしてやった」

「うひゃ物騒な女なことで。敵の情報は?」

 

 倒れているシノンに寄り添い、気合でシノンの治療を開始する。アリスによく神聖術をかけてもらったから簡単な呪文ならできる。あと、神聖術にも心意が関係するみたいだから、それもあって応急処置はできるのだ。

 

「敵はこの前のGGOの大会……第四回BoBで優勝したプレイヤー、サトライザーよ」

「強敵だな。どんなやつか知らんけど」

「軽い調子で言うわね。本当にそう思ってるのかしら?」

「思ってるさ。ベルクーリさんの気配が無くなってるし、シノンをここまで追い込んだ。そんな相手を過小評価するわけがない。だが俺が負けるわけない」

「……はぁ、馬鹿ね」

 

 意外と治療が上手いこといってるようで、シノンが軽口を挟みながらスムーズに話せるようになった。シノンはため息をつきながら俺にしっしっと手を振る。与えられる情報を与えたから、さっさと行けってことなんだろうな。戦闘スタイルとかを言わなかったってことは、相手はオールラウンダーなんだろう。

 今まで経験したことのないタイプの強敵。負ける気などさらさらないが、警戒を高めておいた方がいいだろう。人界最強の剣士もGGO最高のスナイパーも打ち破ってるわけだし。

 

「負けてないわよ」

「負けず嫌いだな! ってか心を読むな!」

「騎士長さんはベクタと相打ち。私は逃げられただけ」

「……なるほど」

 

 ベクタのアカウントを失ったから、サトライザーのアカウントでまた来たってわけか。ストーカーにも程がある。どんだけアリスにご執心なんだよ。……極秘任務って理由以外にも何かありそうだな。私情でも挟んでるのか。

 

「俺はそろそろ行くぞ」

「ええ。守り抜きなさいよ」

「分かってる。今度こそ(・・・・)守りたい人を守り抜く」

「ジーク……。そういえば言ってなかったわね」

「何を?」

「おかえりなさい、ジーク」

 

 いつも俺を揶揄うような皮肉げな表情じゃない。珍しく素直というか、柔和な表情を見せてくる。そのことに面食らって驚いていると、反応が返ってこなかったことにしかめっ面される。というか、俺が荒れてたのをシノンも知ってたんだな。いつの間に知られたんだろ。

 

「はぁ……まったく、人がせっかく心配してたというのに」

「シノンに心配されたことにも驚きだわ」

「私をなんだと思ってるのよ。……まぁいいわ。さっさと行きなさい」

「あぁ、行ってくる。コンバートまでしてこっちに来てくれてありがとな!」

 

 今度こそシノンに送り出され、俺はここまで移動した時と同じ要領で跳ぶ。リソースが少なかろうと関係ない。空気自体は存在するわけだし、俺の心はもう安定してる。心意だって正しく使える。もうあの状態になることはない。

 ダークテリトリー。荒れ果てた土地で恵みの乏しい世界。そんな場所に住んでいたらそりゃあ人界の肥沃な土地を夢見ることだろう。たとえそれが仕込まれたことだとしても、ここに生まれここで育っている人たちにしたら関係ない話しだ。彼らはここで精一杯生きている。自分たちに誇りを持ち、腐ることなく。その魂は輝かしく、決して汚されていいわけがないし、蔑ろにされていいわけがない。

 

「だからさー、サトライザー。俺はあんたを許せない。……PoHの野郎はキリトに任せるけども」

 

 目を凝らせば捉えられる距離にまでは縮まった。空中に浮かぶ一つの点。それがサトライザーなんだろう。そう思うと自然と足に力が入る。早く追いつこうと体が急ぐ。それを止めることなく、感情に任せて体を動かす。こんな状況じゃなければ、空中を跳ね回ってることにはしゃぎまくれたんだがな。ま、もしものことはいいや。

 さて、それはそうとPoHだ。アスナたちがいたあの場所にいたのは間違いないだろう。殺し合いを高みの見物決め込むのが大好きな変態。アインクラッドでも踊らされたもんだ。そして今回もあいつが途中からシナリオを描いてる。サトライザーが単独行動を取り始めた辺りから。

