己がために   作:粗茶Returnees

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37話 真実

 

 リアルワールドは、思っていたような世界とは違った。目覚めたばかりの私は、ただ驚くしかできなかった。アンダーワールドとは違った建物や衣服。見たこともない物体の数々。多くのリアルワールド人たち。そして──何も感じられない体。

 私が最も辛かったのは、私がリアルワールドで活動するために必要な体だった。定期的に"充電"と呼ばれる行為をしなければ活動に限界をきたし、一歩も動けなくなるのだという。感情も意志もあるのに、私の体は不自由だった。痛みを感じることもできず、人が本来持つ柔らかさなどなく、感じられていた温もりも感じられない。

 

──ジークに抱きしめられても、心は満たされなかった

 

 ジークと再会したのも束の間。私はアンダーワールド人代表として、数多くの場に赴かなくてはならなかった。本音を隠し、思惑を腹に潜ませながら化かし合う人たち。私には分からないリアルワールドの事情があるのだと理解するも、その者たちと話すのは決して心地良いものではなかった。

 行動力の塊で、戦いが強かったジークも、リアルワールドではただの一般人。彼に同行してもらうこともできず、時折電話というもので声が聞けるだけ。ある程度は心が楽になっても、すべてを払拭することなどできなかった。弱音を吐くこともできず、電話を終える直前に絞り出すように言った一言も。はたしてそれは聞こえてほしかったのか、聞こえてほしくなかったのか、私にも分からない。

 

「えっと……この辺りでいいかしらね」

 

 ただ、今はジークに会いたいという想いが、私の心を占めていた。ある程度過ごしたことによって、この世界での過ごし方の最低限のことは分かっている。タクハイ、というものを利用すれば、私はジークのいる場所にたどり着けるという作戦だ。

 

「箱に入るのが趣味なのか?」

「そんな趣味はありません! って……ぇ……」

「こんばんは、アリス」

「なん……」

 

 私が与えられた部屋は監視されている。そこで私は、その監視が映らなくなるように深夜まで待ち、真っ暗になった部屋から出ていた。1階まで階段で降り、箱を用意し、機械の体を箱に入れて蓋を閉じる。そうするつもりだったのだけど、私の目の前には会いたかったジークの姿がある。

 目を疑った。当然だ。この建物には警備員もいて、関係者以外入ることができない。ジークは私の関係者だけど、それで押し通せるはずもない。だから、この機械の体が幻覚を見せている、そう思わざるを得なかった。信じられるはずがない。

 

「アリスが言ったんじゃねぇか。『助けて』ってさ。言葉は違ったけど、こういう意味で合ってるだろ?」

「っ!!」

「生憎と警備の裏をかくのは慣れててね。こそこそーって忍ばせてもらった。監視カメラとか警報器はユイちゃんに頼んで対処してもらったけどな」

「ほん、とうに……ジークなの……?」

「ははっ、こんなバカなこと、俺以外の誰がするん──」

「ジーク!」

 

 言葉を遮るように彼の名前を呼んだ。彼の胸に飛び込み、空いた心を埋めることに集中する。最初は戸惑っていたジークも、黙って私を包み込んでくれた。背中に手が回され、髪をそっと撫でてくれる。あぁ……でも……

 

「ごめんなアリス」

「え?」

 

 暗くなりそうだった考えも、彼の謝罪で遮られる。彼が何に謝っているのか分からず顔を上げた。ジークの目は揺らいでいた。何を映しているのか。いくつかの想いが重なり合い、せめぎ合い、そのせいで苦しんでいるように私には思えた。

 

「制限された体に押し込ませてしまった」

「っ! ジー、ク……」

「俺はアリスをこの世界に連れてきたのに、アリスを側で支えてやることができない。温もりを感じない体にアリスの魂を押し込んでるし、俺は技術者じゃないから改善策を見出すこともできない」

 

 ジークの腕に力が入る。抱きしめられている力が強くなった、というのも感じられない。私が判断できるのは、ジークの腕の硬直を見たから。細かな部分を感じられず、それをジークは自分のせいだと責めている。

