己がために   作:粗茶Returnees

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最終話 共に歩む未来へ

 

 俺の周りの事情をあらかたアリスに説明し、時間が許す限りアリスとともに病室にいた。俺のすぐ隣にアリスがいても、春花はアリスに気づくことはなかった。過去の記憶にアリスがいないから。どうすれば治るのか、どうすれば春花が前へと進めるようになるのか。現段階ではその明確な手段が不明だった。医者も捻れ切れるんじゃないかというほど頭を捻り、それでも糸口が掴めない。

 見つかるかも分からない治療法。その時が来るのをただ待つなんてできない。必然的に俺の進路は確定した。

 

「ジークらしいです。私は応援していますよ」

「ありがとうアリス」

 

 肩を並べて帰っている時、アリスはそう言ってくれた。単純なことだが、背中を押されると自然とやる気が増してくる。

 だが、俺がそれに集中するためには、やらないといけないことがある。先送りにしていたことを、済ませるんだ。もう目を逸らしてはいけない。

 

「なんでこうなってんだか……」

「二人とも存在が知れ渡ってるからだろうな」

「ちなみにキリト。お前はこれ(・・)に1枚噛んでるのか?」

「まさか。ヒースクリフとやった時にウンザリしたからな。俺は関わってないぞ」

「俺は、ね」

 

 軽く睨むとキリトは両手を上げて苦笑いした。そこまでは勘弁してくれってことだろうが、せめて「口では止めた」とかはしてほしかったね。

 ため息をついてモニターを見る。俺が今いるのはALOにある闘技場だ。モニターから見えるのは、闘技場の客席に座る大勢の人たち。見知った顔もチラホラ見える。見せ物にされるとは思ってなかったし、アリスも予想外だろう。アルゴとクラインは後でシメるとして、他にもいるであろう協力者もシメないとな。

 

「炙り出しとかもやらないからな?」

「別にいいさ。スリーピングナイツに動いてもらってるし」

「容赦ないな」

 

 俺が自分の道を一心不乱に突き進むため、決心を固めるために行うと決めたのは、アリスとの決闘だった。それをこんな見せ物に変えられたのだから、これくらいは当然なんだよ。むしろまだ抑えてる方だ。

 

「キリト」

「ん?」

「アリスのこと頼んだ」

「……ハード面なら承った。それ以外は無理だな」

「分かってる」

 

 そのつもりで言ったのだから。

 アナウンスに従い、キリトと拳をぶつけ合ってから控え室から出ていく。聞こえてくる歓声が腹立たしいが、それもすぐに気にならなくなった。向かい側から歩んでくるアリスを見たから。陽の光を浴び、綺羅びやか輝く黄金の髪。青空より澄んでいて、凜した真っ直ぐな蒼い瞳の少女。

 

「ごめんなアリス。こうなるとは思っていなかった」

「構いません。私はあなたとの試合にのみ意識を集中させているので」

「ならよかった」

 

 リングに上がり、言葉を交わしてからそれぞれ武器を構える。俺は愛刀の『緋桜』を。アリスも愛刀の『金木犀の剣』を。アリスがそれを持っていることには誰しもが目を疑った。アリス自身驚いていたんだが、ユイが頑張っちゃったらしい。そこまでできるとか反則レベルな気がするし、ユイが本気になれば仮想世界はユイの世界になるんじゃないかと戦慄したのも記憶に新しい。幸いにもユイはそういう子じゃないが。

 金木犀の剣は、エクスキャリバー級の武器としてこの世界に存在している。当然な性能だが、《武装完全支配術》や《記憶解放術》は使えない。あのシステムはアンダーワールドにしか存在しないからだ。だが、それを抜きにしてもアリスは強い。

 

『カウントダウンスタート!』

 

 ──10秒間のカウント

 それが始まると同時に、「猫耳とか可愛いなぁ」という思考を遮る。「チョロンと出てる尻尾も可愛い」とかも脳から消し去る。たぶんアリスにも気づかれてたんだろう。射殺さんとばかりに鋭利な視線が突き刺さりまくってたし。

 ある程度距離があるから、最初は駆け寄らないといけない。今回の勝負は地上戦のみ。ユウキとの勝負のように翼を展開しながら戦うことはできない。

 