 

「踊らされるのは、今回で最後になるだろうけど」

 

 キリトは未だに復活していないが、あのキリトがあのままなわけがない。引きこもりゲーマーだったキリトが、SAO、ALO、GGOを経験したんだ。特にSAOは2年もいたんだ。あそこでの経験がキリトの精神を育てた。今は休んでるが、必ずまた動く。俺以上にこの世界のことを考えてるわけだしな。

 

 サトライザーがどうやって空中にいるのかが、はっきりと視認できるようになった。悪趣味な有翼生物の背に乗り、着実にアリスを追いかけてる。未だにアリスの居場所はよく分からんが、おそらくもうそんなに離れてるわけでもないんだろう。あの有翼生物、地味に速いし。

 心意は応用が効く。それは今だってそうだし、《心意の太刀》やら《心意の腕》なんてものもあるんだ。もっとレパートリーがあったって不思議じゃない。他に何があるのかはアリスに聞けばいいとして、サトライザーに追いつくとなるともうひと工夫がいるな。

 

「遠いが……なんとかなるだろ。てか、なんとかなれ」

 

 《心意の腕》は、離れているものを手繰り寄せる技だって聞いた。なら、その反対(・・・・)ができたっておかしな話じゃない。

 

「オォォッ!」

 

 イメージするのは有翼生物を引き寄せるものじゃない。俺があっちに引き寄せられるイメージだ。空を蹴って距離を詰め、勢いが落ちる前に心意で引き寄せさせる。それの繰り返しで、さっきよりも格段にペースを上げることに成功し、サトライザーまで100mほどの距離に縮まった。そこまでくればもう引き寄せさせる必要はない。この距離から仕掛ける。

 真紅に染まった刀『緋桜』。キリトのエクスキャリバーのように、ここぞという時にしか使わない刀。それに手をかけ、居合の体勢のまま突っ込む。真後ろからではなく、若干サトライザーより上から。

 

──50m

 

 まだ距離はあるが、サトライザーを斬ることに集中する。余計な力を抜き、最高の一閃を放つために。

 

──20m

 

 この速度なら、この跳躍が最後になるだろう。

 

──10m

 

 目前だ。サトライザーは気づいていない。

 

「ふっ! ……!?」

「……ほう。飛行ユニットなしか。いかにして追いついた」

 

 たしかに斬った。サトライザーは気づいてなかった。そうだというのに、サトライザーには傷一つ付いていない。シノン相手にはたしかに傷を負ったというのに、右腕はないというのに。

 

「剣が効かないとか反則じゃね?」

「私の邪魔をするか」

「アリスを奪われるわけにはいかないからな」

 

 サトライザーなんてプレイヤーは、GGOに元からいたわけじゃない。それなのにシノンに勝った。つまり、こいつは瞬時の対応力が凄まじく高いんだろう。そんな奴相手に、空中歩法を見せるわけにもいかない。少なくとも今は。アリスがこいつに捕まる心配がなくなれば話は別だし。

 そんなわけで気色悪い有翼生物の上に、サトライザーと共に所狭しと乗る。斬撃が効かない相手にどう戦ったものか。神聖術はさっぱり分からないし、ここは武術になるのかな。

 

「しばらく相手してもらうぞ」

 

 

☆☆☆

 

 

 ダークテリトリーの南の果て、ワールドエンドオールター。祭壇を目指してここまで来たけれど、どうやら飛竜ではここまでが限界のようね。ここからどうやって祭壇にたどり着くのか、それはまた考えないといけない。

 

「……雨縁?」

 

 私を下ろした雨縁が、低い唸り声をあげながら後方を睨む。それだけで何が近づいてきているのか分かった。敵の総大将。騎士長ベルクーリと相討ちしたにも拘らず、別の体で再び戻ってきた皇帝ベクタが近づいているんだ。……体が違うなら、ベクタでもないのかしら。

