己がために   作:粗茶Returnees

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 先日、天気の子を観てきました。個人的には好きな作品だなって思いました。
 今回短めです。


36話 帰宅

 

 知らない天井……だな。間違いない。この天井は知らない天井だ。体を起こしてみるも、めちゃくちゃダルい。気力が出ないというか、どうにも俺の脳やら神経やらとこの体が一致していないような感じだ。意識はあるのに無気力的な。

 

「ジーク!」

 

 何分ボーッとしていたのだろうか。それもよく分からない。体感的な時間がどうにも掴めない。それはともかくとして、部屋のドアが開かれたと思ったら、懐かしい声が響いた。そっちに目を向けると、息を呑むほどの美少女が見える。輝かしい金色の髪。澄み切って凛としている蒼い瞳。

 

「アリス……」

 

 会いたかった人の名前を発する。ずっと会いたかった。狂おしく思う程に愛おしい存在。

 そんなアリスに手を伸ばそうとするも、イメージ通りに動いてくれない。ゾンビみたく、プルプルしながらゆっくり動く。その手がアリスに伸ばされる前に、アリスがすぐ近くに来た。そして……

 

──バシィィン!

 

 鉄拳制裁……ではないが思いっきりビンタされた。

 

「いってぇぇ!?」

「この、バカジーク!! なんで貴方だけ残ったんですか!? 貴方がいないのに、私……リアルワールドに来たって……!」

「アリス……ごめん……」

 

 思いっきりビンタされた後、思いっきり抱き締められる。今のアリスの体は生身じゃない。用意された機械の体だ。だから、生身の人間が発するような声の震えもない。その瞳から涙が溢れることもない。

 だけど、分かりきってることだ。俺はまたアリスを泣かせたんだ。アリスの声の震えだって伝わってる。見えない涙が見える。

 

「無事に目が覚めたようだね。よかったよ」

「200年なんてよく生きられたっすね」

「……あんたら、俺が言いたいこと分かってるだろうな?」

「それはもちろん。本当に申し訳ないと思っているよ」

 

 アリスの髪をそっと撫でながら、入ってきた菊岡たちを睨む。二人とも降参だと言わんばかりに両手を上げて首を横に振る。シンクロにでも出たらいい。

 

「君の記憶を消せばいいのだろう?」

「えっ!?」

 

 確かめるような菊岡の質問に、アリスが体を跳ね起こして驚く。菊岡たちの方へと振り返り、すぐさま俺に向き直した。「どういうことですか!?」と混乱するアリスを落ち着かせるため、ふわりと微笑む。

 

「アンダーワールド内の記憶を俺が持っておくわけにもいかないし、あと俺の脳の容量が限界だ。……個人的には後者の理由が大きいわけだが、面倒な諸事情もあってな。大丈夫。アンダーワールドに残ってから過ごした200年分の記憶だけを消すから」

「それはつまり……」

「アリスと出会ってから、ガブリエル……ベクタだった奴を倒すまでの記憶は残るってこと。あーそれと、セルカはディープフリーズを選んだぞ。セントラル=カセドラルの80階、雲上庭園の丘でアリスとの再会を待ってる」

「そう、ですか」

 

 セルカの名前をぽつりと呟くアリスから、菊岡たちへと視線を移す。アリスにはアンダーワールドのあの後の事を知る権利がある。だが、逆に言えばアリス以外はその詳細を知る権利などない。俺も含めて。

 あの世界に留まった俺を繋ぎ止めてくれたのは、ちゃっかりと残っていたユウキだ。実体を持たないユウキは、常に俺に付き添ってくれていたわけだし、過ごしたかった以上の年月を共に過ごすことができた。その記憶が消えるのは、正直言って寂しいわけだが、すでに言葉を交わし終えている。流す涙も流し終えた。

 だから俺は、記憶を消すことにもう迷いなんてないんだ。

 

 

☆☆☆

 

 

 記憶を消した後、俺とアリスはしばらく言葉を交した。主に説教を受けていたわけなんだが、それもアリスに心配をかけたから。それを自覚している俺は甘んじて受け入れた。鉄拳制裁は痛かった。口にはしなかったが、アリスは今機械の体なわけだし。

 アリスはアンダーワールド代表としてこっちに来たわけなのだが、残念なことに世論はそんな事情を知らない。お偉方の頭の中にもそんな事情など含まれていない。アリスを、つまりロボットを人間として扱うかどうか。その点に絞られている。全く面白くない話なのだが、そう思えるのはあの世界を知っているからなのかもしれない。俗にオタク文化と呼ばれるものに触れない人たちは、アリスを人間とは見られないんだろうな。

 

「そういう人たちが多いから、世論がそうなってるわけでもある、か」

 

 夜空を眺めながらそんな事を考える。記憶を消し、アリスと別れたあとは検査をしていて帰りが遅くなっている。そして未だに家に連絡を入れていない。どう動いたところで母親のガチギレは確定なわけで、下手したら病院に逆戻りにされかねない。その事を考えると足取りが重くなるんだ。

 等間隔に設置された街頭。この辺りは一軒家が多いが、少し離れた場所ではマンションなどの集合住宅が目立つ。漏れて聞こえてくる声は家族で過ごしているものだったり、友人を招いているのだと思われるものだったりする。そんなさまざまな声をBGMにしつつ、戻ってきたことを実感する。そして目の前にある我が家を見て震撼する。

 

「なんて言って入ろうか……。ただいまは絶対として、あと謝罪も絶対いるわけで……」

「ブツブツ言ってないでさっさと入ってきなさい!」

「ぐぇっ!?」

 