 リアルワールドとアンダーワールドの大きな違いは、『天職』だと思った。アンダーワールドでは、一定の年齢になることで役割を与えられ、それに従事することになる。しかしリアルワールドはそうじゃない。何にでもなる可能性がある。教養を身に着け、専門性を高め、その道に進む。ジークはまだその途中段階。それなのに──

 

「あなたは本当に優しいのねジーク」

「どこがだよ……。連れて来といてこれ(・・)なんだぞ? 残酷なことをしてる」

「……たしかに寂しいと思うわ」

 

 罪悪感を覚え、目を逸らすジークの頬に手を添える。美しく愛おしい瞳を覗き込む。

 

「でも、やっぱりあなたは優しい。ジークはその道に進んでいるわけではないのでしょう? 素人で、関わっていないのに責任を感じてる。それは優しい証」

「そんなの──」

「私が優しいと言ったのだからジークは優しいの。いいわね?」

「ははっ、強引だな。……分かったよ」

 

 鼻を鳴らして広角を上げると、ジークもそれに釣られてふっと笑う。その表情はどこかスッキリしていて、少しでも吹っ切れたのだと思う。

 話に区切りがついて、私はジークに手を引かれてここから脱走した。バイクという乗り物に乗り、後ろからジークのお腹へと腕を回す。全然違うものだと分かっていても、こうして密着して風を感じていると、雨縁の背に乗っていた時を思い出した。私の大切な飛竜の存在を。

 

「着いたぞ。アリスの方から降りてくれ」

「あ、分かりました」

 

 物思いに耽っていると、ジークの家に着いていた。住宅街の中にある家。大きさも周りと特に変わらない。だいたい同じくらいの富裕さなのだろうか。

 

「ただいま"っ……」

「ジーク!? 敵襲ですか!?」

 

 ジークが扉を開けた途端、ジークの顔に球が直撃する。当たった球は地面を柔らかそうに跳ねているし、ジークも怪我をしたというわけではなさそう。だけど、家でこんなことになるはずがない。誰か刺客が待ち構えていたと判断できる。そう思った私は、ジークの前に出て家の中にいる刺客を睨みつけた。

 

「あらあら? ……あ〜、なるほど。そういうこと」

「貴様は何者だ!」

「そこのバカの母親よ」

「そんな戯言──」

「アリス。この人マジで母さんなんだ」

「……は?」

 

 私の肩に手を置いたジークの一言に耳を疑う。一旦ジークの方へと振り向き、それからまた目の前の女性を見る。もう一度ジークの方を見ると、無言でコクリと頷かれ、前方を見ると女性が笑顔で頷く。

 

「失礼しました!!」

「いいのよ〜。それより上がってちょうだい。少し話を聞かないといけないようだし?」

 

 家の奥へと消えていったお母様に呆然としていると、先に靴を脱いで上がったジークに手を差し伸べられる。様式に従い、靴を脱いで並べた私は、ジークの手を取って家へと上がった。通された場所は居間で、お母様は椅子に座って私達を待っていた。

 

「ささっ、座ってちょうだい」

「それでは失礼します」

 

 ジークがお母様の正面に座り、私がジークの隣に座る。失礼かと思いつつ軽くリビングを見渡すと、二つの写真立てが目に止まった。片方は四人。もう片方は三人。後者はおそらくALOで撮ったもの。

 

「写真が気になる?」

「あっ、いえ……すみません勝手に」

「真面目なのね。……あとで教えてあげるけど、私が話すより秋刀(あきと)が話した方がいいのでしょうね」

「アキト?」

 

 聞き慣れない名前に首を傾げてから気づく。この流れでその名が当てはまる人物は一人しかいないと。つまり、リアルワールドでのジークの名前が「秋刀」なのだ。

 

「話してなかったのね」

「そのタイミングがなかったからな」

「ふーん。さて、自己紹介しましょうか。私は黒瀬雪乃。そこのバカ息子の母親よ」

「初めまして。私はアリス・シンセシス・サーティと申します」

「よろしくね、アリスちゃん」

 

 柔和な笑みとともに手が差し伸ばされる。私はその手を取り、握手を交した。

 