 雨縁と共に、滝刳も後方を睨んでる。私もそれに合わせて視線を追ったのだけど、そこには敵だけでなく、別の人物の姿も映っていた。まだ離れているけれど、この距離だろうと見間違えるわけがない。

 

「ジーク……」

 

 武器を持っているようだけど、何故かそれを使わずに格闘戦を繰り広げてる。よく見ればジークの方が劣勢で、敵の攻撃をなんとか防いでいるといった方が正しい。力だけでなく技量も兼ね備えた格闘術を繰り広げる敵に対し、ジークはそれを見切って最適な動きをしている。でもそれは経験則からではない。その場での対応だけ。つまり、少し間違えれば敵に絡めとられてしまう。

 

「あ……!」

「──がはっ!」

 

 ジークが弾き飛ばされ、私の頭上を通って後方の壁に叩きつけられる。

 

「ジーク!」

「いってぇなあの野郎!」

「あ、元気なのね」

 

 壁に叩きつけられたのに、それが軽傷だと言わんばかりの元気さ。その姿にホッとすると同時に胸が温まるのを感じる。あの姿は間違いなく、私の想う大切なジークなのだ。

 

時間は稼げたな(・・・・・・・)

「え……」

「よっと」

 

 壁を蹴ったジークが私の側に着地する。その目は私にも敵にも向いていなかった。そこ(・・)に現れたもう一人の人物。親友と片腕を失い、心を閉ざしていた黒髪の青少年。キリトが飛んでいた。飛竜を用いず、まるで衣服の布を翼に見立てて。

 

「ゆっくり休めたかよ、キリト」

「休み過ぎたくらいだな」

「ははっ、ちょっとの間そいつを任せるぞ」

「なんなら俺一人でもいいぜ?」

「抜かせ」

 

 軽口を叩き合い、拳を突き出し合う。距離があるから、手が届くことはないのだけれど、私にはそれがしっかりと重なっているように思えた。

 

「……んで、その……アリス」

「はい」

「……ごめんな。一人にして」

「っ! ……何を……馬鹿なことを……。私が焦って……輪を乱したために混乱を招いたのです」

「いやな、アリスがそう動いた理由が分からないわけじゃないんだ。それに、俺はすぐに追いかけたらよかったのに、そうできなかった。俺が……心が弱かったから」

 

 言いにくそうに、歯切れを悪くしながら、それでもたしかに言葉にして話してくる。私が敵に捕まったのは、私の独断のせい。きっとそれがなければ、小父さまだって命を落とさなかった。

 

「ジークは決して弱い人間ではないです」

「いいや弱いよ。俺は一人じゃ何もできないから。なんでもなんとかなるって思い込んでただけだから」

 

 そんなはずはない。ジークはいつだって、私の見えない視点で物事を見ていた。見方が変われば、世界がより絢爛に見えると教えてくれた。私に多くのことを気づかせてくれた。それなのに弱い人だなんて……、そんなこと……。

 

「俺はさ、誰かが隣にいてくれないと頑張れないんだよ。……ずっとそうだった。昔から……。俺はそういう奴だったんだ。嫌いになったか?」

「……バカ」

 

 驚けるように、そのくせして寂しそうに眉を下げて、そんなことを聞いてくる。どこまでもバカで、どこまでも私の心を揺さぶってくる人。計算なんてしてないのにズルい。でも、そんなのどうでもいいくらい、私はこの人と共に在りたいと想う。

 

「アリス……」

「バカジーク。嫌いになるわけないじゃないですか。……たとえあなたの本性が、私の抱いていた印象と違ったとしても。それでも私は、あなたのことを想い慕っているのです」

 

 そっと背に腕を回し、ジークの胸に頭を預ける。珍しくジークが声を詰まらせて押し黙っているけれど、それを見て揶揄うことはできない。私だって今、心中を明らかにしたことで、平常心を保つのがやっとなのだから。早なる鼓動が煩く聞こえ、顔だけでなく身体が熱くなるのを感じる。今ジークと顔を合わせたら、私の気がおかしくなってしまいそうだ。……でも……ジーク相手なら……