 ──残り5秒

 意識を完全に切り替え、スタートダッシュを決めるために右足を半歩前に出す。重点を下げ、鞘に収まっている刀に手を重ねる。対するアリスは毅然と立ち、剣を下げたままこちらの様子を見ている。キリトがユージオと挑んだ時もそうだった。アリスは己に絶対の自信を持ち、決闘となれば待ち構えるのだ。

 あくまで俺の方が挑戦者。話を持ち出したのも俺だし、甘んじてその立場を受け入れよう。

 

『試合開始!』

 

 そのアナウンスが聞こえるより前に、秒数が0になると同時に駆け出す。心意がないから一瞬で距離を詰めることもできない。加速することもできない。だが、その方がいい。あれはあれで楽しかったが、これは素の実力だけだし違った楽しみがある。

 

「ッ!」

 

 全力で駆ける。10歩も進まずにアリスとの距離を詰められた。横をすり抜けつつ得意の居合斬りを放つ。足を止めてる時が一番やりやすいんだが、これで精度が落ちるような特訓の仕方はしていない。

 刀を持つ右手に僅かな痺れが走る。それを抑えつつ刀を右肩の近くにまで上げ、振り向きざまに振り下ろす。甲高い音が響き渡った。緋色の刀身と黄金の刀身がせめぎ合っている。

 

「さすがに無傷か」

「見失いかけましたけどね」

「よく言うよ」

 

 僅かに距離を取り、クロス状に刀を振ってバックステップ。仕掛け直そうとしたんだが、攻撃を弾いたアリスが距離を取らせてくれない。横薙ぎに迫る剣を防ぎ、間髪入れずに放たれた突きを右に躱す。そのついでに刀を振り下ろしたんだが、アリスの左手に腕を掴まれて止められる。左斜め下からは黄金の刀身が迫ってくるが、アリスの右腕を左足で抑えることでそれを防ぐ。

 

「容赦ないな」

「試合と言えど、負けたくはありません」

「負けず嫌いめ」

「こういう人は嫌いですか?」

「いいや。好きだよ」

 

 自分から振っておいたくせに、俺の反応に僅かに照れるアリス。その隙を逃さずに左手でアリスの手首を殴り、右手を解放させて距離を取る。今度は追われることがなく、俺とアリスの間に3m程だが距離ができた。

 一度深呼吸したアリスの表情が引き締まる。アリスの周辺の空気も変わり、重く、そして鋭い圧がヒシヒシと伝わってくる。それに思わず武者震いをしてしまい、口角も自然と上がってくる。左手も刀に添え、下段に構える。

 

「行きます」

「行くぞ」

 

 それは同時だった。

 同時に言葉を発し、同時に床を蹴りだした。

 

 下段から斜め上に振り上げ、防がれようと止まらずに素早く3連続で横に斬る。その尽くを最小限の動きで防がれ、重たい縦の一閃が放たれる。防ぐことはせず、刀身を滑らせて軌道を逸し、カウンターを入れる。先に体力ゲージを削ったのは俺だった。が、その優位は一瞬で消え去った。

 振り下ろしていた剣を逆手に持ったアリスが、ノールックで俺の背に突き刺したからだ。

 ただの負けず嫌いじゃない。筋金入りの負けず嫌いだ。認識し直し、剣が引き抜かれた瞬間に体を回転させて刀を振るう。アリスもそれに対応し、眼前で火花が散る。火花越しに見える表情は、真剣ながらも楽しんでいるように見えた。きっと俺もそうなっているんだろう。

 

「ははっ」

 

 ぽろっと笑いが溢れる。その間にも2色の交差は続いていて、相変わらず体力ゲージは削れない。ミリ単位で違うのかもしれないが、パッと見た感じだと同じだ。だが、俺は今勝ち負けを気にしているわけじゃない。こうしてアリスと競い合うことが、刀と剣を交わらせることが心地よく思えるんだ。

 戦闘狂とか言われようとどうでもいい。強い奴とぶつかり合うと楽しいんだから。スポーツやゲームだって同じだろ。拮抗する相手との勝負ほど白熱して盛り上がるものはない。

 

 ──剣舞を見ていた

 