「──さて、今回は何に首を突っ込んだのか、話してもらうわよ? 秋刀」

 

 切り替えの速さに目を丸くしたし、お母様から放たれる圧が一般人とは思えなかった。そういえばジークも、格闘術は身内から学んだとか言っていたような。

 

 

☆☆☆

 

 

 夜が明け、時刻が13時を過ぎた頃。私はジークに連れられて、とある施設に来ていた。正確には、私が同行をお願いしたのだけど。

 昨日はお母様にジークがアンダーワールドでの出来事を話していた。時折私が補足を入れていたけど、リアルワールドの事情を絡めての話だったからほとんどジーク任せになった。話を聞いたお母様は、一度目を閉じて沈黙。数秒後に凛とした瞳をジークにぶつけ、後悔をしていないかを聞いていた。

 

『後悔は微塵もしてない。だって俺は──』

 

 ──あぁ、ジークはどうしていつも……

 

 半歩先を歩くジークの横顔を見上げる。少し真剣な顔をしているけど、私の視線に気づいたら普段の軽い調子の笑みを浮かべる。そこに一つの安心感を覚え、そして若干の曇りがあるのも見破る。

 それが何に対してなのかは分からない。ひょっとしたら、私がわがままを言ってジークを困らせたことなのかもしれない。本来なら私はここに来られず、アンダーワールド人代表として行動している。だけど、それに疲れてしまった私は、ジークという逃げ場所に避難した。朝に電話が来たけれど、ジークが交渉して私に時間をくれた。だからこうして一緒にいられる。

 ひょっとしたら、それが迷惑になっているのかも……。

 

「アリスって暗くなると勘違いが激しくなるよな」

「え?」

「俺もアリスと一緒にいたい。そう思ったから交渉したんだ」

 

 振り返ることなく放たれた言葉が、胸に刺さる。何も感じられない体だけど、こうして心に響いてくれる。感情がしっかりと動いてくれる。変わらない。ジークを想うこの心だけは、何一つ変わることがない。

 

「着いたぞ。この部屋だ」

 

 扉の隣にある表札には、この部屋の番号とここにいる人の名前がある。名前の一部がジークやお母様と同じということは、ここにいる人も身内と考えるのが妥当なのかしら。

 コンコンと2回扉をジークが叩くと、中から明るい声が聞こえてくる。許可が下りたところでジークは扉を開け、私はジークの後ろに続いて部屋に入った。真っ白な空間で、窓際にある寝床に少女が座っている。思わず見惚れるような美しい黒髪。首辺りの高さで切り揃えられていて、人懐っこい笑顔を浮かべている。見た目で判断すると、ユウキくらいの年齢の少女。

 

「あ、お兄ちゃんだ!」

「久しぶり春花(はるか)。元気そうでよかった」

「うん元気だよ! あ、聞いてお兄ちゃん。この前ねSAOの(・・・・)新情報(・・・)が出てね!」

「……ぇ?」

「お、マジで? どんな情報が出た?」

 

 楽しそうに話す春花さんの話を、ジークも優しい笑顔で聞いている。だけど私は戸惑っていた。SAOと呼ばれるものがあった(・・・)、ということは既に知っている。ジークやキリトやアスナは、その世界で出会ったのだと。一万人が閉じ込められ、何千人もの死者を出した。今では過去のものとなった世界。  

 そのはずなのに、彼女はその世界の新情報という名の過去の情報を、ジークに話している。ジークは一つ一つに反応し、二人で情報について考察していく。その光景に私は慄くほかなかった。

 

「──でもそれだと……ちょっと、おか……」

「……眠くなっちゃったか。今日はもう寝ような」

 

 20分ほど経過すると、春花さんは体をグラつかせた。ジークがそっと支え、静かに春花さんを横にさせた。春花さんは瞳を揺らがせ、ジークを離さないようにと手を掴む。

 

「お兄ちゃんと……もっといたい……」

「うん。ここにいるから。今日はギリギリまで一緒にいるし、また話しに来るから。これが終わりじゃない。終わらせない。だから、今日は休もう」

「やく……そく……」

「あぁ。約束だ」

 