 

「あのーお二人さーん? 水を指すようで大変申し訳無いのだけど、外に脱出しないと、今までの戦いが無意味になっちゃうのだけどー」

「〜〜っ!? ァ、アスナ!? いつからあなたはそこに!?」

「キリトくんと一緒に来たんだけどなー。アリスってばジークくんにそんなに夢中なのね」

「なっ……ぁ……っっ、忘れなさい! 今あなたが見たこと全て!」

 

 今度は違う意味で顔が熱くなった。騎士団の皆に見られたらきっと全員に驚かれるわね。小父さまとファナティオ殿くらいかしら、笑いそうなのは。

 そんな考えがほんの少しだけチラついているけれど、それ以上に私の心は羞恥に悶ていた。クスクスと笑うアスナがなんだか小悪魔に思え、知られてはいけない相手に知られたと直感的に理解した。だからアスナに詰め寄って忘れるように口を酸っぱくしているのだけど、アスナは全然応えていないようで返答をはぐらかされる。

 

「アスナ。閉まるまであとどれくらいだ?」

「……あと10分もないかな」

「分かった」

「ジーク?」

 

 ジークは私達に背を向け、上空にいるキリトの戦闘を見つめている。いったい何をしようとしているのか。そんなことは聞かなくたって分かる。ジークと共にいた時間は、全てを足しても一年にも満たない。それでも分かるんだ。だから、きっと送り出すべきなんだ。

 

 ──そうと分かっていても、私はその言葉を言えない

 

「大丈夫だってアリス。キリトと俺が共闘して勝てない相手なんていないんだから」

「いや……いやよ……」

「アリス? ジークくんが言ってることは本当よ?」

 

 違う。それも分かりきってる。でもそうじゃない。私が言いたいのは、私が引っかかっていることは、そこじゃない。

 振り返ってこちらを見ているジークに近づき、両手で襟を掴む。責め立てるように。

 

「あなたの記憶(・・)はどうなるのよ!」

「っ!? 記憶……? どういうこと!? それはユウキが治したんじゃ……!」

  

 ユウキ……。きっとそれがジークを止めることができた人の名前。それだけのことができたということは、ジークとの仲が深かったということ。……今は考えないでいいわね。

 

「あなたが記憶を失う時は、決まって戦った直後(・・・・・)だったはず。一度記憶が戻っていたとしても、もう失わないという保証もない! 違いますか!?」

「それは……」

「あなたが戦おうとしていることは分かっています。本当なら送り出したいです。ですが! それでまた記憶を失ってしまうのなら反対です! 嫌なのです! あなたに忘れられたくない! だから──」

 

 言葉の途中で、ジークに頭に手を置かれて引き寄せられる。抱えるように抱きしめられ、自然と何も言えなくなった。

 

「そこまで見抜かれてたとはな。けど、本当にもう大丈夫だから。絶対に記憶を失わない。必ず外で再会する。だからさ、アリス。先に行って待っててくれないか?」

「いや……保証なんてないじゃない……」

「ああ。だから信じてくれ。俺が必ず記憶を失わずにこの戦いを終わらせることを」

「っ!」

「誓うよ。この刀に、そして他でもないアリス、君に誓うから」

 

 身体が強張る。恐る恐る見上げると、力強い光を灯したジークの瞳と目が合う。その瞳に射抜かれ、私はもう反対の言葉を言えなくなった。一旦視線を外し、掴んでいた襟を離してそっとその胸に耳を押し当てる。心音は一定で、ジークが本心からそう言っているのだと確信する。

 

「分かりました。もしその誓いを破ったら、一つ私の言うことを絶対に聞いてもらいますからね」

「わかった。できることならなんでもするさ」

「ふふっ。それでは、行ってらっしゃいジーク」

「あぁ、行ってくるよアリス」

 

 空を地面に見立てて駆け上がるジークを見送りつつ、私もアスナと祭壇を目指す。ジークったら、あんなやり方でここまで追いついたのね。小父さまもきっと驚かれるわ。


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