 突然開かれたドアに驚いている間に、母親の細い手に喉を握られる。どこからそんな力がって言いたくなるが、生憎とそんな余裕はない。力任せに握られて苦しくなっていると、これまた力任せに玄関へと引き込まれる。それが僅か3秒の出来事で、漫画みたいな展開だと現実逃避をしたくなる。

 

「さぁーて? 命乞いを聞こうかしら?」

「聞くことがおかしくないか!?」

「あらそう? じゃあ遠慮なく始めるわね」

「そういう意味じゃねぇ!!」

 

 尻餅をついてる俺へと振り下ろされる拳。慌てて避けた途端聞こえる乾いた音。恐る恐るそこを見ても、母さんの拳が俺のいた場所で止まっているだけだ。何にも当たっていない。強いて言うなら、そこにあった空気が破裂したってとこか。イスカーンが喜びそうだ。

 

「長く寝てたわりには動きがいいわね」

「まだ体は思ってるほど動いてないんだけど」

「そう。ま、今の動きとその顔に免じて鉄拳制裁は許してあげる」

 

 頬に指を差されて気づいた。どうやらアリスのビンタの跡がついているらしい。たぶん、母さんはこれだけで分かったんだろう。俺が何をしていたのか。その結果どうなったのかを。詳細までは分からなくても、大まかな流れは。

 

「晩御飯は?」

「食べるよ」

「食べるの?」

「食べたっていいじゃん!?」

 

 コロコロと笑う母さんに流され、俺は先に風呂に行くことになった。我が家のルールでは、「一番風呂に入りたければ風呂掃除をしろ」ってことになってる。そんなわけで風呂掃除を始めるわけだが、母さんには頭が上がらない。だって、風呂掃除が終わって、ゆっくりと湯船に浸かってから出れば晩飯を食べられる、という流れにしてくれてるんだから。

 いや、それ以上に、話を根掘り葉掘り聞き出さないでいてくれてるんだ。話さないといけないことなのに。大きな出来事に首を突っ込んでいたのに。それを話すタイミングを任せてくれてる。

 

「何かお礼を用意しないとな。……母の日か誕生日くらいしか受け取ってくれないけど」

 

 どうしたらいいものか、と頭を悩ませながら体を洗って湯船に浸かる。アンダーワールドにも風呂はあったが、やはりこちら側とは感覚が違う。こっちで生まれた俺たちは、こっちの風呂の方がいいって実感してしまうものだ。

 

 結局いい案は浮かばず、髪をドライヤーで乾かしてリビングに向かう。料理もほぼ出来上がっているようなのだが、こんなに早くできるものだったっけ。

 

「仕込みは先にしてたのよ」

「さすが。ところで考えを読まないでほしい」

「単純なのがいけないのよ」

 

 煽るように見下してくる母さんに、俺は何も返せず料理が乗った食器を運ぶ。さらっと俺の好物を中心にした献立になっていて、ますます頭が上がらなくなる。

 

「いただきます」

「久々に張り切ったから、食べきりなさいよ」

「うん。ありがとう」

 

 母さんの言葉通り、晩御飯の量は多かった。それを俺はがっつくように次から次へと口に運んだ。美味しいのもある。久しぶりに食べられているというのもある。でも、やっぱり一番の理由は、母さんが作ってくれたからだ。心配もかけた。小さな返し方ではあるが、元気な姿を見せるのも責任のとり方の一つだと思う。何年経とうと俺はこの人の子供なのだから。

 

「……母さん」

「なに?」

 

 腹八分目まで食べた頃、俺は箸を止めて母さんを見つめる。大事な話をするって察してくれた母さんも、箸を止めて言葉を待ってくれた。大事な話……ではあるが、まだ全てを話すわけじゃない。ただ一つだけ、先に話さないといけないことがある。

 

「ユウキに……会ったよ」

「っ! …………そう。あの子……どうだった?」

「相変わらずだった。元気で、笑顔を弾けさせて、真っ直ぐに力強く前を見てる。何も変わらない、俺たちが知ってるユウキだった」

「ふふっ、あの子らしいわね。……また話せたのは、羨ましいわね」

 

 お茶を一口飲んだ母さんは、チラッと横に視線を向けた。そこにある写真立てには、ALOで一位に輝いた時のユウキの写真がある。母さんはまるでユウキがオリンピックで優勝したかのように、褒めまくって祝いまくってた。画面越しにユウキがむず痒そうに照れていたのを、今でも思い出せる。

 

「話しそこねたこととかはないわよね?」

「もちろん。全部出し尽くした」

「ならいいわ。どうせ、あの子に気合を入れさせられたんでしょ?」

「当たってるけども……」

 

 母さんの中では、俺とユウキの間柄がそういう事になってるんだな。間違ってないんだけども。完全に俺が尻に敷かれてるってわけじゃないんだよなぁ。訂正させようとしても、口で勝てるわけもないか。

 しばらくユウキの話をしてから食事を再開し、食事が終わってからもまた話が再開した。あの時、俺はともかくとして、母さんはユウキと話すことはできなかったから。あまりにも突然の出来事で、いつか来ることと分かっていたはずなのに、俺は感情を処理しきれなかった。その様子を見ていた母さんも、俺にユウキの話をすることはなかった。その時の精算を今している。

 

「……あの二人(・・・・)なら、いい友達になれたと思うのよね」

「……まぁ、気が合うだろうな」

「近いうちに行ってきなさいよ?」

「分かってる。今週中には行くよ」

 

 ああそうだ。行ってちゃんと話さないといけない。理解してくれるかは分からないけど、顔を出しに行く必要はあるから。

 

 そうだな、アリスも連れて行こう──

 

 

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