 ジークが空いている手で春花さんの髪を撫でていると、うとうとしていた春花さんの瞼がそっと閉じられた。しばらくすると可愛らしい寝息も聞こえ、表情も穏やかだ。ジークの手は抱きかかえられているけど。

 私はジークに一声かけ、彼の隣に椅子を用意して座った。後ろから見ていて感じた違和。それは最初に引っかかった一つだけじゃない。彼女が私を認識(・・)して(・・)いな(・・)かっ(・・)()こともだ。あたかも私が見えていないような、存在していないような様子だった。

 

「……春花はSAOに一緒にログインした俺の妹だ。俺の4歳したで、見てて分かっただろうが、とにかく明るくて笑顔を振りまく子だ。俺より強かったし、刀を振るう速さも鋭さも俺とは段違いだった」

「ジーク……」 

「事件が起きたのはSAOクリア後だ。当時ALOを実質的に牛耳っていた須郷の研究。春花はその被害者の一人だった」

「研究、ですか?」

「ああ。仮想世界……リアルワールド以外の世界にリアルワールド人が行こうとすると、そのための装置が必要だ。SAOの時はナーヴギアが作られ、事件後は後継機としてアミュスフィアが作られた。脳から送られる電気信号を捉え、それで別世界の自分の体を動かす。簡単に言ったらそんな仕組みなんだが、そこを利用された」

 

 ジークの言葉に怒気が含まれ始めた。髪を撫でていた手を離し、握り拳が作られていく。

 

「SAOから帰還する人たちの中から、無作為に一部のプレイヤーだけALOに移送させられた。だがそこに移送された人たちには体など与えられず、そもそも意識もない状態。ただ眠りについてるってだけ。……その間に行われていたのは、記憶や感情や意識のコントロールの研究。いわば人体実験だ。その研究が一番捗ったのが、春花の脳だったらしい。他の人よりも多くの刺激を与えられ、その結果──目を覚した春花は脳に異常が出た」

 

 歯を食いしばり、血が滲み出るほど拳を強く握っている。私は慌ててジークを止めようとするけど、私にできることなどたかが知れている。ジークの気持ちを和らげることも難しい。だから、私はただただジークを後ろから包み込むように腕を回すことしかできなかった。

 

「春花はな、SAO開始前までの記憶しかないんだよ。SAOであったことも忘れてるし、何度も話していて気づいたのは、嫌な記憶は何一つ残らないということだった。小さい頃ににあった失敗談も全部忘れてる」

「それは……寂しいですね」

「そうだな。ある意味幸せなのかもしれないが、それはやっぱり違うんだろうし。……アリス、ごめんな。俺は春花の──」

「いいんですよ。ジーク、あなたは春花さんのために生きていいんです。私は応援してます」

 

 寂しい気持ちはある。自分のために頑張ってくれる人、というのは心地が良いから。でも、そうじゃない。私は私のために頑張るジークが好きなんじゃない。自分の道を進んで行く、愚直だろうと歩み続けるジークが好きなんだから。

 ありがとうの礼とともに、後ろに手が伸ばされ、頭をそっと撫でられる。それに目を細め、ジークの肩に顎を乗せて頬同士を当てる。

 

「この際だし、アリスに今話そうか」

「……いいんですか?」

 

 誰の話か、などと聞く必要などない。ジークの周りの人のことで、重要人物と言える人はあと一人なのだから。ジークの暴走を止めることができ、ALO内で永久的に最強で最高なプレイヤーと今もなお称される彼女の話。それを私が聞いてもいいのかと、離してくれるのかと確認する。

 

「これは話さないといけないからさ。俺がこれから進むためにも」

「分かりました」

 

 ジークとユウキの物語。

 ジークの隣の椅子へと座り直した私は、ジーク本人の口からその全てを知ることとなる。

 




 「君と掴むのは」がユウキとの話を書いた短編となります。
 https://syosetu.org/novel/182927/
 (飛べなかったらゴメンナサイ。こういうのに疎いんです)

 次回が最後になると思います。
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