 後に誰かがそう言ったらしい。

 アリスとの勝負に夢中になっていた俺は、自分がどう動くかなど考えもしなくなっていた。思考する前に直感と経験で体が反応し、アリスへの攻勢を緩めなかった。それはアリスも同じで、防いで反撃、という流れをいつの間にか捨てていた。攻撃が最大の防御。そう言わんばかりの攻め方だった。

 

 時間が無制限であれば、どれだけでも続けられたかもしれない。お互いが果てるその時まで、試合を続けられただろう。だが、この試合は制限時間がある。そして俺もアリスも、残り時間を体内時計で把握していた。

 

(これで最後だ)

 

 同時にスキルモーションに入る。どちらもデフォルトスキルの構えじゃない。独自のスキルの構えを取り、ライトエフェクトが刀身を包んでいく。俺の刀はより赤くなり、アリスの剣はより黄金色の輝きを増す。

 発動時間はアリスの方が若干早く、黄金の剣筋が4本同時に(・・・)出現する。心底驚いたが、そのすぐ後に俺のスキルも発動された。

 

『試合終了ー!! 結果は……まさかまさかのドロー!!』

 

 そんなこともあるんだな。なんて思いつつ、刀を収めてアリスに手を伸ばす。勝敗がつかなかったのに、アリスは満足した様子で俺の手を取った。試合後の握手はマナーだよな。

 

「楽しかったな。アリス」

「ええ。心地よい試合でした」

 

 ニッと笑うと、アリスも朗らかな笑みを返してくれる。会場の煩い歓声を無視し、アリスにだけ聞こえるように話しかけた。アリスは無言で頷いてくれて、俺たちはそれぞれの控え室に戻った後、俺はキリトに、アリスはアスナにこの後は任せたと言って逃亡。

 

 

 

「ジークの方が先でしたか」

「ま、飛び慣れてるしな」

「私はまだ慣れませんね」

 

 とある孤島で待ち合わせ、大木に並んで背を預ける。肩を寄せ合って空を見つめ、ついさっきまでやっていた試合の余韻に浸る。そうしてると肩に微かな重さを感じ、それを確認せずに手を繋ぎ、指を絡めあった。

 

「あの試合……ジークがその気なら勝ててましたよね?」

「それはアリスにも言えることだと思うけどな。……一度アリスを斬った時に思ったんだよ。俺はたとえゲームだろうとアリスを傷つけたくないって」

「……私もです。ジークを刺した時、まるで自分の心が突き刺されたように感じたのです」

 

 あの時、お互いに放ったソードスキルは何も捉えなかった。ぶつかる前に制限時間が過ぎたからだ。俺もアリスも、最後まで本気を出さずにはいられなかった。だが、斬りたくなかった。だから制限時間ギリギリに放ち、斬らないようにしたんだ。

 視線を隣に向けると、アリスの青い瞳が揺らいでいた。それを見てるとこちらも胸を締め付けられる。視線が交わり、向き直る。

 

 

 もう先送りにしないと決めたんだ。アリスに伝えよう。

 

「アリス。……俺は、ユウキのことを忘れることはできない」

「……はい。分かっています」

「でも、アリスのことを思うこの気持ちに嘘をつきたくない。……最低な奴だとは思ってる。それでも、アリスのことが好きだ。だから……これから一緒に生きていたい」

「…………いいの……ですか? わたしは……文字通りあなたと住む世界が違うのですよ? あなたの世界で子を産むこともできない。あなたの世界で共に老いていくこともできない。それでも……」

「それでもいい。アリスがいてくれたらそれでいい」

「ジーク……」

 

 アリスの瞳から雫が溢れだす。静かに流れるそれはアリスの頬を伝い、やがて地面へと落ちていく。

 

「本当に、いいのですね? わたしが、あなたの隣にいて」

「ああ。むしろこっちからお願いする」

「よかった……。本当に……、ジーク……私もあなたを想い慕っています。あなたと幸せになりたい」

 

 アリスの背に腕を回し、その細い体を引き寄せる。瞳を閉じ、僅かに背を伸ばすアリスに応え、俺も瞳を閉じて唇を重ねた。




 リアルの諸事情により更新が遅れたり、時たまグダったりしてしまいましたが、これにて完結です。最後まで読んでくださって皆さん、本当にありがとうございました。
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